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村上RADIO~冬の炉端で村上SONGS~

村上RADIO~冬の炉端で村上SONGS~

こんばんは、村上春樹です。そろそろ年も終わりに近づいてきました。というわけで、今日は、今年僕が手に入れたディスクの中から、個人的にわりに気に入ったものをかけます。
といっても僕の場合、買うのは新譜よりは古いアナログ・レコードの方が圧倒的に多いので、新しいものはあまりかかりません。すみません。

でも少しは新しめの音楽もかけます。古いものばかり聴いていると、進歩がないですものね……ていうか、もう今さら進歩しなくてもいいんじゃないかという気もするんだけど、まあそこはとりあえず。
Moonlight Motel
Bruce Springsteen
Western Stars
Columbia 2019
まずは、今年リリースされたブルース・スプリングスティーンのアルバム、Western Starsの中の曲です。このアルバム、派手さはないけど、じっくり聴き込むとけっこう心に沁みます。 とくに最後のトラックの“Moonlight Motel”、とても美しい曲で、僕は個人的に気に入っています。

あまり車の通らない街道筋にある、さびれたモーテル。ほとんど客は来ない。プールは涸れてひび割れ、部屋はかび臭い。
主人公はそこで人妻と密会をしているみたいです。そしてそれは、どうやら先の見えない、煮詰まった恋のようです。でも彼はどうしてもそこに引き戻されてしまう……。

君の口紅の味、君が囁(ささや)いた秘密
僕はそれを誰にも言わないよ。
半分残ったビール、僕の耳にかかる君の吐息
場所はMoonlight Motel
Three Minutes To Hey, Girl
George Kerr
New Jersey's Greatest Hits
All Platinum 1971
次は「ニュージャージーズ・グレーティスト・ヒッツ」というアルバムです。これはホノルルの中古レコード屋でみつけました。 古いソウル系のLPの大量放出をやってたんだけど、ほとんどがオリジナル盤で、盤質もよくて値段も手頃だったので、20枚くらい買ってきました。持って帰るのが重かったけど、まあね、しょうがないです。

「ニュージャージーズ・グレーティスト・ヒッツ」と銘打ってますが、実はイングルウッドというニュージャージー州の小さな町近辺の、若い黒人ローカル・ミュージシャンの曲を集めたもので、レコード会社も地元のマイナー・レーベルです。
でも、中にはThe Momentsの「LOVE ON A TWO-WAY STREET」みたいに全国的にヒットしたものも入っていて、内容的にはあなどれません。15ドルで買ったんだけど、けっこう当たりだったです。

今日かけるのは、ジョージ・カーの「Three Minutes To Hey, Girl」というタイトルの曲ですが、これはキャロル・キングとジェリー・ゴフィンのヒット曲「Hey Girl」に、しゃべりのイントロをつけたものです。
去って行こうとする女の子に向かって男が「頼むよ、行かないでくれ。三分だけ時間をくれ。三分でいいからさ」みたいなことを言って、懸命に説得しているんだけど、この情けなさ感がリアルに伝わってきて、なかなかいいんです。アナログでかけます。

(村上さん、ターンテーブルのレコードに丁寧に針を落とす……)

男が家に帰ると、女の子がスーツケースを持って家を出ていこうとしていて、「なんだ、そのスーツケースは」というところから始まります。
(曲を聴きながら)なかなか切ないしゃべりですよね。歌は3分ぐらいなんだけど、「3 MINUTES、時間をくれ」というのは、歌で口説き落とす訳です。とどまってくれ、と。

これはめずらしいレコードだから15ドルだと買いですね。こういうローカルレコードのオリジナル盤を見つけるのはなかなか難しいんです。 そこはいつも立ち寄る店で、向こうは僕の名前も知っているんだけど、最初は僕の顔を見て「あなたは日本の有名な……シェフでしょう?」と。 シェフじゃないと言ったら、「じゃあ芸能人関係ですよね」って。最近やっと作家だってわかったみたい(笑)。
今回はリスナーの皆さんから、「村上春樹に聞いてみたいこと」という質問を送ってもらいました。

1000通近いメッセージが届いたそうで、その中から何通読めるかわかりませんが、できるだけお答えしたいと思います。
ラジオネーム;おでこ(30代、美容師、女性)
春樹さんは海外で髪を切ったことはありますか?海外の美容室でのエピソードを教えていただきたいです。
うん、海外で髪を切るのはいつもひと苦労です。たとえば、ロンドンのセントジョンズ・ウッドというところで暮らしていたとき、 そこで『ダンス・ダンス・ダンス』という小説を書いていたんですけど、地下鉄の駅近くの床屋さんに行きました。 そしたらそこの理容師が僕を見て「おお、今日は君にとって最高に幸運な日だ。僕は日本人の髪を切ることを何より得意としているからだ。任せてくれ。素晴らしい髪型にしてあげるから」と言うんです。 ほんとかよ、と眉に唾をつけて聞いていたんだけど、案の定、こんなひどい髪型はないというくらいひどいことにされて、一週間くらい泣いて暮らしていました。 だから、みなさんもセントジョンズ・ウッドの床屋さんに行くときは気をつけてくださいね。
ラジオネーム;暗闇坂48(40代、会社員、女性)
先日はラジオネームを頂き、本当にありがとうございました。わたしの娘は小さい頃から作家になるのが夢です。 娘はいま高校二年生で、村上さんや大好きな作家さんたちが出ている早稲田を目指して頑張っています。そこで、村上さんが大学の勉強で役に立ったこと、面白かったこと、また母校に思い入れなどありましたら、教えてください。
僕は早稲田大学の文学部に7年も通いましたけど、当時の早稲田の文学部には、やはり作家志望の人がうようよしてました。 僕はそうじゃなくて、映画演劇科というところにいまして、小説よりはむしろそっちの分野に興味がありました。同じクラスに芦原すなお君がいまして、彼は『青春デンデケデケデケ』という小説で直木賞をとりました。 ちなみに僕は芥川賞も直木賞ももらっていません。
すごいですよね……別にすごくないか(笑)。
ラジオネーム;オオバッカ(40代、ガラス作家、女性)
私は食が好きなので、夕食をゆっくり夫と一緒に楽しみたいのですが、夫は食に時間をかける習慣がなく、その上なぜか「美味しい」と発言することを拒みます。なぜでしょう?
僕がラジオネームを差し上げた方で、チューバッカよりちょっと大きい「オオバッカ」さんですね。
僕もね、実は食事が速い人間なんです。せっかちというか、あっという間に食事が終わってしまいます。イタリア・トスカーナの、とあるリストランテで食事をして四時間近くかかったことがあります。夜8時頃に食べ始めて、終わったのが真夜中前でした。 最後の頃は突っ伏して寝てました。それでも給仕の人に起こされて、「シニョール、食後酒は?」とか訊かれて苦しかった。四時間はいくらなんでも長いですよね。
ラジオネーム;なおきち(30代、男性)
地方新聞で記者をしています。地方紙は地域のできごとをたくさん記事化していて、たとえば「◯◯小学校の児童が稲刈りを体験」 「△△地区の郷土史を何がしさんが自費出版」などという比較的些細な話も毎日たくさん載せています。 村上さんならこうした地域の話題で、どんな話なら読んでみたいと思いますか。
僕が好きな地方新聞の記事は、不思議な目に遭った普通の人の体験談です。 たとえば、「野原の井戸に落ちて、三日間その底で過ごした」とか、「農作業をしてたら雷に打たれたけど無事に生き延びて、おかげで神経痛が治った」とか、そういう人の詳しい体験談をじっくり読みたいです。 そういうローカルな話って、なかなか全国紙には載りませんよね。面白い話があったらぜひ教えてください。
君恋し
ジミー入枝
ドゥーワップde昭和歌謡
Doowop Recordings 2010
次は鹿児島のローカル・バンドにいきます。これは京都の中古レコード屋の200円均一コーナーでみつけたものです。CDのタイトルは「ドゥーワップde昭和歌謡」。 歌っているのはジミー入枝とザ・キングタウンズ。CDの解説によると、1988年から鹿児島で、ドゥーワップ一筋で活動している「おっさんバンド」だそうです。年季が入ってますね。

今日は「憧れのハワイ航路」でいこうか、「君恋し」でいこうか、かなり迷ったんですが、結局「君恋し」にしました。 フランク永井さんの1961年のヒットソングです。昔、「夢路いとし・喜味こいし」という関西の漫才コンビがいましたけど、考えてみたらこれ、なかなか大胆なネーミングですよね。

CDの安売りコーナーって、ときどきすごく面白いモノがあります。100円とか200円均一で、段ボール箱にぐしゃぐしゃ詰め込んであったりして、探すのに一時間くらいかかったりもしますけど、まあヒマですから。
ラジオネーム;黒いリュックサック(20代、会社員、男性)
村上さんは以前どこかで「女の子を上手に口説くには、褒める・美味しいものを食べさせる・じっくり話を聞くの三つしかない」とおっしゃっていました。 僕は人を褒めるのが苦手で、特に好きな女の子と一緒だと緊張して、すかした態度になってしまい、上手く褒めることができません。人を褒めるコツがあれば教えて頂きたいです。
褒めろといっても、何でもいいから褒めろってわけじゃありません。そんなことをしたら、逆に警戒されてしまいます。誰かを上手に褒めるには、その人のことをしっかり観察する必要があります。 まずそこから始めてください。自分を表現したり、売り込んだりするよりは、相手をよく見ること、相手の話をよく聞くこと。そうすれば、どんな人にも肝心な褒めどころは必ず見つかります。その線でがんばってみてください。
ラジオネーム;うろつたとなし(30代、マッサージ指圧師、男性)
妻がゴミをゴミ箱に捨てないので困ってます。いつもゴミ箱の横にゴミをそっと置くだけです。何度も注意してるのに全然聞いてくれません。妻からはあきらめろと言われますが、あきらめたくありません。どうしたらいいでしょう?
ちょっと変わった奥さんみたいですね。でもまあそれくらい、いいじゃないですか。誰にでも欠点はあります。 近所に火をつけてまわったり、エアガンで猫を撃ったりするのに比べたら、害はないです。だから、あきらめましょう。あなたが奥さんの代わりに、ひとつひとつゴミを拾ってゴミ箱に捨ててあげればいいんです。 この世ではともかく、死んでから何か素敵なご褒美があるかもしれません。神様からビールの無料券をひと束もらえるとか。来世に期待しましょう。
ラジオネーム;エピフォ(40代、会社員、男性)
ここの所、朝晩はすっかり寒くなってきましたね。鍋焼きうどんが美味しい季節になりました。村上さんは人生最後の食事として鍋焼きうどんがいい、と書かれていましたが、いまもなお人生最後の食事は鍋焼きうどんですか?
今でもやはり、僕の人生最後の食事は鍋焼きうどんです。 仰々しくなくて、村上らしく、謙虚で着実でいいと思います。ただ、できれば海老の天ぷらは冷凍じゃなくて、ナマの海老にしてほしいです。なにせ人生最後ですから、それくらいの贅沢は許されていいですよね。
De-Twah (Detroit)
Keith Loving and the Family
Family Portrait
Love Boat Music and Art 2012
これは買ったんじゃなくて、もらいものです。ニューヨークに行った時、ケネディ空港からマンハッタンのミッドタウンにあるホテルまでリムジンに乗ったんですが、その運転手からもらいました。僕は普通リムジンなんて使わないんだけど、そのときは出版社の招待だったので、リムジン・サービス付きだったんです。道路が渋滞していて、暇つぶしに黒人の高齢の運転手と世間話をしていたんですが、「おれ、日本には何度も行ったよ」と言う。「どうして?」と訊くと、彼はジャズ・ギタリストで、いろんなバンドに入って来日公演していたんだそうです。

「ギル・エヴァンズのバンドでも行ったし、ロバータ・フラックのバンドでも、グレゴリー・ハインズのバンドでも行ったなあ」「ギル・エヴァンズ楽団で来日したっていうと、川崎燎がギターを弾いてた頃?」「ああ、そうだよ、リョウと二人で一緒にギター弾いてた。それからミネっていうサックス奏者がいたね」「峰厚介?」「うん、そうそう」……そんな話になって、盛り上がりました。

彼はキース・ラビングといいまして、ロバータ・フラックのFeel Like Makin' Loveでも、バックでギターを弾いてます。今でも息子たちとバンドを組んで、現役で活動しているけど、ミュージシャンだけでは食えないので、アルバイトにこうしてリムジンの運転手をやっているということでした。

別れ際に、Family Portraitというタイトルの自分の新しいCDを「これ、やるよ」と言ってプレゼントしてくれました。まあ、そのぶんくらいはチップをはずみましたけど。

そのCDから一曲かけます。彼のオリジナルで、タイトルはDe-Twah。De-Twahというのはデトロイトの俗称です。なかなか切れの良いかっこいいギターです。
雨に消えた想い
鹿内タカシ
鹿内タカシモダンフォークを歌う
キングレコード 1965
次は、ちょっとした事情があって最近、ある方のレコード・コレクションを預かることになりまして、これはその中の一枚です。古いLPで、CD化はされていないと思います。
タイトルは、「鹿内タカシ、モダン・フォークを歌う」。
1965年にキング・レコードから発売されています。鹿内タカシさん、もともとはロカビリー歌手ですが、この頃はイメチェンしてフォーク・ソングなんかを歌っていたんですね。

この曲のタイトルは、「雨に消えた想い」となってますが、原題はWhat Have They Done To The Rain。放射能に汚染された雨が降って、子供は消え、草は枯れ、あとはただ雨だけが絶望の涙のように降っているという、 核実験に反対するプロテスト・ソングです。ジョーン・バエズが歌っていて、そっちのタイトルはたしか「雨を汚したのは誰?」でした。こっちのタイトルの方が内容には近いかもしれない。内容はすごく切実だけど、メロディーは美しいです。
ラジオネーム;タータン(50代、塾講師、男性)
16年一緒に暮らしている妻がいるのですが、先日来、口をきいてくれなくなり、メールで「私のことは放っておいて欲しい。 あなたと積極的に一緒にいる理由はもうない」と言われました。これは別れて欲しいということなんでしょうか。ホントに困っています。
お気の毒ですが、それはやはり「別れて欲しい」ということだと思います。ただし、黙ってすっと出て行かないで、そのようなメッセージをわざわざあなたのところに送ってくるというのは、まだ多少見込みがあるということです。 だから、なんでもいいからぺこぺこ謝るのがいいと思います。理屈をこねないで、とにかく誠意を込めてひたすら謝る。言葉の限りを尽くして詫びる。これしかありません。それが人生です。気合いを入れてがんばってください。
ラジオネーム;チヨタツコ(50代、女性)
村上さんは1日だけ猫になれるとしたら、何猫になって、何をしたいですか?私は大きな黒猫になって、森を駆け回ってみたいです。
僕が猫になったら、尻尾を使ってさんざん悪いことをしてやろうと思います。ふだん尻尾がないので、猫になったときくらい存分に尻尾のメリットを楽しみたいです。 どんな悪いことをするのか?それはそのときのお楽しみです。いったい何をするんでしょうね。
ラジオネーム;裏表やまねこ(40代、会社員、男性)
以前、村上さんからラジオネームを頂いた裏表やまねこです。村上さんへの質問。2019年1番の思い出なんかがありましたら教えて下さい。
そんなこと、とてもラジオでは言えません。言ったら大変なことになります。世の中がひっくり返ります。 でも二番目に素敵なことは、ヤクルト・スワローズの19歳、村上宗隆くんが活躍したことですね。チームは不幸にしてどん底だったけど、彼は素晴らしかった。19歳なのに、不思議な風格があるんです。来シーズンが楽しみです。
ラジオネーム;「さい」という名前の猫(50代、会社員、男性)
先日、和田誠さんがお亡くなりになりました。安西水丸さんに続き、村上さんの作品に欠かせないイラストレーターが天に召され、ファンもさびしい気持ちです。和田さんと安西さんお二人にまつわる思い出話をお聞かせ願えませんでしょうか。
和田さんも水丸さんも、ずいぶんよく一緒に仕事をさせてもらった方なので、お二人とも亡くなってしまって、僕としては本当にさびしいです。僕らは三人とも青山近辺に住んでいたり、事務所を構えていたりしたので、けっこう近所でよく顔を合わせました。 和田さんのところでは、貴重な映画を16ミリのフィルムで見せてもらったりしました。本当に映画とジャズの好きな方でした。そういう話をしていると、いつもとても幸福そうでした。

水丸さんは、きれいな若い女性と一緒にいるところをよく見かけました。「彼女、村上さんのファンなんだよ。今度紹介するね」とか言われるんだけど、一度も紹介されたことありません。 彼女のために本にサインさせられただけです(笑)。水丸さんは犬猫をすごく怖がるのね、仕返しにうちの雌猫を一度けしかけてやりまして、これは心温まる思い出として残っています。
People Give In
MANIC STREET PREACHERS
Resistance Is Futile
Columbia 2018
新譜というにはちょっと古くなったかもしれないけど、MANIC STREET PREACHERSの比較的最近のアルバム、RESISTANCE IS FUTILEの中の一曲です。「抵抗は無駄だ」という意味ですね。何に抵抗しているのか、よくわかりませんが。
このアルバムのいちばん最初に入っている「People Give In(人はめげる)」という曲が僕は好きで、走りながらよく聴いています。世間で流行ったのかどうか知らないけど、個人的にはかなりヒットしています。歌詞がいいんです。

人は疲れる
人は年老いる
人は忘れられる
人は売り買いされる

すべての物事に通用するセオリーなんてない
欠点のない概念はなく、見過ごされる犯罪はない

人は挫折する
人は移りゆく
人は対抗できない
でも人は強くあり続けられる
全体的にヘビーな歌詞だけど、そのわりに聴いているとなぜか勇気づけられます。そうだよなあ、人は疲れて、年老いるんだよなあ・・・・・みたいに。
Libera Me
Yaron Herman
Variations - Piano Solo
Laborie Records 2006
このCDも貰いものです。イスラエルの知人からプレゼントされました。イスラエルのジャズ・ピアニスト、ヤロン・ヘルマンの演奏する「Libera Me」。 ガブリエル・フォーレの「レクイエム」の中の曲ですね。意味は「我を永遠の死から解き放ち給え」。 心を打つ美しい音楽です。このヤロン・ヘルマンさんのピアノ・ソロ演奏も、心がこもったものです。
今日の最後の言葉は、エルトン・ジョンとコンビを組んでいた作詞家、バーニー・トーピンの言葉です。彼は車に乗っているときに「ロケットマン」の歌詞の冒頭部分を思いつきます。

<ある一節が僕の頭にはっと浮かんだ。「彼女がゆうべ、フライトのための荷物を詰めてくれた。発射予定時刻は午前九時」。僕は車から飛び降り、両親の家に駆け込んだ。「何も話しかけないでくれ。こいつを書き留めるまでは」って叫びながらね>

そういう突然の霊感ってあるんですね。僕はほとんど経験したことがありませんけど。
そういえばこのあいだ、映画『ロケットマン』を観ました。飛行機に11時間も乗っていて、他に観たい映画もなかったんです。どうだったか?
えーと、よくわからないです。僕は正直言って、とくにエルトン・ジョンの熱心なファンじゃないので。すみません。

今年はこれが最後の番組の放送になります。でも来年もちゃんと続きます。また来年お会いしましょう。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • ネコになれるとしたら、というリスナーのご質問に、春樹さんはレコードをかける手を止め、「そうだなぁ」と間をおき、「尻尾を使ってさんざん悪いことをしてやろうと思います。ふだん尻尾はないので、ネコになったときぐらい存分に尻尾のメリットを楽しみたいです。どんな悪いことするのかって? それはその時のお楽しみ。いったい何をするんだろう(笑)」と。師走のラジオのそんなやりとりに、僕らはほっこりしてしまいました。なんともイノセントで愛らしい答えです。そういえば、ご自宅近くをジョギングする春樹さんは最近3匹のネコと挨拶するとようになったそうです。「向こうも友達だと思っているのかな」。ご存知のように、番組にもネコが時々ゲストとして顔を出します。今回登場した猫山さんと、ヤマネコクロトさん。気が向けば一匹ずつ覗きにきます。猫山さんはターンテーブルの上でレコードがくるくる回るのを興味深そうに見つめていますが、金魚鉢の中で泳ぐ金魚を狙っているようにも見えます。「猫山さん、ご機嫌いかがですか?」と春樹さんが話しかければ「にゃあ」と応えたり、「ぐるぐるぐる」と喉を鳴らしたり。ヤマネコさんは山猫なので、少々気が荒いです。だからシャー!と意味なく怒ったりします。今日の放送は、僕は家のトラ猫と一緒に聴きました。(延江エグゼクティブプランナー)
  • 村上さんは読者との交流をとても大切にしてきました。1999年<村上朝日堂ホームページ>「そうだ、村上さんに聞いてみよう」、2005年「これだけは村上さんに言っておこう」、2006年「ひとつ村上さんでやってみるか」、2015年には1億PVの<特設サイト>「村上さんのところ」と、読者のあらゆる質問に(すごい数です!)真摯でユーモラスに答えています。そして今、TOKYO FM「村上RADIO」のDJとしてリスナーとの温かいやりとりが続いています。冬の炉端で、クリスマスの街で、村上RADIOの雰囲気をWebでもぜひ楽しんでください。(エディターS)
  • 今回の「村上RADIO」は、村上さんが今年、2019年に入手した音楽をお送りしました。どこにも存在しないロストハイウェイな異界に引き込まれた1曲目から、だらしない黒人男性を描いたメロウな2曲目と聞き進み、最後は不思議と1年の疲れを肯定してくれるような年末感のある曲で終わります。忙しい年末、音楽に耳を傾けながら、ゆったりした時間を過ごしていただけると嬉しいです。(キム兄)
  • 今回の村上RADIOは、村上春樹さんが今年2019年に世界各地から集めてきた村上コレクションの中からの選曲でした。タクシーの中で渡されたり、小さな中古レコードショップから掘り出し物を見つけたり…どんなシーンで手に入れたのか、も含めてお楽しみくださいね。そして、来年も村上RADIOは続きます!皆様、よいお年を…また来年!(レオP)
  • 今回のリスナーの方からの質問に村上春樹さんが答える企画、普段着の春樹さんを伺いしれたような気がして楽しかったですね。村上RADIOは来年も続きます!みなさまどうぞ良いお年を!(CADイトー)
  • 今回は「村上さんのところ」のラジオ版、村上さん自らリスナーの質問を読んで応える、まさにDJスタイルでお送りしました。そして村上さんから言葉と音楽の豊かさを教えられる一年でした。2020年はどんな曲が聴けるのか、いまから楽しみです。(構成ヒロコ)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。