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村上RADIO ~花咲くメドレー特集~

村上RADIO ~花咲くメドレー特集~

こんばんは。村上春樹です。村上RADIO。もうすっかり春ですね。さて、今日は「花咲くメドレー特集」です。

春と言えば、「お花見」。お花見と言えば、「幕の内弁当」。幕の内弁当は、「メドレー音楽」というきわめて単純な発想の命名ですけど、このコロナ状況下ではのんびりお花見もできなかったと思うので、せめて音楽で、幕の内弁当風の華やかな盛り合わせを味わっていただければと思います。

原則として三曲以上を続けて歌っているトラックを集めました。こうしてみると、いろんな盛り合わせがあります。この番組が始まって以来、数だけでいえば、これほどたくさんの曲がかかるのは初めてのことです。全部で何曲あるでしょうね。暇があったら、数えてみてください。

それからこの間の放送で、マシュ・ケ・ナダをかけたときに、僕の通っていた高校が神戸市の東灘にあったというしょうもないギャグを言ったんですけど、それは東灘(ヒガシナダ)区じゃなく灘区だろうというリスナーからのご指摘がありました。「血筋をめぐる冒険さん」56歳、男、兵庫県の方です。もちろん兵庫県の方ですよね。確かにそうです、調べてみたら灘区でした。僕はあまり真剣に学校に行っていなかったので、住所までちゃんと覚えきれなかったです、どうもすみません。
Jobim Medley
Dionne Warwick
Aquarela Do Brasil
Arista
最初にディオンヌ・ワーウィックがアントニオ・カルロス・ジョビンのメドレーを歌います。“Retrato Em Branco E Preto”「白と黒のポートレイト」、“How insensitive”「ハウ・インセンシティブ」、“Corcovado”「コルコヴァド」、“Wave”「ウェイヴ」、“Águas de Março”「三月の雨」の五曲メドレーです。
これはワーウィックが1994年に出した“Aquarela Do Brasil”「アクアレラ・ド・ブラジル」というアルバムに入っています。このアルバムは、一般的にはあまり知られていない新しいブラジル音楽が中心になっていて、ブラジルで現地ミュージシャンと共に録音されていて、なかなか聴き応えがあるんですが、有名じゃない曲ばかりだと売れないかもしれないということで、このメドレーが入れられたのかもしれません。でも、なかなか素敵な歌いっぷりです。
Medley Part One: Up Tempo Side
The Beach Boys
ビーチ・ボーイズ・スーパー・USA
Capitol Records
ビーチボーイズは1981年に、過去のヒットソングを編集して、メドレーにしてヒットさせています。このシングル盤は8曲メドレーで、所要時間4分5秒なんですけど、今日おかけするのはそれより少し長く編集された、マキシ・シングルの6分47秒盤です。これ、なかなか耳にする機会はないんじゃないかと思います。全部で14曲入っていますけど、あまり有名ではないものも中に少し混じっているので、曲名を全部言い当てられる人はかなりのビーチボーイズ・フリークだろうと思います。
(村上DJがジャケットからレコードを取り出して、ターンテーブルへ……「A面ですね。これ、45回転です。行きます」「……Noble Surferって僕は知らなかった。あとは知ってたけど。たぶん、最初の頃の曲だと思うんだけど」)

ビーチボーイズすごいですね、怒涛の14曲メドレーでした。
Karen/Ella Medley
Carpenters
As Time Goes By
A&M Records
次はABCテレビの特別番組のために制作されたものですが、カレン・カーペンターとエラ・フィッツジェラルドのメドレーです。なにしろカーペンターズのカレンが、あのエラ・フィッツジェラルドと共演するというすごい組み合わせで、いったいどんなことになるのかと思わず息を呑んでしまうんですけど、聴いてみると、カレンはずいぶんがんばっています。

二人は実際に並んでデュエットをしたわけではなく、エラが先にスタジオで録画したものにカレンが声をかぶせたということらしいです。でもこうして聴くと、カレンとエラの声の質ってけっこう似てるんです。意外ですね。

メドレーはジャズのスタンダードが中心になっていますが、エラがエリントンの“Don't Get Around Much Any More”を歌う裏で、カレンが同じエリントンの“I Let a Song Out Go Out of My Heart”を歌うところなんか、なかなか聴かせます。

カレン・カーペンターはこのTVショーの三年後に拒食症で亡くなっています。ハンサムで才能豊かな兄貴にずっと劣等感を抱いていたみたいです。九年間苦しんだのちに、32歳の若さで世を去りました。気の毒です。

うん・・・カレン、がんばってましたね。
A Bunch Of The Blues: Keester Parade/ TNT/ Tiny's Blues
Mel Tormé with The Mel-Tones
Back In Town
Verve Records
Don't Stop Till You Get Enough / Working Day & Night / Wanna Be Startin' Somethin'
Trijntje Oosterhuis, Leonardo Amuedo
Never Can Say Goodbye
ユニバーサル
次はジャズ歌手が歌うメドレーを二曲続けて聴いてください。
まずはメル・トーメ。彼はジャズ歌手として活躍しましたが、一時期、ザ・メルトーンズというコーラス・グループを結成していました。メルがリード歌手でアレンジャーでもあり、1940年代に活躍しましたが、これは1959年に再結成されたときのものです。ブルーズ曲をメドレーで歌っています。タイトルは“A BUNCH OF THE BLUES”。中には、Keester Parade/ TNT/ Tiny's Bluesの三曲が入っています。洒落た選曲と歌唱で素晴らしいんですけど、間に入るトランペット・ソロはジャック・シェルドン、テナー・ソロはアート・ペッパーが吹いています。これはアナログで聴いて下さい。

それから、オランダ人の女性ジャズ歌手トレインチャ・オーステルハウスが、マイケル・ジャクソンのヒット曲をメドレーで歌います。Don't Stop Till You Get Enough/ Working Day & Night/ Wanna Be Startin' Somethin’の三曲です。しかしこの人の名前ね、なかなか覚えられないんです。トレインチャ・オーステルハウス。この間、ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセン(注:デンマークのダブルベース奏者。Niels-Henning Ørsted Pedersen)をやっと覚えたんですが、この人も難しいです。
Seasons of Gold
Gidea Park
Gidea Park
Polo
ギデア・パークはイギリス人の歌手、エイドリアン・ベイカーがつくったというか、でっちあげたバンドで、ビーチボーイズのメドレーが有名です。今日はフォー・シーズンズのヒット曲メドレーを聴いてください。すべてのボーカルと、ドラム以外のすべての楽器をベイカーさんが一人でこなしているんですが、フォー・シーズンズ・サウンドが実に見事に再現されていて、びっくりします。実物と見分けがつかないくらいです。ベイカーのオリジナル2曲を含めて、全部で14曲入っています。これもアナログで聴いて下さい。ベイカーさんは後日、実際に「フランキー・ヴァリ&フォー・シーズンズ」のメンバーになっていますし、ビーチボーイズのツアーにも参加しています。

これはつぎはぎじゃなくて、自分で最初から確信犯でやっているから、まとまりがいいよね。一人でベースからファルセットまで出るっていうのはすごいよね。
Never My Love / Happy Together / Daydream / Daydream Believer
The Modern Folk Quartet
Live in Japan
Village Green
MFQ(モダンフォーク・カルテット)はこの番組で、前にも一度かけましたね。今日は日本でおこなわれたライブの音源からです。1988年12月に渋谷のCLUB QUATTRO(クラブ・クアトロ)で収録されたもので、このCDはポニーキャニオンから発売されています。「ネヴァー・マイ・ラブ」「ハッピー・トゥゲザー」「デイドリーム」「デイドリーム・ビリーヴァー」という、ちょっと懐かしいヒットソング四曲のメドレーです。どことなくほんわかとしたところが、このグループの持ち味です。のんびり楽しんでください。
Georgia On My Mind
John Scofield
That's What I Say: John Scofield Plays The Music Of Ray Charles
Verve Records
今日のおしまいは、ジャズ・ギターのジョン・スコフィールドの演奏する「我が心のジョージア」Georgia On My Mindです。
今日の最後の言葉は、黒人歌手レイ・チャールズです。
レイ・チャールズは南部ジョージア州生まれで、貧困家庭に育ち、盲目というハンディキャップを背負い、厳しい人種差別に苦しみました。でも生涯を通して、社会的メッセージを込めた歌、いわゆる「プロテスト・ソング」みたいなものをほとんど歌っていません。あるインタビューでそのことを訊かれて、彼はこう答えています。

「私の目が見えないことは、もうみんなが知っていると思う。だからそんなことを今さらことわるまでもあるまい。そして私が歌を歌うとき、黒人であるというだけで私が長年にわたってくぐり抜けてきた心の哀しみ、闘いや嘘、ひどい仕打ち、そんなすべてを、いちいち歌詞にしなくとも、聴く人に伝えることができるはずだと、私は思いたいんだ」

彼の代表的ヒットソングのひとつ「我が心のジョージア」は生まれ故郷であるジョージア州を称える歌だけど、その声に込められた深い悲しみは、聴いているものの心を静かにじわりと打ちます。もちろん直接的なメッセージの発信も必要だけど、そうではないアプローチもあっていいですよね。いろんなやり方があります。時が経てば言葉はだんだん死んでいきます。でも芸術は残ります。 レイ・チャールズのこの歌を聴くとあらためてそう実感します。

この番組は、今月から月に一度の放送になります。毎月最後の日曜日の夜の放送です。覚えやすいですよね、カレンダーに印をつけておいてください。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • なんだろう、この“つながる瞬間”のグルーヴ感は! 村上DJが音楽の幕の内弁当だという「花咲くメドレー特集」は、アーティストと選曲者が卓越したセンスを持っていなければ成り立ちません。収録スタジオでフォー・シーズンズのヒット曲メドレーがかかった時、春樹さんもスタッフも自然に身体でリズムを取って笑顔がこぼれました。今回の村上RADIOは、最初のディオンヌ・ワーウィックの曲から最後のレイ・チャールズの言葉まで、楽しく深いグルーヴ感に包まれています。おそるべし、「村上春樹のDJワールド」!(エディターS)
  • 今年は桜が咲くのが早かったので、年度末バタバタしている間にあっという間に 桜は散ってしまいました。そんな中の選曲テーマ「花咲くメドレー」はお花見できなかった2021年春に、ずずんと心に染みてきますね。私がもうひとつ今回の放送で心に染みたのは、終わりの言葉でした。「時が経てば言葉はだんだん死んでいくけど、芸術は残る」直接的ではないメッセージ発信の大切さについて語られたこの内容。村上RADIOの「選曲」というアプローチを通じて春樹さんが伝えたかったことを 想像しながら「花咲くメドレー特集」を聞くと、また新しい発見があるかもしれません。(レオP)
  • 今回はぜひドライブのお伴に。色とりどりの躑躅と青葉を眺めながら、メドレーが織りなす心の機微を感じとってくださいね。ドライブの際には村上Tもお忘れなく!(延江GP)
  • 村上さんはリスナーのみなさんの感想を楽しみにしています。花咲くメドレー特集の感想、ぜひ送ってください。ちょっと無理なお願いや相談もOKです。きちんと村上さんに届けます。6月放送分ではみなさんのメッセージを紹介する予定です。どうぞお楽しみに。(構成ヒロコ)
  • 今回からADとして携わさせて頂きました。村上春樹さんの番組にまさか自分が携われるとは到底思っていなかったです。本当に有難いです。私も番組を通して、村上さんから沢山勉強させていただきます。花咲くメドレー特集、春にぴったりな雰囲気な曲だと思います。皆さんの感想を楽しみにしています。(AD桜田)
  • 今回は、華麗な盛り合わせが楽しめるメドレー特集です。つぎはぎから新録、架空のデュエットまで、編集感を存分に楽しめる楽曲群を編集する楽しさがありました。毎月の放送となった「村上RADIO」。次回、最終日曜日の夜も、どうぞお楽しみに(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。