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村上RADIO~モーズ・アリソンを知っていますか?~

村上RADIO~モーズ・アリソンを知っていますか?~

こんばんは。村上春樹です。
そろそろ夏も終わって、秋の気配も漂い始めました。じっくりと腰を据えて音楽を聴きたい季節ですよね。今日は、僕の好きなジャズ・ピアニストにしてボーカリスト、モーズ・アリソン(Mose Allison)の特集をします。モーズ・アリソンをご存じですか? おそらくご存じない方のほうがずっと多いと思います。今日、覚えてください。

なんで今、モーズ・アリソンなのか? 理由は簡単です。モーズ・アリソンの特集なんて、この番組でしかまずできないからです。モーズ・アリソン、ビッグネームでもないし、レコードがヒットしたわけでもないし、とくにお洒落なわけでもありません。でも密やかな一群の熱心なファンを持つ人です。そして何を隠そう、僕もそんなファンの一人です。モーズ・アリソンの特集をいつかやってやろうと機会をうかがっていました。今日はほとんど全部アナログLPでかけます。気に入っていただけるととても嬉しいです。(にゃあ)
THE SEVENTH SON
MOSE ALLISON
MOSE ALLISON SINGS
PRESTIGE
I LOVE THE LIFE I LIVE
MOSE ALLISON
TAKES TO THE HILLS
EPIC
モーズ・アリソンは1927年にアメリカ南部、ミシシッピー州に生まれ、2016年に亡くなりました。5年前のことですね。彼が生まれ育った当時のミシシッピー州は黒人差別の厳しい保守的な土地柄だったんですが、そんな中で若いモーズは黒人音楽、とくにブルーズに強く心を惹かれていきます。幼い頃の彼が育った小さな田舎町は、黒人が人口の8割を占めていました。だから黒人音楽は彼にとってごく自然に耳に入ってくるものだったんです。空気を吸い込むみたいに。それが彼の音楽の原体験になっています。 そして彼はその原体験をもとにして、自分だけのユニークな音楽体系を作り上げ、時代時代の流行や能書きに左右されることなく、一生その個人的なスタイルを守り続けました。頑固というか、反骨っていうか、たぶんあんまり器用な人ではなかったんでしょうね。

まずは若い頃の彼に強い影響を与えた、ブルーズシンガーで作曲家のウィリー・ディクスンの曲を二曲聴いてください。“The Seventh Son”「七番目の息子」と”I Love The Life I Live”「人生を愛する」をモーズ・アリソンがカバーします。黒人の歌うブルーズとはぜんぜん感じが違って、独特のからりとしたテイストがあります。聴いてみてください。

<収録中のつぶやき>
昔ジャズ喫茶をやってたときも、もちろんこういうのをよくかけてました。
他のジャズ喫茶の人たちと僕の趣味が違い過ぎたんだよね。リクエストはまず来ない。店主が好きだったからかけてた。店主が好きでかけるものは、客にはあんまり受けないという傾向だったけど。

自然に歌っちゃうんだよね。なんか、グレン・グールドと同じで。うち(「ピーターキャット」)は、チック・コリアとかキース・ジャレットもかけなかったな。ボーカルのレコードはよくかけました。僕は自分では聴くけど、あんまり重いものを店でかけるのは好きじゃなかったから、この番組と雰囲気が似ていたかもしれない(笑)。
FOOL'S PARADISE
MOSE ALLISON
MOSE ALIVE!
ATLANTIC
THAT'S ALRIGHT
MOSE ALLISON
MOSE ALIVE!
ATLANTIC
簡単に言ってしまえば、彼は南部の黒人ブルーズに、都会的なジャズのフィーリングを加え、カントリー音楽のフレイバーも少しばかり添えて、ひとつにはカテゴライズできない「モーズ・アリソン音楽」という個人的な音楽世界をうまくつくりあげているわけです。だから逆に言えば、ブルーズ・ファンからも、ジャズ・ファンからも、カントリー音楽ファンからも、強い一般的支持は得られませんでした。しかしその個人主義を煮詰めたような、ほかに類を見ない音楽は、一度好きになると離れられません。音楽家の中にもトム・ウェイツとか、ヴァン・モリソンとか、ピート・タウンゼントとか、ジャック・ブルースとか、ベン・シドランとか、熱烈なモーズ・アリソン・ファンがいます。特に英国のミュージシャンたちの間ではカルト的な人気がありました。僕は一度ベン・シドランさんと会って話したことがあるんですけど、モーズ・アリソン話でかなり盛り上がりました。 それではモーズ・アリソン、ライブで二曲聴いてください。

ジェシー・フラーの作った“Fool's Paradise”「フールズ・パラダイス」とジミー・ロジャーズの”That's All Right”「ザッツ・オールライト」です。場所はカリフォルニアのハモサ・ビーチにあるジャズ・クラブ「ライトハウス」、バックはスタン・ギルバートのベース、メル・リーのドラムズ、ピアノはもちろんモーズ・アリソン。このライブ・アルバム、とても出来がいいです。ライブ、聴きたかったなあ。1966年の録音です。

<収録中のつぶやき>
まずこういう曲はラジオではかからないね、今も昔も。この人を知らない人はみんな黒人だと思ってたんです、歌を聴いて。ライブを聴きにいったら白人なんでひっくり返ったという話があります。ピアノもなかなか面白いピアノなんだよね。
BLUEBERRY HILL
MOSE ALLISON
BACK COUNTRY SUITE
PRESTIGE
モーズ・アリソンはシンガーとして高く評価されていますが、ソング・ライターとしても、またジャズ・ピアニストとしても実力を認められています。彼のピアノはミニマリズムっていうのかな、決して饒舌ではありません。どちらかというと訥々(とつとつ)とした演奏なんだけど、不思議な独特の説得力を持っています。それからリズム感覚がとてもいいんです。基本はジャズのビバップの人ですが、異端的なところがあって、ジャズの本流には受け入れられませんでした。そのあたりは、セロニアス・モンクに少し通じるところがあるかもしれません。ピアノ・トリオで“Blue Berry Hill”「ブルーベリー・ヒル」を聴いてください。ファッツ・ドミノの歌でヒットした曲ですね。テイラー・ラファーグのベース、フランク・イソラのドラムズです。
To The Ends Of The Earth
MOSE ALLISON
the Soft Swing
Verve
モーズ・アリソンはまだ駆け出しの時代に、スタン・ゲッツに見いだされ、彼のカルテットのピアニストに迎えられます。1957年のことです。スタン・ゲッツほどのビッグネームなら、もっと格上のピアニストを雇えたんだけど、当時のゲッツは収入の大方を麻薬代に持っていかれて、借金で首が回らない状態だったんです。有名ミュージシャンを雇う余裕がなかった。それで、「こいつならまだ若いし、安い給料で使えるだろう」みたいな感じでアリソンさんに声をかけたようです。もちろん「見所がある」と見込んだからこそ抜擢したんでしょうけどね。
スタン・ゲッツ・カルテットに彼が加わった正規の録音はLP一枚分しか残されていませんが、その中から“To The Ends Of The Earth”「世界の果てまで」を聴いてください。アリソンのピアノ・ソロは決して悪くないんですが、ゲッツのリリカルなトーンには微妙に合ってないですね。あまりにアリソン的すぎるというか。 ベースはアディソン・ファーマー、ドラムズはジェリー・シーガルです。
スタン・ゲッツのバンドでの活動期間が短かったのは、彼が「バック・カントリー組曲」というアルバムをプレスティッジ・レコードから出して、それがけっこう話題になったからです。それを機に独立しました。僕の想像だけど、きっと安い給料にも耐えかねたんでしょうね。(「みゃーお」)

<収録中のつぶやき>これ、古いレコードなんで、ちょっとチリチリと音が入りますけど。
IF YOU LIVE
van morrison georgie fame mose allison bensidran
TELL ME SOMETHING the songs of mose allison
Verve
WAS
van morrison georgie fame mose allison bensidran
TELL ME SOMETHING the songs of mose allison
Verve
今日は僕の大好きなモーズ・アリソンの音楽を特集しています。
次にモーズ・アリソンの作った曲を、彼をリスペクトするミュージシャンたちがカバーした曲を聴いてください。まずはベン・シドランの歌う“If You Live”。
人間、生きていれば、また良いときも来るさ、太陽は照り、穀物は育ち、先のことを案じる必要もきっとなくなるさ……という歌です。モーズ・アリソンの作る歌って、なんか基本的に、どことなく明るいんです。オプティミスティックというほどでもないんだけど、「まあ人生、そんなたいしたものでもないけど、そんなに捨てたもんでもないよな」みたいな感じですね。変に深刻ぶらないっていうか、するめを噛むようなさりげなく長持ちする味わいがあります。

それから、これも今の"If You Live"と同じCDアルバム”Tell Me Something”に入っているものです。ジョージィ・フェイムの歌う“WAS”。僕が「過去形was」になってしまったとき、そして僕らが「過去形were」になってしまったとき、君の美しい顔はまだその気配をあとに残しているだろうか、僕の好きなサウンドはまだ誰かが奏でているだろうか、若い男女が古い写真を見て昔はどんなふうだったんだろうねと言い合うだろうか……という内容です。なかなか味わい深い歌です。
<収録中のつぶやき>
The Whoの“Young Man Blues”、これは“Young Man”という題でモーズ・アリソンが歌っていて、それはすごくさっぱりしたアレンジメントなんだけど、The Whoのほうはハードロックなんだよね。全然違う。何回か聴いてみて、どうしようか考えたんだけど、やっぱり今回はThe Who は遠慮してもらおうと思って。あとジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズも“Parchman Farm”をカバーしていて、これもいいんだけど。エリック・クラプトンが入っているジョン・メイオール。ディレクターの伊藤君が喜びそうだけど。でもこれもちょっと、ベン・シドランとジョージィ・フェイムのほうがカバーとして面白いと思って。
THE SONG IS ENDED
MOSE ALLISON
I don't worry about a thing
ATLANTIC
PLEASE DON'T TALK ABOUT ME WHEN I'M GONE
MOSE ALLISON
TAKES TO THE HILLS
EPIC
僕の好きなモーズ・アリソンの歌をさらに二曲聴いてください。どちらもちょっとシブいスタンダード・ソングです。まずはアーヴィング・バーリンの作った“The Song Is Ended”。歌は終わったけど、メロディーはまだ響いている、という歌です。間に入るピアノ・ソロがすごくヒップでかっこいいんです。しびれます。 それから“Please Don't Talk About Me When I’m Gone”「僕がいなくなったあとで僕の話をしないでね」、フォー・フレッシュメンの歌で有名ですが、アリソンのバージョンもやたらかっこいいです。こういうの、大人の歌ですね。悪いけど、子どもにはたぶんわからない。まあ、いいじゃないですか。世の中にそういうものが少しくらいないと、歳を取る値打ちがなくなります。
STOP THIS WORLD
MOSE ALLISON
SWINGIN' MACHINE
ATLANTIC
これもモーズ・アリソンの書いた曲です。“Stop This World”「世界を止めてくれ、ちょっと降りたいから」。アリソンらしいぴりっとした、うーん、ユーモアのきいた音楽です。バックのトロンボーンはジミー・ネッパー、チャールズ・ミンガスのバンドでトロンボーンを吹いてた人ですね。


<収録中のつぶやき>
モーズ・アリソンのどこに惹かれるんでしょうね、よくわかんないけど。こういう人は他にいないから、こういう人は他にいないというミュージシャンには必ず客がつくんです。だから、この番組でモーズ・アリソンをこれだけ1時間かけても、モーズ・アリソンがいいなんて思ってくれる人は少なくて、20人に1人くらいかもしれないけど、1人いたら大正解なんです。そういう人がずっとモーズ・アリソンを聴いてくれるだけでもありがたい。だからこういう音楽を特集するのは有意義だと思う。でも20人に1人、いるかなあ(笑)。
Je T'aime Moi Non Plus
STEEL LOVE WORLD WIDE
LOVERS
VICTOR ENTERTAINMENT
今日のクロージングは、トリニダード・トバゴ(カリブ海の島国)のミュージシャンたちがスティールパンで演奏する“Je T'aime Moi Non Plus”。スティールパン、もともとは捨てられたドラム缶から作った(音階のある)打楽器ですが、ほんとにきれいな音ですよね。電気を一切使わない楽器なので、聴いていてほっとします。癒やされます。20世紀に新たに生まれた楽器は2つしかないと言われています。シンセサイザーとスティールパンです。電気を使う方がシンセサイザー、使わない方がスティールパンです。
今日の最後の言葉はジョン・レノンさんの言葉。彼は40歳の誕生日を前に、オノ・ヨーコさんと一緒にインタビューを受けて、このように語っています。

「僕は40歳になろうとしている。人生は40歳から始まるんだって人は言う。ほんとにそのとおりだと思うよ。だって今の気分、最高に素敵だからね。そしてしっかりエキサイトしている。なんだか21歳を過ぎて、また21歳になるって感じだ。そしてとても楽しみなんだ。さあ、この次にいったい何が起こるんだろうってね」

その数ヶ月後にジョン・レノンはニューヨークのアパートメントの入口で射殺されます。それが「その次」に起こったことでした。そう思うと切ないですね。
ジョン・レノンが亡くなったのは、僕が小説家としてデビューした翌年のことでした。ひとつの時代が終わってしまったという、たしかな実感がありました。

10月は村上作品に出てくる音楽特集の続きをやります。8月に第1回目をやったんだけど、そのときに紹介しきれなかったので、その続きをやりたいと思います。ご期待ください。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 今回の放送は、村上RADIOの醍醐味のひとつ「知らなかった音楽に触れてワクワクする!」の回です。モーズ・アリソンについて知らなかった人も、知っていた人も、へ~と思いながら音楽の知識を深め、聴く楽しみを知ることが出来ます。そうそう、10月1日にオープンする「早稲田国際文学館(通称村上春樹ライブラリー)」では、毎月「Authors Arive!~作家に会おう」というイベントをやっていきます。村上RADIOスタッフもお手伝いして、朗読会や演奏会などを行っていきますよ~。どうぞ、ご期待ください。(レオP)
  • カリブの打楽器スティールパン。モーズ・アリソンのジャズを堪能したあと、クロージング曲で流れるその音色は、優しく心を打ちます。ふと耳を澄ませば、南島の風や夜の静寂(しじま)のなんと饒舌なことでしょうか……。モーズ・アリソンの曲とスティールパンが奏でる“Mr.Lonely”とともに、秋の夜が更けて行きます。今月の村上RADIOは心に響く村上DJのとっておきの選曲でした。(エディターS)
  • モーズ・アリソン、わたしも初めて知りました。音楽を聴きながら「なんだかお酒が飲みたくなっちゃうよね」と村上さん。モーズ・アリソンの“変に深刻ぶらない、さりげなく長持ちする味わい”、これ人生のテーマですね。(構成ヒロコ)
  • 秋の夜長にぴったりな時間ですね。モーズ・アリソン、私も初めて知りましたが、20人に1人でも好きになってくれたら有難いなと思います。(AD桜田)
  • モーズ・アリソン。これぞ秋味の特集でした。ゆったりしみじみ。もしかして、これほどまとめてオンエアされたの、日本のラジオでは初めてじゃないかなと。極上のひとときでした。(延江GP)
  • 今回の村上RADIOは、「モーズ・アリソン」特集。モーズ・アリソン、恥ずかしながら知りませんでした・・・でも、このブルーズでもジャズでもカントリーでもない「個人的な音楽」は、カテゴライズできない音楽の素晴らしさを改めて感じさせてくれます。また、音だけを聴くと黒人だと思われていたという逸話も面白く、まさにラジオで特集する意味がありました。私も20人のうちの1人です(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。