MURAKAMI RADIO
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村上RADIO~素敵なエレベーター・ミュージック~

村上RADIO~素敵なエレベーター・ミュージック~

こんばんは、村上春樹です。
(「ミスター・ロンリー」が流れて……)
「村上RADIO」。これ、ほんとに「村上RADIO」です。
決して別の番組ではありません。テーマ音楽はいつもとちょっと違っていますけど、れっきとした「村上RADIO」です。
遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心を休めるとき……
じゃなくって「村上RADIO」、今日は「素敵なエレベーター・ミュージック」というテーマでお送りします。

エレベーター・ミュージックは、よくエレベーターの中でかかっているBGMのことです。一般的には「毒にも薬にもならない音楽」というあまりよくない意味で使われていますが、今日は「もし僕が7階建てのビルを一棟持っていたら、そのエレベーターの中でどんな素敵な音楽を流そうか」というコンセプトで、プログラムをこしらえました。さて、どんな曲がかかるでしょうね。なかなか予測がつきませんよね。お楽しみに。 その合間に、みなさんからのメールをぼちぼちご紹介します。
I'LL HAVE TO SAY I LOVE YOU IN A SONG
Ronnie Aldrich HIS TWO PIANOS WITH THE LONDON FESTIVAL ORCHESTRA AND CHORUS
The way we were
DECCA
最初の曲は、1974年にシンガーソングライター、ジム・クロウチが歌ってヒットさせた“I'll Have to Say I Love You in a Song”。歌に託してしか、君にアイ・ラブ・ユーって言えないんだ。でも気の毒なことに、この曲がヒットした前の年に、クロウチさんは飛行機事故で亡くなってしまいました。この曲を「ロニー・アルドリッチと彼の二台のピアノwithロンドン・フェスティバル・オーケストラ&コーラス」という長い名前の団体が演奏します。1960年代にはかなり人気のあったイギリスの楽団です。なかなかいいアレンジメントなんです、これ。エレベーターに乗っているつもりで聴いてください。

<収録中のつぶやき>
この手の曲って、何かしながら聴くことは多いけど、ちゃんと真面目に聴くことってまずないですよね。
LOVE IS BLUE
GABOR SZABO
BACCHANAL & 1969
EL
この前「僕の小説に出てくる音楽」のリクエストを募集したとき、小説『ダンス・ダンス・ダンス』で、ホテルのエレベーターでかかっていた「恋は水色」をかけてほしいというものがありました。

静岡県の「ウユニでラジオ体操」さん
「エレベーターを降りたらそこは、世の闇を全部集めたような暗闇の世界だった、というのが衝撃的でした。エレベーターに乗る度に、自分が違う世界に踏み込むのではないかとどきどきします」ということです。そうですね、できるだけ気をつけてエレベーターに乗ってください。変なところに行っちゃわないように。

おかけしましょう、「恋は水色」。でも今日はお馴染みのポール・モーリア・オーケストラではなく、ギターのガボール・ザボの演奏で聴いてください。エレベーター音楽というには、ちょっとサイケデリック過ぎるかもしれませんけど、たまにはこういうのもいいでしょう。
「すごく静かなエレベーターだな、と僕は思った。あの喘息もちみたいな昔のいるかホテルのエレベーターとはずいぶん違う。僕は中に入って、16のボタンを押した。ドアが音もなく閉まり、微かな移動の感覚があり、またドアが開いた。十六階だった。でも十六階は彼女が言っていたような暗闇ではなかった。ちゃんと光がついて、天井からはやはり『恋は水色』が流れていた。何の臭いもしなかった。僕は試しに十六階を端から端まで歩いてみた。十六階は十五階とまったく同じ作りだった。廊下はくねくねと折れ曲がり、どこまでも客室がつづき、その間に自動販売機を集めたスペースがあり、何台か客用のエレベーターがあった。ドアの前にルーム・サービスの夕食の皿がいくつか出してあった。カーペットは深い赤で、柔らかく上質だった。足音も聞こえない。あたりはしんと静まり返っていた」

(『ダンス・ダンス・ダンス(上)』より)
Oh! Carol
WALTER WANDERLEY
THE WORLD OF WALTER WANDERLEY
El Records
TWILIGHT IN TOKYO (Una Serra Di Tokio)
OHTA SAN
UKULELE iSLe
DECCA
僕は実は閉所恐怖症の傾向が少しありまして、おまけに高いところも嫌いで、だからエレベーターはあまり得意じゃないんです。もしこれが途中で止まって閉じ込められてしまったら……とか思うと、冷や汗が出ます。若い頃はときどきエレベーターに乗れなくなったこともあります。今でも超高層ビルのエレベーターは苦手で、あまり乗らないようにしています。きっと、そういう人の不安を癒やすためにも、エレベーター・ミュージックというのがあるんでしょうね。

ブラジルのオルガン奏者、ワルター・ワンダレイがニール・セダカの古いヒット曲を演奏します。「おお、キャロル」。この曲はまだそれほど有名じゃなかった頃のセダカが、高校時代つきあっていた近所の女の子、キャロル・キングに捧げた曲です。キャロル・キングはお返しに、アンサー・ソング「おお、ニール」を歌っています。二人ともまだ十代だったんですね。

それから続けてもう一曲、ウクレレの名手、オータサンが「ウナ・セラ・ディ東京」を演奏します。宮川泰(ひろし)作曲、岩谷時子作詞の、純日本製の曲です。ザ・ピーナッツが1963年に「東京たそがれ」というタイトルでレコードを出したんだけど、それほどヒットしませんでした。ところがイタリア人歌手ミルバが来日して、この曲を「ウナ・セラ・ディ東京」というタイトルに変えて日本語で歌い、大ブレークしました。オータサン、なかなか良い味を出しています。ウクレレの音、ほっとしますよね。

<収録中のつぶやき>
ニール・セダカのお母さんは息子に「お前、あんなさえない女の子と付き合ってどうすんのよ」と言ったとかで、キャロルかわいそうだよね。どちらもユダヤ系でブルックリンの生まれなんです。セダカの「おお、キャロル」がヒットして、キャロルがアンサー・ソングを出したんだけど、そちらのほうは全然ヒットしませんでした。

たしかに「東京たそがれ」よりは「ウナ・セラ・ディ東京」のほうがいいよね。「東京たそがれ」はちょっとシブすぎると思う、タイトルとして。

ジャック・ロンドン・クラブ26番(男性、神奈川県)
ほぼ毎回たのしく拝聴しています。モーズ・アリソンは知らなかったのですが、今回の村上さんのDJを聴いて、彼にインスパイアされたアーティストから間接的に影響を受けていたみたいです。なにより最後の方でかかったThe Song Is Ended.「歌は終わったけれど、メロディーはまだ響いている。」『羊をめぐる冒険』、ジェイズバーでのワンシーンをとてもなつかしく、そしてせつなく思い出しました。モーズ・アリソンのレコード探してみます。しっかり20人のうちの1人になったようで。(笑)

9月に放送したモーズ・アリソン特集、気に入っていただけたようで、よかったです。ジャック・ロンドン・クラブ、なつかしいですね。1月12日はジャック・ロンドンさんと僕の誕生日でして、この日に生まれた人は、誰でもジャック・ロンドン・クラブの会員になれます。そういうのを以前、ホームページでやっておりました。1月12日生まれの方、よかったら葉書で申し込んでください。会員番号を差し上げます。ジャック・ロンドン・クラブ、名誉会員には中谷美紀さん、イモトアヤコさん、かまやつひろしさん、などがおられます。といっても、みなさん、こちらで勝手に名誉会員にしちゃっただけですが。
I WANT TO TALK ABOUT YOU
STEPHANE GRAPPELLI / McCOY TYNER
ONE ON ONE
Milestone
ジャズ・ヴァイオリンの草分けにしてレジェンド、ステファン・グラッペリが、マッコイ・タイナーの伴奏を得て歌い上げます。“I Want to Talk About You”。ジョン・コルトレーンの演奏が有名ですが、この演奏もすごくチャーミングです。エレベーターの中で思わず聴き惚れちゃいそうですね。

<収録中のつぶやき>
エレベーターの中でマッコイ・タイナーがかかったら、ちょっと緊張するかもね。

てぃー(54、男性、岡山県)
よくぞ特集してくれました!モーズ・アリソン。約5年前に彼が他界した時に初めて知ったピアニストです。その後YouTubeで彼の曲を聴きハマってしまい、中古レコードを探す日々です(笑)。このような「知る人ぞ知る」ようなJazzミュージシャンの特集を今後もお願いします!
質問。当方素人ですがJazzベースをしています。ベースソロが格好いいアルバムを紹介してください。

ジャズ・ベース・ソロがかっこいいアルバム。そうですね、いっぱいありますが、僕がとりわけ好きなのは、ポール・チェンバースが入ったレッド・ガーランド・トリオの「Cジャム・ブルース」、レイ・ブラウンが入ったオスカー・ピーターソン・トリオの「クワイエット・ナイト」、オスカー・ペティフォードが入ったセロニアス・モンク・トリオの「スイングがなければ意味はない」、そんなところかな。どれもかなり有名な演奏ですので、わりに簡単に手に入ると思いますよ。しかしベースの人って、あれだけのでかいものを持ち運ぶのって大変ですよね。ヴァイオリン奏者がうらやましくならないのかな?
EVERYONE'S GONE TO THE MOON
PERCY FAITH And His Orchestra
THEMES FOR THE "IN" CROWD
COLUMBIA
ヴォーグスのコーラスで1966年にヒットした“Everyone's Gone to the Moon”、「みんな月に行ってしまった」をパーシー・フェイス楽団が演奏します。僕はこの歌が好きなんだけど、インストゥルメンタルで演奏しているのって、ほとんど聴いたことありません。パーシー・フェイス、もう「エレベーター・ミュージックの王道」ともいうべきサウンドですが、そういうことで聴いてみてください。これ、ほんとに良い歌です。

今日は「素敵なエレベーター・ミュージック」というテーマでお送りしています。その合間にみなさんからのメールをぼちぼちご紹介します。

ちずさん(47、女性、山口県)
こんにちは。村上さんの『村上春樹 雑文集』を通勤の電車やバスで読んでいます。その中で、偉大なイラストレーターのお二方の座談会みたいな文が載っています。安西水丸さんと和田誠さん。すでに鬼籍に入られたお二方の村上さん評がとても生き生きとしています。村上さんのあらゆる面が立ち上ってイメージできます。お料理の腕もプロ級なんですね。文体を褒めてある部分を読むと、絵を描く人ならではの視点が垣間見えます。私はお二方の絵が好きでした。「ああ、確かに生きておられたんだよな……」としみじみ思いました。生きているときでないと、生きている人のことを語れない!もっと話していかないと!と思いました。

和田さんと水丸さん、どちらも素敵な絵描きさんでしたね。人間的にもお二人ともすごく魅力的な方でした。話もうまくて面白いしね。和田さんの事務所は外苑前にあって、水丸さんと僕は仕事場が南青山近辺を転々としていまして、みんな割に近所なのでちょくちょく顔を合わせていました。
三人一緒に顔を合わせることって、そんなになかったんだけど、年に一度くらい和田さんと水丸さんの合同個展がありまして、ひとつのテーマでそれぞれが半分ずつ絵を描いて共作するっていう面白い試みだったんです。そのオープニングに僕がワインを持って訪ねていくと、お二人が揃っておられまして、三人でワインを飲みながらよもやま話をする良い機会になりました。ついでにというか、気に入った絵をそこで買い求めることもできました。場所はいつも青山通りから一本奥にある「スペース・ユイ」という小さなギャラリーだったけど、楽しかったですね。そういうことがもうできないんだと思うと、ずいぶん寂しいです。
CHAPLIN IN NEW SHOSE
CHET ATKINS
CHET ATKINS GREATEST HITS
BMG
FORGOTTEN DREAMS
LEROY ANDERSON
THE LEROY ANDERSON COLLECTION
MCA Classics
二曲続けて聴いてください。
カントリー・ギターの王様、チェット・アトキンスが「チャップリンのニューシューズ」を弾きます。1971年リリースのアルバム“For the Good Times”に入っていました。チャップリンはいつも古いどた靴を履いていますが、彼が新しい靴を履いたら、こんな風に軽快に歩くのかな……という曲なんでしょうね。
それから、ルロイ・アンダーソンが作曲した“Forgotten Dreams”(忘れられた夢)、作曲家自身が指揮した演奏です。この“Forgotten Dreams”という曲は、アンダーソンの作品の中では比較的知られていない曲です。とても美しいメロディーなんですけどね。

エレベーターの話なんですが、高所恐怖症の僕がこれまで乗っていちばん怖かったエレベーターって、ウィーンのシュテファン大聖堂のエレベーターでしたね。シュテファン大聖堂、かのアマデウス・モーツァルトさんが結婚式を挙げたところです。
この大聖堂にはとても高い塔がありまして、そこに登ればウィーンの街が一望できるんです。階段もありますが、エレベーターで登れるんで、奥さんに強要されてそれに乗ったんです。
まあ、エレベーターがあるのなら大丈夫だろうと思って。ところがエレベーターを降りたら、そこからもうすとーんと垂直の切り立った崖みたいになってまして、立っているスペースもすごく狭くて、足がすくみました。一歩も動けなくなっちゃうんです。で、手すりにしっかりしがみついて、下りのエレベーターが来るのを待っていたんだけど、それがなかなか来ないんです。もう怖くて、ウィーンの風景を眺めるどころではなかったですね。もう三十年以上前の話なので、今では事情が違っているかもしれませんが、高所恐怖症のみなさん、よく気をつけてくださいね。
それからバルセロナの、サグラダ・ファミリアのエレベーターも相当怖かったです。「高所恐怖症、閉所恐怖症、妊娠中の方、なんらかの健康に問題のある方はご利用いただけません」と注意書きにあったんですが、僕は愚かにも、それを読まなかったんです。
Daydream Believer
Lord Sitar
ON THE ROCKS・PART ONE
Capitol Records
ロード・シタールが演奏するモンキーズのヒットソング、「デイドリーム・ビリーバー」。文字通り終始、シタールで攻めます。



にこまま(41、女性、大阪府)
村上RADIOを聴くようになって、ラジオを聴くという習慣がうちの日常になりました。以前は、朝、時間を知るためにテレビをつけてましたが、テレビだと「見る」に集中してしまい、手が止まって、子供が支度するペースも遅くなり、イライラした毎朝でした。毎朝、ラジオに変えて「聴く」に集中するようになって、手が止まることなく、朝ごはんもゆったり食べれるようになり、豊かになりました。ラジオ、ありがとう。

ラジオ、いいですよね。僕もよく食事の支度なんかしながら、ラジオを聴いています。テレビって、けっこう音がキャピキャピしてうるさいんですよね。いらいらすることが多いです。ラジオの放送の方が、音が比較的よくコントロールされていると思います。
僕は話をするのが専門ではないし、語りの訓練を受けていないので、できるだけゆっくりわかりやすく、おだやかに話をすることだけを心がけています。リラックスして聴いていただけると、とても嬉しいです。
僕はアメリカに住んでいたとき、気に入ったDJの番組をMDでたくさんエアチェックしていました。家事をするとき、たとえばアイロンをかけるときなんか、そういうのを繰り返し聴きながらのんびりとやっております。そんなわけで、MD、うちではいまでも現役で元気に働いております。まあ、今どきエアチェックなんて死語になってると思いますが。
NE ME QUITTE PAS
Toots Thielemans
CHEZ TOOTS
PRIVATE MUSIC
ジャズ・ハーモニカといえば、トゥーツ・シールマンズ。彼がシャンソンの名曲「いかないで(“Ne Me Quitte Pas”)」をしっとりと演奏します。



<収録中のつぶやき>
全国にMDを活用している人、結構いると思いますよ。便利だもん。でももうディスクが売ってないんだよね。うちにはまだいっぱいあって、新品が何パックも残っているんだけど……。あと僕MDウォークマンも2台持っている。使わないけどね(笑)。『アンダーグラウンド』という本の取材でインタビューをしているときはまだカセットテープだったんだよね。小澤征爾さんとの対談のときはMDだったんで、小澤さんと話したこともMDでたくさん残っています。

TWO FOR THE ROAD
JAMES GALWAY HENRY MANCINI
IN THE PINK
RCA
今日のクロージング音楽は、クラシックのフルート奏者、ジェームズ・ゴールウェイが、ヘンリー・マンシーニの指揮するオーケストラをバックに演奏する、映画「いつも2人で」(“Two for the Road”)のテーマです。1967年の映画、主演はオードリー・ヘップバーンとアルバート・フィニーでした。僕はガールフレンドと二人でこの映画を神戸の映画館で観ました。
「レストラン席に二人でいて、ひとことも言葉を交わさない。これは、どういう人たちだろう?」とアルバート・フィニーがオードリー・ヘップバーンに質問します。

"What kind of people just sit in a restaurant and don't say one word to each other?"
“Married People(夫婦もの)”とヘップバーンが答えます。

二人はまだ若くて貧しくて、愛し合っています。話題なんていくらでもあります。レストランでむっつり黙り込んだ中年夫婦の姿を目にして、二人はあきれておかしがります。でもやがて彼らは結婚し、もう若くはなくなり、レストランの席に着いてもろくに口をきかないような冷めた関係になってます。この会話は映画の中に三度繰り返されて出てきます。

最初にその映画を観たとき、二人の会話が妙に心に残りました。もちろんまだ十代だったから、それがどういう感じのことなのか、よく実感できませんでしたけどね。「ふーん、そんなものなのか」というくらいで。
「Married People」のみなさん、おたくはいかがでしょう? 僕は日頃から、できるだけ話題をストックしておくようにつとめています。夫婦間の沈黙があまり長くならないように。そういうのって、やばいです。あなたもがんばってくださいね。
「いつも2人で」はなかなか面白くて役に立つ映画なので、もし機会があったら観てください。最後のシーンの決めの科白も、「うーん」と唸(うな)らされます。
今回が今年最後の放送になります。今年はヤクルトスワローズも無事に優勝して、とてもめでたい一年でした。
みなさんよいお年をお迎えください。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 「春樹さんが7階建てのビルを持っていたらそのエレベーターの中でどんな音楽 がかかるか…」本当にそんなビルがあったら、行き先階を押さないか、何往復もしちゃうくら い、心地よいミュージックです。そして、冒頭にまさかの「ジェットストリーム」のモノマネ!新型コロナ流行も2年目。本当にいろいろあった2021年。この番組を聞いたら、明るい気分で年越しできると思いますよ。(レオP)
  • 行きつけの蕎麦屋では、BGMでラップミュージックが小さく聴こえてきます。若い店主がアメリカのラップ・ラジオを流しているのです。最近、エレベーターの中でBGMの音楽をよく聴くようになりました。コロナの時代、黙々と上下する鉄製の箱の中で、パーシー・フェイス・オーケストラの「夏の日の恋」はけっこう癒されます。村上さんの長編『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくるホテルのエレベーターには「恋は水色」がかかりますが、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』にも印象的なエレベーターが登場します。主人公がエレベーターの中で、「ダニー・ボーイ」を口笛で吹くのです。さて、その先で主人公を待ち受けていたものは……?
    今年も村上RADIOで聴いた音楽はどれも最高でしたが、個人的なベストは、第29回のアート・テイタム「ルイーズ」(“LOUISE”)と第28回、カリブ海の島国トリニダード・トバゴのミュージシャンたちがスティールパンで演奏する“Je T'aime Moi Non Plus”でした。2021年もあと数日、良いお年をお迎えください。(エディターS)
  • 私は20代で、正直、エレベーターミュージックのイメージが最初はあまり湧かなかったのですが、村上さん選曲の全部の曲が癒される曲でした。今でもこれがBGMでかかっていたらいいのになあと思います。聞きほれていつの間にか最上階にいたりして。私も2021年個人的ベスト1は、アート・テイタムのLOUISEです。村上RADIOチームに入った今年。言うまでもなく、今までで一番濃い1年でした。来年もそんな1年になるといいなと思います。皆様、良いお年をお迎えください。(AD桜田)
  • 今回の村上RADIOの選曲テーマは、「エレベーターミュージック」。まさに異空間で流れていそうな素敵な音楽ばかりで、私も「ジェットストリーム」選曲担当者として大変勉強になりました。早速、収録の際に村上さんから教わったアーティストの曲を、来月の「ジェットストリーム」で選曲しています。もし夫婦間の沈黙が長くなってしまったら、素敵な「エレベーターミュージック」が助けてくれるかもしれません。(キム兄)
  • 春樹さんが「ジェットストリーム」冒頭のセリフを雰囲気たっぷりに喋っていましたが、僕は城達也さんが機長だったこの番組を担当していたことがあります。城達也さんはダンディな方で、毎回スーツで収録に臨まれました。海外旅行が憧れだった50年前からずーっと続いているジェットストリーム、ちなみに現在の機長は、あの福山雅治さんです。「・・・・・夜の静寂(しじま)のなんと饒舌なことでしょうか」は放送作家の堀内茂男さんのコピー。ラジオ好きなら誰もが知っている日本一有名なセリフになりました。そういえば、山下達郎さんもジェットストリームの選曲をご自身の番組でやっていたなぁ。(延江GP)
  • 空に突き刺さるようなタワーマンションが立ち並ぶエリアに引っ越しました。タワマンの一棟一棟で、エレベーターが日々地上と空中を行ったり来たりしています。人を運び、モノを運び、なにか目に見えないものも運んでいるようです。エレベーターは入口であり、トンネルであり、井戸であり、湖なのかもしれません。(構成ヒロコ)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。