トーク・セッション2
山下おつかれさまでした。
村上素晴らしい演奏でした。
山下こんなことを50年前からやっているわけです。
村上でも、50年ぶりに再会して、一発で決まるんですね。
山下はい、まったく同じというか、同じ気持ちになって一発でできるんです。そういう音楽をつくってきたので。
村上初歩的な質問をしていいですか。小節の数って数えてます?
山下そんなものはありません(会場笑)。そういうものが嫌でフリージャズをやっているわけです。オーソドックスな正当的なジャズは、小節とコード進行を守ったうえでアドリブをする。それがどれくらいうまいかを聴く人は見ています。
村上山下さんの演奏でいつも感心するのが、手癖(てくせ)がないことで、いつも新鮮な演奏なんです。
山下嬉しいですね。僕は手癖ばかりかと。肘癖は取れないですけど(笑)。
坂本肘が弾く瞬間の、引き金のようなものはあるんですか。
山下そうすね、気持ちが高揚して「じゃーん」と、ここで音がクラスターになっても音楽的に大丈夫だとどこかで考えていますね。願わくば、そのときドラムが見ていてくれて、バシンと合わせてくれたらといいなと。
村上ドラムソロからピアノソロに移るときの打ち合わせはないんですね。合図もなしで?
山下僕が、とにかく音楽的でも何でも、とにかく何かをつかんで、到達して、「もういいや」「やったー」となれば、一緒にやっている演奏者は「あいつはイったな」とわかる。それで交代する。顔つきで「おれは終わるよ」と。それは誰だってわかる。
村上フリージャズって生で聴いたほうが面白いですね。昔、ジャズ喫茶で難しい顔して一所懸命に聴いてたけど、疲れるんですよ。
山下フリージャズのほうが高級な音楽という誤解があってね。菊地くんがさっき言っていたけど、最後の究極の難しい良い形がフリージャズだというのは、ちょっと違うんです。
村上山下さんのフリージャズは物語性がありますよね。セシル・テイラーは解析的ですが、山下さんのは話が進んでいくようで楽しいです。
ところで、中上健次さんが運んだというのは本当ですか?
山下中上さんは本当だと思います。画面に残っています。20人ぐらいでグランドピアノは担げる。でも、中上さんがそう言ったあと、いろんな作家が「俺もあそこにいた」と言い出して……(会場笑)。
村上立松和平(たてまつ・わへい)さんが、その乱入ライブをテーマに「今も時だ」という小説を書きましたよね。小説では、ゲバが起きるわけですが。それは田原総一朗さんが狙った筋書きですよね。
山下そうですね。立松和平さんも村上さんと同じ頃に早稲田の学生でしたが、その時はいなかったんです。あとで話を聞いて大変悔しがって、その時の僕の音源を使ってCDを出してくれたのが舞踏家の麿赤兒(まろ・あかじ)さん。
立松さんは麿さんと仲がよくて、とにかく残念がってそれで小説も書いてしまった。
坂本さて、このライブも終わりに近づいていますが、アンコールでもう1曲演奏していただけたらと思います。
山下いつも演奏する自分の曲があるんです。じつは、すごく偶然なんですが、『ノルウェイの森』の7ページ目に、なんとわたしがいつも弾いている曲のタイトルが出てくるんです。本には、こうあります。
「記憶というのはなんだか不思議なものだ」
この通りの内容を僕は音楽にして弾いているんです。これはある時、アメリカ人のメールフレンドが“Memory is a funny thing”と書いてきた。このフレーズがとても良くて、その場でこの曲を書いてしまったのです。
今回、村上春樹ライブラリーに行って『ノルウェイの森』の英語版を見たら、まさしく、“Memory is a funny thing”とあった。
村上……覚えてないなあ。最初に出てくるんですか(会場笑)。
山下素晴らしいフレーズ、名言なのに。ほら、ここに書いてあるでしょ。主人公が18年の歳月を思い出すシーンで、この文章が出てくるんです。
「記憶というのはなんだか不思議なものだ」と。英訳を調べたら、たしかに“Memory is a funny thing”とある。僕の心を打った英語のフレーズと同じです。そのフレーズを頼りに、僕が作った曲をやります。
坂本それでは、山下洋輔さんの曲で最後を飾っていただきましょう。
山下最初のメロディが“Memory is a funny thing”と聴こえればありがたい。