「ルネッサンス!」の山田ルイ53世さんが『一発屋芸人列伝』を語る(2018/12/15 放送)
先週に引き続き、今週も漫才コンビ、髭男爵の山田ルイ53世さんをお迎えしました。
10代の頃は6年間も引きこもり生活を送っていたという山田さん。その後、大検を経て大学に入り、やがてお笑いの道に進むことに。そして「ルネッサ〜ンス!」などのネタで一世を風靡するわけですが、あの貴族キャラが誕生したきっかけについてこう話してくれました。
「何年かやってたんですけど、売れる気配がまったくなかったんで…。たまたま深夜に無名の若手大集合!みたいな番組があって、くりぃむしちゅーがやってらっしゃたんですけど、その時に上田さんが『髭男爵っていう名前やのに、お前らヒゲでも男爵でもないやないか!』みたいなことを言うて、『あ、そうか。その通りにすればいいんだ』と思って。」
「まずは格好から。ヒゲを生やそう、とか。それで、グラスで乾杯して『〜かーい!』って、これをツッコミにする、置き換えるっていう案は、僕のネタ帳にその何年か前からあったんですよ。で、あーこれやこれや!で、くっつけて完成すると。小ヒット。スマッシュヒットですね。」
「僕らは正確に言うと、0.8発屋なんで。ダンディ坂野さんを1とするなら、僕らとジョイマンとクールポコ。は0.8です。小島よしおは2ですね。HGさんも2です(笑)」
10代の頃は6年間も引きこもり生活を送っていたという山田さん。その後、大検を経て大学に入り、やがてお笑いの道に進むことに。そして「ルネッサ〜ンス!」などのネタで一世を風靡するわけですが、あの貴族キャラが誕生したきっかけについてこう話してくれました。
「何年かやってたんですけど、売れる気配がまったくなかったんで…。たまたま深夜に無名の若手大集合!みたいな番組があって、くりぃむしちゅーがやってらっしゃたんですけど、その時に上田さんが『髭男爵っていう名前やのに、お前らヒゲでも男爵でもないやないか!』みたいなことを言うて、『あ、そうか。その通りにすればいいんだ』と思って。」
「まずは格好から。ヒゲを生やそう、とか。それで、グラスで乾杯して『〜かーい!』って、これをツッコミにする、置き換えるっていう案は、僕のネタ帳にその何年か前からあったんですよ。で、あーこれやこれや!で、くっつけて完成すると。小ヒット。スマッシュヒットですね。」
「僕らは正確に言うと、0.8発屋なんで。ダンディ坂野さんを1とするなら、僕らとジョイマンとクールポコ。は0.8です。小島よしおは2ですね。HGさんも2です(笑)」
今年は『一発屋芸人列伝』という本を出して話題となり、『雑誌ジャーナリズム賞』を受賞したほか、本屋大賞のノンフィクション部門にもノミネートされた山田さん。この本が誕生したきっかけについてこう話してくれました。
「やっぱりエゴサーチとかしちゃうんですよ。やめときゃいいのに。そしたらやっぱり、一発屋っていうレッテルを貼られた芸人っていうのは、“消えた”とか“懐かしい”…これはまぁいいんですけど、“死んだ”とかもありますよね。」
「あと、“面白くない”みたいなのもあるんですけど、それにはちょっと反発があって…。いやいやいや!面白いから売れとんねん、こっちは!みたいな気持ちがあったんですけど、芸人でそんなこと声高に言う人いないじゃないですか。」
「で、こういう機会を頂いたから、いかに一発屋と言われてる人間が皆、才能があり(笑)、ネタのギミックもどれだけ考えつくされているのか、俺だけでも書いてやろうと思って(笑)。いや、みんな言わないんですよ。そんなのダサいし、みっともないし、ハードル上がるから(笑)」
そして「芸人の先輩方はもちろんわかってくれてるんです。ゼロイチ(ゼロからイチを生み出すこと)の凄さというのはね」と山田さん。今回の本を書きながら「なぜ一発屋芸人と一発屋芸人の芸はナメらるのか?」ということを考えたそうです。
「で、いろいろ考えた結果、やっぱり忘年会、新年会でみんながいろんなところで売ってるコスプレ衣装を着て…ま、真似事なんですよ。そこにホントの技術と間はないんですけども、ある程度はウケるじゃないですか。」
「そういうパーティーの場で、一般の方が和牛とかの漫才をしないじゃないですか。それはできないからなんですけど、我々の芸は高度にパッケージ化されているがために、直接消費することができるんですよ。」
「だから、レトルト食品みたいなもんです。美味しいんです。みんな、家で本格的な味を再現できるんです。でも、レトルト食品すごいな〜ってリスペクトする人はいないですよ。それは自分で、できちゃうからなんですよね。」
「だからと言って、レベルの低い芸とかではない!っていうのは凄く思ったんです(笑)…ダサさ全開ですね!俺(笑)」
山田さんは『一発屋芸人列伝』を書くにあたって、他の芸人の方々に直接会って取材したそうです。
「テツandトモさんもすごいですよ。ブレイクしてもう20年ぐらいたつのに、取材した時点で、まだ年間180から200近い営業オファーがあるっていう。それはやっぱり実力なんですよね。リピーターがいないと、その数にはならないんで。」
「恵さんの後輩の方で言うなら、波田陽区さん。僕は凄くカッコいいなと思ってて。実際に九州まで会いに行ったんですよ。顔の造形は変わらないんですけども、目がやっぱり…腹をくくった男というか…。」
「結構しんどかったと思うんですよ。全国区の知名度がある状態で、ちょっと負けキャラみたいなイメージを付けられた上で、地方に行くっていう…。たぶんいろんなしんどさがあったと思うんですけど、完全に腹をくくって、若手のライブに自分も一から出るようなことをされていて。いやぁ、波田くんカッコええなって思いましたね。」
「そういうのはやっぱり、直接会って話を聞いてみないとわからないところだったんで、良かったと思いますね。」
『一発屋芸人列伝』では、最後の章に髭男爵が登場しますが、山田さんご本人はこれには反対だったとか。
「自分のことを自分で書くって、そんなに気持ちの悪いことはないんだって担当の編集の方と戦ったんですど、最後はどうしてもそこでいきたいってなって、まぁ…書きました。はい。」
また、山田さんは髭男爵の近況についてこう話してくれました。
「相方も相方でワインに詳しくなったりとかして。僕は“一発屋芸人に学ぶ経営のヒント”を地方に行って教えてるんですけど。ひぐち君は地方のショッピングモールでオススメのワインを売るっていう仕事をしています。ハハハハハ(笑)」
「本には『ひぐち君はお笑いにはいっさい興味がなくなった』って書いたんですけど…まぁそれは事実です(笑)。おそらく彼がお笑いに向き合うことはもうないと思うんですけど、まぁ60、70まで、貴族や!ゆうて、〜かーい!ってゆうてたら、逆に面白くなる時期が来るなと思って。その時期まで営業は行こうと思ってますね。」
「解散とかそういうことはまったくないです。やっぱり、ひぐちさんがいないと僕はできないんで。」「ひぐちさんは僕のことそう思ってないかもしれないですけど、僕はともだちやと思ってるんで(笑)」
そして、ご自身の執筆業について「続けていこうとは思ってます。褒めて頂ける限りは」と山田さん。「小説とかに興味は?」とたずねると「いつかは書いてみたいとは思うんですけどね」とおっしゃっていました。
山田さんはこの番組のテーマとなってる“挑戦”について、こんなことをおっしゃっていました。
「挑戦がテーマやって伺って、いろいろ考えたんですけど、僕はイキイキと挑戦はしてないよなと。でも、しぶしぶ…じゃないですけど、そんなキラッキラした挑戦の仕方じゃなくても、みんな何かをとりあえずやったりとか、小さな挑戦、しんなりした挑戦かもしれないですけど、挑戦はしてると思うし。僕はたぶんそうやったんで。それでもいいじゃないか、っていうのは思います。」
「僕の中では、、とりあえずやること、ごはんを食べるために頑張ること、これが挑戦かなと思いますね。特に今は僕、娘もいるもんですから、娘が成人するまでは、どんな形でも、何にかじりついてでも、ごはんを食べさすっていう。今はそれだけが目標なんで。それが僕の挑戦かもしれないです。」
恵さん「親って、なってみると子供に育てられるよね。」
山田さん「ホントそうですね。こんなしょうもない人間に、こんなちゃんとした責任感が芽生えるもんかね、という。」
恵さん「わかるわ。俺もおんなじだけど、ちゃんとしなきゃ、って思うもんね。ごはんだけは食べなきゃって思うもんね。」
山田さん「この子に惨めな思いをさせたら…って想像した時に、はわわってなるんで。そこですね。華々しくなくて申し訳ないですけど(笑)」
番組では、そんな山田ルイ53世さんの挑戦に関するメッセージを色紙に書いて頂きました!こちらを1名様にプレゼントします。このホームページのメッセージフォームから「山田ルイ53世さんの色紙希望」と書いてご応募ください!