半径3mの「世界観」ライナーノーツ
「すみません、クリープハイプのアルバムを予約してた者です。」
クリープハイプのアルバム、と、言葉にするだけで体温が上がったのが分かった。


9月7日。逸る気持ちを抑えながら、それでもやっぱり抑えきれなくて、早歩きでタワーレコードに向かった。
店頭には既に特設コーナーが出来ていて、その一角は蛍光緑に染まっていた。  トレーラー映像が何度も繰り返し流されている。
沢山並べられたCDを横目に、私はレジへ急いだ。
とにかく、一刻も早く、「わたしのもの」にしたかった。

「すみません、クリープハイプのアルバムを予約してた者です。」
クリープハイプのアルバム、と、言葉にするだけで体温が上がったのが分かった。

本人確認し、お金を支払う。税込3996円。時給780円の無けなしのバイト代。
オレンジの袋を受け取る。この重みが愛おしい。
軽くて重いCDの中に、彼らの音楽が、怒りが、嫉妬が、愛が、詰まっているのだ。

思わず緩んでしまう頬を引き締めて、店の外へ。
本当は家に帰ってからゆっくり聞こうと思ったけれど、左手に握られた袋の存在を感じてしまうと、いてもたってもいられなくなった。すぐそばにある階段を見つけて、隅の方に腰掛ける。

袋から取り出し、蛍光緑のアルバムを手に取ると、そのまま抱きしめたい、という欲求に駆られた。この日をずっと待っていた。
リュックサックの中から、母にもらったポータブルCDプレーヤーを取り出す。すこし古いけれどしっかり使える優秀なもの。こっそり、歌姫みたいだ、と思っている、私のお気に入りだ。
イヤホンをつけ、ジャケットと同じ蛍光緑のCDをセットする。蓋を閉じて、再生ボタンを押す。

流れ出す音楽。聞こえてくる声。
激しい音に、優しい声。優しい音に、激しい声。
「始まる」
と思った。何が「始まる」のかは分からなかった。ただ、「始まる」と思ったのだ。

それが、クリープハイプの「始まり」なのか、私の「始まり」なのか。
1曲1曲が、アルバムとしての統一感を無かったかのようにバラバラにしていく。けれど、それがまとまって、1つを生み出している。
まるで、クリープハイプみたいだ、と思った。
夢中になって聞いていたけれど、ふと時計見るとそろそろバイトに向かわなければならない時間だった。
プレーヤーをリュックサックにしまい、立ち上がった。

来た道とは違う、バイト先への道を歩いていく。いつもは死ぬほどに重い足を無理やり引きずって歩いているけれど、今日はほんの少しだけ軽い気がした。
赤信号に止まり、ふと空を見上げた。いくつもの台風が過ぎ去って、夏の空から秋の空に変わっていた。

私の「始まり」
クリープハイプの「始まり」
信号が青になった。
2つの「始まり」を背中に背負って、付かず離れずでこれからも、私は私を、クリープハイプはクリープハイプを、歩いていく。

はるか 19歳 静岡県