聴取期限 2021年2月12日(金)PM 10:00 まで
山口「はい、授業を始めますから席についてください。Twitterを開いている人はTwitterを閉じなさい。Instagramを開いている人は、 サカナLOCKS!のインスタアカウント(@sakanalocks_official)をフォローしなさい。授業が始まりますよ。サカナLOCKS!は今回もリモートでお届けしております。今夜は、卒業制作で悩む生徒とリモートで話していきたいと思います。」
★作品の完成とは…
一郎先生、こんばんは。
一郎先生に相談したいことがあります。
私は美術系の学校に通っており、主に油絵を描く勉強をしているのですが、絵を描いているといつも、どのタイミングで完成としたらいいのかわからなくなります。常に手探りで描いているため、この絵はもっと良くできるんじゃないか…といつまでも筆を置くことができず、締切=完成 になってしまいます。そんな作品を後から見た時に、もっと描けたのに…と悔しくなる事もあれば、このくらいで止めていて丁度良かったと思う事もあります。
まさに今卒業制作として油絵を描いていますが、自分にとって特別な絵になるので中途半端に終わらせたくありません。
一郎先生は曲を作るとき、どのように完成のタイミングを見極めますか?教えて下さい!
女性/18歳/東京都
山口「あー……これは非常に先生も分かりますよ。そういうので悩むこともありますからね。では、早速お話ししていこうと思います。」
山口「こんばんは!」
すえきのこ(以下、すえ)「こんばんは」
山口「初めまして、サカナクションの山口一郎です。」
すえ「はじめまして、すえきのこです。」
山口「18歳っていうことは、高校3年生?」
すえ「はい、そうです。」
山口「美術系の学校に通っているの?それは、大学まで決まっているってこと?エスカレーターみたいな感じなの?」
すえ「はい、そういう感じです。」
山口「ほー。絵を描くことはいつから好きなんですか?」
すえ「うーん……もう、小学生の低学年くらいからずっと好きです。」
山口「ずっと絵が好きで、美術のことを勉強したいと思って美術の高校に行ったんだ。」
すえ「はい、そうです。」
山口「美術大学の附属高校ってさ、学校の勉強の中で分量的にどれくらいが美術の授業なの?」
すえ「今高校3年生で、1週間に10時間あります。」
山口「10時間……!ということは、1日2時間くらい?」
すえ「1日2時間が5日あります。」
山口「ほー。本当に美術の授業が多いんだね。なんか、高校の時点で油絵とか彫刻とか分かれるの?」
すえ「高校2年生で、絵画とデザインに分かれて勉強する感じです。」
山口「今、高校3年生で、大学はもう決まっているというか、流れで行くんだもんね?」
すえ「そうです。」
山口「で、今卒業制作をやってるんだ。で、悩んでるんだ。」
すえ「はい。」
山口「いつから制作を始めたの?」
すえ「12月くらいです。」
山口「テーマはどんなテーマなの?」
すえ「テーマは……私が絵を描く意味というか、理由が、高校生活の中でちょっと変わってきて。その、変わった時に感じていた不安とか……それを描きたいと思って、描いています。」
山口「締切はいつなの?」
すえ「2月13日で、もうすぐなんです。」
山口「お。完成がいつか分からないっていう話がありましたけど、今描いていて、富士山を登っていくとしたらどの辺な感覚か分かる?」
すえ「うーん……真ん中ちょっと過ぎたかな……くらい。」
山口「今まで絵を描いていてさ、100%できた……というか、ここで完成かなって思えたことはある?」
すえ「あんまりないです。いつもギリギリまでやって、あー、終わっちゃった……って感じで。」
山口「ほー。ちなみに、先生も音楽を作る上で、締め切りがあって、完成を急かされるような状況が多々あるんだけど。僕はいつも、完成したって思った瞬間が毎回あるわけじゃなくて。大抵、完成したって思ってからさらに10%くらい直すんだよね(笑)。だから、本当に完成したってリアルに実感したっていうのはそんなに多くないかな。でも、僕は自分一人で音楽を作っていなくて、メンバーがいてバンドで作っているから、自分のパートとしては、メロディを作ることと歌詞を作ることが、ある種の完成した、完成していないのラインなんだけど……出来たって思うことは本当に稀だから、締め切りが完成っていうことで僕はいいんじゃないかなって素直に思うけどね。」
すえ「はい。」
山口「すごく大事なことをひとつ、伝えられることがあるとすると……ひとつの作品にこだわってずっと作り続けるっていうことももちろん大事なんだけど、たくさん作るっていうことが実は大事な時期もあるんだよね。完成させることが大事っていうよりは、たくさん作るっていうことが大事な時期がある。すえきのこが今絵を描いていてどんな気持ちでいるのか、どんなモチベーションでいるのかは分からないけど、いろんなものにチャレンジしてみて、とりあえず自分がここまでこれた、ここまでくればとりあえずいいっていう絵……自分として納得できるものをいくつも、たくさん作るっていうことにチャレンジしていくと、ここで自分は完成だとか、ここまでくれば伝わるよねとか、自分のテーマっていうものがはっきり受け取ってもらえるとかっていうことが分かってくる気がするけどね。なかなかそれは難しいんだけどね。」
すえ「はい。」
山口「いやー、でも、すえきのこ。その気持ち分かるよ。」
すえ「本当ですか?」
山口「分かる。僕も、締め切りが完成だって思っているから。」
すえ「ふふふ(笑)。」
山口「でも、世に出した時、批評された時に分かることもいっぱいあるんだよ。自分がすごく気にしていた部分とか、自分が足りなかったなって思う部分って、実はその外から見られた時に大した問題じゃなくて、もっと違うところに大きな問題があったりするんだよね。僕らがレコーディングの時にやっている手法として、デモの段階でメンバー以外の人に聴かせるっていうのをやるんだよね。そうすると、今まで聴いていたのと違う感覚で聴けるようになるんだよ、そのトラックが。客観視されるっていうことを1回体験してから制作に戻ると、自分の中で一回整理できたりする。」
すえ「なるほど。」
山口「だから、人がどう思うかってその作品を作る上でそんなに大切なことではなくて、自分にとって良いか悪いかなんだけど、行き詰まった時とかに、そういう視点をひとつ増やすと、ちょっと違う幅が広がる瞬間……完成に近づく瞬間はあるかもしれない。」
すえ「はい。」
山口「ちなみにさ、その絵って見せてもらえますか?今リモートでやっているんですけど、画面共有とかで見せてもらってもいい?」
すえ「はい。(画面共有で絵の写真を表示)」
山口「おー、これ。」
すえ「これです。」
山口「おー。公園?」
すえ「公園です。」
山口「手前に自分がいるんだ。絵を描いている自分っていうレイヤーなんだね。」
すえ「はい。」
山口「これ、大きさどれくらいあるの?」
すえ「高さが192cmで、横が114cm……そのくらいです。」
山口「結構大きいね。自分が描いていて、辿り着けていないところってどういうところがあるの?言葉にできる?」
すえ「うーん……私が、目に見えないものを描くとか、表現するっていうことに向き合い始めて、もう訳がわかんなくなったり、すごい頭ごちゃごちゃになったりすることがあるんですけど。でも、その表現の新しい世界みたいなのが、このぐるぐるしているところなんですけど、そこをもっと怖い感じにしたいし、でも、綺麗に描きたいし……どっちも出していくっていうのがすごく難しくて。ここが一番メインになるから、一番力を入れて描きたいところなんですけど、すごく難しいです。うまく表現できなくて。」
山口「なるほどね。自分の頭にあるものを絵で表現したいと思った時に、自分の頭の中に漂っているぐちゃぐちゃしたものっていうのを空の色彩で表現したいってことだよね。」
すえ「そうです。」
山口「僕は絵のことに詳しくないし、初期衝動でしか感想が言えないけど……ミュージシャンとして考えたことを話すと、音楽を作る時に、コンセプトがあって、そのコンセプトを形にしようっていうことって、実は取り組んでいる時点でもう完成なんだよね。僕は音楽を作る時に、何も考えずに無意識に作っていったものを、後から考えて一体自分は何を歌いたかったんだろうって考えていってその中で形になって自分で気づくっていう作品と、コンセプトを最初に立てて、そのコンセプトを音楽にしようっていうやり方が2種類あるんだけど。大抵、コンセプトがあって音楽を作っていく時って、そのコンセプトが整理された時にもう完成なのよ。あとは、そのコンセプトにどうリアリティを持たせるかとか、音楽は目で見えないし手で触れないものだから、そのコンセプトをどれくらいのレベルで、どれくらいの強度で伝えるかっていうことがクリエイティブになっていくんだよね。だから、すえきのこが今この絵のコンセプトを僕に説明してくれたじゃん。その時点である種この絵は完成していると思う。あとは、すえきのこが見ている、頭の中で見えているものを、どれくらいの強度で人に見せたいかっていうことだけだと思うんだよね。」
すえ「あー、なるほど……」
山口「絵の素晴らしさって、僕は絵の専門家じゃないから分からないけど。僕が感動する絵ってさ、頭の中にあるものを、本気を通り越して狂気で伝えようとする、その気持ちの質量によると思うのよ。美しく丁寧に、本当にそこに物があるように絵を描くことっていうのは技術じゃん。僕がこんな簡単に言っていいことかどうかは分からないけど、技術って鍛錬すれば上手くなるものだと思うんだよね。音楽もそうだから。だけど、何を描きたいかとか、そこに対して、私は、僕は描きたいんだっていうエネルギーみたいなものって、その強さっていうのは鍛錬じゃ身につかないものじゃん。想いってさ。」
すえ「はい。」
山口「だから、僕はすえきのこが絵に向かい合っている質量みたいなものを話を聞いて感じたから、あとは自分の質量をどれくらい込められるかみたいなところ。例えば、締め切りが完成になってしまったとしても、僕は成就している気はするけどね。僕は、どう取り組むか……18歳の自分が選んだコンセプトに、どれくらいの質量で向き合えるかっていうことが、この絵にとって一番大事なことのような気がするから、ここで完成っていうものを求めるんじゃなくて、ギリギリまで思い描いて、苦しんで、質量を込めてエネルギーを詰め込むっていうことが大事だと思う。」
すえ「はい。」
山口「で、生きているうちに、1枚だけでも、『完成した!』って思えるものを描ければいいんじゃない?ふふふ(笑)。」
すえ「ふふ(笑)。そうですね。」
山口「うん。僕はそう思う。僕は絵の専門家じゃないから、こんなことを言ったら先生に『何言ってるんだ、山口!』って怒られるかもしれないけど。僕はものを作る人間としては、そんな風に感じたけどね。同じ表現をする人間として。」
すえ「はい。」
山口「この絵をさ、SCHOOL OF LOCK!のサイトにアップしてもいいかな?完成したのがいいかな?」
すえ「そうですね、完成したのがいいかな。」
山口「じゃあ、完成したら……すえきのこ、インスタとかやってるの?」
すえ「やってます。」
山口「じゃあ、僕のインスタにDMで絵の写真を送ってよ。必ず見て感想を伝えますよ。」
すえ「はい。ありがとうございます。」
山口「すえきのこはさ、サカナクションが好きなの?」
すえ「すごい好きです。」
山口「何の歌が好き?」
すえ「「グッドバイ」です。」
山口「「グッドバイ」? ちなみに、この曲のコンセプトってどんなものか教えてあげようか?」
すえ「え!知りたいです。」
山口「あの曲って、僕ら、「ミュージック」って曲で紅白に出たんだよね。その時に、たくさんの人に自分たちを知られるっていうことを目的に僕たちはバンドをやっていなかったのよ、そもそも。けど、紅白っていうものに出演して、たくさんの人たちに自分たちの存在が知られたんだよね。で、僕は何のために音楽をやっているのかなってすごく不安になったんだよね。それで、僕は当初「グッドバイ」を発売する時に、実はもっと分かりやすい曲……たくさんの人に聴いてもらって反応がいい曲を作った方がいいっていろんな人に言われたの。けど、そうじゃなくて、自分たちが好きな道を音楽でちゃんと歩いていきたいっていう決意で、"探していた答えはここにはない"って、"だけど僕は敢えて歌うんだ わかるだろう?"って、"不確かな未来に舵を切る"って歌詞にしたんだよね。」
すえ「あー……!」
山口「だから、曲としては暗い曲じゃん。だし、分かりやすい曲かって言ったらそんなに分かりやすくない曲だよね。だけど僕らは、1曲1曲で勝負をするっていう部分もあるけど、ミュージシャンとしてどう生きていくかっていうことを考える時期がその時に初めてきたのかなって思ったんだよね。そういうコンセプトの曲。」
すえ「はい。」
山口「すえきのこも、今は学生で、絵を描くことが仕事じゃないだろうしさ、大学に行って、自分がやりたいことっていうのが分からなくなったり、ひょっとしたら、とんでもない同級生に出会って、自分は叶わないやって思ってしまうこともあるかもしれないし。いろんな挫折だったり、いろんな良い経験を受けて、自分がどう成長していくかっていうのが一番大事だと思うから。とにかく楽しんで、頑張ってください。」
すえ「はい。」
山口「……大丈夫かな?」
すえ「はい、ありがとうございます。」
山口「完成したら、DM送ってよ?」
すえ「はい、送ります。」
山口「楽しみに待っています。ありがとう。さよなら。」
すえ「ありがとうございました。」
今回の授業も終了の時間になりました。
山口「いやー、本当にね。なんか、ものを作るっていうことに対して、あんなに真剣に高校生のうちから戦っているっていうのはすごいことだなと。先生なんて、音楽を作っていたのは小学生の頃から作っていたけど、人に批評される環境なんて全然なかったからね。そういう部分では頑張ってもらいたいなと思います。」
引き続き、サカナLOCKS!では、山口先生に話したいことや、聞いてみたいこと、相談してみたいことがある生徒からの、[サカナLOCKS! 掲示板]への書き込みを待っています!
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