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村上RADIO ~ポップ・ミュージックで英語のお勉強~

村上RADIO ~ポップ・ミュージックで英語のお勉強~

こんばんは。村上春樹です。
村上RADIO、今夜はゲストに翻訳家の柴田元幸さんを迎えて、早稲田大学国際文学館「村上春樹ライブラリー」のスタジオから公開録音でお送りします。スタジオの前にはオーディエンスのみなさんがずらりと並んでいらっしゃいます。

今日の番組のテーマは「ポップミュージックで英語のお勉強」というものです。僕と柴田さんがお互いにうちから音源を持ち寄って、それをかけながら、英語の歌詞やタイトルについて、あれこれとお話をします。この番組が始まる前と、終わった後で、少し英語の知識が増えているかも知れません。賢くなるかどうかまではちょっとわかりませんけど。いずれにしても、個人的うんちくを愉しんでいただければと思います。

<オープニングテーマ>
「Madison Time」Donald Fagen


僕と柴田さんはもう40年以上前に知り合って、それ以来ずっと折に触れて一緒に翻訳の仕事をやってきました。言うなれば、僕の翻訳の師匠みたいな方です。でも藤井八冠とは違って、なかなか師匠を凌駕(りょうが)するところまでいかなくて、どんどん差が開いていくばかりという感じになっています。でもとにかく、翻訳というものが好きだということに関しては、2人は強い共通項を持っています。
仕事というよりは、なんか暇があるとつい翻訳をやっちゃうという感じなんですよね。今日は主に「私はこうやってポップミュージックから英語を学んできた」みたいな青春期の思い出話になるんじゃないかと思うんですけど、ぶっつけ本番です。さて、どんな音楽が出てくるか、楽しみです。


村上はい、柴田元幸さんです。

柴田どうも、こんばんは。

村上柴田さんと僕が初めて会ったときは、まだ大学院を出たばかりの20代の青年だったんですよね。

柴田ですかね。

村上当時は東京学芸大学の講師をしていらっしゃったんです。いまでは東京大学の名誉教授です。でもあんまり似合わないですよね。

柴田はい、似合わないのがうれしいです(笑)。

村上でも(あれから)40年、長いですね。最初にやったのがジョン・アーヴィングの翻訳で、一緒に手伝っていただきました。

柴田『熊を放つ』(Setting Free the Bears)でしたね。

村上楽しかったです。
We've Gotta Get Out of This Place
The Animals
The Best of The Animals
EMI
村上じゃあまず柴田さんのほうから曲を選んでかけてください。

柴田はい、最初に選んだのはアニマルズというバンドの「We've Gotta Get Out Of This Place」。ここからもう出ていかなくちゃいけない、というタイトルの歌です。日本語のタイトルは「朝日のない街」というもので、僕も子どもの頃から、自分の住んでいる街から出ていくのが大人になることなんだと思っていたので。

村上そうなんですか? 僕、そんなこと思わなかったな。

柴田そうですか。でも僕は結局そこに戻ってきて、ずっと住んでいるんですけどね。

村上大田区ですよね。

柴田大田区です。だから、ここから出ていこう! みたいな歌はすごく響きました。

村上最初にこの曲を聴いたときに、僕はイギリスの曲だと思ったんですよね。なんとなく、マンチェスターっぽい感じがして。でもアメリカのバリー・マンの曲なんですよね。

柴田そうなんです。それをアニマルズという、イギリスのニューカッスルという景気は決してよくなかった街のバンドが、イギリスのなんか暗い感じの色をつけて歌って、歌が生かされたという感じがありました。

村上これはベトナム戦争のとき、兵隊が歌う歌だったみたいですね。

柴田そうなんです。ベトナムに行って「もうこんなところにいられないよ」「We've Gotta Get Out Of This Place」とみんなで歌ったという。ベトナムに行った兵士たちに一番響いた歌と言われていますね。

村上じゃあ、聴きましょう。
(What A)Wonderful World
Sam Cooke
The Man Who Invited Soul
RCA
村上次は僕が選んだ曲です、サム・クックの「Wonderful World」。僕は中学生の頃、いちばん熱心にポップソングを聴いていて、好きな曲の英語の歌詞を暗記して一緒に歌っていました。当時はもちろんGoogleなんてないから、歌詞を探してくるのがけっこう大変だった。だいたいはレコード・ジャケットに付いてくる歌詞を見て覚えていたんですけど、手に入らない場合は、一所懸命レコードを聞き取り、ディクテーションしました。でも中学生の英語だからわからないことがいっぱいあるんですよ。色々たいへんでした。でも丸暗記して歌って、いい勉強になりました。そういう曲がたくさんあります。で、このサム・クックの「Wonderful World」もそうなんですけど。
Don't know much about history (僕は歴史が苦手だし)
Don't know much biology (生物だってちんぷんかんぷん)
出来の悪い生徒の歌です。でも僕は君のことが好きだし、それがわかっていればオーケー、みたいな感じです。バイオロジー(生物)とヒストリー(歴史)ぐらいはわかるんだけど、トリゴノメトリー、三角関数はわかんないですよね。

柴田なんか、日本は算数と数学くらいしかわけないけど、英語圏はアルジブラ(algebra:代数学)とかたくさん分け方があるんですよ。

村上でもこの曲を覚えて、頭に焼き付いていたんです。僕が最初にアメリカの大学に属したとき、日曜日の朝、プールに泳ぎにいって更衣室で水着に着替えていたのですが、周りに誰もいなかったので、つい「Don't know much about history」って口ずさんだのです。すると3列ぐらいむこうで「Don't know much biology」って応えてくれる人がいてね。ああ、俺、アメリカに来たんだなあとじわっと実感しました。

柴田この歌詞じゃこう歌われています。
I don't claim to be an A-student (僕はオール5の生徒なんかじゃないけど)
But I'm trying to be (なろうとしているんだ)
オール5の生徒になったら君が好きになってくれるかもしれないからって言うんですよね。でもその前で彼がこう言っています……。
But I do know one and one is two (1+1=2だってことは知ってる)
ちょっとこれは先が長いなあ、っていう感じなんです。でもこの「I do know one and one is two」が生きて、次の行で……
And if this one could be with you (この僕[this one]が君と一緒になれたら)
What a wonderful world (すごく素晴らしい世界になる)
村上Oneが出てくるんですよね。

柴田ちゃんとOneが生きていて、1+1にも意味があるんですけど、A Student(オール5)には遠いと思います。

村上遠いですね。
Semi-Detatched Suburban Mr James
Manfred Mann
The Very Best of The Fontana Years
Spectrum Music
村上次は柴田さんの選曲で、マンフレッド・マンの「Semi-Detached, Suburban Mr. James(ミスター・ジェイムスの花嫁さん)」。これタイトル聞いただけだと、なんのことだかわからないですよね。

柴田はい。Semi-Detachedというのは、二世帯住宅のことなんです。Semi-Detached, Suburbanとなると、二世帯住宅の郊外の、となります。そこまで言ったら次に来るのは絶対houseなんです。そこにMr. Jamesと来るのが一種皮肉な、郊外の建売住宅みたいな人間に君はお嫁に行って、僕のことは捨てて……という金色夜叉みたいな歌です。

村上中流階級のちょっと下のほうという感じですか?

柴田この歌のなかでは真ん中くらいですかね。君はそこにいって、洗濯物を干して、犬を散歩させて、夫のためにトーストにバターを塗ってあげて、そういうのが幸せなの? というふうに恨みがましく歌っているんです。
Do You Know What It Means to Miss New Orleans
Ricky Nelson
Rick Is 21
Liberty
村上次は僕が選んだ曲で、リック・ネルソンの歌う「Do You Know What It Means to Miss New Orleans」。この曲はたしかシングル盤の「ラッキー・スター」のB面に入っていたと記憶しています。中学校のころはお金があまりなかったのでシングル盤しか買えませんでしたけど、これもそのうちのひとつです。邦題が、たしか「ミス・ニューオリンズを知ってるかい?」になっていました。でも正確な翻訳は「ニューオリンズを離れるということがどういうことなのか、あなたにはわかるだろうか?」ということですよね。ちょっと長いですけど。「ミス・ニューオリンズを知ってるかい?」は明らかな誤訳です。当時のポップソングの世界って、かなりいい加減だったんです。とにかく題がついてりゃいいだろう、みたいなものが多かったですね。このレコードの最初の発売元は日本ビクターだったんですけど、発売元が移ってからは、さすがに間違いが正されて、「ニューオリンズの思い出」という妥当なタイトルになっています。でもあんまり面白くない題ですよね。僕の頭の中では今でも「ミス・ニューオリンズを知ってるかい?」というタイトルがしっかり焼き付いちゃっています。

柴田「Do You Know What It Means to Miss New Orleans」という長いタイトルで、What It Means toのあたりはよくわかんないけど、そこを取っちゃうと、Do You Know Miss New Orleansになる。わかるところだけ訳した、という気持ちはすごくよくわかるんだけど。

村上僕も中学生だったから、まだわかんなかったですよね。まあ、いいだろうって感じで付けたんでしょうね。この曲は古い曲でビリー・ホリデイとルイ・アームストロングが素晴らしいデュエットを残しています。
Alone Again (Naturally)
Gilbert O'Sullivan
The Very Best of Gilbert O'Sullivan
ARCADE
村上次は柴田さんの選曲でGilbert O'Sullivanの「Alone Again(Naturally)」。

柴田これはリアルタイムで流行ったのでよく覚えている歌です。1971年だから17歳、僕が高校2年生くらいですかね。これ聴いて、「時代が変わったな」と高校生なりに思いました。やっぱり、その前の1969年、70年あたりまでは、とにかく「Together」という言葉をやたらと聞いたんですよね。ビートルズの「Come Together」とか「All Together Now」とか。「Get Together」という曲も1969年にすごく流行ったりしました。ストーンズの「We Love You」など、「我々」とか「一緒に」という言葉が歌のなかでキーワードだったんです。それは60年代の熱い時代と当然つながっていたと思います。

村上共闘するという感じですよね……。

柴田そうなんです。それがさあーっと冷めていきますよね。1971年に「Alone Again(Naturally)」が出ます。まったく自然にひとりになってしまった、という歌です。そのころは細かいことまでわからなかったですけど、結婚式をすっぽかされた男が塔に上って、そこから身を投げようと思う、そのあとに父親が死んだときのことを考える、そのあとにリフレインで「Alone Again(Naturally)」となる。これを聴いたときに、新しいというか、とにかく時代が変わったんだなと思いました。

村上カウンターカルチャーとかフラワームーブメントとか、そういうのが終わっちゃったあとの世界の歌ですね。

柴田もちろん、もう少し人と人とが結びつく歌もあるんだけど、例えばキャロル・キングが作った「You've Got a Friend」とかね。ああいうのも「君にはひとり友達がいる、それが僕だよ」みたいな感じで、「我々」の規模が一気に小さくなったというか、(時代が)歌に如実に表れた感じがします。

村上この“Naturally”というのが効いていますよね。

柴田そうですね、これ、本当に訳しようがないんだけど。なんか、無理もなんにもしないで、生きていると自然にこうなっちゃう、その有り様がAlone Again。

村上ある種の悲しみみたいなものがあります。

柴田そうですね。

村上これは日本語に訳すのが難しいですよね。

柴田難しいです……。だから日本語のタイトルは「アローン・アゲイン」で終わっていますけど、これは無理ないかなと。

村上そして、この歌詞が結構長い。

柴田長いし、歌詞も複雑だし、コード進行も複雑です。このあとギルバート・オサリバンってそんな複雑な歌を作らないんだけど、この1曲だけ突出していますね。

村上このころは、もう高校生?

柴田高校生ですね。

村上歌詞とかは研究しましたか?

柴田いやぁ、歌詞も一種の音だと思っていたから、ときどきはさっきのアニマルズの歌詞みたいに考えることはありますが、たいていはそこで意味を考えないで、僕も村上さんみたいに歌詞を書いて覚えたりしましたけど、音だけ覚えました。なんか、微分も積分も理屈はわからないけど、数学の問題解くのは好きだった、というのと同じ感じで。

村上あ、そうなんだ。翻訳家っていうのは歌詞とかみんな分析するのかなと思って。

柴田しないです。それに僕、英語耳が悪いんですよ。いまだに英語の歌を聴いてもあんまり意味がわからないんです。聞こうともしないし。普通に英語をしゃべるのも、いまだに苦手なんですけど。

村上僕も苦手です(笑)。
Ob-La-Di, Ob-La-Da
The Beatles
The Beatles
Apple Records
村上さて次は、僕の選んだビートルズの「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」、ホワイト・アルバムに入っている有名な曲ですね。昔、(読者とやりとりする)ホームページをやっている頃に、「高校のときの英語の先生が授業で、この曲の歌詞を和訳してくれた」という人からメールをいただきました。で、その先生は、
Ob-la-di, Ob-la-da
Life Goes on, bra
という一節を、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ、人生はブラジャーの上を流れる」と訳したんだそうです。戸惑った生徒が「それってどういう意味ですか」と尋ねると、「それはね、人生には山あり谷ありということだ」という答えが返ってきたそうで(笑)。素晴らしいですね。なかなか楽しそうな先生ですけど、これは英語的には間違いですよね。braはブラジャーじゃなくて、ただのかけ声です。Ob-la-di, Ob-la-daと韻を踏むためのものです。ただ歌詞カードによっては Life Goes onのあとにコンマがついていないものがあって、それでややこしくなったものと思われます。でもこういう英語の授業って楽しいですよね。

柴田そうですね。

村上僕の高校のときは受験英語が常識で、こういう楽しみのための授業はなかった。

柴田授業の英語とFENとかラジオで聴く英語は違うものという感じだったですね。

村上僕は高校のときから英語の本を読むようになって。クラスで英語の本を読んでいる人なんていないですよね。だけど英語の成績は悪かったんです。なんで悪かったんだろうと思うけど。

柴田やっぱり、文法とかが苦手だったからですか。

村上苦手でした。柴田さんは成績よかったでしょ?

柴田すみません……。でも、僕はその分体育とか図画工作とかが悪いんで、バランスはとってます。

村上自慢にならないですよ(笑)。でもこういう生きた英語というか、興味をひかれる英語というのは大事だと思うんですよね。

柴田いやほんとに。
Short People
Randy Newman
Little Criminals
Warner Bros.
村上今日は翻訳家の柴田元幸さんを迎えて、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)から公開録音でお届けしています。次は柴田さんの選曲でランディ・ニューマンの「Short People」。

柴田さっき英語ができないって話をしましたけど、そういうのを痛感することがいろんな場面であります。英語ネイティブの人と喋っていて、ジョークをつい真に受けてしまう、ということがあります。日本語で言われたらジョークだってわかるんだけど、英語だとつい真に受けてしまって、「えっーとですね、それは……」と答えてあきれられるということがあるんです。だから英語ネイティブ同士だとジョークがみんなわかるんだと思いがちなんだけど、そうでもないというのが、この「ショート・ピープル」という歌の反応でわかります。

偏見に満ちた人たちをむしろ笑うような、そこまで真面目に言う気にもならないくらいふざけた歌なんだけど、じつは1977年にアメリカでリリースされたとき抗議が殺到したんですね。そうか、英語圏の人同士でもジョークが伝わらないことってあるんだなとそのとき実感しました。

村上ランディ・ニューマンってやっぱり毒のある歌詞が多いですよね。

柴田これなんかほんとにアイロニーがすごくわかりやすいほうで、こればっかりヒットするのはちょっと心外なんだけどという感じがしますが……。

村上これ、ヒットしたんですか?

柴田ヒットしたんですよ。

村上僕は思うんだけど、アメリカの音楽シーンってビートニクの流れをひいたアイロニカルというかポイズナスな人、結構いますよね。

柴田まずはこのランディ・ニューマンがそうです。

村上この「Short People」というのは、非常に毒のあるアイロニカルな歌詞で……。

柴田リフレインは、こうです。
I don’t want no short people (チビの人なんかいらない)
正しい英語だったら、I don’t want any short peopleなんだけど、I don’t want no short peopleと、あんまり教育のない言い方をこの語り手にさせています。
Don’t want no short people ’round here (このあたりにチビの人はいらないね)
’round hereというあたりで、地域によってある人種が排斥されたりとかということも感じますよね。

村上ランディ・ニューマンが日本に来たときに僕は聴きに行ったんです。日本青年館でやったんですけど、やっぱりなかなか日本人にはわかりにくいですよね。

柴田でしょうね。それはピアノの弾き語りですか?

村上そうです。ひとりで弾き語り。

柴田それはなおさらそうですよね。

村上字幕は出るんですけど難しかったです。

柴田英語の歌詞が出るんですか? 日本語?

村上英語の歌詞かな。ちょっと僕もうろ覚えなんだけど。

柴田それは訳詞に呼んでほしかったですね。翻訳料ただでもやったんだけど(笑)。
One Less Bell to Answer
The 5th Dimension
Greatest Hits on Earth
BELL RECORDS
村上次は僕の選曲で、フィフス・ディメンションの「One Less Bell To Answer」です。
バート・バカラック作曲、ハル・デイヴィッド作詞の名曲ですけど、日本でレコードが出たときはたしか「悲しみは鐘の音と共に」となっていました。そのときはそういうものかと思って聴いていたんですけど、あとになって歌詞を読んでみるとぜんぜん違うんですね。
「One Less Bell To Answer」のベルというのは、鐘じゃなくてドアベルのことです。この主人公の女性は恋人に去られています。そして自分に言い聞かせます。彼がいなくなって、ドアベルが鳴って「はーい」と応える回数が1回減っただけ良かったじゃない。目玉焼きを作るとき卵が1つ減っただけオーケーじゃない、と言い聞かせる。でも、どんなふうに思ったところで悲しみは去らない……という歌なんです。いかにもハル・デイヴィッドらしい、ひとひねりある都会的な歌詞で、僕はとてもこの歌が好きなんだけど、でも「悲しみは鐘の音と共に」じゃかなり雰囲気が違います。でもどうやらこのタイトルで今でもCDが流通しているみたいですね。じゃあ、どういうタイトルにすればいいのかっていうと、これはまたむずかしい。

柴田いやなんか、フィフス・ディメンションってどの歌も、それだけ新しかったのかな、普通と違うのかな……訳しにくいタイトルが多かったですよね。日本で最初に大ヒットした「Up, Up And Away」。「ビートでジャンプ」というタイトルになっていましたけど。

村上ひどいタイトルですねえ。

柴田なんかあれビートから離れたところで良さを追求する歌だから。スピリットを裏切っている邦題なんだけど、じゃあどう訳すんだよと言われたら確かに返答に詰まります。

村上「One Less Bell To Answer」もどういうタイトルをつけるか、本当に難しいですよね。

柴田「悲しみは鐘の音と共に」それはどういうロジックでそうなったんですかね。

村上たぶん教会の鐘かなんかをイメージしたのかな。

柴田One Less Bell、なんとなくひとつ減ったから、悲しいんだろうと思ったのかなあ。

村上ハル・デイヴィッドは本当に素晴らしい作詞家で、バート・バカラックと一緒にいい曲をたくさん作っています。ちょっとひとひねりする歌詞が多くて。僕は大好きです。劇作家で言うとニール・サイモンにちょっと雰囲気が似ているんですよね。

柴田さて、これをどう訳すか。

村上どう訳すか。難しいです。みなさんもよかったら考えてみてください。
Mercedes Benz
Janis Joplin
Pearl
Sony Music Direct
村上最後の曲になります。柴田さんの選んでくれたジャニス・ジョプリンの「メルセデス・ベンツ」。

柴田この曲は単純に個人的に、はじめて英語の歌を聴いてほとんど歌詞が聞き取れたという、僕にとって記念すべき歌だというだけなんですが。もちろんジャニスですから素晴らしい声ですが、歌い始める前と歌い終わった後の一言が素晴らしいんです。
I’d like to do a song of great social and political import (これから社会的にも政治的にも大事な歌を歌うから)
It goes like this (こんな感じ)
と言って歌い始めて、1分半くらいの歌を歌います。歌い終わった後もいいので、そこまで聴いてください。

村上(曲を聴き終わって)うーん、素晴らしい!

柴田最後に「That’s It!」これでおしまい! という感じで終わります。神様にベンツ買って、カラーテレビ買ってとか、お友達もみんな乗ってるからわたしもポルシェが欲しいとか、なんかリアリティがない感じが切ないんです。

村上声が可愛いですよね。

柴田この歌を録音して3日後か4日後ぐらいに亡くなる。最後の録音なんです。そのことを考えると余計に切なくなります。
村上今日は翻訳家の柴田元幸さんをお迎えして、早稲田大学国際文学館「村上春樹ライブラリー」から公開録音でお送りしました。いかがでした?

柴田(スタジオの外に)オーディエンスの方がたくさんいらっしゃるのはわかるんですけど、暗くてよく見えないんです。みんな寝ているんじゃないかと(笑)。気楽にしゃべってましたけど、起きて聴いてくださっていたんでしょうか。(聴衆の笑い。拍手)

村上お互いに好きな音楽を持ち寄って今日は楽しかったです。

柴田こういう話はなかなか聞いてもらえないので、楽しくお話ができました。ありがとうございました。

村上どうもありがとうございました。
I Think It's Going to Rain Today
Kenny Burrell
Round Midnight
Fantasy
今日のクロージング音楽は、ランディ・ニューマンの作曲した「I Think It's Going To Rain Today(今日は雨が降りそう)」です。演奏するのはケニー・バレルです。
今日の言葉はノーベル文学賞に関するものです。
ある有名な作家がこう言っています。

「私にノーベル賞を与えないことは、スカンジナビアの風習のひとつになったようだ」
これは誰の言葉でしょうか? これを言ったのは、実はボルヘスさんです。ホルヘ・ルイス・ボルヘス。もちろんジョークとして言ったんですけどね。ノーベル文学賞は誰が候補になったか、50年後まで公表しないことになっています。それで50年経って資料が出てきて、ボルヘスさんは少なくとも10回候補にはなったけど受賞はしなかったことが明らかになっています。また僕が読んだ本によれば、グレアム・グリーンは15回、トマス・ハーディは12回。どちらも受賞はしていません。うーん、みんな大変だったんですね。
それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 最近は邦題がつけられる洋楽も少なくなってきましたね。昔は愛すべき邦題がたくさんありました。「ハエ・ハエ・カ・カ・カ・ザッパ・パ」はロック史に残る名盤だと思っています。聴いたことはないんですが。(CAD伊藤)
  • 英語曲の邦題、ずいぶん適当なものとものすごく秀逸なものと、かなり差がありますよね。ビートルズからも学んだ英語、「夢の人」は中学生ながら素敵だなぁと思っていました。中学生の自分!将来こんな素敵な授業を聞けるんだから、もっと勉強頑張りなさい!(ADルッカ)
  • 今回は、柴田さんが歌詞の翻訳を丁寧に解説してくださった箇所が聴きどころのひとつだったのですが、その部分、著作権の関係でHPに掲載できず、とても残念です。春樹さんセレクトの「One Less Bell to Answer」の邦題として、「強がる女の子の心情をくんで、”ベルが鳴らなくて”はどうでしょう?80年代J-popみたいな感じで」と提案したのですが、お二人とも「むむ…」という反応でした。どうやらテストは落第したみたいです(構成ヒロコ)
  • 早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)の2階、スタジオの隣りにある展示スペースではいま、「安西水丸展―村上春樹の仕事から」を開催している。村上DJと名コンビだった安西水丸さんの絵を観たあとに、村上さんと柴田元幸さんの公開収録を聴くのは心楽しい時間だった。テンポのいい会話と曲のセレクション。英語の原書を挟んで語り合う二人の「翻訳セッション」のように、目からウロコが落ちて行く。5曲目の「Alone Again(Naturally)」をめぐる話は秀逸で、英語の歌詞の向こうに時代と人間が見えて来た。ギルバート・オサリバンの懐かしい声を聴きながら、ふと思った。 “春樹さんと水丸さん”、“村上さんと柴田さん”、信頼し合うその関係はなんて“Natually”なんだろう、と。(エディターS)
  • 伊藤くんの文章に載って恐縮ですが、傑作と語り継がれているアルバムタイトルの邦題は、ピンク・フロイドの『原子心母』でしょうね。原題『アトミック・ハート・マザー』。以前お世話になった石坂敬一さん作です。ピンク・フロイドといえば箱根アフロディーテのライブ。当時ヒッピーだった村上龍さんも行ったそうです。お金がなかったから機材搬入口からニッポン放送ディレクターだった亀渕昭信さんに入れてもらったそうです。いやはや。(延江GP)
  • 今回の「村上RADIO」は、翻訳家の柴田元幸さんを迎えて英語の歌詞やタイトルについてあれこれ考えるという企画でした。聞きなじみのあるギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」が自分の生まれた年の曲だと初めて知り、それが「Together」から「Alone」へと時代が変わったことを表していると聞いて、何か切ないキブンになり・・・。「Alone」という言葉に「新しさ」を感じ取る聞き方も勉強になりました。今回の放送を聞くと、今まで知っていた曲が違って聞こえる体験が待っていると思います。(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。