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村上RADIO~お色気女性ヴォーカル特集~

村上RADIO~お色気女性ヴォーカル特集~

こんばんは。村上春樹です。今日は声が少ししゃがれています。夏風邪をこじらせて、喉をやられてしまいました。次の回までには治しておきますので、今日はすみませんが、この声にお付き合いください。
村上RADIO、今夜は「お色気女性ヴォーカル」特集です。色っぽい声や仕草で男心を惑(まど)わせる、いけないおねえさんたちの歌声をたっぷりお届けします。男性のみなさん、日曜日の夜ですから、彼女たちの仕掛ける優しい罠(わな)を心置きなく楽しんでください。女性リスナーはどうすればいいか? うーん、どうすればいいのかなあ。まあ、罠の仕掛け方とか、そのへんの手練手管(てれんてくだ)をちらっと学んでみられてはいかがでしょう。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」


「今回はお色気ヴォーカル特集でいきます」と言ったら、番組の女性スタッフから「今はもう『お色気』なんて言葉、ほとんど使いませんよ」と言われました。たしかにこの言葉、昭和っぽい匂いがするかもしれない。でも「お色気」に代わる言葉ってなかなかないんですよね。「セクシー」だとちょっと直接的すぎるし、「悩殺」というほど激しくありませんし。まあ、お色気でいいですよね。例によって、うちから音源をひと抱え持ってきました。選曲するのはけっこう楽しかったです。色っぽいおねえさんたちに囲まれているみたいで。
Come On-a My House
Julie London
Swing Me An Old Song - A Collection Of The Best Swinging Tracks
Marginal Records
ジュリー・ロンドンは1950年代後半から、1960年代前半にかけて、セクシー・ボイスで名を馳せた人です。ちょっと低い目の声でハスキーに歌うところがいいです。きれいな人で、もともとは女優だったんですが、途中から歌手に転向して有名になりました。10代の八代亜紀さんがジュリー・ロンドンに憧れて、歌い方をコピーしていたというのは、一部では有名な話です。

今日はローズマリー・クルーニーの唄で1951年にヒットした「Come On-A My House」“家(うち)へおいでよ”を聴いてください。この曲、作詞したのは作家のウィリアム・サローヤンです。

「うちにいらっしゃいよ。キャンディーでも、果物でも、なんでも食べていいのよ。もう、何もかもそっくりあげちゃうんだから」という内容の歌詞です。そんなこと言われたら緊張しちゃいますよね。あまり言われたことありませんけど。
I Love How You Love Me
Claudine Longet
A&M デジタル・リマスター・ベスト
A&M
次はクロディーヌ・ロンジェをかけます。ロンジェさんはフランス人で、夫はやはり歌手のアンディ・ウィリアムスさんです。この人も美しい方です。もともとはダンサーだったんですが、素人っぽい独特の歌い方が受けて1960年代後半、歌手としても成功しました。
「I Love How You Love Me」を聴いてください。バリー・マンが作曲して、パリス・シスターズが1961年にヒットさせた曲です。クロディーヌがあなたの耳元で、フランス語訛りのある英語で囁(ささや)いてくれます。「あなたが私を愛してくれる、そのやり方が何より好きなの」
Pillow Talk
Clementine
mosaïques
SMA
フランス人のクレモンティーヌが「ピロー・トーク」を歌います。
「ピロー・トーク」、日本語に訳せば「寝物語」。男女がベッドの中で交わす会話のことです。男女も結婚して何年も経つと、ベッドの中で語ることも子どもの学校のこととか、「そろそろ車検が近いね」とか、そういう実用的な話になってくるみたいですが、そういうのは普通「ピロー・トーク」とは呼びません。「ピロー・トーク」、もっと艶(つや)っぽい会話のことです。
この曲、1973年にシルヴィアっていう人の歌で流行りました。クレモンティーヌは英語とフランス語のちゃんぽんで歌いますが、これがなかなかセクシーです。フランス語って、けっこう響きが音楽的というか、なんか耳に心地よいですね。フランス語の寝物語です。
The Nearness of You
Helen Merrill
The Nearness of You(LP)
Mercury
ヘレン・メリル、「ニューヨークのため息」と呼ばれた人です。ハスキーな声で囁(ささや)くように歌いかけます。クリフォード・ブラウンとの共演でジャズ・ファンにも有名になりましたが、もともと本格派ジャズ歌手というよりは「趣味の良い小粋なクラブ歌手」という感じの人ですよね。音程が微妙にふらつくところが、なぜか聴くものの心をそそります。
ここではビル・エヴァンスのピアノをバックに、ホーギー・カーマイケルの名曲「ニアネス・オブ・ユー」を歌います。いきましょう、「ニューヨークのため息」、ヘレン・メリル。
Teach Me Tiger
April Stevens
Teach Me Tiger (LP)
Liberty
次はもう少しワイルドにいきます。エイプリル・スティーヴンスさんが歌います。「ティーチ・ミー・タイガー」、虎さん、教えて。トラさんといっても葛飾柴又の寅さんじゃなくて、本物の虎です。いったい何を教えてもらうんでしょうね? 興味あります。

エイプリル・スティーヴンスはお兄さんのニノ・テンポとデュエットで「ディープ・パープル」をヒットさせた人ですね。この「ティーチ・ミー・タイガー」は1959年にマイナー・ヒットしました。これ、雰囲気がけっこうワイルドですので、思わず椅子から滑り落ちたりしないようにご注意ください。

うーん、すごかったですねえ。このエイプリル・スティーヴンスさんは今年の4月に93歳で亡くなっています。ついこの間ですね。ご冥福をお祈りします。
Baby, It's Cold Outside
Betty Carter & Ray Charles
Ray Charles & Betty Carter (LP)
PROBE
さて、ベティ・カーターはかなりシリアスなジャズ歌手ですけど、ここではレイ・チャールズと組んで、コケティッシュな魅力をぞんぶんに発揮しています。曲は「Baby It's Cold Outside」“外は寒いよ”。男の人が女の子をせっせと口説いている歌です。女の子は「もうそろそろ、うちに帰らなくっちゃ」と言うんだけど、男は「外は寒いから、もう少しゆっくりしていきなよ。暖炉の火も暖かく燃えているしさ」みたいに引き留めます。この駆け引きがなかなかいいんです。「お母さんは心配しているし、近所の目もあるし……」とか女の子は抵抗するんだけど、でもなんか抵抗はだんだん弱まっていくみたいです。
さあ、これからどうなるんでしょうね?
Let Me Entertain You
Ann Margret
Let Me Entertain You
RCA
今日は声の調子があんまりよくなくて、すみません。でもがんばってやります。
次はアン=マーグレット、1960年代の代表的セックス・シンボルでした。スウェーデン系のアメリカ人で、金髪で長身、もともとは女優だったんだけど、歌がうまくレコードも何枚か出しています。女優として僕が覚えているのは、スティーヴ・マックイーン『シンシナティ・キッド』のたちの悪い悪女役、『愛の狩人』でのジャック・ニコルソンの不幸な奥さんの役、それからエルビス・プレスリーと共演した『ラスベガス万才』、そんなところです。

今日は彼女の歌う「Let Me Entertain You」を聴いてください。「大丈夫よ。しっかり、しっとり、あなたをおもてなししてあげますからね」、そんなことを言われたらいいですよね。あまり言われたことないですけど。ニャア(猫山)
C'est Magnifique
Eartha Kitt
LOVE FOR SALE(LP)
EMI
次は、お色気ソングにはフランス語がなぜか似合うという説を、あらためて裏付ける曲です。アーサ・キットの歌う「C'est Magnifique(セ・マニフィック)」。フランス語のタイトルがついていますが、この曲を作曲したのはアメリカ人のソングライター、コール・ポーターです。彼はフランスが大好きで、1920年代パリにずっと住んでいました。ウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』にも、スコット・フィッツジェラルドと並んで登場していましたね 外国語が得意なアメリカの黒人女性歌手、アーサ・キットがフランス語を交えて色っぽく歌います。「C'est Magnifique」“とっても素敵”。
La Belle Dame Sans Regrets
Blossom Dearie
BLOSSOM'S PLANET
スリーディーシステム
ブロッサム・ディアリーを「お色気シンガー」と呼ぶのには、いささか抵抗がありますが、でも女性らしい愛らしさを表に出しているという点では、まあナチュラルに色っぽいですよね。良質にコケティッシュというか。僕は彼女のことを「妖精おばさん」と呼んでいますけど。
彼女が歌います、「La Belle Dame Sans Regrets」。後悔を知らない美しい女、「悔いなき美女」、スティングの作った曲ですね。そしてこれもまたなぜかフランス語です。

これ前にも話したことあると思うんだけど、僕は1980年代にロンドンの小さなクラブで、彼女のピアノの弾き語りを聴いたことがありまして、これは本当にうっとりする素晴らしい体験でした。彼女、そのときはもう60歳を過ぎていたと思うんだけど、それでもやはりすごくかわいらしい印象でしたね。
Smile
Peggy Lee
If You Go (LP)
Capitol
色っぽい女性歌手といえば、1950年代のペギー・リーがその草分けみたいなものでした。ペギー・リーはもともとベニー・グッドマン楽団をはじめとして、ジャズ・ビッグバンドの専属歌手として売り出したんですが、途中から歌手として独立し、人気を確立しました。金髪の美人、ちょっと姉御っぽい感じの人です。囁(ささや)くような声が彼女のトレードマークみたいになって、一世を風靡(ふうび)しました。今日はチャップリン映画の主題歌「スマイル」を聴いてください。これ、色っぽいというよりは、チャーミングというほうが近いかな。
グッド・ナイト東京
松尾和子
VICTOR カラーテレビ
Victor
このへんでひとつ、日本の色っぽいおねえさんの歌を聴いてみましょう。松尾和子さんが歌います、「グッド・ナイト東京」。なんか昭和のキャバレーの匂いがして、これがいいんです。
Fever
Shirley Horn
But Beautiful
VERVE
今度は、ペギー・リーがヒットさせた曲、「フィーヴァー」をシャーリー・ホーンが歌います。
シャーリー・ホーンはもともとジャズ・ピアニストとして出発した黒人女性ですが、途中から歌手のほうが本業みたいになってしまいました。声はメゾソプラノからアルトに近くて、しっとりとした素敵な歌い方をします。この手の色っぽい歌手って、このあたりの声域の人がなぜか多いみたいですね。
What Are You Doing the Rest of Your Life?
Michel Legrand Trio
Parisian Blue
M&I
今日のエンディングの音楽はミシェル・ルグラン・トリオの演奏する「What Are You Doing the Rest of Your Life?」“人生の残りをあなたはどうやって過ごすつもりなの?”。急にそんなこと言われても困るんだけど、まあとにかく、色っぽい女性ヴォーカルのあとなので、しっとりとした音楽で内省的に締めましょう。
今日の最後の言葉はザ・ドアーズのジム・モリソンさんです。彼はどのように曲を書いたか?


「だいたい、まず頭にメロディーが浮かぶんだ。でも譜面に書き留めることができないので、そこにすぐさま歌詞をつけちゃう。それが自分にとってメロディーを記憶しておく唯一の方法だから。でも結局多くの場合、メロディーは思い出せなくて、歌詞だけが残るんだな」
うーん、消えたメロディーはどこに行っちゃったんでしょうね。もったいないっていうか……。今ならとりあえず口ずさんで携帯に吹き込んでおいて……みたいなことができるんだけど、なにせ1960年代のことなので、残念ながら。

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 村上DJのエッセイ集『村上朝日堂の逆襲』に「夏の終わり」という一篇があります。「子供の頃、家が甲子園にわりに近かったので、夏になると自転車に乗ってよく高校野球を見に行った。……決勝戦が終わり、閉会式が終わり、応援団が旗をたたんでぞろぞろ帰っていく頃になり、子供心に夏も一区切りついたなという思いがしたものである」。村上少年の夏の姿が目に浮かびますね。今年の夏も暑く、また台風の被害に遭われたリスナーもおられたと思います。今月の村上RADIOは8月27日オンエア。夏の夕暮れ、女性ヴォーカルの甘い歌声に、きびしい暑さが少し和らぐといいのですが。(エディターS)
  • 村上さんの翻訳作品にティム・オブライエンの「本当の戦争の話をしよう」があります。ベトナム戦争の前線で戦った若い兵士たちの体験や苦悩を描いた作品です。勝者も敗者もない。人間ひとりひとりを壊し、傷つける戦争の恐ろしさがずしんと響く一冊です(構成ヒロコ)
  • フランス語の特徴の一つに鼻母音というものがあるそうです。鼻と口から同時に息を抜くのが発音のポイントだそうです。これがお色気ヴォーカルの秘訣なんですかね。自分でやってみると息切れした犬みたいにしかなりませんでしたが。(CADイトー)
  • 新入りのADルッカです。よろしくお願いします!収録当日は緊張でもはやあまり記憶がないですが、村上RADIOにつかせて頂くこの光栄、存分に楽しませて頂きます。さてフランス語とお色気ヴォーカルの関係性。イタリア語やスペイン語の情熱でもなく英語やドイツ語の力強さでもなく。きっとどこか力の抜けた、発音も魅力のフランス語だから成しえる妙技なのでしょうか。聞きながら、自然と夜のパリが思い出されました。パリに行かれたことのある方、写真でも見返しながら放送を楽しまれてはいかがですか?(ADルッカ)
  • 今回の村上RADIOは、お色気女性ヴォーカル特集でした。「声」に焦点をあてた今回の特集ですが、フランス語の歌声がこんなにラジオから流れるのも珍しいのではないでしょうか。今回は春樹さんの声もしゃがれ声で珍しく、いつも以上に「お色気」あります。(キム兄)
  • 真夏の夜にラジオから「いけないおねえさん」たちのヴォーカルが流れてきました。電波というシースルーから透けて見える大人の色気にドキドキ。熱帯夜にたらりと落ちる汗が冷や汗にも感じられ・・・・・・。そう、愛の毒に幻惑された55分でした( ´艸`)(延江GP)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。