先週・先々週と、世界遺産『古都・京都の文化財』のひとつ、京都下鴨神社の鎮守の森についてお届けしてきました。
そのラストとなる今日は、下鴨神社で21年ぶりに行われる「式年遷宮」のお話です。
おととし伊勢神宮では、20年に一度の式年遷宮が話題になりましたが、京都・下鴨神社では、ことし21年に一度の式年遷宮が行われます。
この下鴨神社の式年遷宮、歴史はとても古く、はじまったのは平安時代。西暦でいうと1036年からずっと続けられています。
下鴨神社の神職 京條寛樹さんにお話伺いました。


◆下鴨神社の式年遷宮
こちらが国宝の東西のご本殿です。お屋根を新しく葺きあげているんですが、檜皮葺(ひわだぶき)といいまして、ヒノキの皮をこのように重ねています。今回行われます平成27年4月27日の式年遷宮は、江戸時代までは伊勢神宮と同じように全ての建物を造り変えていたんですね。
ただ、今は国宝になっていて、全部重要文化財になってますので、建て替えができません。ですので、お屋根の葺替えだったり、金具の修理、漆の塗り替えとかそういったことを主にやっています。しかし神様がいる状態で、お屋根とかその周りの調度品とか、そういったものを修理したりすることできませんので、その少し後ろに仮の御殿を建てまして、そちらに神様にお移り頂いてます。お伊勢さんの場合ですと、隣に次のものを建てて移動して頂くんですが、当社の場合は仮の御殿を両脇に建ててそちらにお移り頂きます。
その間にご本殿を修理して、周りの調度品、ご信奉類を整え直しまして、4月27日にお戻り頂くと。それが式年遷宮のいわゆるメインの行事になります。



伊勢神宮の場合は、古いお社の隣に新しいお社を建てて、神様に引っ越していただいて、古いお社は取り壊されます。でも、下鴨神社の場合は昔からの神殿を「補修」するんですね。実は江戸時代までは、本殿を完全に建て替えていたのですが、明治以降は貴重な文化財を壊すわけにいかないということで、「補修」になったと言います
そして、伊勢神宮の場合、式年遷宮といえば20年に一度ですが、下鴨神社はなぜ、「21年」というちょっと中途半端な期間で行われるのでしょうか。

◆「21年」の意味
平安時代なんかの記録を見ますと、20年毎と書いていたりするんですが、遷宮が終わった次の年から20年目にやっているんですね。ですので、今の数え方だと21年ということになります。
「20年」の根拠はお米ですね。昔はお米が税金でしたので、そのお米の保存の期限が20年と定まっていたんですね。それで20年毎にそれを消化していくっていう意味があるんじゃないかという説もありますし、古代においては天皇の住まいは必ず一代毎に全て造り替えていたんですね。そういったことに由来があるという人もいますけれども、いろいろな説があります。ただ神社神道、神祇信仰においては、お社は新しいものを尊ぶという思想が昔からあります。常若(とこわか)と言ったりしますけれども、同じものを常に新しく建て替えることによってその神様への敬意、感謝の気持ちを表していたんです。
我々自身の心も改めて原点に戻る、そういった気持ちに人間をさせるっていうのも、ひとつの式年遷宮の大事なことなのかもしれないですね。それは我々神職に限らず、人々の気持ちも原点に戻ってやっていこうという、そういったことの意味もあるんだろうと思います。



20年に一度ではなく21年に一度の理由。つまり満年齢と数え年の違いみたいなことなんですね。そして当時、お金と同じ価値があったお米の保存期間が20年。これを消化するため、国家的大事業として式年遷宮が行われたということなんです。ほかにも20年は、宮大工が一人前になるのにかかる年数だからという説もあります。
とにかく下鴨神社の式年遷宮は、何年も前から準備が進んでいます。例えば、下鴨神社のお社の屋根ひとつとっても、本当に長い年月をかけているんです。

◆10年かけて修理していく
屋根材はヒノキの皮、檜皮という皮です。樹齢100年近く経たないとこの檜皮を取れないそうなんです。荒皮といって、一旦ヒノキの皮を剥いで、7、8年経ってまた皮が生えてくる、その皮を使って葺くそうです。最初に取った皮ではだめなんだそうですね。
今回の式年遷宮は平成18年から始めてます。この境内には、ご本殿以外にも50棟近く建物がありますので、そのほとんどが檜皮葺です。その檜皮葺であるが故に、一気に行うことができないので、10年ぐらいのスパンで徐々に修理をしていくということをやっています。


そして、下鴨神社で森作りを担当している神職の京條寛樹さんは、森づくりと、式年遷宮の間には共通点があると話します。


◆お社を守ることと森を守ること
糺(ただす)の森を守るという活動と式年遷宮は同じ考え方でやっているなという風に感じます。森は何千年という間、そこにあるのかもしれませんが、樹齢何千年の木ってないんですよね。ですけれども、数千年前と同じ形をした森が今残ってる。それと同じで、式年遷宮も、建物を新しく造り変えたり、修理をして現代に残している。そういったことは神社の考え方として、この森が残ったという意味もそこに繋がっていくのかもしれないという風に思っています。
4月29日から一週間、「一番祈祷」といいまして、ご本殿の前までお参りして頂けるという伝統のお参りの行事があります。ここは普段は入れない場所で、21年に一度だけ入ることができます。



3回にわたってお届けしてきた、下鴨神社 糺の森のお話し、いかがだったでしょうか。これからは新緑の季節ですし、ぜひこの機会に訪れてみてはいかがでしょうか。

今回お届けしたお話しはポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください!


【今週の番組内でのオンエア曲】
・運命の人 / スピッツ
・桜の木の下で / つじあやの
今週も引き続き、京都下鴨神社の森づくりのお話です。

糺(ただす)の森と呼ばれる下鴨神社の鎮守の森が、かつて相次いだ水害や、人の手による開発を経て、いまも形をとどめているのは、実は京都の人々が森を守ろうと様々な取り組みを続けて来たからなんです。
下鴨神社の鎮守の森「糺の森」は、京都に都ができる前の原生林の面影を今に伝える森として知られていますが、立ち並ぶ大きな木の中には、近年、人の手で植えられたものも多いと言います。
実はこれが、京都の人々がこの森を守ろうとした証拠なんです。そして京都の人々による、森を守り育てる活動は今も続いています。
下鴨神社で神職を務めながら、森づくりに取り組む京條寛樹さんに伺いました。

◆糺の森を守る活動
昭和9年に室戸台風があって、10年に大洪水が京都であったんですね。その室戸台風のときは本当にたくさんの神社仏閣、文化財が壊れてしまいました。この糺の森も甚大な被害を受け、数千本あった大木が97本になってしまったそうです。
そのあと市民の方が植樹をして、特にクスノキをたくさん植えました。クスノキはすぐに大きくなりますし、明治神宮もクスノキが多いのですが、そのときの政府などの考え方もあったと思います。しかし、クスノキをたくさん植えたので、本来の森の樹種が損なわれてしまったということもありました。
そこにきれいな樹冠を形成している木がありますが、これはニレ科の樹木で、ケヤキやエノキ、ムクノキという種類ですが、これが昔から糺の森にあった木だそうで、それを残していったり、新しい後継樹を植えたりという活動をしています。


下鴨神社には、本当に立派なクスノキがたくさんあります。一方、ニレ科の エノキ、ケヤキ、ムクノキなどは糺の森のいろんなところで苗木から育てられています。
下鴨神社に行く機会にはぜひ探してほしいのですが、森の中にヒモで四角く区切った場所がたくさんあって、そこに小さな木が数本生えているのが分かるはず。これが、次の世代、その次の世代の「糺の森」の子どもたちなんです。


◆糺の森 市民植樹祭
4月29日 昭和の日に、糺の森市民植樹祭を開催しています。もう20回以上開催しているのですが、京都の市民の方を中心に、本来森に生えている樹木を残そうという運動で、主にニレ科の樹木、ケヤキ、エノキ、ムクノキ、カツラ、カエデという樹種を植えています。寄せ植え法というそうなんですが、苗木を30本くらい植えて、1m50cm四方の区画に植え、そのなかで苗木同士が争って、いちばん強い木が残るという状況をつくっています。その区画の中で生き残った木がこの森のなかでずっと生きていける大きな木になると、そういった方法です。
この区画は15年くらい経っていると思うのですが、もういまは5本くらいしかないですよね。最終的には1本だけになります。木が大きくなるには、ある程度の広さが必要で、混み合っているとどうしても樹齢が短くなってしまいます。ニレ科の樹木はだいたい300年くらい生きれば天寿をまっとうしたといっています。
森や、神社をお守りするというのは、人間の人生のスパンでやっていくことではなくて、次の世代へ引き継いでいくものです。神社も千年以上の歴史がありますし、森もおそらく氷河期が終わってから数千年あったんじゃないですかね。そういう場所ですので、それを我々の次の世代に引き継いでいくという、それが大事な仕事だと思っています。


つまり、狭い土地にライバルがいっぱいいる中で、生き残ることができた「強い木」だけが、最後に選ばれる・・・次の世代に糺の森を残すための方法なんですね。
ちなみに、糺の森は落葉広葉樹が多いので、冬は葉っぱが落ちて日の光が落ちやすく、空も開けて明るいのが特徴です。これが、春になると、新芽の色がとってもキレイになります。そして徐々に緑が濃くなっていって、うっそうとした森になってくるんだそうです。
森を案内してくれた京條さんは、この緑が濃くなる直前、春から初夏の森が一番好きだと言います。そして初夏の緑がまぶしい時期になると、京都三大祭りの一つ、葵祭もそろそろです。

◆葵祭
葵というのは、双葉になって、春から初夏にかけてでてくる、水辺や山の斜面に生える草です。下鴨神社も含めて、全国の加茂神社のご神紋が双葉葵なんです。
下鴨神社には、上賀茂神社の神様のお母さんとおじいさんが祀られています。正式名称は賀茂御祖神社というのですが、そもそも当社のご祭神のお母様の神様が鴨川で赤い矢を拾われたんですね。そして、その矢を寝床において一晩寝たら子どもができたそうなんですが、その子どもが上賀茂神社の神様なんです。おじいさんからすると自分の娘が突然子どもを産んだので、だれが父親なんだということで、神様をたくさん集めて宴会をしたそうなんですね。それで子どもに杯を持たせて、自分の父親に杯を渡しなさいといったんです。すると、その子どもはおじいさんが集めた神様のなかにはいないといって、屋根を突き破って天に昇られて、戻ってこなくなってしまったんです。おじいさんとお母さんはとても嘆き悲しむんですが、ある夜、お母さんが自分の子どもの夢を見るんです。自分に会いたかったら、葵の葉と桂の枝を御社殿に飾ってお祭をしてほしい。そうしたら会いに行くよといったんだそうです。そうした加茂の神話がありまして、それを元に葵祭ができたといわれています。
ですので、5月15日の一連のお祭りには必ず御社殿に葵を飾って、お祭りに奉仕するすべての人が葵を身に付けるんです。



糺の森のお話し、いかがだったでしょうか。
今回は冬から春、そして夏の糺の森のお話を紹介しましたが、下鴨神社は秋の紅葉もキレイなんです。「京の残り福」というそうで、京都で一番紅葉が遅いのが糺の森なんだそうです。背の高い木が多いので、人の目線にある低い木がなかなか紅葉せず、嵐山など名所の紅葉が終わったころ、11月後半に紅葉するんです。

来週も引き続き下鴨神社の森のお話しです。
お楽しみに。


【今週の番組内でのオンエア曲】
・桜 / bird
・Orinoco Flow / Enya
今週は京都 下鴨神社の森のお話です。
ユネスコ世界遺産、古都京都の文化財のひとつ。日本書紀にその記録が残っており、紀元前から祀られているという、本当に深い歴史を持つ神社です。そして、今年は21年に一度の式年遷宮が行われることでも知られています。
正しい名前は「賀茂御祖神社(かも・みおや・じんじゃ)。京都を流れる鴨川の下流に祀られていることから、下鴨神社、下鴨さんと呼ばれ、京の町で昔から親しまれています。今回、案内してくれたのは京條寛樹さん。下鴨神社で神職を務めながら、この鎮守の森を管理されている方です。


◆糺のすずみ
ここは「井上社」といいまして、井戸の上にお社(やしろ)があるんですが、湧き水が湧いていたんです。この池を御手洗池といいまして、みたらし団子って皆さんご存知だと思うんですが、そのみたらし団子発祥の池だといわれています。昔はもっと水の量が多くて、池の底からブクブク泡を伴って湧いて出てきたそうなんですが、その泡を型どってお団子にして、神様にお供えしたのがみたらし団子の発祥だというふうに言われています。

すぐそこにみたらし茶屋さんというのがありまして、江戸時代は京の街からちょっと出て、森があって、涼める場所だったんですね。「糺(ただす)のすずみ」という言葉があるんですが、京都の市民の納涼の場所だったんですね。江戸時代なんかはそこに茶店がたくさん出ていて、お団子を出していたみたいですね。あとは川に浸したマクワウリ、メロンの日本版のようなものですが、それを川に浸して冷たくしたものを出していたりしました。
山が近いので、風の道になっていて、それに鴨川と高野川が両側に流れていますので涼しいんです。森があるというのがいちばんの要因でしょうが、京大の先生が調べたら1度違うそうです。


みたらし団子の由来って下鴨神社だったんですね。
京條さんによれば、ここのあたりは本当に水が湧き出ていたと言います。現在は都市化の影響で水は出なくなり、ポンプでくみ上げているのですが、いまも地下水は流れているのだそうです。
そして京條さん、「糺(ただす)の涼み」とおっしゃってましたが、これが下鴨神社の鎮守の森の名前。「糺の森」と呼ばれているんです。
「糺の森」は、京都市内で唯一の自然の森。京に都ができる前の、原生林の面影を残す貴重なもの。その歴史はかなり、相当、古いんだそうです。


◆糺の森
糺の森がここにいつからあったかというのは、正確にはわからないんですが、少なくとも下鴨神社がこの糺の森にあったということは、奈良時代の文献からも明らかですので、平安京ができる前、1200年以上前からこの地にあったということは確かだと思います。
古墳時代の遺跡だったり、縄文時代の遺物だったりというものがたくさん出土していますので、少なくとも数千年前から、森があったこの場所に人々が生きていたというのは確かなようです。
川の合流点や中州のこんもりとした森に神様がおられて、その神様をお祀りをしたというのは世界的に見られる現象なので、そういったことが古代の糺の森にもあって、お祀りされていたんだと思います。
糺(ただす)というのは、一般に当社の神様がいいこと、悪いことをただすのだという意味合いで使われていて、源氏物語のなかで光源氏がそうやって歌を詠んだりしていますので、少なくとも平安時代くらいからそういうふうにいわれていたようです。古いものですと、「只洲」と書いて、川の合流点を指すという言い方もありますし、他にも「直澄」と書いて「ただす」というふうに読んで、つまり水に大変綺麗な場所だということが語源だというふうにもいわれています。そういった特別な場所だと感じているからこそこの森が千数百年ずっと同じように残されてきたといういちばん大きな要因だと思います。


この糺の森は広さ3万6千坪という広大な森で、中を小川が流れているんです。先ほどの地下水や井戸もそうですが、この水の流れが森にとって大事な要素となっています。

◆瀬見の小川
この糺の森というのは鴨川と高野川という、京都の水源の二つの大きな川が合流する、いわゆる「鴨川デルタ」とよばれる三角状の中洲の場所にあります。川の合流点にあったものですから、昔からたいへん洪水が多かったんですね。洪水がで流された後、まずはじめに生えてくる木がニレ科の樹木だったそうなんです。そのニレ科というのはケヤキとかムクノキ、エノキという種類ですが、しょっちゅう氾濫があった場所で、最初に生えてくる、パイオニアの木が強くなっていくということが数千年繰り返されているので、このような森ができあがってきた。それが今でも残っているというので、希少だといわれています。
そういったニレ科の樹林だったんですが、戦後、鴨川、高野川の護岸工事だったり、川底の改良工事だったりというのがあって、洪水がほぼ起きなくなりました。もう80年くらい起きていません。それは人間にとっていい面でもあるんですが、森にとっては生態系が変わってしまうということもあって、今ご覧になっている湧き水も枯れてしまったんですね。昭和30~40年くらいからだんだん枯れてきたと伝わっているんですが、それを昔の状態に戻そうということで、平成2年から井戸を掘って、川を復元したり、そういったことをやっています。
ここは、じつは平成のはじめの発掘調査で、平安時代の川の跡がでてきたんですね。それを復元しようということで、復元した川です。井戸を掘って水を流したのが先ほどの「瀬見の小川」、御手洗川から流れる小川に合流するようにしています。
セキショウやキチジョウソウ、葵祭でつかわれるフタバアオイ、そういったものが定着するようになりました。水がないと生きていけないような草花がたくさん繁茂するようになって、全体として森の湿度が上がって、全体的に森が昔の状態に戻りつつあるというふうにいわれています。


この、井戸や小川を復元しようという動きは昭和の終わり頃、神社の境内が国の史跡になったことがきっかけ。地元でも、森を守ろうという機運が高まり、森を守るための水の流れを復活させたのだということです。

来週も引き続き下鴨神社の森のお話しをお届けします。
お楽しみに!


【今週の番組内でのオンエア曲】
・ばらの花 / くるり
・Baumkuchen(featuring ohashiTrio) / 大橋トリオ
今週も引き続き、私たち日本人が、古くから生活に取り入れて来た森の恵み、「炭」のお話です。
今回は、七輪や火鉢で使う「燃料」としての炭のお話だけでなく、その他 様々な「炭のもつ力」についてお届けします。
みなさんも、お部屋に炭を置いている人もいらっしゃいますよね?あの使い方について、今井さんに教えていただきました。


◆炭には消臭効果や調湿効果も
白炭、つまり備長炭は料理に適していますし、黒炭といわれる、楢炭やクヌギ炭は火つきがよく、扱いやすいので火鉢とか囲炉裏といった暖房に向いています。竹炭は消臭効果が黒炭より良く、たとえば銀閣寺などのいろいろなお寺の下には竹炭が敷いてあるところがたくさんあります。湿度を調整する効果があるので、それで木の腐食を防いだりします。昔の蔵には炭が敷いてあるところがよくあるそうです。普通のご家庭でもそうですが、床下に坪当たり50kgくらいの炭を敷くと、夏には湿気を吸ってくれますし、乾燥した冬には吸った湿気を徐々に出してくれます。シロアリが住みにくい環境にもなりますし、消臭効果もありますから、床下に敷く方はたくさんいらっしゃいますね。
竹炭は、同じ重さの黒炭より穴が多く、表面積が3倍くらいあるといわれています。表面積が広いほど消臭効果は高いわけです。竹炭は焼き方が大変難しいのですが、床下に敷くくらいのものだったら、素人でもドラム缶で作ることができます。燃やして、フタをして、燻製にするわけですね。見極めが難しいんですが、それさえできれば可能です。



炭には、お部屋の湿度を調整する力、さらに消臭効果もあるんですね。最近は、そういう目的の商品も色々出ているので知っている方も多いかもしれません。
そしてもう一つ。炭には、お水をきれいにする力があるなんて聞きます。これは特に、備長炭がおススメだと今井さんはおっしゃっています。

◆水にもお風呂にもご飯にも備長炭
だいたい200リットルに1~1.5kgくらいの備長炭を入れるのですが、効果としてはカルキ分をなくすということもありますし、備長炭というのは温めると遠赤外線が出るんですが、お風呂に入れておくと体の芯があたたまる、湯冷めしにくいということはたくさんの方が経験しています。私もやっています。
何日かに一回洗って、乾かしておくといいんです。たとえば入浴剤の入ったお風呂に炭を入れると、入浴剤の成分も吸ってしまうので、色がついているものも透明になってしまったりします。なので入浴剤と併用はできないんですが、それだけ不純物をとるということで、お風呂のお湯も長持ちするといわれています。
また、炭はエチレンガスを吸います。野菜が腐るときにエチレンガスが出るのですが、野菜の中に備長炭を入れておくと腐るスピードが遅くなりますし、冷蔵庫の消臭剤としてなど、色んな使い方があります
1~3ヶ月で十分だと思いますのが、それくらいに一回陰干しをしたほうがいいと思います。そうしないと、匂いをそれ以上吸着しなくなってしまいます。天日に干して、匂いの鎖を強制的に外すというのと、日陰に干す方法と二つあるんですが、天日に干したほうが簡単に匂いはとれるんですが、微生物も死んでしまうんです。ですから、私のところは日陰に干してくださいと勧めています。
口に入れる場合は必ず煮沸消毒してください。ご飯とか水に備長炭を利用する場合ですね。ご飯の場合、遠赤外線の効果でふっくらたけて、ぬかくさい匂いもとれるということで重宝されていますが、この場合は流水で洗っていただいて、ご飯たくときに煮沸してるみたいなもんですから、そう神経質になる必要はないと思いますが、水に使う場合はやはり煮沸消毒は必要です。


炭の力ってすごいですね。なぜ炭には湿気や匂いを取り除く効果があるのでしょうか。今井さんは「炭には細かい、小さな穴がいっぱい空いている」とおっしゃっていましたが、じつはこれがその力の源なんです。

◆たくさんの小さな穴
備長炭はピカピカ光っていて、穴が開いていないように見えますが、息を吹きかけると通るんです。こういう細かい、目に見えないナノレベルの穴がたくさん空いているわけです。その表面積を全部足すと1kgあたりで東京ドームの6個分の広さになります。1gでテニスコートくらいということですね。
その表面には色んな微生物やバクテリアがいるそうなんですが、それによって吸着したものを分解します。匂いの量とその微生物の量がイコールであれば、半永久的に消臭効果があります。ただ通常匂いの方が多いので、それに合わそうと思うとかなりの量の炭を置かないといけないのですが、置いている炭に関しては捨てる必要はなく、わずかながらでもずっと消臭はしています。


つまり、炭の中にある細かい穴がフィルターのように匂いや湿気を捕まえる。これが第一段階。さらに、細かい穴で、ものすごい表面積があるため、たくさんの微生物がその中で暮らすことができて、そういう微生物たちが匂いの元を「分解」してくれる・・・というのが、炭の消臭効果のメカニズムということなんですね。
そしてもう一つ。まもなく桜の季節がやってきますが、あの桜をキレイに開花させる目的でも、炭が使われているんです!

◆円山公園の桜の下にも炭が
円山公園の有名な桜があるんですが、その桜の下にも炭が埋まっています。15年くらい前ですが、有名な京都の桜守(さくらもり)さんで、佐野藤右衛門さんという方からの依頼を受けて炭を持っていったんです。300kgくらい入れたと思います。周りを掘って、炭と土を混ぜて埋め戻しています。
佐野藤右衛門さんがおっしゃるには、ちょっと樹勢が衰えてきて、花のつきが悪くなったり、木が弱っていたようですが、炭を入れてからは根つきがよくなって木が元気になったそうです。土自体が、炭の多孔質によって通気性と透水性がよくなり、根つきがよくなる。
それに炭は黒いですから、表面に光を受けやすくなり、土があたたまるということも聞きました。たとえば、花壇とか植木とか畑にも炭を撒かれる方はいらっしゃいますし、細かい木炭を撒くところもあります。ですから私どもが提唱しているのは、炭は捨てるところはなく、最後細かく砕いて植木なり花壇に入れてくださいというふうにしているんです。



備長炭など炭を専門に扱う京都の老舗「今井燃料」のご主人・今井健二さんのお話いかがだったでしょうか。
最後のお話にでてきた、京都の桜守ですが、創業天保3年から代々、京都の仁和寺(にんなじ・世界遺産)に仕えてきた植木職人が、明治になって造園業を営むようになったんだそうです。屋号は「植藤造園」。現在は16代目・佐野藤右衛門が代表をつとめていらっしゃいます。代々、日本各地の有名な桜の保存に努めているんです。先代の15代藤右衛門が育てた円山公園の枝垂桜は祇園の夜桜として親しまれていますね。

今井燃料では、炭の情報発信、ウェブでの販売も行っています。詳しくはこちらをごらんください。
備長炭など炭のことならなんでも! いい炭ドットコム

今日ご紹介した内容はポッドキャストでも配信中です。
こちらもぜひお聞きください!

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Silver Hair Daddy Of Mine / Billie Joe / Norah Jones
・On Top of the World / Imagine Dragons
今週も引き続き、私たち日本人が古くから生活に取り入れて来た森の恵み、「炭」のお話。
京都で90年以上続く、炭を扱うお店『今井燃料』のご主人・今井健二さんのインタビューをお届けします。
一言で「炭」といっても実は色んな種類があって、それぞれ用途が違うんですよね。きょうはそんな雑学も色々教えていただきます。


◆菊炭

クヌギの炭は木目がきれいなので、お茶に使うのはほとんどクヌギの炭です。菊炭といいますが、木が菊の花のように、きれいにみえるのでそういいます。
冬は火のついたほうを上にします。そして、周りに灰をかけて火の勢いを調節します。灰をかけると火がゆっくりになりますし、空気に触れる部分が多いと早く燃えます。
ちゃんと燃えていくと、木目の形がそのまま灰になっていくので、それもきれいですね。


クヌギの炭は、「菊炭」といいますが、短い棒の形をした炭の断面の部分が、火をつけると、菊の模様のようになるんです。きれいですね。


さて、私たちは炭というと、「備長炭」がいちばん身近で、名前もよく聞くものですが、お話に出て来た菊炭と備長炭は、一体なにが違うんでしょうか。

◆白炭と黒炭
備長炭の産地としては、紀州、土佐、日向が大きなところですね。備長炭焼という製法があるんですが、堅い樫の木を使って、1200度くらいで焼くんですけど、それをガンガンに赤くなってるのを引っ張り出して灰をかけて強制的に消すんです。灰が付いて白く見えるので、備長炭のことを白炭っていいます。


黒炭というのは、楢(なら)炭とかクヌギ炭ですね。窯で蒸して焼くわけです。楢は岩手がダントツに多いですね。

楢炭はとても良い炭です。例えば薪ストーブに使う木としては高級品ですし、楢やクヌギはやはり木自体に火力があるんで良い炭になるんですね。
備長炭の場合は、日持ちもいいし火力も強い。そしてすごく堅い。硬度でいうと、鉄と変わらないくらいの硬度があるそうなんです。水に沈むような堅い木です。断面を見てもらったらわかるんですが、ピカピカ光ってるんです。それくらい堅いんですね。


今井さんによれば、どんな木でも炭にできるわけではないそうなんです。炭として使われているのは、楢やクヌギです。杉などの針葉樹は早く燃えてしまい、炭には適さないそうです。
さて、炭といえば、茶の湯の世界では、炭を使ってお湯を沸かしている印象があります。これは「お茶炭」というそうなんですが、実はお茶の世界で使う炭は、ものすごく手間のかかったものなんです。

◆とても手間のかかるお茶炭
お茶炭は独特のもので、かなり厳密に寸法や太さが決まっています。それも最上級のものしか使えませんし、技術的にも難しいのであまり多くつくることはできません。クヌギの上手く焼けたものを仕入れて、それ専用に切って、粉出しをして洗います。お茶会の席で爆(は)ぜたりしないように、すごい苦労をしてお茶炭として出されてるんですね。
どうしても粉が出るんですが、こういう粉がパチパチっとはじける元になるんです。お茶炭はいろんな炭があるんですけど、家元でお使いになるようなものは、全部こういうものをいちど水で洗い流すんです。それで乾かして、またお使いになるんです。ですから、かなり手間がかかるんですね。


炭はもはや、ただの「燃料」ではなく、日本の茶の湯という、伝統を支える大事な役割も果たしているんですね。
どうやら日本の炭作りは、世界的に見ても大変優れた文化だということが分かってきました。

◆備長炭は世界最高の炭
品質的には、やはり日本は僕最高だと思いますね。特に備長炭は世界最高の炭だと思います。こんなに火力があって、日持ちもいい炭はなかなかないと思います。
備長炭という名前の由来は、備中屋長左衛門っていう方がその製法を発明して、頭文字を取って備長炭というふうに名前が付いたんですね。
太平洋沿岸の温暖なところにできるウバメガシっていうのが、いちばん堅くて火力も強い炭ができます。ウバメガシより少し柔らかくなりますが、普通の樫の木も備長炭としてたくさん作られています。
備長炭に代表されるように、江戸時代くらいからどんどん品質が向上してきたと思います。



ウバメガシなど、樫の木で決められた製法で作られたのが備長炭。人の名前だったんですね。
そして今、こうした炭のある暮らしは若い人たちの間でも人気を集めています。ちょっとこだわった飲食店にいけば、備長炭使ってます!という文字もよく見かけますし、需要は結構ありますよね。
ただし、需要が増えるということは備長炭にとって必ずしも良いことばかりではないようです。


◆よいものを上手に使う
炭の人気が出だしたのは10年くらい前なんですが、やはり中国産の炭がかなり出回って、備長炭はだいたい7割くらいが外国産になったんです。質はあんまり良くなくて、爆跳っていってすごい爆ぜる炭が多かったんです。
中国産はなぜ禁止になったかといえば、これはひとつの説ですが、皆伐してしまうんです、山を。それで洪水の被害がかなり多くなって、政府がそれを止めるために輸出禁止にしたんですが、いくらでも出てくるんですよ。何回も禁止になってるんですけどね。
それが一昨年の10月だったかな、かなり強行になって釜を壊したり、いろんなことをしたみたいです。そのあとはラオスとかベトナム、インドネシア産というように色々出てきてますね。
ホームセンターとかで売っている炭って外国産の質の悪いものが多いんですよ。たまに奮発して、例えばうちの国産の炭を使ってもらってるともう全然違うっていうのがよくわかっていただけるんです。
例えば備長炭でしたら、一回火をつけて燃やしても、その一回の料理の時間以上に燃えるんで、それを火消し坪に入れれば、また次回使えるわけですね。例えば七輪で料理される場合だと、一回当たりの炭代って多分200円とか300円で済むんですよ。それで国産のいちばん良い炭使えるんで、使い方によっては別に高くはないと思います。そのまま燃やしてしまうから高くつくんであって、そういうことはうちのサイトで色々ご紹介してるんです。上手に良いものを使う方法がだんだんみなさんわかってきていると思いますね。



今井さんのお話、いかがだったでしょうか。来週も引き続き、炭の話題をお届けします。
今回の内容はポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください。


【今週の番組内でのオンエア曲】
・明日 春が来たら / 松たか子
・family feat.YeYe / 古川本舗
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