山口「はい、授業を始めますから席に着いてください。マンガを読んでいる人はマンガをしまいなさい。Twitterを開いている人はTwitterを閉じなさい。Instagramを開いている人はInstagramを閉じなさい。授業が始まりますよ。先週まで、あじさい刈りと笹刈りで授業をお休みさせていただきました。実はまだ刈りきっていない……刈っている最中だ。この授業の前にも、先生は深く深く、笹の中を両手で分け入って、出てこい……出てこい……と、いろいろ探してきたわけですが、まだ見つかっていない。一旦浮上していますけど、また深く潜るんですよ。なので先生、TwitterとかInstagramとか更新していないんだ……そんなことしている暇があったら歌詞書けってね(笑)。今日からビシビシと授業をやっていくぞ。」
「あとね、ホールツアー(SAKANAQUARIUM2017 10th ANNIVERSARY『2007.05.09』TOUR)がファイナルを迎えて、残すは幕張メッセと大阪城ホールのアリーナ2箇所のみとなっております。ライブ来た人はどうだったかな?楽しめたかな?エゴサする限りでは、前回よりは良かったっていう意見をたくさんいただきましたけど(笑)。」
一郎先生がひとまず戻ってきた今回の授業は、生徒の皆さんに出ていた宿題『売れたら嫌い!の理由を考えよ』に提出された回答を紹介していきます。一郎先生、自身もそんな気持ちになった経験があるそうですが、でもその理由はよく分からなかったそう。
「"売れたら嫌い"……その気持ち分かるよ。先生にもあった。好きなミュージシャンが露出していくと、なんかなー……みたいな。その、なんかなー……がうまく言葉にできないから、生徒諸君に聞いてみました。では、紹介していきますよ。」
私の応援しているあるバンドは、メジャーデビューしてからとても聞きやすくなりました。昔はアーティストの癖がとても強く出ていましたが、そこに惹かれました。今もそのバンドが大好きですが、好きだった癖が薄くなる、大衆受けを狙った音楽ばかりになるのは、売れたら嫌いの理由のひとつになるかもな……と考えました。
女性/19/茨城県
「なるほどね。確かに、メジャーデビューすると、タイアップがついたり……CMとかドラマとか、そういったものを狙わないといけなくなったり、音楽がさほど好きではない人(自分から音楽を探そうとしない人)に対しても音楽を届けていかなくてはならなくなる。300人〜500人キャパシティでライブをやっていた人たちと、2万〜3万人のキャパシティでライブをしている人たちは、やっぱり作る音楽が変わるように、どこに向けるかでサウンド構築が変わっていくとは思うね。ただ、メジャーデビューして感じたのは、プロデューサーがいるバンドが多い。サウンドアレンジを別の人がやって、それを自分たちの曲ですって出しているんだなって。その変化があるんだっていうのは感じますね。メンバーが1人増えるようなものじゃないですか、自分たちのカラーを違う人が構築するわけだから。その変化を感じると、なんか冷めるなっていうのはちょっとありますよ。サカナクションはそのサウンドプロデューサーはいなくて、メンバーだけでやってきているんですけど……ただ、それも音楽の楽しみ方だと思うんですね。自分の好きな、先に見つけたミュージシャンがメジャーにいったときに、メジャーに対してどんなアプローチをするかっていう楽しみ方も音楽の中にはあるんじゃないかと思う。それをうまくやっているミュージシャンが多分、今残っているんだと思う。だから、そこも音楽の楽しみ方として受け入れていくとこの問題は解決するんじゃないかと思う。」
人気が出るとチケットがにわかファンなどで入手困難になる。更に今まで通りの純粋に好きな人だけのライブではなくなるから。
男性/12/東京都
「あー……つまり、音楽目当てではなくて、その人に会いたいっていう人たちが増えるっていうことですよね。人のファンが増えるっていうところでのギャップが出てくるっていうのは確かにありますよね。まあねー……。これはミュージシャンとしての解決方法は結構難しい。キャパシティが大きくなればなるほど、来る人は増やさないといけないわけだから、今までの自分たちの曲だけで伝えきっていた人数と、外に向かって発信して増えていった人数は圧倒的に違うので、その人たちを全部受け入れるくらいの大きい会場でやるとなると、たくさん売らないといけないから、チケットが取れにくくなる戦略をとるっていうのはマネジメント、事務所の戦略として出てくるんじゃないかなという気がしますけどね。それでも、アリーナの大きいところで、チケットは取りにくいけど、とった甲斐があったって思わせるライブをするっていうのも、ミュージシャンがやらなければいけないところですよね。」
「あと、機材も増えてくるのね。メジャーデビューをして感じたことは、いろいろあります。インディーズの時は自分たちで機材を設置して、運んで、ステージ上に並べて、終わったら自分たちで片付ける。今はみんなフェスとかに行くから分かると思うけど、別の誰かが楽器を用意してくれるでしょ。メンバーは演奏するときだけ出てきて、終わったらはけるでしょ。機材を片付ける人がいるのよ。アマチュアとかインディーズの時はその人たちがいないの。全部自分たちでやっていたわけ。だから結構大きな変化があるんですよ。ミュージシャンは立てられるっていうね。そういうので変わってくるっていうのもあるのかもしれないね。」
ずっと自分だけが知っていて、頑張ってきているのをずっと見ていたから、売れてくれるのは嬉しいんだけど、その頑張りを知らない沢山のファンに囲まれているのが自分から遠ざかってしまったような気持ちになる。私だけのものだったのが、いきなりみんなに取られてしまって悲しいとか、そういったことかと。独占欲が溢れてしまったと言えばいいのでしょうか。
女性/17/北海道
「なるほどねー……あそこのラーメンめちゃくちゃ美味しいって思っていたらいつの間にか行列ができていて、自分だけが知っていたのに……ってことですよね。恋愛感情とかを持っていたりすると、余計にそういうのがあるのかもしれないですね。嫉妬心というか。でも、自分のことを歌ってくれているかのように思っていたのが、自分だけじゃなかったんだって感じてしまった瞬間に、自分を代弁してくれていないって思ってしまうのかもしれないですね。……分かるね。僕が、売れたミュージシャンに対してうーん……って思っていた感情はこれに近いかもしれないな……そういうこと言って欲しいわけじゃないじゃん……ってなっていくっていうね。これはすごい分かりやすいかもしれないですね。」
私は応援していたミュージシャンが売れてしまうと気持ちが離れてしまうのは、「売れていない」=「結果を残せていない」というところにそのミュージシャンと自分を重ねて見ているからではないかと思います。目立たなくて、ファンも少ないミュージシャンと、学校や職場で思ったようにやれていない自分。世間に認められていないところが同じだという安心感を感じて、自分のように冴えない彼らを応援したくなるのではないでしょうか。だから、仲間だと思っていた彼らが人気になってくると自分との差が開いていくのを目の当たりにしているように思えてきて、嫉妬心や阻害心で心から応援できなくなるのではないでしょうか。ベンチ仲間だった部活の友達が自分を残してレギュラーに入ってしまうのと似たような心情だと思います。
私の場合は、最近中学の頃からの友達が高校で軽音部に入り、市内で有名なバンドになったことで、なんだか悔しいような寂しいような気持ちになっています……。
女性/17/静岡県
「うん……みんな言わないけど、どこかおかゆが言っていることはあるよね。売れない=好きっていうのはちょっと違う気がするけどね。ただ、売れていないっていうのは、自分との距離が近い。売れたことで自分との距離が遠くなる、自分の気持ちを代弁してくれなくなるっていうことに対して否定的になってくることにもなるのかな。でも、これは難しいところだよね……。自分が良いって思ったものが世の中の人も良いって思うんだ……自分の感覚はみんなと同じなんだっていう安心感にはならないのかな?私は先に知っていた。周りがやっと気づいてきたっていう優越感っていうのは出てこないんですかね?」
「インディーズやアマチュアで、メジャーでがしがし売れそうな曲を作っても、実はこれはあまり評価されないんですよ。インディーズやアマチュア的な荒さや鬱屈した点、裏側がないと、実はメジャーのレーベルは手を挙げないんですよね。メジャーに行ったときにこのミュージシャンがどうなっていくのかっていう、その展望を理解した上で、売れていないミュージシャンが売れていくっていう過程を辿っていく気がする。そういった背景みたいなものをリスナーの人たちは知らないから、自分の気持ちを代弁してくれなくなったり、自分の気持ちを代弁してくれなくなったり、自分と違う人になっていくっていう寂しさみたいなものが残ってしまうんじゃないかなって思うんですけどね。」
「僕的には「先に知っていた自分ってセンスあるじゃん」って思ってもらえたら良いのになって思います。売れてからどういう風に変化していくのかっていうのもそのバンドに対する期待として持っていて欲しいなと思います。」
そろそろ今回の授業も終了の時間になりました。
「メジャーに行くこと、売れていく過程っていうのは本当に大変なんですよ。今までは好きな時に好きなタイミングで曲を作ればよかったのが、何か企業と結びついて、自分が書きたいと思わないタイミングでも曲を書かないといけなかったり、全然会ったことがない人にライブに足を運んでくださったお礼を言ったり……そういう、みんなが仕事とか学校で苦しい思いをしているのと同じことがミュージシャンの背景にはいろいろあるわけです。その上で頑張って売れていっているわけだから、そこも、あんな素朴な歌を歌っている人がこんなに頑張っているんだって気づいたりするとまた違った目線が出てくるんじゃないかと思います。でも、おかゆが言っていた、「売れていない」=「結果を残せていない」っていうところでミュージシャンと自分を重ねて見ているから、売れると離れていくっていうのは、みんなが言わないひとつの心情じゃないかと思いますね。」
「売れたら嫌いになるっていうのはサカナクションも経験していますよ。僕らは、ファーストアルバム、セカンドアルバムは1800枚しか売れなかったからね。その1800人は自分たちのことをすごく好きでいてくれたけど、3枚目の『シンシロ』っていうアルバムを出した時にたくさんの人に聞いてもらえるようになったんですね。そのとき、1800人の中には離れていった人がたくさんいる。でも、逆に『シンシロ』を出したことで知ってもらえたりもしている。今作っている最新アルバムもそう。今自分たちが作った曲を好きだって思ってくれている人がファースト、セカンドアルバムの曲を好きだって思ってもらえるっていうことが、自分たちの歴史を知ってくれるっていうことになるんじゃないかなと思います。ミュージシャンの中でもいろんな葛藤があること、チャレンジしているっていうことをリスナーが理解してくれたりすると、ミュージシャンもチャレンジしやすくなります。」
「僕がシングルを出すっていうひとつのビジョンはそこなんですよ。シングルはたくさんの人に聴いてもらうために作る。それをサカナクションの中で暗い曲やマイノリティな曲を好きだって言ってくれている人たちが、この人たちはこういうアプローチをするんだ、こういうふざけたこともするんだ、わざとやっているんだって、その"わざと"っていう部分に対して美意識を感じてもらえたらいいなっていうサウンドにしたいなと思う。日本独特のものだと思うんですけど、シングルとアルバムっていう使い方がまだ現状あるこの時代に、日本のミュージシャンはそれをうまく使ってやっているんじゃないかと思いますけどね。ただ、タイアップ文化がなくなるとこれは結構大きな変化が出てくるんじゃないかと思いますね。テレビが影響力を失ってくると、ミュージシャンはどこでプロモーションしていくんですかっていう……そういった議論も出てくるし、CDが売れない時代にCDのプロモーションをするってどういうこと?っていう。いろんな複雑な話になってきますが、サカナLOCKS!ではミュージシャンの裏側の部分をたくさん話していけたらいいなと思っています。」