「真の理解とは、多くの誤解の積み重ねのことだ」僕は長い間、小説を書いて生活してきたわけですが、本を出すたびに、さまざまな意見や批評が寄せられました。好意的なものもあり、批判的なものもありますが、その中にはどうみても事実誤認、誤解としか思えないことも少なからずあって、そういうのってちょっと違うよなとか思いました。でも、こっちもまあ忙しいし、一つひとつ「それは違うよ」とか反論しているわけにもいきませんから、柳に風とサクサク受け流していたのですが、今になってみると「それでよかったんだな」と実感します。というのは誤解も間違いも偏見も、年月が経過するとみんな自然にばらけて、溶けて、まるごとひとつの気分みたいなものになってしまうからです。そしてそのひとつになった気分って、基本的にというか総体的にというか、不思議に「なるほどな」とか思わず腕組みしてしまうんです。
1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。