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村上RADIO ~いかがなものか、カバー~

村上RADIO ~いかがなものか、カバー~

こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今日は「いかがなものか、カバー」という特集をします。いろんな歌手が、いろんな曲のカバーをやっています。素敵なカバーもたくさんありますが、中には「うーん、これはどうかなあ?」と首をひねってしまうものもあります。今日は、そういう首の運動をさせてくれる興味深いカバーものを、うちのレコード棚から集めてみました。さあ、どんなものがかかるでしょうね。お楽しみに。

僕はドーナッツが好きなんですが、あれこれいろんなものがくっついたややこしいドーナッツよりは、ごく普通の、飾りのついていないプレーンなものが好みです。でも最近のドーナッツショップって、そういうシンプルなものをほとんど売ってないんですね。残念です。怒りさえ覚えてしまいます。まあ、ドーナッツごときでいちいち怒ってちゃしょうがないんですけどね。
SUNSHINE OF YOUR LOVE
TRINI LOPEZ
The Whole Enchilada
Reprise Records
最初は、クリームが1967年にヒットさせたあまりにも有名な「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」。 これは、実にいろんな人がカバーしていますが、今日はちょっと首をかしげちゃうものを2曲聴いてください。

まずは陽気なラテン・ロックで一世を風靡したトリニ・ロペス。あのトリニ・ロペスがクリームをカバーするかっていう驚きがあるんですが、その上にこのアルバムのプロデュースを「ボイス&ハート」が担当しているんですね。トミー・ボイスとボビー・ハートのチームです。
さて、この意外な取り合わせがどんな「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」を作り出したか? LPで聴いてください。
これ、かなり違和感ありますよね。陽気なかけ声も、なんかうら寂しい。どこかで思い違いがあったとしか、僕には思えないんですけど。
Sunshine of Your Love
ella fitzgerald
WATCH WHAT HAPPENS
MPS Records
次は、同じ「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」をジャズ歌手のエラ・フィッツジェラルドが歌います。これもアナログLPで聴いてみてください。
エラはもちろんベテランの大歌手ですから、どんな曲でもとてもうまく、ソウルフルに歌うことができます。でもね、この 「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」に関しては、選曲をちょっと間違えたかなあという感を拭い去ることができません。
悪くはないんです。それなりにまとまってはいるんだけど、今ひとつピンとこないですよね。こうしてみると、「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」って意外にカバーがむずかしい曲なのかもしれません。
DON'T THINK TWICE
THE 4 SEASONS
BIG GEARLS DON'T CRY and Fifteen others
Disky
次は、ボブ・ディランの初期の名曲「Don't Think Twice(It's All Right)」を、なんとフォー・シーズンズが歌います。この時期、ボブ・ディランは売り出し中の若手フォークシンガーでして、注目はされていたけど、まだ神格化されるところまではいっていなかったんです。で、おそらくは「フォークロックとかって、今、流行りみたいだから」ということで、フォー・シーズンズが彼の曲を何曲か取り上げて歌っています。でも、これがみんな見事に「いかがなものか」っぽく仕上がっています。聴いてみてください。「Don't Think Twice(It's All Right)」。
これを聴いてディランさんはどう思ったんでしょうね。ちょっと感想を聞いてみたいような気もしますけど。
I Left My Heart in SAN FRANCISCO
JAN & DEAN
SURF CITY And Other Swingin' Cities
LIBERTY
次はトニー・ベネットが歌って大ヒットした「想い出のサンフランシスコ(I Left My Heart in San Francisco))を、サーフィン・ミュージックの雄、Jan&Dean(ジャン&ディーン)がアップテンポで歌います。これだけでもかなりのミスマッチ感が漂っていますけど、イントロがなんとボビー・ベアの「デトロイト・シティー」からの流用という、なにしろ掟破りの凝りようです。でもこの無茶ぶり、なかなか悪くないと僕は思います。個人的にはけっこう好きかもしれない。オリジナル・モノラルLPでかけます。
Dancing in the Dark
BIG DADDY
TALES FROM THE RHINO
RHINO
LONG TALL SALLY
PAT BOONE
"COVER TO COVER"…HIT UPON HIT
ace
次は、これもかなりへんてこな趣向のカバーです。ブルース・スプリングスティーンの「Dancing In The Dark」を、もしパット・ブーンが歌ったらどんな風になるか、という普通ではちょっと考えられないコンセプトのもとにつくられたカバーです。オールディーズ・ファンにはおなじみのパット・ブーンのヒット曲「涙のムーディー・リバー」がイントロに使われていて、不思議な郷愁を誘います。

そしてもう1曲、今度はパット・ブーンが、リトル・リチャードのクラシック「ロング・トール・サリー」を歌います。実際にかなりのミスマッチです。でもけっこう、これがヒットしたんです。全米ヒット・チャートの8位まで上がりました。なぜかというと、1950年代のアメリカの主要ラジオ局は、黒人向けのステーションを別にして、黒人の音楽をまず流さなかったんです。だからリトル・リチャードのオリジナルは多くの人の耳に届かなかった。

ナッシュヴィルにあった「ドット」という小さなレコード会社がそこに目をつけて、金髪でブルーアイの地元の好青年パット・ブーンに、黒人歌手のヒットソングを次々に歌わせて、レコードを売りまくりました。当然、黒人歌手は頭にきますよね。自分たちのオリジナルのレコードがそれほど売れずに、その成果を白人歌手がパクって、いいとこ取りをしていくんだからね。そういう意味では「ちょっと困ったカバー」と言っていいかもしれません。
続けて聴いてください。Big Daddyがパット・ブーン風に歌う“Dancing in the Dark”、そしてPat Boone自身が歌う“Long Tall Sally”。
Sukiyaki
The Music City Orchestra featuring Sadsaciaki
THE SOUNDALIKE KINGS
SPAR
これは今日おかけする中でもいちばん珍品と言っていいかもしれません。さきほどの「ドット・レコード」と同じ、やはりナッシュヴィルに「SPAR」という1961年にできた小さなレコード会社がありまして、いくつか子会社を持っているんですけど、ここは完コピ、そっくりそのままのカバー・レコードを出すことを、ほぼ専門としていました。オリジナルそっくりに作って、それを本物よりずっと安い値段で売り出すんです。主にお金のない若者たちがそれを買います。

ナッシュヴィルは音楽の街ですから、歌手もミュージシャンもごろごろしていますし、声をかければすぐに面子(メンツ)が集まって、低予算でレコーディングができてしまうし、そのクオリティーも高いです。うまくいけば、オリジナルのレコーディングとまったく同じバック・ミュージシャンを集めることができます。

彼らは1963年に大ヒットした坂本九の「SUKIYAKI」、つまり「上を向いて歩こう」を完コピしようとするわけですが、何しろ日本語でコピーしなくちゃならない。しかし、いくらナッシュヴィルでも、日本語で歌える歌手は簡単には見つかりません。しょうがなくて、アメリカ人の歌手にサダスチアキというわけのわからない名前を名乗らせ、日本語をそっくり真似して歌わせます。これ、なかなか上手に口真似をしているんですけど、日本人が聴くと「これはやはり変だ」とわかります。口笛もオリジナルの方がうまいです。まあ、とにかく変なカバーなので、首をかしげるなり、ため息をつくなり、失笑するなりしながら聴いてください。The Music City Orchestra featuring Sadsaciaki「Sukiyaki」。
Oh Neil
Carole King
THE RIGHT GIRL
CKW
以前、この番組でニール・セダカとキャロル・キングがブルックリンの同じ高校に通っていて、男女交際していたという話をしたことがあると思います。それでニール・セダカは後日、キャロルをモデルにして「おお!キャロル」という曲を書いて歌い、それが大ヒットします。1959年に全米9位を記録しています。

その頃、キャロルは作詞家のジェリー・ゴフィンと結婚していたんですが、ゴフィンはその歌詞を少し書き換えて、同じメロディーでアンサーソングをこしらえます。それが「おお!ニール」です。今聴くとかなりイージーというか、超便乗ものというか、キャロル・キングさんとしてはあまり蒸し返してほしくない話題ではないかと思いますが、この際ですから、しっかり蒸し返しちゃいますね。
若きキャロル・キングが歌います。「おお!ニール)」
In My Life
Sean Connery
InMyLife
MCA Records
これは先日の「ラバー・ソウル」のカバー特集でかけようかと思ったんですが、時間の関係でかからなかったので、こちらにもってきました。これは「いかがなものか」というような種類のものじゃなくて、なかなか素敵な雰囲気を持っているんですが、なにしろショーン・コネリーが歌う……というか朗読するという、かなり特殊な趣向なので、潜り込ませてもらいました。プロデュースはジョージ・マーティンです。
それにしても、ショーン・コネリーのスコットランド訛りの独特の深い声、やはりチャーミングですよね。
HERE COMES THE NIGHT
The BEACH BOYS
LA(LIGHT ALBUM)
Caribou Records
これは、本当は「セルフ・カバー」特集のときにかけようと思っていたんですが、時間の関係でかけきれなかったんで、今日かけます。ビーチボーイズが1967年のアルバム『ワイルド・ハニー』で歌っていた「Here Comes the Night」を、1979年の『L.A.(ライト・アルバム)』の中で、自身がディスコ調にアレンジして歌っています。これは当時、ビーチボーイズ・ファンの間では死ぬほど評判が悪かったですね。ビーチボーイズの暗黒時代もここに極まれり……という感じで。ブライアンはこの当時、文字通り廃人に近い状態に陥っていて、このアルバム制作にはほとんど関与していません。 でも今、あらためて聴くと、「決して褒められたものではないけど、ひとつの時代の記録としては、まああってもいいかも」みたいな比較的寛容な気持ちも生まれたりします。当時は「なんじゃ、これ?」という感じでしたけどね。

演奏時間が10分を超える長さなので、最初と最後のダンス・ミュージック部分をカットして、コーラスの入った部分だけをおかけします。
しかしブライアンさん、このバージョンを聴いて、いったいどう思ったんでしょう?「俺のいないうちに、ひでえことするよなあ」とか思ったかもね。

<収録中のつぶやき>
この当時、ブライアンは廃人同様だから作曲できなくて、LPに入れる曲が足りなかった。しょうがなくてディスコ調にしてアルバムに入れたんです。契約でアルバムを出さなくちゃいけないからね。そういう、いろいろかわいそうな事情があった。ブライアンが、こんなふうに立ち直るなんて誰も思わなかったんだよね。
JAILHOUSE ROCK
JOHN MELLENCAMP
HONEYMOON IN VEGAS MUSIC FROM THE ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK
EPIC SOUNDTRAX
ジョン・メレンキャンプが、エルヴィス・プレスリーの歌であまりにも有名な“Jailhouse Rock”「監獄ロック」を歌います。というと、ごく自然にすっきり収まりそうに思えるんだけど、メレンキャンプさんは、なんとこれをマイナー・キー中心にして歌うんです。エルヴィスがロックンロールで歌うと、前向きに聞こえるんだけど、マイナー・キーで歌われると、聴いていてだんだん薄暗い気持ちになってきます。「うーん、なんのかんのいっても、監獄生活はつらいんだろうな……」みたいに考え込んでしまいます。考え込んでみてください。
ひと味ひねった意欲的なカバーというべきか、あるいは「いかがなものか、カバー」というべきか、このへんむずかしいですよね。
Surf City
The Tymes
「太陽に泳ごう」~夏だ!スイムだ!サーフィンだ!
cameo
ジャック・ホワイトという人が、ドイツ語でローリングストーンズの「ホンキー・トンク・ウィメン」をカバーします。ジャック・ホワイトというのは芸名で、本名はホルスト・ヌッスバウムというドイツ人です。ドイツ語でストーンズをカバーすると、だいたいどれも「うーん、ちょっとなあ……」という雰囲気になるんですが、この「ホンキー・トンク・ウィメン」は特にその感が強いです。なんか別の歌に聞こえちゃうんですよね。このトラックが入っているのは、ドイツ語で歌われたストーンズの曲を集めたアルバムなんですが、通して聴くとかなり聴きごたえあります。
Die Madchen zuhaus' (Honky Tonk Women)
Jack White
Ein Herz aus Stein Rolling Stones Songs auf deutsch
Bear Family Records
ジャン&ディーンのナンバーワン・ヒットソング「サーフ・シティー」を、サーフィンとは何の縁もゆかりもないであろうフィラデルフィアの黒人ドゥーワップ・グループ「ザ・タイムズ」がカバーします。タイムズは「So Much in Love」で百万枚を売り上げたグループですが、見事にしっかり場違い感が漂っています。
きっとレコード会社の偉い人に、「今はサーフィン・ミュージックというものが流行みたいだから、おまえら歌ってみろ」とか言われて、「しょうがねえな」みたいな感じで歌ったのでしょうね。あくまで僕の想像に過ぎませんが、なんとなく「しょうがねえ感」の漂うカバーです。以前、ボビー・ライデルが歌った風変りな「サーフィン・U.S.A.」をおかけしましたが、それと同じLPに収められています。
それではザ・タイムズが歌う「Surf City」。
COUNTRY PREACHER
ROY BUCHANAN
ROY BUCHANAN
Polydor
今日のクロージング音楽は、ギタリストのロイ・ブキャナンが演奏する「カントリー・プリーチャー」です。ジョー・ザヴィヌルが書いて、キャノンボール・アダレイがヒットさせた曲です。ロイ・ブキャナン自身のお父さんも“カントリー・プリーチャー”田舎の説教師だったそうです。なかなか味わいのある演奏だと思います。
今日の言葉は、フランク・ザッパさんです。ザッパさんがドラッグについて語ります。


「おれ、マリファナ吸ったことあるよ。10回くらいかな。でも眠くなって、喉がいがいがしただけさ。なんでみんな目の色変えてあんなもの吸いたがるのか、おれにはさっぱり理解できないね。あれほど退屈な娯楽は他に思いつかないよ。まあテレビを観るよりは少しましかもしれないけどさ」
はあ、そうですか……としか言いようがないけど、ザッパさんにそう言われるとなんか説得力ありますね。まあ、相性みたいなのもあるんでしょうけど。
でもみなさん、とにかく日本でそういうものやるのはやめましょうね。法律で禁止されていますし、みつかったらひどい目にあわされます。駄目ですよ。

それではお元気で、また来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • いつも番組の感想をお寄せいただき、ありがとうございます。特集のテーマ案を送ってくださる方もいます。多いのは「映画音楽特集」「子どものための音楽特集」「ペットサウンズのカバー特集」など。いつか実現するかもしれません。あなたはどんな特集が聴きたいですか。ぜひリクエストしてください。(構成ヒロコ)
  • 今月の特集は、“カバーの鬼”村上DJが選んだ思わず微苦笑の曲が並びます。「うーん、これはどうかなあ?」「いかがなものか…」と首をかしげつつ、村上DJのカバー愛にあふれたラインナップです。なかでも、ナッシュビルの小さなレコード会社が出した坂本九「SUKIYAKI(上を向いて歩こう)」の完コピ版はまさに珍品、口笛も楽しい一曲です。ショーン・コネリーが朗読する“In My Life”にもしびれます。それにしても、村上さんのレコード棚にはまだまだ出番を待つ曲がたくさんありそうですね。(エディターS)
  • オリジナルソングとはまた一味違うカバー曲。こんな曲が、こんな風にアレンジされている?!オリジナルに声までソックリ!!など、村上春樹さんの解説と共に聞く「いかがなものかカバー」たち。個人的には「上を向いて歩こう」のカバーがクスっと笑えてよかったです。(レオP)
  • オリジナル曲とカバー曲を聴き比べると、やはりアレンジの違いやそっくりさにびっくりしますね!「上を向いて歩こう」は特にオリジナルとそっくりで聴いてて楽しかったです。収録時もこの曲を聴きながら盛り上がったことを覚えています。(AD桜田)
  • 番組収録中、これはいかがなものかと、と村上春樹さんが苦笑しながらレコードに針を落とす場面が何度かありました。でもね、その苦笑はこよなく音楽を愛するDJの微笑みでもあるんです。しかし、アーティスト側もさるもの、これでもかと色んなアレンジを名曲に施して。楽しんで、面白がって、これぞポップスの醍醐味かもしれません。リスナーのあなたのレコードライブラリーにも「いかがなものか」的な珍盤はありますか?(延江GP)
  • 今回の村上RADIOは、いかがなものかと思うカバー曲の特集でした。村上RADIOの真骨頂といいますか、これまでも決して素晴らしいと思える曲ではない、でも世に問いたい音楽を流してきましたが、いよいよ今回は全編特集となりました。素晴らしさとは違う価値を持った音楽を存分に楽しんで下さい。(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。