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先ほどの、"未来が見えるキッチン教室" から、数分後。
二人は、"高度物性評価施設" にいた。
「ココには、すごく高価な研究設備がそろっているんです。たとえばコレは、簡単に言えば、色んな固体の表面がどうなっているかを壊さずに分析する装置なんですが… 」
「恵理さんは何でも知っているんですなあ… ちなみにコレ、いくらくらいするんですか?」
すぐに値段を聴いてしまうのは、カリスマセールスマンのサガである。
「何でも、1億6千万円くらいするらしいです。しかも、今のところ、コレは日本に40台くらいしかないみたいで… 」
(これがその機械。正式名称は【TOF-SIMS】。名前もなんかカッコいい。)
「でも、今、話を聞いてきたところ、この部屋には今のところ、異常はないとのことだったんで、次に行きましょう! と、言いたいところなんですが…」
通常、しがないセールスマンがあまり聞かない金額を聞いたため、林さんは、あっけにとられたまま、しばし放心していた。
「これが1億… イチオク… オクセンマン… オクセンマン… オクセンマンの、ムナサワギ…」
「私はそろそろ授業に行かなくちゃならないので、一旦別れましょう。何かあったら、連絡してくださいっ! じゃっ!」
そう言って、恵理さんはそそくさと消えていった。
数分後。目を開けた林さん。
そばには、誰もいない。
(あれっ… 恵理さんは…?)
林さんは、戦慄した。
またしても、とんでもない勘違いをして、無駄にボルテージを上げた林さんは、工学部の校舎内を、あてどもなく駆け抜けた。
5秒ほど走って疲れた林さんは、怒りの矛先となるべき研究室を発見した。
部屋の看板は、"精密工学科・槌谷 (つちや) 研究室"
ドンドンドン!
部屋の中から顔を出したのは、いかにもインテリな男性。
コイツ… 怪しい!
頭に血が上っている時の林さんほど、雑で、絡みづらい人はいない。
「はあ…? あなたは、どなたですか?」
「話はいい! とりあえず中に入れろ!」
無理やり部屋の中に乱入する林さん。
部屋の中を見渡すと、見慣れないコンピュータ、そして… 注射針。
声を荒げる林さん。に、動じることなく、男性は、丁寧に説明を始めた。
「初めまして。私がこの研究室の、槌谷と申します。私たちが研究しているのは、いわば、未来の注射です。」
何ぃ?
「未来の注射は、痛くないんですよ。」
思いもしない言葉に意表を突かれ、林さんは黙り込んだ。
「ええ。蚊に刺されても痛くないですよね? その仕組みを、注射針にも応用しようと。簡単に言ってしまえば、そういうことです。ただ、その中で、非常にいろんな分野にまたがる研究をしなければならないんです。たとえば、蚊の針に匹敵するような、非常に小さい針そのものをつくる研究も必要ですし、その針に使う "素材" の研究もしなければならない。また、そもそも "痛み" というものは非常にあいまいで主観的なものですから、誰にでも納得してもらえるような、"痛み" を測定する評価基準もつくる必要があります。さらに、針を小さくすればするほど、吸い上げる力が弱まってしまうーたとえば、ストローが細くなればなるほど、強い力で吸わなければならないですよね?ーよって、強い力で吸い上げるための、ポンプの開発もしなければならない訳です。」
槌谷センセイの話す言葉には、本当に無駄がない。それはまるで、槌谷センセイが生み出すマイクロマシンのような、完全なる正確さを感じさせる。
さらに、槌谷センセイによると、この研究が進めば、病院などで使うだけでなく、家庭で採血して、簡単に自分の健康状態がチェックできる、家庭用医療器具の開発につながるのだという。
これは、近い未来に訪れる高齢化社会にとって、大きな貢献だ。しかし。
「コレは、聞いてるだけでも… 非常に大変な研究ではありませんかな?」
話を聞いているうちにいい具合に頭が冷えてきた林さんは、いつの間にか、槌谷センセイのお話を必死に聞いていた。
確かに、目的に向かうためのプロセスが、とんでもなく多い研究だ。だが。
槌谷センセイはこともなげに、こう答えた。
「もちろんそうですが、私の研究室にいる学生一同、未来を切り拓くのは自分たちだというプライドを持って、日々の研究に取り組んでいます。」
すっかり頭を冷やした林さんは確信した。
この人たちは、恵理さんを誘拐していない。(当たり前だ)
そして林さんは自らの非礼をわびることなく、勝手に話題を変えた。
「そういえば、最近、先生の研究室に変わったことはございませんかな? 何か研究データが無くなったとか…」
「いえ、もちろん、そういうことにはかなり気を遣っていますから。ただ、学科のケータイサイトに、変な文字が出てるという話は私も伺っていますが… これは私にも分かりませんね。ただ、これは私の個人的な印象ですが、なんとなく、悪いことが起こっている予感はしないんですよね。うーん…」
槌谷センセイにとっては、珍しく歯切れの悪い言葉。
しかし、一流のセンセイの "予感" は、信頼するに足る鋭さであるはず。
「あっ… そういえば、今日、校舎内を、メガネをかけたサラリーマン風の人間がうろついているから気を付けた方がいいみたいな話をさっき…」
槌谷センセイの話を最後まで聞かずに、林さんは、"メガネをかけた、サラリーマン風の男" をとっ捕まえるべく、どこかへ向かった。
<続く>
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