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最悪のシナリオを想像しながら、林さんは建物内部を駆けずり回っていた。目的があってのことではない。それほど取り乱しているのだ。
…いや、有り得ない。
水中ロボに大規模な実験場、たくさんの魚、魚、魚…
さらには、一隻の大きな船を所有。
…しかし、いかにも大学っぽい建物、図書館、研究室、学食風のレストラン…
ああ、大学っぽい気もしてきた。
というか、自分は、SCHOOL OF LOCK!の職員室で海賊先生の話を聞いてから今に到るまで、一度も冷静になったことがなかった。
胸の鼓動の早まりを感じつつも、少し頭を冷やして考えてみるー
頭を冷やせば冷やすほど、恐ろしい『そういえば』の数々が頭に突き刺さる。
『そういえば』 その1
海賊先生は一言たりとも、『海洋機関』なんて言葉は発していなかった。
…よくよく考えたら、誰が『ナゾの海洋機関』なんて言い出したんだ?
『そういえば』 その2
入り口にでっかく『東海大学』って書いてあった気もする。
ってゆーか、船にも、建物内のいろんなところでも、『東海大学』って文字を見た気がする…
次が決定的だ。
『そういえば』 その3
昔、自分が大学生だった頃、このキャンパスに来たことがある気がする。
以前と比べるとかなり変わってしまっているが、よーく見ると、見覚えが… |
以上を端的にまとめると、このようになる。
林さんは、三十路を越えた、ええ歳をこいた大人であるにも関わらず、自分の母校でスパイごっこをして、初対面の生徒や偉い教授に銃口を向け、一人で暴れていた。
…まるで、頭のオカシイ人ではないか!
違う違う違う! 自分は、良識と少しの貯金を備えた、カリスマサラリーマンですぞ!
誰にも届くことのない、虚しい叫び、心の中で。
…と、そこで、またしても、怪しい研究室を発見。
何やら、教授が誰かに向けて話をしているようだ。
自分の仮説が間違っていることを確かめるべく、メカモスキート (※レポート4参照) を放り投げ、送られてくる情報に集中する林さん…
「…ということですね。ウチの『海洋学部』には来年から、『環境社会学科』という新しい学科が生まれます。これは要するに、地域でエコリーダーになるような人材をつくるための学科ですね。」
…ヤバい。まるで、大学の学科説明のような話しぶりである、
「ちなみにボクは、海の生き物が住んでいる『環境』が、いかに生物たちに影響を及ぼすのか、ということを調べるのが専門です。えっと、『社会』の教科書で『赤潮』とか、見たことありますよね? 海にプランクトンが大量発生すると、そこに住んでいる魚が死んでしまって… みたいな。ああいうのをイメージすると分かりやすいかもしれませんね。」
…マズい。聞けば聞くほど、大学っぽい。
「具体的なところでいくと、例えば、最近、人工の海岸とかってたくさんありますよね。で、こういう海岸を作る側としては、利用する人にはケガとかをしてほしくない訳です。自分たちがつくった海岸で遊んでいた人が、大きい波にさらわれたり、何か事故に巻き込まれたりすると、大変ですよね。だから、あらかじめそういうことを防ぐために、わざわざ大きな岩をたくさん海岸に設置して、大きい波が入りにくいようにしたりするんです。でも、これはあくまで人工的にやっていることですから、そのせいで生態系が崩れて、海藻が異常に大量発生したりと、普通では考えられないようなことが起こるんです。…ボクがやっているのは、そういうことを防ぐための研究です。すごく簡単に言うとね。」
「先生の研究室では、学生も実際に海に出たりもするんですか?」
と、若い声。
「はい、もちろん。ウチの大学は、『望星丸』以外の小さい船も所有しているので、それに乗って、いろんな場所に行って、海水採取したりすることはよくありますよ。だから、船酔いする子にはちょっとキツイかもしれませんね(笑)。他にも、みんなで海岸清掃をしたり…。
『環境社会学科』には、ボク以外にも、他にもいろんな研究をしている先生方がいるので、『エコ』に関する仕事に興味がある人は、他の研究室をのぞいてみるのもいいと思いますよ。とにかくウチの学科は、海や川が好きな人には、オススメです。」
「はい! 今日はわざわざありがとうございました! より一層、この大学に関する興味が湧きました!」
取り乱しまくる、林さん。
と。
「…いや。」
カリスマスパイの目。
必死の形相。
最後の、決意。
追い詰められた林さんは最後の望みをかけて、メカモスキートもそのままに、どこかへ向けて再び走りだした。
その右手には、カリスマスパイの相棒、『H&K USP』がしっかりと握り締められていた。
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