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村上RADIO~今夜は、落ち穂拾い~

村上RADIO~今夜は、落ち穂拾い~

こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今夜は「落ち穂拾い」の特集です。
これまでの番組でかけようとして録音もしたんだけど、時間の関係でかけられなかった曲を中心に集めてみました。少し余分に録音しておいて、それをあとで編集することが多いので、その結果どうしても1曲か2曲はこぼれ落ちてしまうんです。
そういう気の毒な音楽たちにセカンド・チャンスを与えてあげようじゃないかという趣旨でやりました。というわけで、今回はかなりばらばらな選曲になりますが、なにとぞよろしく。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」
「落ち穂拾い」といえば、アニエス・ヴァルダの監督した同名の映画がありましたね。ミレーの名画「落穂拾い」に着想を得て、ヴァルダさんがカメラを手に、フランス中で「ものを拾う人」たちを撮りまくったドキュメンタリーです。フランスには収穫を終えた畑で、こぼれ落ちた作物を誰でも自由に拾い集めていいという古い法律があるんですね。その時期は他人の私有農地に入っても罰せられない。貧しい人が食べていけるように、作物を無駄にしないように。
これ、すごく面白い映画です。もし機会があったら是非ご覧になってください。
Ol' Man River
William Warfield
SHOW BOAT
COLUMBIA
まず、2022年4月放送分「和田誠レコード・コレクション」からの落ち穂曲です。
早稲田大学の国際文学館(村上春樹ライブラリー)に設置されたスタジオで初めて公開録音をおこなったときのものです。亡くなった和田誠さんのご家族からライブラリーに寄贈されたアナログ・レコード・コレクションのなかから、和田さん好みの音楽を選曲しました。
「ショウボート」というミュージカルが上演されたのは1927年のことで、かなり古いです。作曲したのはジェローム・カーン、作詞はオスカー・ハマーシュタインです。ミシシッピ川を行き来するショウボートを舞台にしたドラマで、この”Ol' Man River”「オールマン・リヴァー」は黒人の荷物担ぎの労働者ジョーによって歌われます。バス歌手が朗々と歌い上げる見せ場になります。黒人歌手ポール・ロブソンの歌唱が有名ですけど、このレコードではウィリアム・ウォーフィールドという人が歌っています。
UKULELE LADY
Bette Midler
Bathhouse Betty
WARNER BROS
次は、2022年6月放送分「村上の世間話2」からの落穂曲です。
この回は2曲こぼれちゃったんですね。世間話をすると、ついつい話が長くなって、音楽があまりかかりません。すみません。

では、落ちこぼれの2曲を続けて聴いてください。
ベット・ミドラーが歌います。「ウクレレ・レイディ」。これはリチャード・A・ホワイティングが1925年に作ったとても古い曲です。当時の人気楽団、ポール・ホワイトマン楽団が取り上げてレコーディングしています。まさにフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の時代の音楽ですよね。1920年代のアメリカではハワイアン音楽が大流行したんです。芸達者なベット・ミドラーがノスタルジックに、いかにも楽しそうに歌っています。
Pushin' Too Hard
The Seeds
NUGGETS ORIGINAL ARTYFACTS FROM THE FIRST PSYCHEDELIC ERA 1965-1968
RHINO
The Seedsが歌います。“Pushin' Too Hard”。The Seeds、1965年にカリフォルニアで結成されたサイケデリック・ガレージ・ロックバンドです。サイケデリック・ガレージ・ロックバンドとは何か、要するに近所のガキが集まって、どこかのガレージで適当にこしらえた曲、みたいな感じのものです。粗っぽくてかなり乱暴なんだけど、ナマの生命感みたいなものがあって、そういうところが若者たちの心を惹きつけます。この曲、チャート的にはとくにヒットもしなかったんですが、なんか耳に残っちゃいます。最近ではパンク・ロックの先駆けみたいなラインで、再評価されているみたいです。たまにはこういう音楽もかけましょう。
JARAMA VALLEY
WOODY GUTHRIE
THIS LAND IS YOUR LAND THE ASCH RECORDINGS VOL.1
Smithsonian Folkways
2022年3月18日に「戦争をやめさせるための音楽」という特別番組をやったときの落ちこぼれ曲です。
ウディ・ガスリーの歌う「Jarama Valley」“ハラマ峡谷”です。
1936年から39年にかけて、スペインでは市民軍とファシスト軍の激しい国内戦争があったのですが、アメリカでリンカーン旅団という反ファシストの義勇軍が結成され、市民軍を支援するためにスペインに渡りました。ヘミングウェイの小説『誰がために鐘は鳴る』の背景となった熾烈(しれつ)な戦争です。

ハラマ峡谷でこの義勇軍にとっての最初の本格的な戦闘がおこなわれ、多くの義勇兵が命を落としました。ウディ・ガスリーは彼らの勇気を称えるためにこの曲をつくりました。
Bad Reputation
Freedy Johnston
This Perfect World
Elektra
2022年10月放送分「マイ・フェイバリットソングズ&村上さんに聞いてみよう」。
この回も2曲落ちこぼれが出ています。どちらも僕の個人的に好きな曲なので、復活してくれて嬉しいです。まあ、この番組でかける音楽は、どれも僕が「個人的に好きな曲」ばかりなんですけどね。

フリーディ・ジョンストンが「Bad Reputation」“悪い評判”を歌います。フリーディ・ジョンストンはかなりマイナーなシンガーソングライターですが、1994年に発表されたこの曲、僕はかなり好きです。なかなか切ない歌です。
Lotus
AL JARREAU
ACCENTUATE THE POSITIVE
VERVE
ジャック・ロンドン・クラブ会員番号1001番(イニャキ・ゴイティア、62、男性)からメールをいただきました。

先日はジャック・ロンドン・クラブに入会させていただき、本当にありがとうございました。会員番号1001番も大変気に入っております。さて、芸をする猫ですが、これはもう世界的な流れのようです。フランスにいる私の息子の猫も、1匹は「お手」をし、もう1匹は、息子が口笛でビートルズの「レット・イット・ビー」を吹くとやって来ます(他の曲では来ません)。いやはや、驚きました。フランスには、その「なんとかチュール」はないので、ハムの切れ端をエサに仕込んだそうです。時代は変わったのでしょうか……。私も村上さんと同じく何か引っかかりますが。近いうちに、是非またスペインにお越しください。


ときどきスペインからメールをいただく方ですね。僕と同じ1月12日生まれ、ジャック・ロンドン・クラブの会員です。はあ、そうですか、フランスではハムで猫に芸を仕込むんだ。世界の猫たちは、いったいどうしたんでしょうね? 猫なんだから、もっと気概をもって、毅然として生きてほしいと思うけど……。
しかし、口笛で「レット・イット・ビー」を吹くとやって来ます、というのは、なかなかすごいなあ。ほかの曲ではこないんだ。でも、「レット・イット・ビー」でよかったですよね。「アイ・アム・ザ・ウォルラス」なんかだと、口笛ではかなり吹きにくいものね。

アル・ジャロウが歌います。「ロータス」、美しい曲です。
Stray Cat Strut
Stray Cats
built for speed
EMI AMERICA
次は、2022年7月に放送した「猫山さんセレクト・猫づくしの音楽」のときの積み残しですね。

Stray Catsの「Stray Cat Strut」。1982年にリリースされたLP『Built For Speed』に入っていました。イギリスに渡ったアメリカ人の若者3人によるシンプルなロックンロールです。レコードの解説によりますと、ブライアン・セッツァーが「ギターとごろごろ鳴き」(strummin' & Croonin')、スリム・ジム・ファントムが「太鼓と叫び鳴き」(bangin' & Yellin')、リー・ロッカーが「ベース弾きと遠吠え」(Slappin' & howlin')となっています。この曲があらためて今回拾い上げられてとても嬉しいと、猫山さんも喜んでおられます。
にゃあ。(猫山)
September '99
EARTH, WIND & FIRE
EVERYBODY DANCE NOW! REMIXED, REMODELED, & REMADE
SONY MUSIC CUSTOM MARKETING GROUP
2021年2月に放送した「怒濤のセルフカバー」の回にかけようと思ったけど、かけられなかったEarth, Wind & Fire(アース・ウィンド・アンド・ファイアー)の「September '99」を聴いてください。
オリジナルの「September」は1978年にリリースされてヒットしました。リード・ボーカルはモーリス・ホワイト。この「September '99」は文字通り1999年、オリジナルヒットの約20年後にリリースされたのですが、正確にはセルフカバーではなくてリミックスです。だからかけなかった、というところはあるのですが、良い機会なので聴いてみてください。しかし、この曲を聴くと、読売巨人軍の阿部慎之助捕手をつい思い出しちゃいますね。

<収録中のつぶやき>
僕は昔、Earth, Wind & Fireが日本に来たとき、日本武道館だったかな、聴きにいったんです。途中でマジックショーなんかも入って、コンサートというより、かなりエンターテインメントなショーだった。楽しかったけどね。
My Resistance Is Low
BARBARA LEA・BOB DOROUGH
Stardust Melody
A-RECORDS
2022年11月放送分「ホーギー・カーマイケルをご存じですか?」。
この回も何曲かこぼれ落ちました。かけたい曲がたくさんあって、意気込んでいっぱい選んだのですが、結果的にはとても収まりきれませんでした。ホーギー・カーマイケル、ほんとうに素敵な曲をたくさん書いてくれました。
取り上げたカーマイケルの曲はバラードものが多いのですが、コミカルな軽快な調子の曲にも、素敵なものがあります。その中で僕がとくに好きなのがこの曲です。「My Resistance Is Low」“僕の抵抗力は弱まっている”。
この曲はなぜかイギリスで人気がありまして、エルヴィス・コステロとかロッド・スチュワートとかが取り上げて歌っています。今日は2人の渋いベテラン・ジャズ・シンガー、バーバラ・リーとボブ・ドローの、いかにもこなれたデュエットで聴いてください。
レイジー・リバー
カウント・ベイシーとミルスブラザース
THE BOARD OF DIRECTORS
DOT RECORDS
ベテラン・コーラス・グループ、ミルス・ブラザーズは、カーマイケルの「レイジー・リヴァー」を戦前から十八番(おはこ)にしてきたのですが、ここではフル編成のカウント・ベイシー楽団と共演しています。1967年の録音。彼らがベイシーと共演するのは意外にもこれが初めてのことでした。でもぴったり息が合っていて、相性は抜群です。都会的な小洒落た編曲はディック・ハイマン。

<収録中のつぶやき>
こういうビッグバンドをバックにして歌うと気持ちがいいだろうね(笑)。
Candy
The Astors
The Spirit Of Memphis (1962-1976)
Craft Recordings
次は、2021年6月放送の「クラシック音楽が元ネタ」という特集からの落ちこぼれです。アスターズが歌う「キャンディー」、グローフェの作曲した「大峡谷」の「峠にて」を編曲したものです。でも、この回は結局ロシアの作曲家のものだけに絞ったので、割愛しました。 プロデューサーはアイザック・ヘイズ、1965年にStaxレコードからリリースされて、ビルボードのチャートの12位まで上がりました。アスターズはたしかフィラデルフィアのグループなので、Staxのいわゆるメンフィス・サウンドとはちょっと雰囲気が違いますよね。なかなかポップで素敵ですが。
Blame It on the Bossa Nova
Joe Harnell
Bossa Now! A Total Sound Experience
Columbia
今日のクロージングはジョー・ハーネル楽団の演奏する「Blame It On The Bossa Nova」“いけないボサノヴァ”、イーディ・ゴーメの歌でヒットしました。シンシア・ワイルとバリー・マンのコンビのつくった軽快な曲です。あまりボサノヴァっぽい雰囲気はないですけどね。ジョー・ハーネルが洒落た編曲で演奏します。 「こんな風になっちゃったのも、ボサノヴァがいけないんだよ」と、あくまでボサノヴァに罪を着せる歌です。そうかなあ、「それはやはりあんたが悪いんでしょう」とか言いたくなりますが。
今日の言葉は、僕がフル・マラソンを走るときにいつも呪文のように唱えている言葉です。
あるアメリカ人のマラソン・ランナーが座右の銘にしている言葉を、僕が借り受けました。

Pain is inevitable, but suffering is optional.
「苦痛は避けがたい。しかし苦しいと思う心は自分次第だ。」
マラソンを走りながら、苦しいなあ、もう駄目かも……と思ったときには、いつもこの言葉を思い出します。そして耐えます。

走るだけじゃなくて、それ以外のすべての場所においても、きっと同じことが言えますよね。
「苦痛は避けがたい。しかし苦しいと思う心は自分次第だ。」

みなさんもがんばってゴールを目指してください。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • かけようと思いながらオンエアできなかった曲にもう一度チャンスを、と春樹さん。WBC日本代表の栗山監督のような優しさです。球春到来、リスナーの方々、来年度もよろしくお願いします!(延江GP)
  • 東京の桜は満開、春の村上RADIOの一曲目は「オールマン・リヴァー」です。思い返せば、昨年4月は「和田誠レコード・コレクション@The Haruki Murakami Library」と題し、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)で公開収録が行われました。和田家からライブラリーに寄贈された和田誠さんのレコード・コレクションは、氏が遺した数千枚の膨大なレコードの中から村上DJが一人で365枚を厳選したものですが、公開収録では11曲が紹介され、10曲をオンエア。時間の関係で放送されなかったのが、「オールマン・リヴァー」でした。あらためてこの曲の朗々とした歌声を聴きながら、和田誠さんの笑顔を思い出していました。今年も4月はスガシカオさんと村上DJの公開収録をオンエア予定です。どんな曲がかかるのか、楽しみですね。(エディターS)
  • 「村上RADIO」は今回48回目の放送になります。番組を聴いて、感想を送ってくださるリスナーのみなさんに感謝しています。みなさんが「村上RADIO」を楽しんでくださっていることが村上DJの力になっていることは間違いありません。テーマは次々とわいてくるようです。新年度はどんな素敵な音楽がかかるのか。一緒に楽しみましょう!(構成ヒロコ)
  • 尺的に泣く泣くカットしてしまった曲たちが勿体ないな、、、と思っていたところに、村上さんのこの企画!雰囲気が数分ごとでがらりと変わるのが、新鮮で楽しいです。落ち穂拾いの第2弾が出来るといいなあと密かに思っています。(AD桜田)
  • 今回の村上RADIOは「落ち穂拾い」。毎回村上さんは多めに選曲してくださり、放送時間の都合でなくなくカットした貴重な曲たちを、こうしてまとめて年度末に放送できてよかったです。実はこの落ち穂からさらに落ちた穂があるので、また来年度末に「村上版・落ち穂拾い」ができたらと思います。(キム兄)
  • 「残り物には福がある」と言わんばかりのてんこ盛り!3月という年度末の締めくくりに相応しい「村上RADIO」です。そして4月は、3/24に行われた、村上RADIOの公開収録の模様をお送りします。スガシカオさんを迎えての早稲田国際文学館(通称村上ライブラリー)でのおふたりのソウルミュージックに関する深い洞察トーク&名曲の数々、乞うご期待!(レオP)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。