持田香織さんが星野源さん、井上陽水さんとの共演を振り返る(2019/04/20 放送)
先週に引き続き、今週も持田香織さんをお迎えしました。
小さい頃から芸能活動を行っていた持田さん。それはご自身の意志というわけではなく、宝塚に入りたかったのに入れなかったお母さんが自分の夢を子供に託したからだったとか。でも、持田さんご本人も歌うことは好きで、おニャン子クラブが大好きだったとおっしゃっていました。
「物心つく前からオーディションを受けて、落っこったり受かったりして仕事をしつつ…でした。」「歌、好きでしたね。だからテレビ見て歌覚えて真似して歌うっていうのもよくやってましたし。」「おニャン子さん…めちゃくちゃ好きでしたね。アイドル。」
そして、96年にはEvery Little Thingのヴォーカルとしてデビュー。翌97年には初めてオリコンチャート1位に輝き、その後も次々とヒットを放っていきます。
「ホントにいっぱい売っていただきましたね。(お母さんは)もう大喜び。そりゃあもう、よくやった!って(笑)」
持田さんはELTでブレイクした当時のことをこんなふうに振り返ってくれました。
「もう忙しかったですね。ホントに寝る時間もなかったぐらいだと思いますね。18才とか19才ですしね。面白かったですね。なんか活気がありましたよね。」
「(オリコン1位になった実感は)数字だけだとわからなかったですね。実際にツアーがありますってなった時に、ぶわぁって自分たちを観にたくさんのお客さんが来てくれた…それを見て、うわ凄い、ホントなんだね、っていう実感が湧いたんだと思いますね。」
「カラオケしかやってなかったですから…。ホントにボイトレもなにもデビューしてからで。何もかもが追いつかなかったです。」
ちなみに、持田さんは今もカラオケが好きで、スナックにもよく行くとか。ELTの歌を歌うこともあるそうです。
「この間スナックに行った時は、たまたま若い…何才ぐらいだろうな…でも私たちの音楽をきっと聞いてくださってただろうなっていう集団がいて。で、気づいて…ピッと。あ、持田さんなんじゃないか?ってなって。」
「で、彼らが『Time goes by』を入れてきたんです。あ、来たな!と。マイクは2本しかないし、お客さんたちが1個で歌う、私も1個持つ…で、歌い出す…と。で、お客さんは、えー!ってなって。いやーいいじゃん!つって、みんなで大合唱!みたいな(笑)そういうのもありました。」
「なんてことない時間として、私も楽しいし。いえーい!みたいな(笑)」
本格的なソロ活動を始めてから今年で10周年となる持田さん。2月にはLITTLE CREATURESの鈴木正人さんをプロデューサーに迎えたミニアルバム『てんとてん』をリリースしましたが、2009年にリリースされた最初のソロアルバムでは、星野源さんが当時率いていたバンド、SAKEROCK(サケロック)とも共演していました。
「(SAKEROCKは)いやーもうホントに、なんたるオシャレな…インストゥルメンタル・バンド。で、いろんな映画の音楽とか、舞台の音楽をやられてたりとかしてて、カッコよくって。で、そこに歌を一緒にやらせてもらえないかってお願いしたんです。熱烈に。で、やっていただいんですよね。」
また、持田さんは2004年のシングル『いつのまにか少女は』で井上陽水さんと共演していますが、その時のことをこう振り返ってくれました。
「井上陽水さんのトリビュートを出される段階で番組に誘っていただいて。で、この歌を歌ったらいいんじゃないかな?って、『いつのまにか少女は』って曲を言ってくださって。一緒に番組で生演奏で歌わせてもらったんですけど、その時の感覚がもう感じたことのない…それはそれは凄いミュージシャンの方と、陽水さんのハーモニカ、生ギター、生歌…で、なんか、こういうのやりたい!じゃないんですけど、“こういうの”っておこがましいんですけど、音楽って凄い!って思ったんですよね。」
星野源さん、井上陽水さん以外にもいろんなアーティストとコラボレートしてきた持田さん。共演したいと思う方には積極的にチャレンジするタイプのようです。
小さい頃から芸能活動を行っていた持田さん。それはご自身の意志というわけではなく、宝塚に入りたかったのに入れなかったお母さんが自分の夢を子供に託したからだったとか。でも、持田さんご本人も歌うことは好きで、おニャン子クラブが大好きだったとおっしゃっていました。
「物心つく前からオーディションを受けて、落っこったり受かったりして仕事をしつつ…でした。」「歌、好きでしたね。だからテレビ見て歌覚えて真似して歌うっていうのもよくやってましたし。」「おニャン子さん…めちゃくちゃ好きでしたね。アイドル。」
そして、96年にはEvery Little Thingのヴォーカルとしてデビュー。翌97年には初めてオリコンチャート1位に輝き、その後も次々とヒットを放っていきます。
「ホントにいっぱい売っていただきましたね。(お母さんは)もう大喜び。そりゃあもう、よくやった!って(笑)」
持田さんはELTでブレイクした当時のことをこんなふうに振り返ってくれました。
「もう忙しかったですね。ホントに寝る時間もなかったぐらいだと思いますね。18才とか19才ですしね。面白かったですね。なんか活気がありましたよね。」
「(オリコン1位になった実感は)数字だけだとわからなかったですね。実際にツアーがありますってなった時に、ぶわぁって自分たちを観にたくさんのお客さんが来てくれた…それを見て、うわ凄い、ホントなんだね、っていう実感が湧いたんだと思いますね。」
「カラオケしかやってなかったですから…。ホントにボイトレもなにもデビューしてからで。何もかもが追いつかなかったです。」
ちなみに、持田さんは今もカラオケが好きで、スナックにもよく行くとか。ELTの歌を歌うこともあるそうです。
「この間スナックに行った時は、たまたま若い…何才ぐらいだろうな…でも私たちの音楽をきっと聞いてくださってただろうなっていう集団がいて。で、気づいて…ピッと。あ、持田さんなんじゃないか?ってなって。」
「で、彼らが『Time goes by』を入れてきたんです。あ、来たな!と。マイクは2本しかないし、お客さんたちが1個で歌う、私も1個持つ…で、歌い出す…と。で、お客さんは、えー!ってなって。いやーいいじゃん!つって、みんなで大合唱!みたいな(笑)そういうのもありました。」
「なんてことない時間として、私も楽しいし。いえーい!みたいな(笑)」
本格的なソロ活動を始めてから今年で10周年となる持田さん。2月にはLITTLE CREATURESの鈴木正人さんをプロデューサーに迎えたミニアルバム『てんとてん』をリリースしましたが、2009年にリリースされた最初のソロアルバムでは、星野源さんが当時率いていたバンド、SAKEROCK(サケロック)とも共演していました。
「(SAKEROCKは)いやーもうホントに、なんたるオシャレな…インストゥルメンタル・バンド。で、いろんな映画の音楽とか、舞台の音楽をやられてたりとかしてて、カッコよくって。で、そこに歌を一緒にやらせてもらえないかってお願いしたんです。熱烈に。で、やっていただいんですよね。」
また、持田さんは2004年のシングル『いつのまにか少女は』で井上陽水さんと共演していますが、その時のことをこう振り返ってくれました。
「井上陽水さんのトリビュートを出される段階で番組に誘っていただいて。で、この歌を歌ったらいいんじゃないかな?って、『いつのまにか少女は』って曲を言ってくださって。一緒に番組で生演奏で歌わせてもらったんですけど、その時の感覚がもう感じたことのない…それはそれは凄いミュージシャンの方と、陽水さんのハーモニカ、生ギター、生歌…で、なんか、こういうのやりたい!じゃないんですけど、“こういうの”っておこがましいんですけど、音楽って凄い!って思ったんですよね。」
星野源さん、井上陽水さん以外にもいろんなアーティストとコラボレートしてきた持田さん。共演したいと思う方には積極的にチャレンジするタイプのようです。
「ダメ元でも…好きです!って。」「もしかしたら…がやっぱりあるかもしれないし、今回ダメでもいつか繋がる時があるかも知れないし、って。」
「物でも、最初に見て、うわぁ欲しいなぁ…と思って、考えるけど、やっぱり欲しいな…ですね。だから、最初に自分が、ん…?って思った、感じることっていうのは大事にしたいなと思ってます。」
最後に持田さんはご自身にとっての挑戦についてこう話してくれました。
「細かいこと言えばいっぱいあるんですけれど…技術的なこととかね。でも、全体で、っていうふうにしたならば、やっぱり面白いなっていうことをやっていきたい。自分が、いやー面白い!って言えるもの。自分でちゃんと楽しみたいっていう。」
「なんとなく、こんな感じかな?っていうのって、きっとどんなご職業の方でもやれることってたくさんあると思うんですけど、それだけじゃない、自分でも自分にビックリするような面白いことをやっていきたいなと思います。それがたとえ、ダサっ!ていうようなことでもいいかな、みたいな。」
番組では、そんな持田さんの挑戦に関するメッセージを色紙に書いて頂きました!こちらを1名様にプレゼントします。このホームページのメッセージフォームから「持田香織さんの色紙希望」と書いてご応募ください!