染織家である志村ふくみさんの独特の色彩は「志村の色」と呼ばれています。それは自然を敬い、自然の声を聞き、自然から謙虚に学ぶ姿勢を大切にする姿勢から生み出されたものです。
©Hiroshi Iwasaki
今回のボタニストは人間国宝の染織家・志村ふくみさんと「志村の色」の魅力、植物から生み出だされた色彩の世界をご紹介します。
自然の美を見つける、志村の色とは
志村ふくみさんは民藝運動を先導した柳宗悦らの影響を受け、自然の素材や日常使いにこだわる創作方針に従い染織の道を志しました。そして、母親の指導のもと植物染料と紬糸による織物を始めます。染色の世界に化学染料が大きく普及し始めていた時代でしたが、志村さんは化学染料にはない植物の色の美しさと深みに魅せられてゆきます。草木染めは平安時代から受け継がれ、植物の色にはその植物の生きて来た歴史やその土地の自然が反映されているとおっしゃいます。季節の変化によっても微妙な色の違いが生まれ、同じものは二度とできない、まさに一期一会の色。その出会いを大切にして、命の色を糸に残すことが志村さんがこだわった染めの原点でした。
紅花
古来から染めに使われる代表的な植物は、赤は「茜」「紅花」「蘇芳(すおう)」、黄色は「くちなし」「刈安(かりやす)」、青は「タデ藍」。そして、志村さんが独自に使う意外な染めの材料が桜の木の皮です。それはピンクの桜色を出すために使われますが、桜の花の開花直前の木の皮を使うと、もっとも鮮やかに糸を染め上げることができるそうです。ここにも、志村さんがこだわる染めの技を見ることができます。
織り上げられた、自然の色彩世界
志村さんは、自ら植物で染め上げた糸を使い、立体的な質感のある生地を織り上げ、自然の色を凝縮させた着物に仕立ててゆきます。日本の伝統、文化を継承しつつ、自然を敬い、自然から学ぶ姿勢にこだわった志村さんのものづくり。その精神や色彩感覚を学び、未来に向けて発信する場として、2013年には芸術学校「アルスシムラ」を、娘・洋子さん、孫・昌司さんとともに開校されました。そこでは染色や織りを実際に学び、植物の色との出会いを五感で体験することができます。植物に触れたり糸に触れることで、自然を身近に感じる場であるとともに、植物の色や命を引き出すのは、技術だけではなく、心の状態であることを学ぶ場でもあります。
©Alessandra Maria Bonanotte
染める人の心の状態は必ず色になって現れ、自分の内面を見つめることで、最高の色と美しさが引き出される。これも志村さんが大切にしている染めの原点です。植物の成り立ちや歴史、生えていた場所、育てた人の思い。志村ふくみさんが染め上げた糸や織物には、志村さん自身の心のあり方と生き様も込められているのです。
月の出
秋霞
人間も植物も自然に育てられたもの。人間と植物は同じ根っこでつながっているからこそ、人間の文化の営みの原点のひとつが、植物染めといえるのかもしれません。
TOKYO FM
「クロノス」では、毎週金曜日、8時38分から、毎週週替わりのテーマでボタニカルな暮らしをご紹介するノエビア「BOTANICAL LIFE」をオンエアしています。
また、TOKYO FMで毎週土曜日、9時から放送している
ノエビア「Color of Life」。10月27日は、歌手の野宮真貴さんを迎えてお届けします。どうぞ、お聞き逃しなく。
志村ふくみ
滋賀県生まれ。染織家、随筆家。31歳のとき母・小野豊の指導で植物染料と紬糸による織物を始める。重要無形文化財保持者(人間国宝)、文化功労者、第30回京都賞(思想・芸術部門)受賞、文化勲章受章。京都市名誉市民。著書に『一色一生』(大佛次郎賞)、『語りかける花』(日本エッセイスト・クラブ賞)、『ちよう、はたり』など多数。作品集に『織と文』、『篝火』、『つむぎおり』など。2013年に芸術学校アルスシムラを娘・洋子、孫・昌司とともに開校。11月18日には国立能楽堂で志村ふくみさんが衣装を手がけた、「新作能 沖宮」が開催。