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村上RADIO ~5分で聴けちゃうクラシック音楽~

村上RADIO ~5分で聴けちゃうクラシック音楽~

こんばんは。村上春樹です。村上RADIO。今日のプログラムは「5分で聴けちゃうクラシック音楽」です。
クラシック音楽っていうと、長くて重々しいという印象をお持ちの方も多いかと思いますが、うちにある音楽ソフトの中から、コンパクトだけど内容は素敵だ、興味深いという作品を集めてみました。
実を言いますと、クラシック音楽を取り上げてくれと言うリスナーのみなさんからの要望がこれまでけっこう多かったんです。ただ時間の関係で、長い曲はかけられませんので、今日お届けするのは、ほぼ5分以内で終わる曲ばかりです。皆さんのよくご存じの曲もかかりますし、こんなの聴いたことないというのもかかると思います。これ、選曲するのはとても楽しかったです。
ドメニコ・スカルラッティ:ソナタ ホ長調 L.23
アルド・チッコリーニ
「スカルラッティ ソナタ集」
エンジェルレコード
The Royal Fireworks-Suite~Minuet
The New Koto Ensemble Of Tokyo, Yoshikazu Fukumura cond.
Vivaldi / The Four Seasons Handel/ Water Music • Royal Fireworks-Suites
EMI Angel Studio
お琴の合奏でバロック音楽を演奏するというと、なんかキワモノっぽく聞こえますが、実際に聴いてみると、とてもチャーミングです。素敵な音楽になっています。 The New Koto Ensemble Of Tokyoというグループの演奏で、指揮は福村芳一さん。このアルバムではヴィヴァルディとヘンデルを演奏していますが、今日はヘンデルの「王宮の花火の音楽」より「メヌエット」を聴いて下さい。できることなら、これを作曲者に聴かせてあげたかったという気がします。ヘンデルさん、どう言うでしょうね?
Circus Polka - Composed For A Young Elephant
Igor Stravinsky
Works Of Igor Stravinsky
Sony Classical
ストラヴィンスキーの「若い象のためのサーカス・ポルカ」です。
ストラヴィンスキー自身がオーケストラを指揮しています。この曲はタイトルのとおり、象の踊りのために書かれた曲です。もちろん象がストラヴィンスキーさんに作曲を依頼したわけではなく、あるサーカス団が依頼したんですが、いずれにせよ、象のために書かれた音楽って他にはまずありません。珍品っていうか、とてもユニークな作品です。1942年にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで初演され、ピンクのチュチュをまとった50頭の象によって踊られたそうです。これは是非見てみたかったですね。最後の方で、シューベルトの有名なメロディーが引用されます。
「巡礼の年」第1年<スイス>S160 ノスタルジア(ル・マル・デュ・ペイ)
ラザール・ベルマン
リスト:《巡礼の年》全曲
UNIVERSAL MUSIC
次は、僕の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という小説の中で、けっこう重要な役をつとめた曲です。フランツ・リストの『巡礼の年』からLe Mal du Pays(ル・マル・デュ・ペイ)、“ノスタルジア”と訳されていますが、「田園の憂愁」みたいな感じかな。僕が昔から好きだった曲で、小説を書いているときに、狂言回しみたいな役を担うピアノ曲がひとつ必要になったので、「何にしようかな」とあれこれ考えた末に、これを選びました。とても美しい曲です。いろんな人の演奏で聴いたけど、このラザール・ベルマンの演奏が個人的にはいちばん好きです。リストというと「超絶技巧」みたいな印象がありますが、この曲はそういう派手な技巧を排して、ただただ静かな内省に沈みこんでいきます。
The Flight of the Bumblebee
Ruth Laredo
Rachmaninov The Complete Solo Piano Music
Sony Classical
リムスキー・コルサコフ作曲の有名な「熊ん蜂の飛行」、この曲は1分ちょっとしかかかりませんので、3種類、聴き比べてください。もともとはオペラの中で演奏される、オーケストラのための曲だったのですが、演奏効果がとてもカラフルなために、いろんな楽器用に編曲されてアンコールピースみたいになっています。まずはラフマニノフがピアノ用に編曲したものを、ルース・ラレドが弾きます。これ、ものすごいテクニックが必要です。よく指が動くなあと感心しちゃいます。すごいですねえ。
The Flight Of The Bumblebee
Ofra Harnoy
Salut D'amour
RCA Red Seal
次は、オーフラ・ハーノイがチェロで弾きます。チェロで弾く「熊ん蜂の飛行」って、あまり聴かないですけど、なかなか骨太な迫力があります。編曲はオーフラさん自身です。すごい、これも!
Flight Of The Bumble-bee
Isaac Stern
Humoresque - Favourite Violin Encores
CBS
最後に、アイザック・スターンがヴァイオリンで弾きます。さすが巨匠、相当にすさまじい演奏です。
3種類の熊ん蜂の羽音を愉しんでいただけましたでしょうか。並べて聴くと、かなり迫力ありますよね。
パストラール(バレエ音楽”ジャンヌの扇”より)、トッカータ(ピアノのための3つの小作品より)
ウラディミール・ホロヴィッツ
HOROWITZ IN MEMORIAL
東芝EMI
フランシス・プーランクの「パストラール」と「トッカータ」を続けて聴いてください。どちらも短い曲で、2曲合わせて5分もかかりません。才気溢れるプーランクの若書きの瑞々しい小曲を、これもまた若き日のウラジミール・ホロヴィッツが軽々と、でも異様なまでの明晰さをもって弾き切っています。1932年の録音で、もちろんSPレコードで、さすがに音は古いですが、音楽は実に生き生きしています。当時プーランクとホロヴィッツはパリで親交があったみたいです。二人して「当時のパリのサロンを沸かせた」みたいな雰囲気がみっちり漂っています。
僕はこのレコードを高校生のときに手に入れて聴きまして、それ以来しばらくホロヴィッツとプーランクに夢中になってました。僕にとっては、それくらい中毒性のある演奏でした。
フルート奏鳴曲 第2番 変ホ長調(バッハ BWV. 1031)
加藤恕彦
加藤恕彦 フルート・リサイタル
東芝
次は、加藤恕彦(かとう・ひろひこ)さんのフルートで、バッハ「フルート・ソナタ第二番」二楽章です。1963年にパリで行なわれたリサイタルの録音です。ピアノは北川正さん。
僕は小澤征爾さんからお話を聞いて、加藤恕彦さんという人のことを知りました。1937年生まれ、同年代で、学生時代二人は仲が良かったんだそうです。加藤さんが先にヨーロッパに渡って、ランパル(*Jean-Pierre Rampal:1922 – 2000、20世紀を代表するフルート奏者)のもとで勉強し、1960年にミュンヘンの音楽コンクールで二位をとり、モンテカルロ歌劇場管弦楽団の主席フルート奏者に迎えられました。小澤さんは、「ものすごく才能があったやつで、そのまま行けばすごい演奏家になっていただろうね」と、残念そうに回想しておられました。先に外国に出ていった彼に刺激を受けて、若き日の小澤さんも必死にヨーロッパを目指したということでした。
レナード・バーンスタインがヨーロッパを旅行したとき、そのモンテカルロのオーケストラを指揮して、そのあと「あそこには素晴らしい首席フルートがいたよ」と、小澤さんに語ったということです。それくらい耳目を惹く素晴らしい音楽だったんです。でも結婚したばかりの英国人の奥さんと、モンブラン登山をしているときに事故にあって、そのまま消息を絶ちました。まだ26歳という若さでした。その話をするとき、小澤さんは本当に悲しそうでした。
たしかにこのバッハのソナタもとても自然な、心優しい演奏です。このLPはこのあいだ中古屋で見つけて買ってきました。手に入れるのはなかなか難しいんですけど、やっと見つけました。
Duetto buffo di due gatti (attrib. Rossini)
Gerald Moore, Victoria De Los Angeles, Elisabeth Schwarzkopf, Dietrich Fischer-Dieskau
A Tribute To Gerald Moore
EMI
次はロッシーニが作曲した「二匹の猫の滑稽なデュエット」です。
Duetto buffo di due gatti――言葉はなくて、猫の声だけで歌われる曲ですが、歌っているのがエリザベート・シュワルツコップと、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレスという、1960年代を代表する二人の偉大なソプラノ歌手、そしてピアノが伝説的な伴奏の名手ジェラルド・ムーアという、超豪華な組み合わせです。コンサートの実況ですが、当然ながら場内は大いに盛り上がります。二匹の素敵な猫ちゃんの艶やかな声を聴いてください。
猫山さん、いかがでした?(ミャーオ)うん、楽しかったですね。
Suite-Vocalise, Op. 41 No. 2
Brian Asawa
Vocalise / Marriner, Academy of St. Martin in the Fields
RCA Red Seal
ニコライ・メトネルの「ヴォカリーズ組曲」、作品41-2。この曲、普通は女性歌手によって歌われるんですが、今日は男性歌手で聴いてみてください。カウンターテナーのブライアン・アサワが歌います。カウンターテナーというのは、男性歌手でいちばん高音部をカバーする人のことです。耳で聴く限り、女性歌手とほとんど区別がつきません。中世には教会で女性は声を出してはならないという決まりがありまして、それで男性のカウンターテナーが重宝されたんですね。その後、必要がなくなってしばらく廃れていましたが、戦後になって復活し、再評価されるようになりました。カウンターテナー、なかなか不思議な魅力があります。
作曲者のメトネルはロシア生まれで、ラフマニノフと友だちで、やはりピアニストでもあり、同じようにロシア革命後、西側に亡命しました。主にピアノのための曲を作曲していましたが、このヴォカリーズ組曲も有名です。とても美しい曲です。
PAVANE POUR UNE INFANTE DÉFUNTE
Die 12 Cellisten Der Berliner Philharmoniker
Fleur De Paris
EMI Classics
ベルリン・フィルをベルリンの本拠地で初めて聴いたとき、その弦楽器の迫力に、最初の一音で思わず後ろにのけぞりました。それくらいすごい音です。他のオーケストラとは迫力がぜんぜん違います。ウィーン・フィルの弦もすごいですが、ウィーンの場合はのけぞるんじゃなくて、身体がすっと前のめりになるんです。音に自然に引き込まれていくんです。
ベルリン・フィルとウィーン・フィル、どっちもすごいですけど、音そのものの方向性は正反対といっていいかもしれません。レコードやCDに録音された音だと、それほどの差は感じないんだけど、それぞれの本拠地に行って、目の前で生の音を聴くと、違いがありありとわかります。生の音ってやっぱり大事ですよね。風圧みたいなものがあるんです。
そのベルリン・フィルのすさまじい弦楽器群の中でも、とりわけ名高いのが強靱きわまりないチェロ軍団で、この迫力はすごいです。
「ベルリン・フィル12人のチェロ奏者」が演奏するモーリス・ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。ただロマンチックなだけじゃおさまらないぜ、という気概を感じさせる音楽になっています。
Cinema Paradiso:Love Theme
Itzhak Perlman
Concertos,Sonatas and more…
Sony Classical
今日のクロージングの音楽は、ヴァイオリンのイツァーク・パールマンの演奏する「ニュー・シネマ・パラダイス」、”Cinema Paradiso”(シネマ・パラディソ)の「愛のテーマ」です。
伴奏はジョン・ウィリアムズの指揮するピッツバーグ交響楽団。作曲者のエンニオ・モリコーネさんが先日亡くなったので、追悼の意味を込めてかけます。正確にはクラシック音楽と呼べないかもしれませんけど、そう呼んでもおかしくないような美しいメロディーを持った曲ですね。映画も楽しかったけど。
ご冥福をお祈りします。
今日の言葉はピアニスト、ウラジミール・ホロヴィッツさんの言葉です。

「私は誰よりも音楽家を信頼します。なにしろ音楽家は日々練習するのに忙しくて、ろくでもないことをしている暇なんてありませんものね」

「そうか、なるほど」と思いますけど、それはあくまでホロヴィッツさん自身を基準にしたものの考え方ですよね。世の中にはろくすっぽ練習しないで、よからぬことをしている音楽家もけっこういると思いますよ。音楽家のみなさん、日々真面目に練習してくださいね。小説家のことは……ちょっとよくわかりませんけれど(笑)。

それではまた今度。次はできたら「秋のジャズ大吟醸」という特集をやりたいと思っています。
深まる秋を待ちましょう。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 試しに「二匹の猫の滑稽なデュエット」を、我が家の兄妹猫、「虎」と「黒」に聴かせたら、JBLのスピーカーの方にふと顔を上げ、またすやすや寝てしまいました。そのボーカルを居心地良く感じたのかもしれません(笑)。それにしても、ベルリンフィルの弦楽に関する春樹さんの曲紹介といったら!鳥肌が立つ凄みを感じました。いやはや。DJの曲フリ(曲紹介のこと)で、楽曲は燦然と輝くのです。この瞬間は忘れられません。(延江GP)
  • 五分で深く、五分で楽しく、五感で感じるクラシック!……スタジオ試聴ではすべての曲にじっと耳を傾ける村上さんの姿が印象的だった。目を瞑(つむ)り、ランニングで引き締まった軀(からだ)を真っ直ぐスピーカーに向け、全神経を研ぎ澄まして、ひとつの音も聴き逃すまいとしているように見えた。ジャズやポップスを紹介する時の「DJ村上さん」とどこかちがう雰囲気を感じたのは僕だけではないはずだ。絶妙に配されたプレイリストの七曲目、しんと静まったスタジオで「二匹の猫の滑稽なデュエット」がかかった時、村上さんもわれわれも思わず笑顔になった。コロナの秋、リスナーの皆さんも、そんな豊かで深い音楽と静寂の気配を楽しんでいただければと思います。みゃーお。(エディターS)
  • 今回の選曲にはたくさん「動物」が出てきます。 象の踊りの為に書かれた曲だったり、熊ん蜂が飛ぶ曲だったり、2匹の猫の為の曲だったり…さすが動物好きな村上春樹さんの選曲だと思わずニンマリしながら聴いてしまいました。(小説にも羊とかカンガルーやらあしかも出てきますよね。あ、そうそう、『一人称単数』に出てくる「品川猿の告白」を朗読会で朗読した春樹さん。猿の声色がものすごく上手で驚きました!)秋の夜長に、縁側(たいていの人の自宅には無いけど、イメージです)に腰かけて、月を見ながら、出来れば三毛猫を膝に乗せて、撫でながら聴きたい…そんな村上RADIOになっています。(レオP)
  • 「小澤征爾さんと、音楽について話をする」は小澤征爾さんと村上春樹さんがあれこれレコードを聴きながら音楽と音楽家について語り合う本です。ラジオピープルとしてはやられた!と思いました。「なんてこった!この本一冊まるごとラジオ番組じゃないか」と。クラシック音楽特集はいかがでしたか。みなさんの感想、そして番組への提案をお待ちしています。(構成ヒロコ)
  • いつもとはガラッと変わって、ちょっとフォーマルな感じのするクラシック音楽オンリーの回でした。実は今回、番組中のおしゃべりにBGMが無かったんです。そんな雰囲気もまた、きちんと向き合って春樹さんのお話を聞くみたいな感じがして良かったんじゃないでしょうか。次回の”ジャズ大吟醸”も楽しみですね!(CAD伊藤)
  • 今回の「村上RADIO」は、ほぼ5分以内で完結する曲を集めたクラシック特集です。新型コロナウィルス、東京五輪延期、歴代最長の総理大臣辞任など、今後の歴史に残るであろう2020年とクラシック音楽は、とてもマッチしていました。そして放送前に必ず行う番組試聴会で村上春樹さんの横に座り、最後の曲を一緒に聴いた時、なぜか少し涙が出そうになりました。ラジオ番組は一人で聴くという方が多いかもしれませんが、今回は誰かと一緒に聴くと特別な時間を味わえるかもしれません。(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。