誰かに伝えたいことを、ひたすら書きなぐった言葉。
もしくは、まだ完成していない、ある歌の断片。
あるいは、想像もつかないほど大きな、“何か”の始まり―
福島県のとある町。
凍てつく風にまぎれて、聴き覚えのある歌が聴こえる。
声の主はもちろん、里菜ちゃんだ。
「音のイメージは、もうなんとなく固まってきているので、あとは歌詞ですね。これは、山田先生に言われたからというよりも、まだ、自分の中で納得がいかない部分があって……」
先日のセッションを受けて、今度は、一人で歌詞を詰めていく作業。
場所は、アーティスト・片平 里菜の創作拠点となっているー
自宅。
「家で結構歌っちゃっていますね。割と大きな声で…。うーん、大丈夫… だと思います(笑)」
山田先生に渡した最初の“デモ”を録音したのも、実はこの自宅。
愛犬の“ぷー”ちゃんだけが見つめる中、孤独な作業を延々と続けていく。
自分の心の中に降りて、必死で“何か”をつかんできては、それを言葉に変換する。
“これでもない”“これでもない”を繰り返し、ただひたすら、自分との対話を続ける。
悩んで、悩んで、悩んで、歌って、悩んで、悩んで、歌って、悩んで。
自分のココロのホントウを探す。
それが一番伝わるコトバを選ぶ。
何度も、何度も。
そんな中で、浮かぶ風景。
「言葉を探っていると、私の大切な人たちの顔が浮かびました。自分の歌を待ってくれている人。この歌を届けたい人。身近な人。故郷の人………」
実は数日前、曲のタイトルが決定した。
まだ完成していない、この歌の名前が。
「デモの時点では、“始まり”という仮タイトルを当てていたんですが、山田先生と相談しながら、いろいろ考えて。最終的には、“始まり”に一文字付け加えて、“始まりに”というタイトルにしました。中途半端なニュアンス違いなんですが、曲の中にその違いの答えがある、というか……」
“始まりに”。
真剣な表情の里菜ちゃんの横で、ぷーちゃんがクウンと鳴く。
里菜ちゃんの顔が一瞬ほころび、また元の表情に戻る。
孤独な戦いはまだ続く。
確かに“何か”が、始まっている。
つづく