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「オイコラ! お前! お前だろ!」
「いや、ぼ、ぼくはただの出入り業者で…」
往年の名刑事的な恫喝。声の主は、林さん。
「ぼ、ぼ、ぼく、め、め…」
「ああん!?」
弱い者には、強い態度。
悲しいかな、普段、強い上司にこびへつらっているサラリーマンの習性だ。
権力を振りかざす "上司" に、サラリーマン風の "弱き男" は答えた。
「ぼく、メガネ… してないです」
……畜生! またハズレか…
「ちっ… じゃあ、勝手にどこへでも消えちまえ!」
「ひいいいいいいい!」 (ガサガサッ…!←逃げる音)
カリスマスパイは、焦っていた。
"未来を創る学校" こと、東海大学工学部の各学科のケータイサイトに突如埋め込まれた、謎の暗号。共に事件の解決を目指していたパートナーである、恵里さんの誘拐。そして、今、学内をうろついているという、怪しい "メガネをかけたサラリーマン風の男" の存在…
一向に事件解決の兆しは見えぬまま、日は暮れようとしていた。
「このままでは、オレをスパイに仕立て上げてくれた、"師匠" に顔が立たない」
"スパイ" としての、林さんの師匠…
残念だがこの話は、中身が一切ないくせに長くなるので、はしょる。
とにかく、焦った林さんは、もう、目についたもの全てにインネンをつけるという、マジで危ない人になっていた。
不幸なことに、そんな林さんの次なるターゲットになってしまったのは、『原子力工学科・高木研究室』。
怒りや焦りからくる気の動転で、林さんはなぜか、関西弁になってしまっていた。
ドアから研究室の中をのぞくと、そこには、"メガネ" をかけた男。
顔つきからすると、どうやらまだ20代前半くらいだろうか。
(間違いない… コイツや!)
「キサマ、恵里をどこにやったんや!」
………!?
いきなりドアから乱入してきたサラリーマン風の男。
しかも、その片手には、…
「いや、えっ、エリ?」
訳も分からず、服の襟を正そうとする少年の動きを、林さんは、彩ちゃんの応援を受けた直後の宮城リョータのドリブルような速さ(分からない人は、『SLUM DUNK』を読もう)で制した。
「ふざけるのも、いい加減にせえや!!! キサマ、ここで何をしてんねん!!!!」
(ふざけてるのはそっちでしょ…。いい年して、モデルガン片手に人の研究室に乗り込んできやがって…)
なんてことはおくびにも出さず、少年は、恐る恐る口を開いた。
「僕らは、原子力の研究をしています。…実は原子力って、"現代の錬金術" と呼ばれたりもしているんですよ」
現代の… 錬金術やて?
「はい。たとえば、水銀に原子炉の中性子を浴びせて、金をつくる、なんてことが、現代では可能になっているんですよ」
ということは、その技術さえあれば、ワイもみるみるお金持ちに…!?
"現実離れしたお金儲け" に、過剰な反応。
これは、既に生涯年収 (生涯で稼ぐお金のこと) がある程度見えている、サラリーマンの悲しいサガである。
しかし、"現代の錬金術" は、お金を稼ぐためのものではないという。
「たとえば、手に入りやすく安価な素材を使って、入手しにくい高価な素材を生み出すことができないか、といったことを考えています。"宇宙船" なんかもそうですが、強くて軽い素材を、いかに安く手に入れるかが勝負な分野がたくさんあるんですよ。ですので、この研究が進めば、かなり広い範囲の分野に貢献できることになります」
と、林さんの背後で、ドアが開く音。
「そうなんです。ここ数年、原子力の重要性は、日に日に増しています。しかも、日本の原子力の技術は、世界と比べても、本当に素晴らしいんですよ」
そう言って、ドアから入ってきたのは、またしても、"メガネ" の男性。
こちらは、この研究室の教授だろうか。
(油断したら… あきまへんで!)
林さんは、"H&K USP" のトリガーに手をかけた指を意識しながら、"メガネ男子" 二人の一挙一動に集中した。
「去年、Windowsを生み出したマイクロソフトのビル・ゲイツが、東芝と組んで小型原子炉の開発に乗り出す、なんてニュースがありました。日本の原子力関連の技術は、世界の中でも、群を抜いて優れています」
ドアから入ってきた方の "メガネ男子" によると、環境問題などが深刻に取りざたされている今、原子力は、その発電時においてCO2を排出しないエネルギー源としての活用を視野に入れた研究が進められている。しかも、その研究の最先端にいるのが、日本なのだ。
「先ほど、彼が言っていた "錬金術" の話もそうですが、原子力は、我々の未来に、なくてはならないものなんです。ご存知の通り、石油などのいわゆる "化石燃料" も、いずれ、底をつくと言われています。我々が完全に依存している燃料が枯渇してしまう、近い未来。私たちは、原子力が担う役割は、さらに大きくなると考えています。そうなった時、我々の研究は、世界中の人々を救うことになるかもしれません」
かつて、この国を恐怖のドン底に陥れた "原子力"。
唯一の被爆国であるわが国は、その使用に、最も慎重にならなければいけない立場である。
しかしその一方で、日本の原子力研究が、世界中の人々の未来を切り拓く可能性もまた、確かに存在するのである。 | |
メガネの奥に見える、眼。
強さと知性を兼ね備えた、強い眼。
未来を創る学校の人々に共通する、明るい未来を切り拓くのは自分たちであるという強い自覚、それゆえの "覚悟" を感じる目。
林さんは、気づいた。
このメガネ男子たち… 今回の事件には、関係あらへんで!
(だから当たり前だっつーの)
人間を含む、全ての物質の最小単位、原子。
"10億分の1メートル以下" の世界の研究が、次なる未来の世界を創り上げる。
未来を創る学校で、日々、"10億分の1メートル以下" の世界に挑む彼らの名は、メガネが素敵な高木センセイ率いる、『高木研究室』。
「そういえば、高木はん… 学科のケータイサイトに、何か変わったことはありまへんか?」
まだ関西弁は、直らない。
「ああ、あの暗号ね。きっと "あの人" の仕業でしょう。うちの学部の教授仲間なんですが、ちょっと変わった人でして。ミスターカワカミの古い友達なんですが…」
ミスターカワカミ…?
どこかで聞いた名前やな。
「今回の暗号は、たぶん、ミスターカワカミの友達の "あの人" から "お客様" へのメッセージですよ。学科のサイトを私物化しないでほしいって、いつも言ってるんですけどねえ… そういえばあなたは、コチラに何をしにいらっしゃったんですか?」
あれっ…?
そういえばオレ、ここに何しに来たんだっけ?
あまりにハッとして、思わず関西弁も直った。
高木研究室を飛び出て、間もなく。
見慣れた後姿が、林さんの目に入った。
<続く>
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