yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第六話  風立ちぬ      -小説家・堀辰雄-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第六話 風立ちぬ     

秋の軽井沢タリアセン。
赤や黄色に色づき始めた木々たちが、塩沢湖の湖面に、映っています。
浅間山の山頂には、早くもうっすらと雪が見えます。
タリアセンにある『軽井沢高原文庫』。
その二階にあがり外に出ると、森の奥に一軒の山荘が姿を現します。
軽井沢1412。
昭和初期を代表する作家、堀辰雄の別荘を移築したものです。
小さな階段をきしませながらあがると、そこに、木の香りに包まれた、作家の聖域がありました。
19歳で初めて訪れて以来、48歳でこの世を去るまで、堀辰雄が愛し続けた軽井沢。
『聖家族』、『美しい村』、『風立ちぬ』。
別荘の中には、愛用した鉛筆、ペン皿、ベレー帽、室生犀星からもらったマフラーが展示されています。
クラシックをこよなく愛した堀辰雄が大切にした蓄音機。
ベランダの籐椅子に腰掛け、読書するのが好きだったと言われています。
彼は、ここで何に触れ、誰に会い、何を想ったのでしょうか。
小説の舞台にもたびたび登場したこの場所が、彼にささやいた、yesとは・・・。
風が吹いて、山荘のまわりの木々が、揺れました。
木の葉がいくつか、くるくると回りながら、落ちてきます。
『風立ちぬ、いざ、生きめやも』

小説家、堀辰雄は、1904年12月28日、東京の麹町に生まれた。
父、浜之助の正妻の子ではなかった。
正妻に子がないので、堀家の嫡子になった。
でも辰雄が2歳のとき、実母は彼を連れて堀家を出た。
やがて母は、向島の彫金師、上条松吉に嫁いだ。
以来辰雄は、松吉が亡くなるまで、彼を本当の父だと思っていた。
旧制第一高等学校に進んだとき、生涯の友、神西清に出会う。
数学者を夢みていたが、彼の影響で、文学を志すようになった。
19歳の8月。室生犀星に連れられて、初めて軽井沢を訪れた。
驚いた。外国人が歩き、外国語が聴こえ、どこかからクラシックが流れてくる。森の香りは今まで嗅いだことのないくらい、深くて濃い。風に揺れる木々の葉さえ、特別なものに思えた。
気持ちが沸き立つ。何か書きたい。何かが書ける。
そんな思いが心を満たした。
同年9月。関東大震災。愛する母を失った。水死だった。
その哀しみと喪失感は、生涯、消えることはなかった。
10月、室生犀星に芥川龍之介を紹介される。
冬には、肺を病む。
思えばこの年が、堀辰雄の後の人生を決めた。
軽井沢、母の死、芥川龍之介、肺の病。
あまりにも過酷な人生の幕開けの中、軽井沢の空気だけが、彼を支え、彼にyesを言い続けた。

小説家、堀辰雄は、大正13年、二十歳のとき、再び軽井沢を訪れる。夏の木漏れ日。夏の小道。
「つるや旅館」で小説を書いていた芥川龍之介に逢う。
芥川は、美しく聡明な歌人、片山広子に強く魅かれ、堀辰雄は、広子の娘、総子に恋をする。
夏の軽井沢は、恋の舞台にふさわしい。
圧倒的な蝉の声は、やがて来る夕闇の静けさを深く刻む。
辰雄は貧しかった。万平ホテルの二階に泊まる片山親子を、訪ねるとき、気後れした。
彼女たちの部屋にあがることはなかった。
中庭に咲く、ひまわりを見ることもなかった。
ただ、恋をした。その恋は、淡いまま、消えた。
昭和2年、23歳の夏。堀辰雄を奈落に突き落とす出来事があった。
師とあおぐ、芥川龍之介が自殺した。
その年、自身も肋膜炎を患い、死に瀕する。
彼にとって、夏の軽井沢だけが、生きるたったひとつの灯になった。

昭和8年、小説家、堀辰雄、29歳の夏。
二か月、軽井沢の「つるや旅館」に滞在して小説『美しい村』を書く。乗り越えなくてはいけないものがたくさんあった。
身の回りに忍び寄る、死の影。小説との格闘。
母を失い、背中を追いかけていた師を亡くし、自らも、その命の危うさの中にいた。
ある晴れた日、風に誘われるように散歩に出た。
森を抜け、小高い丘にやってきたとき、キャンバスに向かう、麦わら帽子の女性に出会った。
彼女は油絵を描いていた。大きな風がやってきて、白い帽子が舞った。それは、辰雄の足元に、落ちた。
「すみません」。女性が微笑んだ。
「いえ」帽子を差し出した。
彼女がのちに彼の妻になる、矢野綾子だった。
その夏、堀辰雄は、綾子を愛することで救われた。
彼女の笑顔を見ると、世界がふわっと優しく見えた。
そこに吹く、一陣の風。
彼女の揺れる髪、頬に落ちる白樺の影、全てが彼にyesと言った。
失ったものは帰らない。でも、失ったことを受け入れた。
そんな勇気をくれた綾子は、肺病を病んでいて、2年後に亡くなった。
それでも、堀辰雄は、書き続けた。
書くことでしか乗り越えられないことがある。
幾多の試練を経て、彼が思ったこと。
我が身に起こった全てのことを、愛するということ。
認めることで、受け入れることで、人生は自分のものになる。
彼は血を吐きながら、書き続けた。全てを忘れないために。
風が、ゆきすぎても。

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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