「ぼくはかつてPIPだった」これは「イコライザー」という映画の中の、デンゼル・ワシントンが演じる初老の元特殊部隊員の台詞です。彼は血なまぐさい過去を隠して、Do It Yourselfの店で真面目に、物静かに働いているんですが、謎めいた雰囲気があって、周りのみんなから「あんたどういう人なの、何をしてきた人なの?」とよく質問されます。そのたびに彼は“I was a Pip.”と答えます。「僕はピップだった」。でも、誰もその意味がわからない。ピップってなんだ? 要するに「グラディス・ナイト&ザ・ピップス」というソウル・グループのバック・コーラスをやっていたということなんです。だからピップスの1人で「ピップ」。とにかく本人はそう主張します。で、みんな「ほんとかよ?」と古いミュージック・ビデオを見るんだけど、もう昔のことだし、画質もあまりよくないから、よく顔の見分けがつきません。真偽のほどはわからない。この場面、面白かったです。思わず笑っちゃいました。
1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。