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村上RADIO ~アナログ・レコード年末在庫整理~

村上RADIO ~アナログ・レコード年末在庫整理~

こんばんは、村上春樹です。
村上RADIO。今日はクリスマスですが、クリスマス・ソングはかけません。すみません。そういうのは他の番組で聴いてください。今夜は「アナログ・レコード年末在庫整理」ということで、しばらく聴いていなかった、うちにある古いLPレコードを引っ張り出しておかけします。場所の問題があって、これらのレコードはあまり手の届きにくい一画にまとめて置かれていたんだけど、そういうのって、なんか気の毒だなあと思って、1枚1枚きれいに磨いてあげて、久しぶりにLP両面しっかり聴いてみました。そして、そのなかから「これ、いいんじゃないか」と思う曲を選んでみました。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」


今日おかけするレコードは、だいたい1ドルから2ドルくらいで、海外の中古屋さんで買ってきたものです。最近はアナログ・レコードがブームになって、中古レコードの値段もじわじわ高くなっているようですが、少し前までは捨て値でたたき売りみたいな状態だったんです。レコードを処分してCDに買い換える人が多かったんですね。あまりにも安いんで、僕は“亀を助ける浦島太郎”みたいに、そういうのを買い集めていました。そんなわけで今日かけるレコード、いろんな分野の音楽があって、かなりとっち散らかっていますが、バラエティーには富んでいると思います。在庫整理、お楽しみください。古いレコードなんでチリチリ入りますけど、例によってがまんしてください。よろしく。
Where Does a Little Tear Come From
PERRY COMO
The Scene Changes
RCA VICTOR
まずはペリー・コモです。最近ではペリー・コモを聴く人はあまりいないでしょうが、1940年代~1960年代初期にかけて、フランク・シナトラと並んで、アメリカでもっとも人気のある男性歌手の1人でした。イタリア系の人ですが、マフィアとのつながりが何かと話題になったシナトラとは対照的に、クリーンで健全なイメージが売りでした。健全すぎてちょっと、というところもなきにしもあらずなんですけど。
今日は、そんな彼が珍しくナッシュヴィルまで出向いて、カントリー・ソングをまとめて録音したLPから聴いてください。アルバムのタイトルは『The Scene Changes』、プロデュースがチェト・アトキンズで、バックがアニタ・カー・カルテット、ピアノはフロイド・クレーマーという、ナッシュヴィルの豪華メンバーです。おかけするのは「Where Does A Little Tear Come From」、可愛い涙はどこから来るんだろうね、という曲です。
HE'S A RUNNER
BLOOD,SWEAT & TEARS
3
Columbia
次はがらりと変わって、ブラス・ロックの代表選手Blood, Sweat & Tearsをかけます。ジャズの要素を取り入れた、当時としてはかなり革新的なバンドでした。LP『Blood, Sweat And Tears 3』から、ローラ・ニーロの作った「He's A Runner」をかけます。この曲、僕は好きなんです。歌っているのはもちろん、デヴィッド・クレイトン・トーマスです。独特の声ですね。
「He's A Runner」。ランナーといっても、運動選手じゃありません。ここでのランナーというのは、すぐに逃げ出してしまう人のことです。「何をもってしても、誰をもってしても、彼が逃げ出すのを止めることはできない。ひとところには留まれない人なんだから」という歌詞です。そういう人って、ときどきいますよね。都合が悪くなると、すぐに消えてしまう。
TIME
MEL TORME
RIGHT NOW!
Columbia
メル・トーメをかけます。メル・トーメは小洒落たジャズ歌手として活躍しましたが、1960年代半ばにアトランティック・レコードを離れて、コロンビアに移籍しました。でもコロンビアではジャズを歌わせてもらえず、主にポピュラー歌手として売り出されることになりました。メジャーの会社って高い契約金は出すんだけど、会社の営業方針の縛りがきつくて、なかなか好きなことをさせてもらえないんですね。トニー・ベネットも同じような目にあって、ぶち切れて飛び出してしまいました。まあ、マイルズ・デイヴィスくらいになると、もうやりたい放題ですけど。
このメル・トーメの『Right Now!』というアルバムも、全体として毒にも薬にもならないというか、あまり面白いものじゃないです。ただこの「Time」という曲に関しては、メル・トーメのカバー・バージョン、僕はけっこう気に入っています。オリジナルはポゾ・セコ・シンガーズ。なかなか良い曲なんだけど、他に歌っている人があまりいないみたいです。
All I Have To Do Is Dream
DOC & MERLE WATSON
LIVE & PICKIN'
United Artists Records
盲目のシンガー、ドク・ワトソンが息子のマール・ワトソンと組んで歌います。エヴァリー・ブラザーズのヒットソング「All I Have To Do Is Dream(夢を見るだけ)」。ドク・ワトソンはブルーグラスからフォーク系の歌手なので、こういうポピュラーソングを取り上げるのは珍しいです。
1978年10月、サンフランシスコの「グレート アメリカン ミュージックホール」での実況録音です。これ、とても素敵なアルバムなんですけど、ジャケットには、99セントっていう値札がまだ貼ってあります。

<収録中のつぶやき>
数万円クラスの珍しいレコードを99セントの箱で見つけてね、「やった!」という感じだった。震える手でなにげない顔をしてレジに持っていった(笑)。
MY HEART BELONGS TO DADDY
HERB ALPERT & THE TIJUANA BRASS
MUSIC BOX
A&M RECORDS
このA&Mレコードのサンプル盤も、まあなくてもいいようなものなんだけど、ここに入っているハーブ・アルパートとティファナ・ブラスの「My Heart Belongs To Daddy(私の心はパパのもの)」が、なかなかぴりっと引き締まった演奏なので、いちおう処分せずに残しています。エラ・フィッツジェラルドとかペギー・リーの歌で有名になった曲ですね。聴いてください。

<収録中のつぶやき>
ハーブ・アルパートとティファナ・ブラスなんて、ほとんど聴かないけどね。この演奏は個人的に好きで、なぜか持っている。なにかで使えるかもしれないと思ってとってあったんだけど、確かにいま使っているわけだけど。
GO BACK HOME
STEPHEN STILLS
STEPHEN STILLS
ATLANTIC
ここで、がらりと雰囲気が変わりまして、スティーヴン・スティルスがかかります。LPのタイトルもずばり『Stephen Stills』。1970年にアトランティックから出したアルバムです。おかけする曲は「Go Back Home」、バックでエリック・クラプトンが練れたギターを弾いています。バック・コーラスがリタ・クーリッジ、ジョン・セバスチャン、キャス・エリオット、デヴィッド・クロスビーとジャケットにはクレジットされていますが、なぜかあまりコーラスが聞こえないですね。
これはたしかボストンの中古屋のバーゲン・コーナーで、1ドルで買いました。内容が良いから、なんか申し訳ないみたいなんですけどね。

<収録中のつぶやき>
バックにクラプトンが入っているのを知らなくて、聴いていてクレジットをみたら「えー、クラプトン入ってるんだ」と、びっくりした。スティーヴン・スティルスはこんなにギターうまくないから(笑)。
BORN TOO LATE
The Poni-Tails
A MILLION OR MORE BEST SELLERS
ABC PARAMOUNT
ときどきオーディオ装置はどんなものを使っているのかと質問されます。僕は決してオーディオマニアではないので、そんなに凝ったものは使っていません。定番っていうか、昔からずっと同じものを使っています。ターンテーブルはトーレンスのベルトドライブ、アームはSME3012、カートリッジはオルトフォンのSPUシリーズ、数十年このラインナップは変わっていません。この音が好きなんです。他にも何台かプレーヤーは持っていますが、メインは変わらずこれですね。

クリーヴランドの女子高校生三人組グループ、The Poni-Tailsがかわいらしく歌います。「Born Too Late」、生まれるのが遅すぎた。
これはABCパラマウントの『A Million Or More Best Sellers』というヒットソング寄せ集めアルバムに入っているものですけど、なかなか聴く機会がない曲ですよね。このレコードジャケットがまたいいんですよね。グルーヴィーで、けっこうしびれます。
TAKE A GIANT STEP
TAJ MAHAL
THE TAJ MAHAL ANTHOLOGY VOLUME Ⅰ
COLUMBIA
またまたドーナッツの話で恐縮なんですけど、一度ボストンのダンキン・ドーナッツ店に強盗が入ったことがありまして、それをたまたま居合わせたひとりの一般客が取り押さえたんです。で、店のマネージャーが感激して、その人に千ドル分のドーナッツ券をお礼として進呈したんだそうです。という話がボストンの新聞に出てました。しかし千ドル分のドーナッツを食べたら、きっとかなりすごい体型になっちゃいますよね。

タジ・マハールが、珍しくジェリー・ゴフィン/キャロル・キング・チームが作った曲を歌います。
「Take A Giant Step」。
HUSH, HUSH, SWEET CHARLOTTE
Patti Page
Hush, Hush, Sweet Charlotte
COLUMBIA
次は映画音楽を聴いてください。ロバート・アルドリッチが監督した1964年の映画「ふるえて眠れ」のテーマです。ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードが主演して評判になった映画『何がジェーンに起ったか?(What Ever Happened to Baby Jane?)』の続編のようなサスペンスものなんですけど、ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードが前作撮影中に大げんかをして、共演不可能になり、クロフォードのかわりにオリヴィア・デ・ハヴィランドが出演しています。怖い内容の映画ですし、ベテラン女優同士の争いもまた怖いですが、音楽はとても優しく穏やかです。
Patti Pageが歌います。「Hush, Hush, Sweet Charlotte」。この曲は1964年度のアカデミー歌曲賞にノミネートされましたが、賞はとれませんでした。この年に歌曲賞をとったのは「メリー・ポピンズ」の主題歌「チム・チム・チェリー」でした。僕はヘンリー・マンシーニの「ディア・ハート」がとるんじゃないかって予想していたんですけど。
MY PRETTY GIRL
JOHN MAYALL
USA UNION
Poydor
今度はホワイト・ブルーズを聴いてください。英国のブルーズ歌手、ジョン・メイオールがアメリカに渡って、アメリカの腕利き白人ブルーズ奏者たちと共演します。ギターがハーヴィー・マンデル、ヴァイオリンがドン・ハリス、ベースがラリー・テイラー。1970年7月、ロサンジェルスでの吹き込みです。このへんのレコードも、僕が買った頃はむちゃくちゃ安かったんだけど、今はどうなんでしょうね? ジョン・メイオールが自作曲を歌います。「マイ・プリティー・ガール」。ハーモニカもジョン・メイオールです。途中で入るラリー・テイラーのベース・ソロがかっこいいです。

僕は今でも、アナログ・レコードは言うまでもなく、カセットテープ、ミニ・ディスク、レーザー・ディスク、VHS、みんな現役で使っています。それでしか再生できないソフトがたくさんあるので、使わざるを得ないんです。iPodはランニングとかに便利なので愛用していますが、これも製造中止になっちゃったんですね。なんだかハードウェア・ビジネスにいいように振り回されているみたいな気がしなくもない。肝心の音楽があとに置いていかれるみたいで、音楽ファンとしては寂しいですね。
詩人の魂
イヴェット・ジロー
CHANSONS EN JAPONAIS
ANGEL RECORDS
珍しくシャンソンをかけます。
イベット・ジローさんがシャルル・トレネの名曲「詩人の魂」を日本語で歌います。イベット・ジローさん、日本語が上手です。
これはいろんなフランス人歌手が日本語でシャンソンを歌っている『シャンソン・アン・ ジャポネ』という日本盤10インチLP に入っているのですが、僕はこれをなぜかハワイの中古屋さんで見つけて、3ドルで買ってきました。中身がなかなかいいんです、これ。
The Sunset (Yuhi Wa Akaki)
victor feldman
victor feldman plays everything in sight
PACIFIC JAZZ
今日は「在庫整理」というだけあって、なんだか手当たり次第にバラバラな傾向の音楽がかかりました。でもまあ、たまにはこういうのもいいですね。いろんな音楽を場合場合で楽しめるというのは素敵なことです。
さて、今日のクロージングはヴィクター・フェルドマンの演奏する加山雄三さんのヒット曲「夕陽は赤く」です。フェルドマンはこのレコードではすべての楽器を自分で演奏し、多重録音しています。とても器用な人で、楽器はなんだってできちゃうんです。
今日の言葉は「ニューヨーク・タイムズ」の記事の中の一文です。
僕はその昔、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でルチアーノ・パヴァロッティが主役を演じる、ドニゼッティのオペラ「愛の妙薬」を観ました。さすがにパヴァロッティ、素晴らしい歌唱でしたが、「村の純朴で貧しい青年」という役柄にはちょっと貫禄と体重あり過ぎかなあ……という感はありました。
その翌日ニューヨーク・タイムズを読んだら、こんな評が出ていました。
「ミスタ・パヴァロッティは、村の青年というより、村の大きな納屋のように見えた」
うまいこと言うなあと、思わず笑っちゃいましたけど、でも批評家って、好き勝手なこと書きますよね。パヴァロッティさん熱演していたのに、気の毒でした。

それからやはりメト(メトロポリタン歌劇場)で「アイーダ」を観たときにも、名前は挙げませんがアイーダ役の女性歌手がすごく大柄な方でして、最後の迫真のシーンで石の柱にもたれかかると、ピラミッドが内側からぐらっと揺れたんです。客席からも「おお」とため息がもれました。みなさんもドーナッツの食べ過ぎには注意してください。

僕の新しい本『更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち』(文藝春秋)が、先日発売になりました。
一昨年に出した『古くて素敵なクラシック・レコードたち』の続編です。うちにある古いクラシックのアナログ・レコードを数百枚取り上げて、それについて文章を書きました。みなさんの中にも、クラシック音楽が好きな方がたくさんいらっしゃると思います。もしよかったら、書店で手に取ってパラパラ見てください。そしてもし気に入ったらお買い求めください。


今年も御愛聴ありがとうございました。どうか良いお年を。来年もよろしく。

リスナーのメッセージに答えました


リスナーのメッセージに答えました

プレミアムなアローンアゲイン(男性、青森県)

これまでのコレクションで「なんでこんなもん買っちまったんだろ」と思うようなモノはありますか? また、ジャケ買いした作品のアタリやハズレの感想などもありましたら聞いてみたいです。“ジャケ買い”って、お金をどぶに捨てるかもしれないドキドキ感がありますよね。
はい、買って失敗したレコード、そんなの星の数ほどあります。そういうのは、だいたいすぐに処分しちゃいます。売っては買い、買っては売る、というのがレコード・コレクションの王道です。買ったことをいちいち後悔しているような暇はないです。
でも、僕は思うんだけど、全体としてあまりぱっとしないアルバムであっても、中に1曲だけでもキラッと光るもの、「なかなかこれ悪くないかも」と思うものがあれば、それでいいんです。それで元は十分取れます。そういう野球でいえば“二軍クラス”のアルバムの中から、“自分なりの1曲”を見つける楽しみって大事ですよね。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 村上RADIOの音楽と言葉で、凍てついた世界、コロナで傷ついた人びとの心を少しでも温めたい……そんな村上DJの思いをリスナーとともに感じる一年でした。今夜はクリスマス・ソングはかかりませんが、どうか素敵な聖夜を。(エディターS)
  • 村上さんの著書「更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち」が発売されました。愛聴のクラシックレコードを語るシリーズの第2弾です。ひとつの楽曲を4~6バージョン聴き比べて、コンパクトに論評しています。執筆のためにすべて聴き直したというけど、暇なのかなあ。それとも、ひも理論的に時間が伸びる魔法があるのでしょうか。とにかく素敵な本です。年末年始、少しゆったりした時間のなかで開くのにおすすめ。自分へのクリスマスプレゼントにいかがですか。(構成ヒロコ)
  • ここでリスナーのあなたにお知らせです。今年日本民間放送連盟賞の準グランプリを受賞した「村上RADIO特別版 戦争をやめさせるための音楽」が、来年2023年2月にかけて民放連に加盟するすべてのFM局で再放送となります(既にオンエアの局もありますが)。詳しくはお聴きの放送局にお問い合わせください。ちなみに、TFMでは1月2日の夜8時からに。村上RADIOを含め、僕たちラジオピープルの役目は今この時代に命を大切にする音楽を流すこと。来年こそウクライナに平和が訪れますように。(延江GP)
  • 今月の放送日は、クリスマスナイト!ですが、クリスマスソングはかかりません。1枚1枚丁寧に磨いてじっくり聴いて選曲してくださる村上春樹さんの誠実さに頭が下がるばかりです。どのレコードも大切に思いがこもっているんだなと、素敵だなと思います。今回もゆっくり楽しんで頂ければと思います。(AD桜田)
  • 今年最後の村上RADIO。クリスマス当日ですがいつも通り軽やかに村上さんの選曲とエッセイをお届けします。ドーナッツ片手にお楽しみください(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。