MURAKAMI RADIO
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村上RADIO~村上式クリスマスソング~

村上RADIO~村上式クリスマスソング~

今晩は。村上春樹です。「村上RADIO」、今日で三回目になります。うーん、けっこう続いていますね。いつまで続くんでしょうか。
そろそろクリスマスなので、クリスマス・ソングの特集をやりませんか、と番組の担当者に言われて、「クリスマスだからクリスマス・ソングの特集じゃ、あまりに普通過ぎるだろう」とか、ぶつぶつ思ったんです。 でも、うちに帰ってクリスマス関連のレコードとCDを漁ってみたら、意外にというか、そこそこ面白そうなものが見つかりました。で、「じゃあ、ひとつやってみようか」ということになりました。 まあ、クリスマスにクリスマス・ソングをかけておかないと、他にかける時がないですからね。以前、新聞でカナダのあるスーパーマーケットが入り口に「お客様の強いご要望により、当店ではクリスマス音楽を流しておりません」という張り紙を出したという話を読みました。 スーパーやらモールやらデパートやらで、明けても暮れても同じようなクリスマス音楽を聴かされることに、みんなうんざりしているんですね。その気持ち、僕にもよくわかります。 でもこの番組ではそういうどこでもかかっているようなクリスマス・ソングはできるだけかけないようにします。ご安心ください。
55分間、しっかりクールに音楽を楽しんでください。
Winter Wonderland
小野リサ
Boas festas
Suite¡ Supuesto! 2000
小野リサさんが2000年に録音したボサノヴァ風クリスマス・アルバムの一曲です。「ウィンター・ワンダーランド」、素敵な冬景色。ポルトガル語で柔らかくスイングしているところがいいですよね。僕が愛聴するクリスマス・アルバムの一つになっています。そういえば、ボサノヴァでやったクリスマス物ってあまり見かけないですね。南米とクリスマスの組み合わせがポピュラーじゃないからなのかな?
でも、ちょっと前に赤道直下の国・エクアドルに行ってきたんだけど、クリスマスの準備で盛り上がっていました。ボサノヴァとクリスマス・ソングって、音楽的にはけっこうしっくり馴染んでいると僕は思うんですけど、いかがでしょう?
Please Come Home for Christmas
Charles Brown
Rock 'N' Roll Chrtistmas
Metro Tins 2013
(初出は1960年の7インチシングル盤)
これ、なかなかいい曲でしょう。
これは黒人ソウル・シンガー、チャールズ・ブラウンが1960年に録音したクリスマス・ソングです。チャールズ・ブラウンはレイ・チャールズにも影響を与えたといわれる伝説的シンガーです。チャールズ・ブラウン自身が作曲して歌い、しぶ~くヒットしました。イーグルズやボン・ジョヴィもカバーしています。それほど一般的に聴かれてないみたいだけど、僕はこれ、個人的にわりに好きです。
Please Come Home for Christmas.「クリスマスにはおうちに帰ってきてね」という歌です。クリスマスというのは基本的に、家族で祝うお祭りなんですね。とくに普段は離ればなれになっている家族が、久しぶりに集まります。タイトルにふさわしく、しみじみした雰囲気がありますよね。
【挿入曲】
ビング・クロスビー
「ホワイト・クリスマス」
じつは僕はクリスマスの思い出ってあんまりないんですけど、僕が12歳の時にうちの両親が初めてステレオ装置というものを買ったんです。当時流行のコンソール型っていうのかな、家具調、一体型のビクターのステレオで、もちろん当時はCDなんかなくてレコードだけをかける装置です。それを買ったら、サービスとしてビクターのニッパー君という犬の置物と、それからビング・クロスビーの歌うクリスマス・ソングの四曲入りミニⅬPがついてきたんです。「ホワイト・クリスマス」の入っているやつ。それが僕の初めて手にしたレコードになりました。これはほんとうによく聴きましたね。だからビンクロの「ホワイト・クリスマス」を聴くたびに、今でもそのステレオ装置の匂いを思い出してしまいます。
Christmas In The Sand
Colbie Caillat
Christmas In The Sand
Universal Republic Records 2012
2012年に発売されたコルビー・キャレイのこの曲が収録されたクリスマス・アルバムは、全体としてずいぶん愉しくて、良い出来だと思うんだけど、あんまり評判にならなかったのかな、どうしてだろう? 彼女の自作オリジナル「クリスマス・イン・ザ・サンド」。どこかのトロピカルなビーチで迎えているクリスマスの歌です。サンタクロースも、もちろん水着でやってきます。
White Christmas (3 O'Clock Weather Report)
Bobby The Poet
:Cameo Parkway 1957 - 1967
ABKCO 2005
次にかけるのは、コメディアンとラジオのパーソナリティーが三人集まってでっちあげたグループによる冗談音楽ですね。1967年2月に録音されました。 シングルカットされて、ちゃんと普通に出ました。JFK(ジョン・F・ケネディ)の弟、ロバート・ケネディ上院議員が選挙のキャンペーンで、若者に受ける音楽を流そうと思い立ち、今流行りのフォークソングで行こうということになりました。 それで、“ボビー・ザ・ポエト”詩人ボビーという歌手をスタジオに呼んでキャンペーン・ソングを歌わせるんですが、これがもろボブ・ディランのものまねになります。 ところが“ボビー・ザ・ポエト”は詩人なので、なかなか言うことをきかなくて、キャンペーン・ソングじゃなくて、勝手にクリスマス・ソングを歌ってしまいます。
おまけにサイモン&ガーファンクルの有名な「7時のニュースときよしこの夜」をパロって、歌のバックに「三時の天気予報」が流れます。 ご存じのように、サイモン&ガーファンクルの方は歌のバックでヴェトナム反戦運動を扱ったニュースが流れていて、プロテスト・ソングになってるんですが、この天気予報は相当に無茶苦茶な代物で、 思想性のかけらもないところがすがすがしいというか、なんというか……とにかく、かなり笑えます。

このグループは、この少し前にロバート・ケネディがトロッグズの「ワイルド・シング」を歌ったらどうなるかというのをやっていまして、これも相当笑えましたが、その続編です。 ちなみにロバート・ケネディはこのレコードが出た一年後、大統領選挙に出馬しましたが、その選挙運動中に暗殺されました。希望の星がひとつ永久に消えてしまったというか、そのときそんな気がしたことを覚えています。
White Christmas
Sheryl Crow
Home For Christmas
Hallmark Licensing, Inc. 2008
おちゃらけの「口直し」というか、今度は比較的まともな「ホワイト・クリスマス」をかけましょう。
誰が歌っているかわかりますか?歌っているのは、そう、シェリル・クロウです。リズムというか、このグルーヴがかっこいい。こういうノリの「ホワイト・クリスマス」って意外にないかも。2008年にカリフォルニアで録音されました。僕はシェリル・クロウって、昔から好きなんです。なんか長女タイプですよね。しっかりした性格のお姉さんで、弟や妹の世話をして、いつも気を張って生きている。そういう健気(けなげ)さみたいなものを僕は彼女の歌から感じてしまうんです。「そんなに頑張らなくてもいいんだよ」と声をかけたくなるんだけど、でもつい頑張っちゃうんでしょうね。
Little Saint Nick
Brian Wilson
What I Really Want For Christmas
Arista, Sony BMG Music Entertainment 2005
今日は1960年代に録音されたクリスマス・ソングと、2000年代に録音されたものを交互にかけているような格好になってますけど、次にかけるのは2005年の録音です。

ブライアン・ウィルソンが、かつてビーチボーイズの一員として録音した名曲「リトル・セイント・ニック」をセルフ・カバーしました このセルフ・カバーもオリジナルのアレンジメントをそのまま踏襲していますが、声は人生の荒波を経てけっこう渋くなってます。
オリジナルと聞き比べると感無量というか……でも楽しい歌ですよね。クリスマスになるとつい聴きたくなります。
セイント・ニックというのは「聖ニコラス」、つまりサンタクロースのことで、もちろん作曲したのはブライアンです。なんかひょいひょいと軽く作っちゃいました、みたいなノリの曲だけど、よく聴くと構造がしっかりしていて、アレンジもセンスが良いし、半世紀以上を経ても聴き飽きません。もちろん「ペット・サウンズ」以降のブライアンも素晴らしいんだけど、初期の頃のこの「軽々さ」感覚は捨てがたいですよね。
I Saw Mommy Kissing Santa Claus
The Four Seasons
The 4 Seasons' Christmas Album
Philips 1966
「ママがサンタにキスをした」。なにもママとサンタが不倫をしているわけではなく、パパがサンタの扮装をしていたというだけのことです。だからあまりそのへんのことを心配しないでください(笑)。
この曲が収録されたフォー・シーズンズのクリスマス・アルバムは1962年、「シェリー」が大ヒットした直後に録音されたものですが、今聴くと懐かしいですね。子供の声を真似しているのは、もちろんファルセットが売り物のフランキー・ヴァリ。 クリスマス・アルバムとはいえ、バックのアレンジは完璧なフォー・シーズンズ・サウンド・システムで、ばしっと決めています。このサウンドは、もうフォー・シーズンズ以外にはあり得ない。
こういうのを聴いてると、1960年代初期の平和だった時代を思い出します。当時はまだビートルズもいなくって、ポップスはどこまでもただただポップスで、理屈も思想性もなくて、聴いているだけでハッピーでした。いいですよね、たまにはこういうのも。
いいですよね、猫山さん。
にゃーう。
猫山さんも「いいね」を出しておられます。
僕の素朴な疑問。これはつい最近になって解消された僕の疑問です。「空気が読めない」って言いますよね。でもそれを英語に訳すとどうなるのかなと、ずっと考えていたんです。いろんな辞書を引いてもなかなかそれらしきものが出てきません。でも、このあいだニューヨーク・タイムズ日曜版を読んでいたら、それにぴったりの訳語がみつかって、積年の疑問がすっと消えました。「空気を読む」は、英語だと「read the room」って言うんです。部屋を読む=空気を読む、雰囲気が似てますよね。ほとんどの辞書には出ていませんので、英語に興味のある方はぜひチェックしておいてください。「空気を読み損なう」はfail to read the roomです。村上の英語講座でした。

僕は思うんだけど、疑問を持つことってすごく大事なんです。とくに何か物を書きたいと思っているような人は、できるだけたくさんの疑問を抱えていた方がいいと思います。別に答えを出さなくてもいい。とにかく疑問を抱き続けることが大事です。答えって一度出ちゃうとそれでおしまいですよね。でも疑問はどんどん枝葉を広げて膨らんでいきます。だから回答よりは疑問の方がむしろ大事なのかもしれない。みなさんもできるだけいっぱい、素朴で自然な疑問を心に抱えておられた方がいいんじゃないかと僕は考えたりします。
Last Christmas (Pudding Mix)
Wham!
Last Christmas '92
Epic 1992
次にかけるのはワム!の「ラスト・クリスマス」、今やもうクリスマス・ソングのガチの定番となっています。三河ナンバーのトヨタ・プリウス、みたいながちさですね。でも今日はいつもとはちょっと違う、二分ほど長い「プディング・ミックス」というので聴いてください。最初にハワイアン風のイントロが入ります。
でも1980年代に青春を送った人たちは、たぶんこの曲にいろいろと甘く、ほろ苦い思い出があるんじゃないかと推測します。どうでしょう?
What A Wonderful World
Johnny Mathis
Let It Be Me - Mathis In Nashville
Columbia 2010
2010年にジョニー・マティスがナッシュヴィルに出向いて、そこのミュージシャンたちをバックに録音したアルバムの中の一曲です。 このアルバムには「この素晴らしい世界」が2ヴァージョン入っていまして、こっちは「クリスマス・ヴァージョン」と呼ばれています。最初と最後にちょっとだけキャロルがアレンジされているんだけど、でも、そういうの抜きでも、もともとなんかクリスマス・ソングっぽい雰囲気ありますよね。
いつか本当に「素晴らしい世界」が来るといいですね。今のこの世界には、いろいろ問題はありますけど、できるだけ、前向きにものを考えていきましょう。
蛍の光
THE BEACH BOYS
Ultimate Christmas
Capitol Records 1998
次にかけるのは1964年に録音されたビーチボーイズのクリスマス・アルバムのB面最後に収められた、アカペラで歌われる「蛍の光」です。オリジナルのLPでは、この歌をバックにデニス・ウィルソンの「新年の挨拶」が入っているんですが、後になって、この挨拶抜きのコーラスだけのヴァージョンが出てきました。今日はそのバージョンを聴いてください。
この美しいアカペラを聴くと、ビーチボーイズがただの十代向けのポップ・グループではなく、確かなテクニックと音楽性に支えられた、素晴らしいユニットであったことがおわかりになると思います。
来年があなたにとって良い年でありますように。
Santa Claus Is Coming To Town
Ramsey Lewis Trio
Sound Of Christmas
Cadet 1961
サンタが街にやってくる――ラムゼイ・ルイス・トリオ、1961年の録音です。アナログ盤で聴いてください。
「ジ・イン・クラウド」が大ヒットする前の、まだ地味だった時代のラムゼイ・ルイスです。
ラムゼイ・ルイスは、ときどき音楽がくどくなる傾向があるんだけど、ここではあざとさのないすっきりした演奏で、いつ聴いてもいいです。
ちょっと前に「僕の戦争を探して」というスペイン映画がありました。ビートルズ・ファンの小学校の先生が、ビートルズの歌詞を教材に子供たちに英語を教えているんですが、どうしても歌詞にわからないところがあって、それについて本人に尋ねるために、ちょうどスペインで「僕の戦争」という映画の撮影をしていたジョン・レノンに会いに行く話です。 なかなか素敵なロード・ムービーでした。その映画の中で、先生が旅で出会った若者に向かってこう言います。

「ビートルズの曲には楽しいものもあれば、切ないものもある。でもどれも心を打つ。なぜなら人生とは楽しくて、そしてまた切ないものだからだ」

考えてみればその通り、当たり前のことなんだけど、映画の中で正面切ってそう言われると、「たしかにその通りだよな」とふと心を打たれました。
切ないものがあってこそ、楽しいものを心からしっかりと楽しむことができます。みなさんもどうかできるだけ楽しいものを見つけて、日々を送ってください。サンタは本当に街にやってくるかもしれません。
それでは、また来年――。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 日がな一日、春樹さんが選んだクリスマスソングを聴いていると、お腹が空いてくるのです。お菓子、ケーキはもちろんのこと、ご飯にお肉までも無性に食べたくなる。なんでだろう。不思議です。その分運動しなくては! というわけで僕は師走の街をチャリンコで走り回るのでした。(延江エグゼクティブプランナー)
  • 12月の「村上RADIO」クリスマスソングの放送回です。 村上さんが番組中に「空気を読む」を英語で何というか話して下さっていますが、ネガティブな意味でも使われる言葉が不思議と素敵な表現に思えました。 思えば毎回、村上さんの選曲や言葉、アイデアから番組制作の過程で「読む」ことの大切さを教えていただいています。 今回は、スタッフの要望から空気を読んで下さったのか、素敵なクリスマスソング特集になりました。(キム兄)
  • クリスマス・ソングのプレイリストを「冬の虫干し」と語る温かい言語センス。冬の午後、春樹さんと一緒に部屋で音楽を聴いているみたいな気持ちになります。 春樹さん発明の言葉、「小確幸(小さくても確かな幸せ)」ですね。ハッピー・バースデイ、そしてホワイト・クリスマス――。 初めて『風の歌を聴け』を読んだ時から、12月24日のクリスマス・イブは「僕」にとっての村上記念日。今年はとりわけハート・ウォーミングな夜になりそうです。(エディターS)
  • 赤と緑という印象的なクリスマスカラー装丁でお馴染みの「ノルウェイの森」ですが、デザインは村上春樹さんなんですって!「イタリアにいる時に装丁したから、色彩感覚がイタリアぽくなっちゃったのかな~」なんて、 収録の合間のおしゃべりで、色々な春樹さんのプライベートな話に触れられるのもスタッフの幸せの一つ。
    今回はガラパゴス旅行の話もいろいろしてくれて「ガラパゴスって、みんなガラケーつかってると思ったら、iPhone使ってた(爆笑)」など、実は親父ギャグが得意の春樹さんです。(レオP)
  • 村上春樹×クリスマスといえば、なんといっても佐々木マキさんの挿絵がキュートな『羊男のクリスマス』。翻訳作品では『急行「北極号」』『クリスマスの思い出』『あるクリスマス』がおすすめです。 ビング・クロスビー『ホワイト・クリスマス』のエピソードは、『象工場のハッピーエンド』に登場します。ポップからスイート、ビターまで、村上春樹さんはクリスマス作品もカラフルです。(構成ヒロコ)
  • 村上春樹さんは番組の最後を「また来年」という言葉で締めくくっていましたね。きっと再会を約束してくれたんだと思うのです。村上さんの言葉の通り「前向きにものを考えて」期待して待ちましょう! きっとまた「素晴らしき世界」な村上RADIOがやってくるに違いありません!(CADイトー)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。