講談師として50年! 女流講談師 桃川鶴女さんが登場
- 2024/03/10
女流講談師の桃川鶴女さんをお迎えして
今回はスタジオに、女流講談師の桃川鶴女さんをお迎えしました。宇賀「薫堂さん、講談ってどうですか。馴染みはありますか?」
小山「講談は……ちゃんと聞いたことがないかもしれないです」
宇賀「机を叩きながらお話をされる、あれですよね。私たちあまり詳しくないので、今日はいろいろ教えてください」
桃川「いちばんわかりやすくお話しすると、宝井馬琴先生に教わったんですけども『講談の“講”は歴史を表し、講談の“談”は歴史を談ずる。歴史を語るのが講談師だ』。徳川家康とか豊臣秀吉とか、山内一豊とか、歴史上の人物がたくさんいますよね。その方を題材にして義理とか人情とか、親孝行とか忠義とか。人の道を説くじゃないですけれども、そういう正しい道を歩みなさい、人生をまっすぐ生きなさいと、元気をつけるお話でもありますね」
小山「人生訓を伝えるエンターテインメントみたいな感じですかね」
桃川「そうですね。徳川家康に会ったわけではないですけれども、たくさんの書物を読んで、人物像を講談師が自分で描いて。『母親に対する気持ちのここだけは伝えたい』とか、兄弟で『兄にこれを伝えたい』とか、物語にたくさんありますよね。それは講談師によってポイントが違うんです」
小山「最初からあるものをただ読むだけではなく、全部ご自身で脚本も書かれるんですか!」
桃川「そうです。500年以上続いているわけですから、立派な講談本はあるんです。前座や若手の真打の時はその台本通りに割と行くんですけど、それよりちょっと年数が上がって、30年選手、40年選手になりますと、やっぱり自分の想いというものをその中に入れるんです」
小山「桃川さんは何年選手なんですか?」
桃川「ちょっと気恥ずかしいですが、去年の12月で講談人生50年になりました」
宇賀「いつ頃から講談というものに興味があったんですか?」
桃川「私は大阪出身なんです。歌手になるために東京に出てきて、それで人との出会いですね。田辺一鶴という講談師に出会ったことから、講談師になることになりました」
小山「歌手を目指していた女性が、20歳前にいきなり……」
桃川「そうなんですよ、いきなりだから何が何やらで。歌の先生も尊敬していたものですから、先生の言うことは間違いないと信じ切っていましたので。『じゃあ、いいかな』と」
小山「それがまさか50年も続けるとは、思われなかったですよね、きっと」
桃川「50年、みんなの元気になればいいかなと思って。今は女流講談師が半分以上になりました」
宇賀「そんなにいらっしゃるんですね!」
桃川「去年の12月に数えたら、全員で102名。田辺一鶴の時代は35人しかいなかったんです。女流講談師は半分以上ですから、約60人おります。一人ひとりの努力でね、みんなが頑張ったから、努力したから、勉強したから半分以上、女性が残ったんだと思います」
宇賀「今日は少し、演目をお聞かせいただけるということで……机も持ってきていただいて」
桃川「これは釈台というんです。講談師は3つのものを持ってお話をするんです。手ぬぐいと扇子は噺家さんで、講談師はそれに張り扇というものを足して、釈台で物語をお話しする。この張り扇は場面が変わる時に必ず使います」
小山「それは何で出来ているんですか?」
桃川「真ん中は竹なんです。まわりは西ノ内という和紙が巻いてあります。下は糊をつけないで、上だけ。大きさも長さも講談師によって違うんです。これは楽器になるので、自分の声のキーに合わせて作ります。甲高い声の人は枚数が少ないし、低音の声の人は和紙の数を多くして、という感じです」
桃川さんには「オリンピック物語」の一部を披露いただきました。こちらはぜひ、radikoでお聞きください(3月17日まで聴取可能)。
講談を聞いた薫堂さんと宇賀さんは……。
宇賀「すごい!」
小山「ためになりますね。聞いていて引き込まれますし、へぇってことがいっぱい入っていますし」
宇賀「歴史の授業が全部講談だったらいいのにと思いました」
小山「確かに!」
桃川「30分、1時間(の尺)だったら、ちょっと間に会話を入れてみたり、『パリの大会がありますよ』とか別の勉強したことをお話ししながら次に入ります」
宇賀「もっと聞きたくなりました」
実は桃川さん、ぽすくまとYouTubeでコラボレーションをされたことがあります。
小山「桃川さんは、ぽすくまともコラボをされているんですか」
桃川「そうなんです。最初は手紙がテーマだったんです」
小山「しかも今日は、何か持ってきていただいて……ぽすくまのぬいぐるみですか、帽子ですか?」
桃川「頭にかぶるんです。別に依頼があったわけではないんです(笑)。自分が一体になりたくて……」
桃川さんお手製のぽすくまのかぶりもの。お借りして、薫堂さんもかぶってみました。
宇賀「かわいい! いいですねえ」
小山「これをかぶる時は、やっぱりぽすくまの気持ちになってやられるんですか?」
桃川「そうそう、やっぱりみんなに喜んでいただこうと。わかりやすく伝えたいものですから」
宇賀「この番組はお手紙をテーマにお送りしているのですが、桃川さんがこれまで、もらったり書いたりしたお手紙で心に残っているものはありますか?」
桃川「師匠の田辺一鶴からいただいた手紙があります。湯呑みも付いていたんですけれどもね、昔、私は“益子美”(ますこみ)という名前だったんです。マスコミに早く乗るように、と。益子焼きの湯呑みで、そこに“精進”と書いて。それに手紙が添えてあって、今も大切に持っています」
宇賀「そして今日は、『今、想いを伝えたい人』に宛てたお手紙を書いてきてくださっているんですよね。どなたに宛てたお手紙ですか?」
桃川「師匠の田辺一鶴に出したいです」
桃川さんから田辺一鶴さんへ宛てたお手紙の朗読は、ぜひradikoでお聞きください。
宇賀「今日の放送を聞いて、桃川さんにお手紙を書きたい、と思ってくださった方は、ぜひ番組にお寄せください。責任をもってご本人にお渡しします。
【〒102-8080 TOKYO FM SUNDAY’S POST 桃川鶴女さん宛】にお願いします。応募期間は1ヶ月とさせていただきます」
昨年、刊行された桃川さんの著書『鶴女の恩返し 師匠田辺一鶴へ弟子鶴女が贈る涙と笑いの講談道』もぜひお手にとってみてください。
『鶴女の恩返し 師匠田辺一鶴へ弟子鶴女が贈る涙と笑いの講談道(扶桑社)』
桃川「いちばんわかりやすくお話しすると、宝井馬琴先生に教わったんですけども『講談の“講”は歴史を表し、講談の“談”は歴史を談ずる。歴史を語るのが講談師だ』。徳川家康とか豊臣秀吉とか、山内一豊とか、歴史上の人物がたくさんいますよね。その方を題材にして義理とか人情とか、親孝行とか忠義とか。人の道を説くじゃないですけれども、そういう正しい道を歩みなさい、人生をまっすぐ生きなさいと、元気をつけるお話でもありますね」
小山「人生訓を伝えるエンターテインメントみたいな感じですかね」
桃川「そうですね。徳川家康に会ったわけではないですけれども、たくさんの書物を読んで、人物像を講談師が自分で描いて。『母親に対する気持ちのここだけは伝えたい』とか、兄弟で『兄にこれを伝えたい』とか、物語にたくさんありますよね。それは講談師によってポイントが違うんです」
小山「最初からあるものをただ読むだけではなく、全部ご自身で脚本も書かれるんですか!」
桃川「そうです。500年以上続いているわけですから、立派な講談本はあるんです。前座や若手の真打の時はその台本通りに割と行くんですけど、それよりちょっと年数が上がって、30年選手、40年選手になりますと、やっぱり自分の想いというものをその中に入れるんです」
小山「桃川さんは何年選手なんですか?」
桃川「ちょっと気恥ずかしいですが、去年の12月で講談人生50年になりました」
宇賀「いつ頃から講談というものに興味があったんですか?」
桃川「私は大阪出身なんです。歌手になるために東京に出てきて、それで人との出会いですね。田辺一鶴という講談師に出会ったことから、講談師になることになりました」
小山「歌手を目指していた女性が、20歳前にいきなり……」
桃川「そうなんですよ、いきなりだから何が何やらで。歌の先生も尊敬していたものですから、先生の言うことは間違いないと信じ切っていましたので。『じゃあ、いいかな』と」
小山「それがまさか50年も続けるとは、思われなかったですよね、きっと」
桃川「50年、みんなの元気になればいいかなと思って。今は女流講談師が半分以上になりました」
宇賀「そんなにいらっしゃるんですね!」
桃川「去年の12月に数えたら、全員で102名。田辺一鶴の時代は35人しかいなかったんです。女流講談師は半分以上ですから、約60人おります。一人ひとりの努力でね、みんなが頑張ったから、努力したから、勉強したから半分以上、女性が残ったんだと思います」
宇賀「今日は少し、演目をお聞かせいただけるということで……机も持ってきていただいて」
桃川「これは釈台というんです。講談師は3つのものを持ってお話をするんです。手ぬぐいと扇子は噺家さんで、講談師はそれに張り扇というものを足して、釈台で物語をお話しする。この張り扇は場面が変わる時に必ず使います」
小山「それは何で出来ているんですか?」
桃川「真ん中は竹なんです。まわりは西ノ内という和紙が巻いてあります。下は糊をつけないで、上だけ。大きさも長さも講談師によって違うんです。これは楽器になるので、自分の声のキーに合わせて作ります。甲高い声の人は枚数が少ないし、低音の声の人は和紙の数を多くして、という感じです」
桃川さんには「オリンピック物語」の一部を披露いただきました。こちらはぜひ、radikoでお聞きください(3月17日まで聴取可能)。
講談を聞いた薫堂さんと宇賀さんは……。
宇賀「すごい!」
小山「ためになりますね。聞いていて引き込まれますし、へぇってことがいっぱい入っていますし」
宇賀「歴史の授業が全部講談だったらいいのにと思いました」
小山「確かに!」
桃川「30分、1時間(の尺)だったら、ちょっと間に会話を入れてみたり、『パリの大会がありますよ』とか別の勉強したことをお話ししながら次に入ります」
宇賀「もっと聞きたくなりました」
実は桃川さん、ぽすくまとYouTubeでコラボレーションをされたことがあります。
小山「桃川さんは、ぽすくまともコラボをされているんですか」
桃川「そうなんです。最初は手紙がテーマだったんです」
小山「しかも今日は、何か持ってきていただいて……ぽすくまのぬいぐるみですか、帽子ですか?」
桃川「頭にかぶるんです。別に依頼があったわけではないんです(笑)。自分が一体になりたくて……」
桃川さんお手製のぽすくまのかぶりもの。お借りして、薫堂さんもかぶってみました。
宇賀「かわいい! いいですねえ」
小山「これをかぶる時は、やっぱりぽすくまの気持ちになってやられるんですか?」
桃川「そうそう、やっぱりみんなに喜んでいただこうと。わかりやすく伝えたいものですから」
宇賀「この番組はお手紙をテーマにお送りしているのですが、桃川さんがこれまで、もらったり書いたりしたお手紙で心に残っているものはありますか?」
桃川「師匠の田辺一鶴からいただいた手紙があります。湯呑みも付いていたんですけれどもね、昔、私は“益子美”(ますこみ)という名前だったんです。マスコミに早く乗るように、と。益子焼きの湯呑みで、そこに“精進”と書いて。それに手紙が添えてあって、今も大切に持っています」
宇賀「そして今日は、『今、想いを伝えたい人』に宛てたお手紙を書いてきてくださっているんですよね。どなたに宛てたお手紙ですか?」
桃川「師匠の田辺一鶴に出したいです」
桃川さんから田辺一鶴さんへ宛てたお手紙の朗読は、ぜひradikoでお聞きください。
宇賀「今日の放送を聞いて、桃川さんにお手紙を書きたい、と思ってくださった方は、ぜひ番組にお寄せください。責任をもってご本人にお渡しします。
【〒102-8080 TOKYO FM SUNDAY’S POST 桃川鶴女さん宛】にお願いします。応募期間は1ヶ月とさせていただきます」
昨年、刊行された桃川さんの著書『鶴女の恩返し 師匠田辺一鶴へ弟子鶴女が贈る涙と笑いの講談道』もぜひお手にとってみてください。
『鶴女の恩返し 師匠田辺一鶴へ弟子鶴女が贈る涙と笑いの講談道(扶桑社)』
皆さんからのお手紙、お待ちしています
毎週、お手紙をご紹介した方の中から抽選で1名様に、大分県豊後高田市の「ワンチャー」が制作してくださったSUNDAY’S POSTオリジナル万年筆をプレゼントします。引き続き、皆さんからのお手紙、お待ちしています。日常のささやかな出来事、薫堂さんと宇賀さんに伝えたいこと、大切にしたい人や場所のことなど、何でもOKです。宛先は、【郵便番号102-8080 TOKYO FM SUNDAY’S POST】までお願いします。
今週の後クレ
今回のメッセージは、沖縄県〈南風原中郵便局〉大城裕亮さんでした!「去年のクリスマスに、子どもからのプレゼントのリクエストもなく、何を贈るか悩んだ末、自分なりに考えて自分の想いを込めたクリスマスカードを贈りました。面と向かっては伝えづらいことを伝えたい時、手紙に乗せて伝えると伝えやすく、また、心から思っていることを伝えられると思って、手紙で伝えました。」
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