第三百三十九話権力を笑い、我が道を行く
一休宗純(いっきゅう・そうじゅん)。
彼の名を全国的に広めたのは、1975年から1982年まで放送されたテレビアニメ『一休さん』かもしれません。
お寺で修行する幼い一休さんが、さまざまな危機やトラブルを得意のとんちやユーモアで解決するという物語。
最高視聴率は、27.2%、関西地区では、40%を超える回もありました。
「この橋、わたるべからず」や「屏風の中の虎を退治する話」など、多くの逸話が語り継がれ、特に江戸時代には、『一休噺(いっきゅうばなし)』として、庶民に笑いと勇気を与えたのです。
彼の逸話は、さらなる逸話を呼び、出典も定かでない、もはや都市伝説とでも言えるようなものも多く存在しますが、それらは全て、一休の規格外な言動が源になっています。
たとえば、こんなエピソード。
一休は、亡くなる前、弟子たちにある箱を渡します。
「いいか、もし、そなたたちが苦難に直面し、どうしようもない壁にぶつかり、まったく解決の糸口が見えぬとき、この箱をお開けなさい。そこに解決策をしたためておいた」
あるとき、弟子たちが苦境にたたされ、すがるように箱を開けると、中にはたった一枚、白い紙があり、こう書かれていました。
『だいじょうぶ、なんとかなる』。
さまざまな逸話に彩られた一休の人生。
でも、彼にはたったひとつ、生涯貫いた信念がありました。
それは、権威を否定すること。
当時、僧侶たちが、喉から手が出るほど欲しがったものがあります。
「印可証」です。
印可証がないと自分で寺を開くことができず、また、この証書こそ出世の代名詞でした。
悟りを開き、この証書をもらった一休は、すぐさま火にくべてしまいます。
まわりのひとたちが「もったいない!」というと、「悟りに証明書などいりません」と言い放ったのです。
常に貧しいもの弱きものに寄り添い、権威を振りかざす支配者に立ち向かった賢人・一休宗純が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
室町時代の禅宗の僧侶・一休さんこと、一休宗純は、1394年、京都に生まれた。
ときは、南朝時代の終焉。
北朝の後小松天皇が皇位を得た頃。
伊予の局が身ごもった。
しかし、かつて南朝に仕えていた伊予の局は、天皇の身を脅かし、さらには生まれてくる子が謀反を起こすと占い人に進言され、宮中から追放されてしまう。
伊予の局は、京のはずれでひっそり赤子を産んだ。
その子どもこそ、のちの一休宗純。
追手に我が子を殺されると案じた母は、5歳になるかならぬかの一休を、伏見近くの禅寺、安国寺に託す。
一休は、哀しかった。
どうして大好きな母から離れなくてはならないのか、わからない。
泣いた。毎日泣いた。
修業は厳しく、食べるものも少ない。
寒さに震えながら、毎朝4時に起きた。
つらいときは、いつも母に語りかけた。
そうして、母が最後に言ったひとことを思い出した。
「精一杯、修行に励みなさい。そしていつか、この惑い悩む母を導いておくれ」
一休宗純は、安国寺で11年間、修行を積んだ。
仏門への真摯な態度はもちろん、当時、インテリの代名詞と言われた中国の古典、特に漢詩を自在に紡ぐ才能には誰もが舌を巻いた。
その噂は、金閣を造った足利義満(あしかが・よしみつ)の耳にも入る。
15歳のときに詠んだ「春衣宿花」という詩は、美しい日本を歌った秀作で、京の町で流行歌になった。
そのころ、一休が属する臨済宗の京都五山派は、足利将軍家と強く結びつき、手厚い保護を受けていた。
貴族や高尚な武士の子息が寺に入ってくる。
彼らは修行などせず、きらびやかな衣を着て、出世することばかりを望んでいた。
なるべく早く和尚から印可証をもらい、自分の寺を持ち、信者から金を集め、贅沢三昧な暮らしをすることが彼らの願いだった。
日頃から、人々が平等に生きる世の中を願っていた一休は、絶望した。
世間には、病や貧困に苦しむひとがあふれているのに、幕府は手を差し伸べるどころか、自分たちの権威を守るのに必死だ。
民の心の支えであるべき僧侶たちも欲にまみれている。
一休は、行き場を無くした。
どうしたらいいのか…。
母のもとにも帰れない。
そんなとき、ある僧侶に出会う。
西金寺の謙翁(けんおう)。
謙翁は、ぼろぼろの服で路上に立ち、人々の苦しみに寄り添い、禅の教えを説いた。
謙翁の弟子になった一休は、再び僧侶としてやるべきことを見出した。
「権威がどうした! 死んでしまえば、みな同じ髑髏(どくろ)だ。ボクは、ボクが信じる道を進む」
一休宗純は、謙翁のもとで厳しい修行に耐えた。
裕福な寺を出て、路上で托鉢をする一休を、他の僧侶たちは笑った。
でも、常に弱きものの立場に立つ一休の姿に、感銘を受けるものも現れた。
弟子は弟子を呼び、いつしか高名な僧侶になっていた。
新年でいちだんと派手な宴会をする貴族たち。
そんな宴席の中に、一休は、突如ズカズカと踏み込む。
先端にシャレコウベをつけた杖を持って。
彼は大声で髑髏を振り回す。
「ご用心!! ご用心!!!」
不吉なものを見た貴族たちは、怒り、わめき、一休を追い出そうとするが、一休は語る。
「今日、食べるものもない民がいるのです。恥ずかしいと思いなさい。
あなたがたがしがみついているものは、死んでしまえば消えてしまう。
でも、誰かを愛し、誰かを慈しんだ思いは、あの世に逝っても消えません。
どう生きるかが、どう死ぬか。ご用心、ご用心」
一休宗純は、数十年ぶりに母に会い、母の悩みを打ち消してあげた。
そのとき、どんな修行の最中でも流さなかった涙を流した。
子どもから年老いた者まで、貧しき者、病める者に対しても等しく接した彼は、いつしか親しみを込めて「一休さん」と呼ばれるようになった。
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