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村上RADIO ~クラシック音楽が元ネタ(ロシア人作曲家編)~

村上RADIO ~クラシック音楽が元ネタ(ロシア人作曲家編)~

こんばんは、村上春樹です。「村上RADIO」、こうして月に1度の放送でやっております。毎月、最終日曜日の夜にお送りしています。そうか、もう6月もおしまいなんですね。1年も半分くらい終わっちゃったんだ。なんか早いですよねえ……。このあと、もっと素敵な1年の後半部がやってくるといいんですが、どうでしょう?

今日はクラシック音楽が元ネタになっているポピュラー・ソングを特集します。でも、そういう曲はすごくたくさんあるので、今回は「ロシア人作曲家」のものに限ってみました。それでもけっこう数が多くて、うちからディスクをひと抱え持ってきました。さあ、どんなものがかかるでしょう? 今日は曲の合間に、みなさんからいただいたメールも、できるだけ多くご紹介したいと思います。
Full Moon And Empty Arms
Bob Dylan
SHADOWS IN THE NIGHT
Cokumbia Records
My One And Only Prayer
Dick Caruso
Teenage Vows
Not Now Music
さて、最初はラフマニノフ(1873年~1943年)の「ピアノ協奏曲第2番 第3楽章」からいきましょう。
有名なメロディですね。まずボブ・ディランの歌う「Full Moon And Empty Arms」(満月なのに、僕の腕の中は空っぽ)。これはその昔、若き日のフランク・シナトラが歌ってヒットさせた曲ですが、それをディランがノスタルジックに歌い上げます。それから同じメロディを、ドゥワップ風に元気よく、ディック・カルーソが歌います。タイトルは「My One And Only Prayer」(僕のただひとつの祈り)」。同じメロディだけど、ずいぶん雰囲気が違ってます。どれくらい違うのか、続けて聴いてみてください。結構違いますよね、2曲でアレンジが。

デヴィッド・リーン監督の「逢びき」っていう映画を、観たことはありますか? このラフマニノフのピアノ協奏曲第2番のメロディが、全編ずっとかかっています。とてもいい映画です。
Stranger In Paradise from Polovetsian Dances
Simone Kopmajer
New Romance
Venus Records
Baubles, Bangles And Beads
The Kirby Stone Four
Teenage Vows
Not Now Music
次はボロディンです(アレクサンドル・ボロディン:1833年~1877年)。これも2曲続けてかけます。まずは歌劇「イーゴリ公」より「だったん人の踊り」。英語のタイトルは“Stranger in Paradise”(楽園の異邦人)、トニー・ベネットの歌で有名ですが、今日はジャズ歌手のシモーネ・コップマイヤーさんの歌で聴いてください。
その昔、この曲のタイトルをもじって、ジム・ジャームッシュが「ストレンジャー・ザン・パラダイス」という映画を作りました。「楽園より奇妙なり」。これ、とてもかっこいい映画でしたね。機会があったら、ぜひ観てください。

それからやはり、ボロディンの「弦楽四重奏曲第2番 第2楽章」のテーマをアレンジした「Baubles, Bangles And Beads」。(曲名は)ビーズだとか、そういうじゃらじゃらした装身具のことです。これもいろんな歌手が歌っていますが、コーラス・グループ ザ・カービィ・ストーン・フォーのものが1958年、ビルボード・ヒットチャートの50位まで上がりました。今日はそれを聴いてください。

(クラシックが元ネタの曲は)フランス編とかいくらでもあるんだけど、絞らないとうまく選べない。ベートーヴェンとモーツァルトでも番組ひとつできるけどね。バッハでもできると思う。でも、ロシアの作曲家はやっぱりメロディアス。メロディがすごく大事ですよね。ロマンティックな性格というか……。
Nut Rocker
B.Bumble And The Stingers
The Hits Of 1962
Music For Pleasure
Moon Love
Frank Sinatra
MOONLIGHT SINATRA
Reprise
さて、次はチャイコフスキー(1840年~1893年)を2曲聴いてください。まずはお馴染みの「くるみ割り人形」の「行進曲」、それをアレンジした曲のタイトルは「Nut Rocker」。B.Bumble And The Stingersという、アメリカのインスト・バンドが演奏しています。1分58秒というずいぶん短い曲で、1962年にリリースされて、アメリカではまずまずのヒットだったんですけど、イギリスではヒット・チャートの1位を獲りました。
それからチャイコフスキーの交響曲5番の第2楽章、これをフランク・シナトラが「ムーン・ラブ」というタイトルで朗々と歌っています。とてもとてもロマンティックなメロディです。アレンジと伴奏はネルソン・リドルが担当しています。
一時期、チャイコフスキーはあまり聴かなかったんですけど、最近、また聴き出してます。どうしてだかわからないけど。年をとると感傷的になるのかもしれない(笑)。
Russians
Sting
The dream of the blue turtle
A&M
スティングが、プロコフィエフ(1891年~1953年)作曲「キージェ中尉」の第2曲「ロマンス」にインスパイアされた「Russians」を歌います。アルバム『ブルー・タートルの夢』に収録されていた曲です。この「キージェ中尉」の第3曲「キージェの結婚」のメロディは、たしかウェス・アンダーソンの映画「犬ヶ島」のなかで、犬たちが行進しながら口笛で吹いていたと記憶しています。ウェス・アンダーソン、かっこいいですよね。なにしろ犬が口笛でプロコフィエフを吹くんだからね。

僕は一度、ウェス・アンダーソン監督と青山の居酒屋でお酒を飲んだことがあるんですよ。映画「犬ヶ島」で日本に来たとき。野村訓市さんが映画に関係していたので、一緒に飲みにいったんだけど、かなりはずれているというか、面白い人でした。白いリネンのスーツかなんかを着てきて、かっこよかった。
四銃士
NEWS
四銃士
Johnny's Entertainment
次は、あのNEWSが歌う「四銃士」。ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」をアレンジしたものです。なにしろ NEWSですよ……。この番組で、ジャニーズ関連の曲がかかるというのは間違いなく初めてのことです。そしてこの先もあるかどうか疑わしいことです。だから、心して聴いてくださいね。しかしこのアレンジメント、なかなか素敵です。相当、本腰入ってます。DVDもすごいからね。
The Carnival Is Over
the SEEKERS
CAPITOL COLLECTORS SERIES
Capitol Records
最後はロシア民謡をいきましょう。「ステンカ・ラージン」です。ロシアのオペラ歌手、シャリアピンが歌って有名になりました。僕が子どもの頃に習った日本語の歌詞は「ペルシャを征して、ステンカ・ラージン還(かえ)る」というものでした。いろんな歌詞があるみたいですが(注・ステンカ・ラージンは17世紀ロシアの農民反乱の指導者)。
1960年代に、オーストラリアのグループ、シーカーズが「The Carnival Is Over」というタイトルで歌ってヒットさせ、イギリスだけで140万枚を売ったと言われています。シーカーズはコンサートのクロージングに、いつもこの曲を歌っていたということです。でもこの曲、日本でもアメリカでもとくにヒットはしなかったと記憶しているんですが、どうしてだろう?
Happy Birthday Brian Wilson
Gidea Park
Gidea Park
Polo
6月20日はブライアン・ウィルソンの誕生日でした。
ギデア・パークというバンドが歌う“Happy Birthday Brian Wilson”をかけます。
誕生日おめでとう、ブライアン・ウィルソン。
Bitter Sweet
佐山雅弘
ヴィンテージ
KING RECORDS
今日のクロージングの音楽は、ラフマニノフの「交響曲第2番 第3楽章」のテーマです。このラフマニノフらしい美しいメロディを、 佐山雅弘トリオが「Bitter Sweet」というタイトルで演奏します。素敵な演奏です。ベースは「村上JAM」でいつもお世話になっている井上陽介さんが担当しています。
佐山雅弘くんは………と、つい「くん」づけで呼んじゃうんだけど、僕がその昔、国分寺でジャズの店を経営している頃、よくうちの店に来てました。国立音楽大学の作曲科に入ったばかりの新入生だったんです。その頃、うちの店でときどき若手ジャズ・ミュージシャンを集めて、夜中のジャム・セッションをやっていました。彼はそこでピアノを弾きたくてたまらなかったんだけど、まわりの先輩たちは「おまえはまだ下手だからだめ」みたいな感じで、なかなか(セッションに)入れてもらえなかったんです。
まあ、ときどきは弾かせてもらっていたけど、正直言ってあまり上手ではなかったですね(笑)。でもそのあと、きっとずいぶん勉強して練習したんでしょうね。気がついたときには一流のジャズ・ピアニストになっていました。彼の最初を知る僕なんかは、ずいぶんびっくりし、感心したものです。本当に真面目で熱心な青年でした。でも残念ながら、2018年に胃がんのために亡くなりました。ご冥福をお祈りします。
今日の最後の言葉は、アルベルト・シュヴァイツァーさんです。すごいですね、突然、シュヴァイツァー博士が出てくるんだから。
彼はこう言っています。

「人生の惨めさから抜け出す方法2つある。音楽と猫だ」

(みゃーお)そうか、シュヴァイツァー博士は猫が好きだったんだ。でも、音楽と猫……まさにこの番組の精神でもあります。みなさんもこの番組を聴きながら、人生を健気(けなげ)に、がんばって生きていってください。(みゃー)

さて、6月25日(木)に「古くて素敵なクラシック・レコードたち』という本を文藝春秋から出しました。これは、うちにあるクラシック音楽のLPから約500枚を選んで、それについて書き記した本です。
かなりの労作です。ジャケットのカラー写真も満載ですので、クラシック音楽を好きな方にはなかなか愉しんでいただけるのではないかと思います。ぜひ書店で手に取ってみてください。
来月は「夏だ、ビーチだ、サーフィンだ!」という特集です。適当にご期待ください。それでは――。

リスナーからのメッセージ

リスナーからのメッセージ

今日はリスナーのみなさんのメッセージをご紹介します。
牛に引かれていきなりステーキ(千葉県 30代 女性)

レイ・チャールズの言葉がなんだかすっごく響きました。
牛に引かれていきなりステーキさん。僕がお正月の番組でラジオネームを差し上げた方ですね。ありがとうございます。僕がラジオネームを差し上げた方からのメールは、できるだけ優先的に採用しますので、どんどんメールをください。せっかくあげたんだから、いっぱい使ってくださいね。レイ・チャールズの言葉を、聴き逃した方もおられると思うので、もう1回読んでみます。(4月放送:第23回「花咲くメドレー特集」で放送)
「私の目が見えないことは、もうみんなが知っていると思う。だからそんなことを今さらことわるまでもあるまい。そして私が歌を歌うとき、黒人であるというだけで私が長年にわたってくぐり抜けてきた心の哀しみ、闘いや嘘、ひどい仕打ち、そんなすべてを、いちいち歌詞にしなくとも、聴く人に伝えることができるはずだと、私は思いたいんだ」
直接的な言葉としてのメッセージも大事だけど、そうではない、心に込めた静かなメッセージも大事なんだと、彼は言っているわけです。
博多姫(福岡県 50代 女性)

「こんばんは。村上ハルキです」という声にもだいぶ慣れてきました。他ではかからない曲が聴けるのが魅力です。そして、ユーモアがありますね。シンガーに対する愛と、どーでもいい、ひとはそんなもん、といういい加減さが絶妙にブレンドされて、聴いていて楽になります。いいなあ。「夏の海で聞きたい曲」のテーマでお願いします。
はい、「我は我、人は人なり、猫は猫」というのが僕の人生訓というか、基本的な生き方です。決して「どーでもいい」と言ってるわけじゃないんですが、まあお互いのんびりやりましょう。
「夏の海で聴きたい曲」、次の回、来月にやります。「夏だ、ビーチだ、サーフィンだ!」というずいぶん軽いノリの特集です。夏向きの軽い曲がほいほいとかかります。適当にご期待ください。
心のふるさと われらがプラハ(20代 男性 東京都)

クラシック音楽が元ネタ(ロシア作曲家編)は、チャイコフスキーのシンフォニー2番がかかると予想します。
残念でした。チャイコフスキーの2番をかける予定はありません。2番っていうと「小ロシア」ですよね。しかし、あの曲にそんなに魅力的なメロディってありましたっけね? 思い出せません。
いずれにせよ、あなたの予想ははずれました。(みゃ~)
Rainforest(レインフォーリスト)(50代 女性 愛媛県)

選曲がどれも素敵でした。歌手や曲目には詳しくないのですが、ラジオを通して時間を共有できて嬉しかったです。夕暮れ時にどの曲もぴったりでお酒もすすみました。それから村上春樹さんの声もとても良かった! それから、ユニクロとのコラボTシャツ3種類持っています。どれも気に入ってます(^.^)来月も楽しみにしています!
そうですね、ラジオって「時間を共有」できるというところが素敵です。まあ今では“radiko”とかあって、実際には同時的に共有できていないのかもしれないけど、でもなんかみんなで1つのものを聴いているという温かみのようなものが、ラジオにはあります。
そういう親密な空気は、たぶんテレビやインターネットには求めがたいものです。僕もこうしてラジオの番組を持つようになって、そのことを強く実感しました。これからもいろんな素敵な音楽がかかります。楽しんで聴いてください。
ずっと眠れる獅子(神奈川県 40代 男性)

「村上RADIO」月刊化、おめでとうございます。毎月ほっこりしたスローな時間が得られるかと思うと、それだけでホクホクしてしまいます。「花咲くメドレー特集」でもたくさんの楽曲に囲まれた気分になり、癒されました。今度是非とも「村上作品に使われる楽曲メドレー特集」もやっていただきたいです!
ずっと眠れる獅子さん……、ときどきは目を覚ましてくださいね。世の中には「おれはやるときはやるんだ!」と豪語する人がたまにいますが、そういう人に限って、いざというときに何もできないことが多いみたいです。なんといっても普段のおこないが大事です。

僕の小説に出てくる楽曲特集、近いうちにやります。リクエストがあったらください。この番組、基本的にリクエストをとらないんですけど、今回は例外的に受け付けます。というのは、自分の小説のなかでどんな楽曲を出したか、僕自身はほとんど覚えてないからです。自分の書いた本って、まず読み返さないので、何を書いたかどんどん忘れちゃいます。そんなわけで、今回ばかりはみなさんの協力が必要になります。よろしく。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • ロシア人作曲家のクラシックを元に、こんなたくさんのポップソングが出来ているのね、と。改めて春樹さんの知識の奥深さを感じた回でした。そして、いま無性に猫が飼いたくなっています。猫と音楽さえあれば何があっても乗り越えられそう。(レオP)
  • 少し先の話ですが、8月は「ムラカミの小説に出てきた音楽特集(仮題)」を放送する予定です。村上春樹さんの小説に出てきた楽曲をリスナーのみなさんからリクエストしていただき、その中から村上さんが選曲します。番組初のオールリクエスト企画です。メッセージ&リクエスト、いまからお待ちしています!(構成ヒロコ)
  • 収録後に、NEWSの「四銃士」のミュージックビデオを村上さんも含め、全員で見ました。収録中もミュージックビデオを見ていた時間がなんだか暖かくて、とても楽しかったです。(AD桜田)
  • クラシックが元ネタの一曲として、なんと村上DJがNEWSの「四銃士」を選曲しています。これはラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲」をアレンジしたものですが、村上RADIO初のジャニーズの楽曲でした。スタジオで聴きながら、凝ったアレンジに楽しそうに感嘆する村上さん。たしかに本腰入ってます。そう言えば、NEWSのメンバー加藤シゲアキさんは小説家としても活躍していますよね。それにしても、今回の「ロシア人作曲家編」だけでもこんなに豊かなバリエーションがあるのか、と驚きました。村上さんの新刊『古くて素敵なクラシック・レコードたち』を水先案内に、今年の夏は"村上クラシック"の世界を愉しみたいと思います。
    追伸:今回特別に流されたブライアン・ウィルソンへのバースデー・ソング、素敵です。リスナーのみなさん、ぜひ大切な人の誕生日に一緒に聴くといいですよ。(エディターS)
  • 今回は、ロマンティックで感傷的?なロシア人作曲家による、クラシック音楽を元ネタにしたポピュラー音楽特集でした。番組が4月から月に一度の放送となり、村上さんが言うように、これこらも健気に、普段のおこないを大切にした番組でありたいと思います。そんな時間を月に一度みなさんと共有できたら嬉しいです。(キム兄)
  • ロシアの憂愁とロマンティシズムが見事に蘇りました。聴きながらロシア人作曲家のプロフィールをググり続けた55分。音楽はこうして血脈を保っていくのですね。ラフマニノフさんが生きていて、村上RADIOでNEWSの歌う『四銃士』を聴いたとしたら、そのゴージャスなアレンジに胸を躍らせるだろうなぁ。(延江GP)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。