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「…要するに、工学部の各学科のケータイサイトに、変な暗号が勝手に仕掛けられ、さらには、今、この建物の中に、怪しい人間がうろついているという情報が入っていると。そういうことですな? 恵理さん。」
刑事ドラマに出てくる新米デカのような、無駄に真面目な顔。
"カリスマセールスマン林" のスイッチは、既に、"カリスマスパイ林" に切り替わっている。
…ってか、別にこの人、"スパイ" でも何でもないのだが。
「はい… 今のところ、何の被害もないみたいなんですが、みんな、不気味がっていて… そこで、私が学部内のいろんな研究室に、話を聞いて回っていたところなんです。」
「正義感が強いんですな、恵理さんは… よし、じゃあ、ココからは、私が一緒に見回りをしましょう! 何か危険があったら大変ですからな。」
「えっ、そんな…」
別に大丈夫ですよ、ってか、この人誰なのかな? 自分のことを "カリスマスパイ" とか言ってるし… 危なくないかな? でも、なんとなく、断れる雰囲気じゃないし… どうしようどうしようどうしよう… |
…という恵理さんの心の声は、林さんには聞こえない。
「なあに、か弱き女性が困っているのを見て、ほっとける訳ありませんでしょうに! でしょうに! なんつって。ハッハッハ…!!!」
そして、今。
「ここは…?」
「ココは、うちの大学の工学部の "電気電子工学科" が所有している、いわゆる、"オール電化" のキッチンスタジオなんです。予約さえすれば、学外の人でも利用できるんですよ。…そう、"電気電子工学科" のケータイサイトにも、異変があったみたいで…」
「じゃあ、私が様子を見てきましょう!」
「えっ… ちょっとちょっと…!」
ガラガラーッ!
授業に決まってるじゃないかよ… てか、アナタこそ誰?
という空気の中、林さんが、部屋の中にいた、教授らしき男性にターゲットを絞ってインネンをつけはじめた。
「…ここは、一体何なんですかな?」
とりあえず、"疑ってみる"。これぞ "スパイ" の正しき態度。
ただし、もちろん、とんでもなく失礼。
しかし、それでもその男性は、優しく、語り始めてくれた。
「ココは、わが校の学生が、"電気電子工学" を身近に感じてもらうために作った、いわば、"オール電化" の家、つまり、"未来の家" そのものなんですよ。」
未来の家。今度は、その "中" の話。
「たとえば、この "IHクッキングヒーター"。最近は目にする機会も増えたと思うんですが、これを支える技術が、まさに "電気電子工学" の分野なんです。"IHクッキングヒーター"、これ、なんとなく電気代が高いイメージがあるかもしれませんが、家の中をトータルで "オール電化" にしてしまうと、こっちの方が安くつくんですよ。しかも、掃除が楽だし、火力も十分。チャーハンなんかもおいしく作れますよ。」
「…どれ、一度、試してみますか?」
絶好のチャンスだ。
…もちろん、恵理さんと仲良くなるための。
「あ、じゃあ、恵理さんもこちらに! 一緒にIHのお勉強お勉強、ハッハッハ…」
えっ? "電気電子工学科" の異変を調査しに来たんじゃなかったの?
意見をはさむ間もなく、強引に "キッチン" の前に。
「よく言われることですが、"IHクッキングヒーター" は鍋自体を発熱させるので、立ち消えや引火の心配もないですし、また、鍋をコンロからはずせば、加熱をストップすることになるので、調理後の消し忘れの心配もないんですよね。」
丁寧に説明してくれる男性の話… を、林さんは全く聞いていない。
いつの間にか、調理器具を握らされている恵理さん。
窓からは、優しい光が二人を包む。
そして。
今、林さんの頭の中には、鮮明な映像が浮かんでいた。
オール電化の家の外には、手入れが行き届いた、美しい草花が生い茂る庭。そこから聞こえてくるのは、小さい子供の声だ。6歳の男の子が一人、4歳の女の子が一人。
ふいに女の子の泣き声が響く。
「おいおい、どうしたんだ?」
庭に出て、女の子のそばに駆け寄る林さん。
「パパあ。だってお兄ちゃんが、いじめるんだもん」
この女の子の名前は恵 (めぐみ)。
名前は、母親の漢字を一文字とってつけた。
「おいおい、お前はそんなことをしたのか?」
「してないよ。こいつが勝手に言ってるだけだよ」
生意気な顔は、若い頃の自分にそっくりだ。
「おいおい、そんなことを言ってちゃ、お父さんみたいに、優しい奥さんはもらえないぞ。」
優しく、男の子の頭をなでる林さん。
「またまた、そんなこと言って。子供の前で私をほめたって、仕方ないんだから」
そう言いながら、エプロンをしたまま、家の中から姿を現したのは、妻だ。その愛らしい笑顔は、十数年前に出逢ったあの時から、全く変わらない。
「いやあ、お前はいつになっても、綺麗だよ。あの頃と全く同じ。いや、それ以上かもしれない。お前と一緒にこうしていられることは、奇跡だよ」
「やだ、そんなこと… 照れるじゃない」
「今更そんなことなんて… か・わ・い・い・ヤツ♥」
「ちょ、ちょっと、子供の前で! …(ポッ)」
幸せな庭に、笑い声がこだまする。
アハハハハハ! アハハハハハ! ……… |
「…もしもし! もしもーし!」
ふいに、目の前の庭が立ち消え、そこには、先ほどまでと同じ、男性の顔。
「いきなり動かなくなったんで… 大丈夫ですか?」
ふと我に返る林さん。なぜか、すがすがしい気持ちだ。
窓の外からは、相変わらず、柔らかい光が差している。
『キッチンスタジオ in 東海』
ココは、"未来の生活" そのものが見える、真の "未来の家"。
林さんは、しばし目を閉じ… 目を開けた。
そうだ、こんな素晴らしい研究をしている人々が、悪い事件に関与しているはずがないではないか。
勝手にかけた "疑い" は、今、晴れた。勝手に。
「では、今後も、くれぐれも気を付けて研究を続けて下さい。そういえば先生、お名前は?」
「そういえば、申し遅れてしまいましたね。私は、"電気電子工学科" の大山龍一郎と申します。」
大山龍一郎教授。
暖かい未来をつくろうとする大山教授の話に、なぜか心まで暖められて、林さんは次の場所へと向かった。
ムリヤリ、恵理さんを連れて…
※ "電気電子工学科" では、本文に出てきたほかにも、電気自動車や太陽電池、放送技術など、電気の技術を駆使した "未来の研究" ができるとのこと。スゴイ。
<続く>
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