【 “始まりに” 】
〜Play You.Label presents春夜祭 2012 AFTER REPORT〜
その日。
東京は、少し分厚い上着を着てうろちょろしていると、
すぐに汗ばんでしまうような、
まさに“春”と呼ぶのにふさわしい陽気だった。
春。
新しい景色。新しい仲間。
寂しい別れの後に、
ドキドキした出逢いを運んで来てくれる、
全ての“始まり”の季節。
新しい環境。新しい感情。
それぞれが、ぞれぞれの“始まり”をどこかに感じながら、
この日、僕らは集まった。
※ ※ ※ ※
開場の数時間前。リハーサルがスタート。
里菜ちゃんの表情が、カタい。
「めちゃくちゃ緊張してます……」
プロジェクトがスタートしてから、およそ2ヶ月。
今日は、みんなの応援に背中を押されながら完成した楽曲を、
みんなに向けて届ける、大切な一日。
ココロに渦巻く、言葉にならない感情たち。
その一つ一つと戦いながら、入念なチェックを繰り返す里菜ちゃん。
ここまでの日々を思い返しながら。
いつかの風景を心に描きながら。
(……よし。)
開場まで、あと少し。
P.M. 17:00
定刻通りにイベントはスタート。
いつものギターチャイムを合図に、校長と教頭がオンステージ!
会場パンパンに集まった観客を、盛り上げるべく喋る喋る喋る!
そして、“春夜祭”恒例の出席チェック!
ナント中には、北海道、さらには、沖縄から来てくれている生徒も!
(さらに、里菜ちゃんのご両親も!!!!!)
文字通り、日本全国から集まった生徒たち。
そんなみんなの目当ては、もちろん……。
「今日、みんなに来てもらった理由は分かってるな?
よし、じゃあ、早速、LIVEを届けてもらいましょう!
…………片平 里菜!」
校長の声をきっかけに、照明が落ちた。
※ ※ ※ ※
暗闇にまだどよめきが残る中、里菜ちゃんが登場。
既に表情に迷いや恐れはない。
いや、少なくともはた目には、全くそう見えない。
ギターの音が鳴る。
―“夏の夜”。
照明が、里菜ちゃんの姿を優しく照らす。
声が会場全体を包み込む。
観客のココロはあっという間に、いつかの夏の夜に逆戻り。
去年の9月を思い出す。
一つのデモテープをきっかけに、
日比谷野外大音楽堂でのファイナルステージまで登り詰めた里菜ちゃんの姿。
数千人の前で、堂々と歌を届けてくれた里菜ちゃんの姿。
そして、ステージの後、自分のLIVEに納得ができず、
人知れず、涙を流していた里菜ちゃんの姿―
あれから、まだ半年も経っていない。
しかし、目の前にあるのは、まぎれも無く、
あの頃からまた一つ、大きく成長した唄うたいの姿。
「こんばんは、片平 里菜です。」
短い自己紹介を終え、少しだけ呼吸を整えて、
再びギターを鳴らす。
2曲目は“tiny room”。
既にこの頃には、来てくれた生徒みんなも、すっかり里菜サマの虜。
小さな体から放射される、圧倒的なパワー。
繊細で力強い、音楽の神様に愛された歌声。
これが、やしろ教頭もベタボレした(笑?)、片平 里菜のチカラ。
優しい時間はあっという間に過ぎ、続いてが最後の曲。
次に歌う曲についての想いを少し話し、
里菜ちゃんは、大切な人の名前を呼ぶ。
「やまだせんせい…!」
呼びかけに応じて、ステージに、山田先生が登場。
いつもの通りの優しい表情。
その姿はまるで、“先生”というよりも、娘の晴れ舞台を見届けにやって来た父親のよう。
そして、再び音が鳴り始める。
"始まりに"。
里菜ちゃんの声とギターの音に、山田先生のベースの音が重なる。
かたや、少し前まで、郡山の路上でLIVE活動を続けて来た、無名の唄うたい。
かたや、日本を代表するロックバンドのベーシスト。
年齢も環境も全く違う2人が、今、ここで、同じ音を刻んでいる。
この2ヶ月、とんでもない過密スケジュールの中で刻んだ日々を想いながら。
いや、何よりも、目の前にいる全ての人の“始まり”を想いながら。
そういえば今回、イベントに参加してくれた生徒の中からもらったメールの中に、こんな感想があった。
里菜ちゃんの曲を聴くと、「かんばれかんばれ」とただ背中を押すだけでなく、「みんな同じように歩いていて、みんながいるから大丈夫だよ」ということを囁いてくれて、手をつないでくれているように感じます。
確かに。
この曲が流れている間のみんなの和らいだ表情は、大切な誰かと手をつないでいる瞬間の優しい顔によく似ている。
"始まり" の後には "終わり" があって、その間には、数えきれないほどの日々がある。
辛いことだって少なくない。
いや、そっちの方が多いかもしれない。
だけど、僕らは“始める”ことをやめない。
闇の中に手を伸ばすことをやめない。
"始まり" の先にあるものを信じて。
まだ観たことのない景色を夢見て。
誰かと手を取り合い、共に歩みながらー
※ ※ ※ ※
演奏が終わった。
一瞬の静寂。その後に、大きな拍手が会場を包む。
鳴り止まない歓声の中、
里菜ちゃんと山田先生は一瞬目を合わせ、少しはにかみながら、ステージを後にした。
これから数年後。
里菜ちゃんは今日のLIVEのことを、どんな風に覚えているのだろう。
"片平 里菜"。
新たな地平へ向かって動き始めた彼女の物語は、まだ、始まってもいない。
おわり