その日。
福島へ向かう新幹線の中は、大きめの荷物を抱えた人々でごった返していた。
一人一人がどんな想いを抱え、どこへ向かうのか。
そんなことは分からない。
確かなことは、一つだけ。
それぞれに、それぞれの物語があるということ。
2012年3月10日。
里菜ちゃんは、郡山の駅前広場のステージにいた。
ふくしまFMが主催するイベント。
広場には、局や企業のブースのほかに、自衛隊のブースなども。
そして、その真ん中には、日本各地から訪れた人々の寄せ書きボード。
里菜ちゃんは、出来上がったばかりの曲を届ける場所として、この場所を選んだ。
この曲を誰より早く、直接歌って届けたかった相手。
それは、曲をつくっている最中に何度も浮かんだ、
自分を支えてくれている、地元の人々。
ステージ上から、里菜ちゃんが語りかける。
「私は、この郡山の駅前でよく弾き語りをしていて……"いつか、あっちのステージで歌いたいな" なんて思っていたので、今日はこのステージで歌えて、嬉しいです。」
柔らかい拍手。
LIVEは、"夏の夜" からスタート。
声が、郡山の空に響く。
駅前の喧噪をかき消すように。
全てをそっと、包み込むように。
※ ※ ※ ※
当日の持ち時間は、わずか十数分。
あっという間に、最後の曲に。
「次の曲は……」
この日最後の曲紹介。
曲をプロデュースしてくれた山田先生のこと。
この曲を人前で歌うのは、今日が初めてだということ。
そして。
「この曲は、去年の震災のことも考えながらつくりました。」
慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと想いを伝える里菜ちゃん。
「自分なんかが、そんなことを口にしていいのかとか、いろんなことを考えたんですけど………」
人々は、ステージ上の彼女を真剣に見つめている。
「今日は、地元が、この福島が、元気になってほしいという想いを込めて歌うので…聴いて下さい。"始まりに"。」
再び、声が辺りを包む。
広場を越えて、駅の構内へ。
ちらつく雪をすり抜けて、近くのビルの中にまで。
歌は、聴こえているのだろうか。
想いは、届いているのだろうか。
それぞれの物語を抱えた人々に、この音楽は、どう響くのだろうか。
※ ※ ※ ※
歌が終わった。
少しの間を置いて、暖かい拍手が、空に響く。
ちらつく雪は、いつの間にか止んでいる。
里菜ちゃんは、にっこり笑って、ステージを後にした。
「今日の感想? そうですね……」
ステージを降りて、ホッとした表情を浮かべた里菜ちゃんは、少しはにかみながら。
「みなさんの笑顔を見て、私自身も、元気になれた気がします。」
2012年3月10日。
少なくとも、一人の唄うたいにとって、この日は記念すべき日になった。
つづく