MURAKAMI RADIO
POST

村上RADIO~今夜はアナログ・ナイト!~

村上RADIO~今夜はアナログ・ナイト!~

こんばんは、村上春樹です。
今夜はうちからアナログ・レコードをひと抱え、スタジオに持ってきました。CDでは手に入らない、あるいはなかなか手に入りにくい音楽、ちょっとした思い出のあるレコード、そういうものをみなさんと一緒に楽しめればと思います。
僕が昔からうちで聴いているレコードなので、ひょっとしたら、たまにスクラッチみたいなのが入るかもしれませんが、それも音楽のうちだと思って味わってください。
このテーマ「マディソン・タイム」もいつもCDなんですが、今日はアナログ・レコードでかけています。

今夜はアナログ・ナイトになります。レコードって、手にとって見ているだけで不思議ですよね。細かい溝が円形のビニールの板の上にびっしり刻まれていて、それを回転させて針でこするだけで、こんなに良い音で音楽が聴けてしまう。いつ見ても不思議だなと感動します。CDだとそんな感動ってないですよね。それから、レコードってきれいに掃除してあげればあげるほど、どんどん音が良くなる。そういうところもかわいいです。僕なんか、もう暇があればレコードをせっせと磨いています。
Madison Time
Donald Fagen with Jeff Young & the Youngesters
The New York Rock And Soul Revue ‎– Live At The Beacon
Giant Records 1991
Cupid
Tony Orlando & Dawn
To Be With You
Elektra 1976
まず、A面の一曲目です。サム・クックの古いヒット曲「キューピッド」を、「幸福の黄色いリボン」とか「ノックは三回」で有名なバンド、トニー・オーランド&ドーンがカバーしたものです。
最初と最後にテナーサックスのソロで「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」が入ります。けっこう凄まじいブロウイング・テナーだけど、いったいどこで、こんなくさいテナー奏者を見つけてきたんでしょうね。でも、かなり場末っぽい渋い雰囲気を出しています。
「To Be with You」というタイトルのアルバムに入っていて、これはたぶんCDでも手に入ると思うんだけど、季節的にぴったりなので、うちからアナログ盤を持ってきました。
Sunset
Ohta-San
The Cool Touch Of Ohta-San
Surfside Records 1968
次はオータさん。4ドル99セントですね。
これ、ちょっと拭いた方がいいな。ここに白いのが付いてるでしょ、これがホコリ。けっこう付くんですよ。
えーと、いま僕はレコードを回していて、盤を拭いたんですけど、これはうちから持ってきたレコード・クリーナーで「奏(かなで)」という名前がついています。10800円するんですけど、これが「すぐれもの」で、とてもきれいにレコードの汚れが取れます。限定発売だから、もう売ってないので大事に使っています。これだと「目にも見えないレコードのホコリ」がきれいに取れちゃいます。なかなかいいですよ、ほんとに。
村上RADIO オータさんこと、ハーブ・オオタのウクレレ演奏で、『サンセット』。急に『サンセット』と言われてもわからないだろうけど、実は誰でも知っているあの曲です。
最近はウクレレというと、ジェイク・シマブクロみたいな超絶技巧派がいますし、それはもちろん素晴らしいんだけど、オータさんのウクレレ演奏は古典的というか、人間味があって、いつ聴いてもほのぼのします。僕はオータさんのレコードをけっこう集めています。いや、集めているというより、知らない間に「集まってしまった」という感じかな。でもこういう音楽って、やっぱりアナログ・レコードで聴くと心に沁みます。
Cuando Tenga Sesenta Y Tres(When I'm Sixty Four)
Los Mustang
Xerocopia
Movieplay 1981
ビートルズの『64歳になったら(When I’m Sixty-Four) 』のスペイン語のカバーです。歌っているのはロス・ムスタング。1960年代にバルセロナで結成されたグループです。
このレコードは、バルセロナのフリー・マーケットで見つけて買ったんです。いくらで買ったかは忘れちゃったけど、まあ2000円ぐらいかな。全曲スペイン語でのビートルズのカバーですけど、演奏もしっかりしていて楽しめます。
これもたぶんCD化はされていないと思います。

この曲のスペイン語のタイトルは『Cuando Tenga Sensentay Tres』。でも、僕の乏しいスペイン語の知識を総動員しても、これは「63歳になったら」になっています。どうして64歳がスペイン語盤だと63歳になっちゃうんでしょう? 韻を踏むための意図的な作り替えなのか、そのへんはよくわかりません。もしご存知の方がおられたら教えてください。
ところで、僕は自分が実際に64歳になったとき、誕生日に「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に入っているこの曲をあらためて聴き直してみたんですが、とくに感慨みたいなものはなかったですね。64歳ってべつにふつうじゃない、みたいな感じだった。
Peter Gunn
The Art Of Noise Featuring Duane Eddy
12インチシングル盤
China Records 1986
これかっこいいんだよね。アート・オブ・ノイズが60年代の伝説的ギタリスト、デュアン・エディをフィーチャーした『ピーター・ガン』のテーマです。トゥワンギー・ギターがかっこいい。
これは45回転のシングルLPですが、実を言うと僕はこのレコードをゴミ捨て場で拾ってきたんです。1990年代の初め、ボストンに住んでいた時、朝、ゴミを捨てに行ったら、これが置いてあった。見たところきれいそうだし、もったいないなと思って拾って帰ったんです。でも聴いてみたら、傷一つないし、演奏も文句なく素晴らしい。それ以来、ずっと愛聴しています。

「ピーター・ガン」というTV番組を御覧になったことありますか。1960年代初めに放映されていた探偵もので、僕は好きでよく見ていました。テーマ音楽を書いたのは、ヘンリー・マンシーニです。ドラマの主人公のピーター・ガンのガールフレンドがジャズ歌手で、いつも一回はジャズ・クラブのシーンが出てきて、バックに西海岸の有名なジャズ・ミュージシャンがよく顔を見せていました。そういうのを見るのも楽しかったですね。そのころ僕は、まだ中学生だったけど。
Flashdance - Tanz Im Feuer
Ramona
7インチシングル盤
Oasis 1983
次は1984年くらいにドイツを旅行したときに見つけて買ってきたシングル盤です。ドイツ語のタイトルは「Tanz Im Feuer」。英語で言うと「Dancing in the Fire」、炎の踊り。実は映画『フラッシュ・ダンス』のテーマです。
歌っているのはラモーナという若い女性で、なかなかきれいな人です。

僕は英語のヒットソングを、英語以外の言語でカバーしているレコードがなぜか好きで、けっこう熱心に集めています。翻訳の仕事もしているので、どうしてもそういう言語の置き替えみたいなことに興味があるんですね。
たとえばノルウェイ語で歌うビーチボーイズとか、中国語で歌うカーペンターズとか、そういうのってすごく面白い。日本では簡単に入手できないので、外国に旅行したときにレコード屋をせっせと回って漁ります。いつもタイトルが英語で書いてあるわけではないので、見つけるのは大変です。暇がないとなかなかできることじゃないけど、やってもあんまり人生の役に立つことじゃないしね。
Chapel Of Love
The Hitmakers
K-Poi Oldies But Goodies
K-Poi 1970
次はホノルルの中古屋で見つけて、2ドルぐらいで買ってきたレコード。K-Poiという地元放送局が記念品として出していたレコードみたいで、いちおう非売品です。レコードのところどころに放送局のジングルが入っていて、これがいかにも1960年代風でかっこいい。曲の前後にも入りますので、聴いてみてください。
この曲は「チャペル・オブ・ラブ」。この曲はどうしてもディキシー・カップスのヒット曲が頭に浮かぶんですが、これはザ・ヒット・メイカーズというドゥーワップのグループが1958年にヒットさせた同名異曲です。こっちの曲もなかなか素敵だと思うんだけど。
The Good Life
Blossom Dearie
Sings Rootin' Songs
Hires 1963
僕が大好きな歌手、ブロッサム・ディアリーが歌う「グッド・ライフ」です。
1980年代の半ばにロンドンの小さなクラブで、僕は一度、彼女の生の歌声を聴いたことがあります。まさに至福ともいうべき時間でした。妖精みたいな、というか「妖精おばさん」という表現がじつにぴったりくる人なんです。声がとても可愛くて。

この曲は「Blossom Dearie Sings Rootin’ Tootin’ songs of 1963」というすごく長いタイトルのLPに入っていますが、このレコードにはレコード会社の名前もレコード番号も書かれていません。というのは、これはルートビールの会社の景品として制作されたもので、一般には売り出されなかったからです。だから、このレコードは長いあいだほとんど入手不可能な状態になっていて、かなり高値で取り引きされていました。今はもうCDなんかで再発されているので、内容的には珍しくはないですが、それでもオリジナルのLPはまず見かけません。僕はそのオリジナル盤を米国コロラド州デンヴァーの小さな中古レコード店でようやく見つけました。つけられた値段は60ドルでした。
60ドルなら相場としてずいぶん安いんですけど、当時僕は、一枚のレコードに50ドル以上は出さないという方針を貫いていました。べつにお金がないというわけではなく、「お金さえ出せばなんでも手に入るんだ」みたいになることは嫌だったんですね。あくまで楽しみで、ゲームとしてレコード集めをやってるんだから、そこには自分なりのルールみたいなものがあっていいだろうと。だから値切ったんです。「これ、50ドルになりませんか」と。でも、店主はすごく気むずかしそうな親父で、ひと言「ノー」。にこりともしない。しょうがないからあきらめて、後ろ髪を引かれる思いで店を出たんですが、どうしてもそのレコードが欲しい。だから一時間くらい経ってから店に戻って、「やっぱり50ドルになりませんか」と言って交渉したんだけど、答えはにべもない。「ノー」。僕もわりに頑固なほうなので、「じゃあ、いいや」と店を出て、ホテルに戻って一泊しました。でも朝になったら、どうしてもあのレコードがほしい。朝一番、急いでそのレコード屋に行って、「分かった。いいよ、60ドルで買うから」と言いました。親父は「ありがとう」と初めてにっこりして、売ってくれました。結局60ドル払ってこのレコードを買ったわけだけど、そういうプロセスというか、コミュニケーションってなかなか良いんです。
ネットオークションとかインターネット配信では、そういう人間的な思い出ってまず生まれないですよね。
Pet Sounds
Freddie McCoy
Soul Yogi
Prestige 1968
今日のお別れの曲は、フレディー・マッコイ。ジャズのヴァイブラフォン奏者が演奏するビーチボーイズの「ペット・サウンズ」。
「ペット・サウンズ」の曲のカバーってかなり珍しいんですが、これ、けっこういいです。たぶんこれもCDでは出ていないと思います。
アナログ特集ということで、やはり古い音楽が中心になってしまいましたが、楽しんでいただけましたでしょうか。でも同じ音楽でもアナログで聴いていると、なんだか楽しいですね。音といい雰囲気といい、目でちゃんと見えるところが人間的っていうか、ほっとします。
ラジオなのでそのへんのことをお見せできないのが残念ですけれど。
今日の最後の言葉。結構うろ覚えですが、かつてエルヴィス・プレスリーがこんなことを言っていました。

「歌手は、自分の心の穴を埋めるために歌を歌う。そのことが聴く人に伝わるとき、そこに共感が生まれるんだ」

それはきっと小説についても言えることです。結局のところ、僕らはみんな自分の心に開いた穴を埋めるために、音楽を聴いたり、小説を読んだりしているのかもしれません。あるいは歌を歌ったり、文章を書いたりしているのかもしれない。
でも、そういう空白を抱えることって、人にとって大切なことなんです。あまりそればかり意識すると疲れちゃいますけど、ときどきふと自分の中にある何かの欠落に気づくことで、人生は逆に少し豊かになったりします。
それでは今日はこれでおしまいです。
またお会いしましょう。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • アナログナイト。
    今回はすべてレコードで、深い音が堪能できます。そこには愛と人生が詰まっていて、レコードって良いものだと感じ入りました。いまの放送局で、ここまてレコードに徹した番組はありません。
    それと、村上春樹さんがいかに世界の各都市でレコードを手に入れているかも。さしずめ「旅と音楽のサウンドエッセイ」とでと言うのでしょうか。
    恋愛相談も小説家ならでは。頷きながらメモを取ってしまいました。
    とくにラブレターの書き方)^o^( (延江エグゼクティブプランナー)
  • 2月の「村上RADIO」レコードと恋愛の放送回です。今回は、レコードに針を落とすと音楽が流れるように、村上さんの記憶に恋愛相談という針が落ちることで「人生とは何か?」が流れました。番組最後の曲に象徴的な、出逢いと別れによって刻まれた恋愛の傷跡みたいなスクラッチ音を感じていただけたらと思います。(キム兄)
  • スタジオで春樹さんがアナログ・レコードの溝にそっと針を置いた瞬間、「ビリー・ホリデイの話」を思い出しました。まるで短編小説のような心に沁みるエッセイです。(『村上春樹 雑文集』、CD「ポートレイト・イン・ジャズ2」のライナーノート所収)
    ビリー・ホリデイは、“When you are smiling, the whole world smiles with you.”と歌い、LPレコードをかけることは僕たちの日々の営みとどこかで優しく繋がっていると春樹さんは言います。
    バレンタインの夜、村上RADIOを聴いたみなさんに、世界はきっと優しく微笑んでくれるでしょう。(エディターS)
  • 今回の「今夜はアナログナイト」を収録中の春樹さん。ご自身のレコードケアグッズをスタジオに持ち込み、とても楽しそう!音楽愛がラジオを通じて伝わってくること間違いなしです。そして、愛といえば事前募集した「恋愛相談」Q&Aでは、ご自身が過去に書いたラブレターに関する思い出話も披露。さすが!なエピソードにスタッフ一同唸りました。春樹さんの書いたラブレター、どんな事が書いてあったんでしょうね~ (レオP)
  • 毎回エンディングにアーティストの名言を紹介するのが定番となりつつありますが、番組の中では村上さん自身の名言も飛び出します。今回は「思い出は人生の燃料になる」。“思い出というのはすごく大事。年を取ってからその燃料があるとないとでは、人生のクオリティが違ってくる”と村上さん。ふーむ、心に染みます。(構成ヒロコ)
  • 今回はお話のバックで流れてた音楽もすべてアナログレコードの音なんです。村上春樹さんの恋愛相談とウォームなアナログレコードの音、寒い夜にピッタリでしたね。私たちスタッフもあたたかな気持ちになりました! (CADイトー)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。