そこまで読んだところで、林さんは、隣に不気味な気配を感じた。
「どうですどうです? 面白い本でしょう?」
ふと隣を見ると、横に知らない男が座っている。
驚く林さんに構わず、男は話を続ける。
「ウチの学校の『海洋文明学科』では、その本に載っているようなことを研究しているんですよ。先生によっては、いろんな島の民族に対する研究にどっぷりハマっていたりして、何ヶ月も現地の人々と一緒に生活をしたりして、全く学校に帰ってこない人もいますがね。フフ… 場合によっちゃあ、学生さんも、そんな旅に、一緒に連れていかれることもあるらしいですよ、フフフ…」
なんとなく不気味ではあるが、どうやら、悪い人ではなさそうだ。
しかし、それにしても『海洋考古学』とはなんとも魅力的な学問である。もしも今回のミッションを成功させ、生きて帰ることができたのならば、もっと勉強なんかもしてみたいものだ。林さんは、そんな夢のようなことを考えた。
「まま、この図書館に置いてある本のことなら、気軽に何でも私に聞いて下さい。うちの図書館には、およそ23万3000冊の蔵書がございますからね。自分だけで色々検索するのも大変でしょうから。私なんかでよければ、うまく利用して下さい」
そこまで聞いて、林さんはふと我に帰った。
そう、まずは自分が、スパイとしての任務をこなさないことには、夢物語を語る資格はないのである。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
林さんは思い切って、男に尋ねてみた。
「あのー、いきなりぶしつけな質問ですが、ひょっとしたら、『コラーゴン』という名前の物質について、心当たりがございませんか?」
男は一瞬怪訝な顔を浮かべたが、
「『コラーゴン』ですか… ハテ、私は聞いたことがないですが… 一度調べてみましょう。」
そう言って、備え付けのコンピュータの元へと向かった。
(ひょっとすれば、何かの手がかりがつかめるかも…)
林さんはワラをもすがるキモチで、男の後ろ姿を眺めた。
注1: もちろん通常は、学内の関係者しか出入りできません。
注2: これは、架空の本です。
<続く>
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