本土復帰50年 沖縄の郵便、切手の文化を学ぶ
- 2022/07/31
沖縄郵便史研究家 石澤司さんをお迎えして
2022年は沖縄本土復帰から50年を迎える節目の年。今回は、沖縄の切手文化について学びます。戦後から本土復帰にかけて沖縄で使われていた「琉球切手」の歴史について、沖縄郵便史研究家の石澤司さんに教えてもらいます。
宇賀「琉球切手というものがあることを実は初めて知ったのですが、どのような特徴があるんですか?」
石澤「当時の沖縄、琉球政府というところから出た切手で、“琉球郵便”と書かれているんです。日本円からB円(※戦後、沖縄で法定通貨として流通した米軍発行の軍用手票)というお金に替わって。軍が使っていたお金なんですけど、B円の単位で額面も書かれていたんですけど、それが後々、1958年に表示がドルに替わってしまうんですね。切手を見てもそういった歴史が垣間見えてくるんです」
石澤さんのコレクションがまとめられた1冊『琉球沖縄聚郵大観』を見ながら、お話をうかがいました。
宇賀「琉球切手はイラストも沖縄らしいものや風景が多いんですか?」
石澤「デザインもすごく紆余曲折があって。琉球王国という王国のデザインをしようとしたんですけど、当時のマッカーサー総司令官に、民主主義に反するということで全部却下されて。それでソテツだとか、テッポウユリだとか、沖縄の復興をイメージした7種類の切手が最初のものですね。そのあと、デザインを一般募集した際に、エキゾチックな女性や建物のデザインが出てきます」
宇賀「コレクションはどのくらいお持ちなんですか?」
石澤「100均で売っているA4の書類ケースが大体40箱か50箱くらいですね。それに関連する書籍が丸々部屋1つ分です」
小山「切手はどうやって見つけるんですか? 自分で沖縄の家を訪ねて『古い手紙ないですか?』とか集めたりもするんですか?」
石澤「大学の時にやりました。一度、八重山群島の竹富島というところがあるんですけど、そこの家を400軒全部回って郵便物を探して。でも出てきたのは5、6点しかなくて。最初、切手収集をする時は切手そのものを集めるんですけども、どんどん知識がついてくると、結局切手がどういう使われ方をしたかというのがわからないんですね」
小山「物語ですよね。誰が、どんな想いで誰に宛てたか」
石澤「そうなんです。それがはがきとなり、封書となり……というところで、封書にしても、普通に送られたのか、飛行機で送られたのか、どういう経路で来たのかとか、そういうのが切手の貼り合わせとかでわかるんです。いろいろな歴史もわかってくる」
小山「戦時中の郵便物から、何か学んだことや感じたことはありますか?」
石澤「やはり正月ですね。(昭和)20年の正月、ある女性の手紙だったのですが、〈B29が飛んできてなかなか眠れない正月を迎えた〉ということを書いてあるはがきとかですね。やはり手紙というのは、その時の時代を映す鏡みたいなもので。ある意味、紙を通じた生き証人なんですね。これに勝る真実はないのかなと。それをどう読むかは個人の考え方がありますけど、ものとしてはこれ以上の真実はないかなと僕は思っています」
小山「確かに、歴史に残る事件は大きなニュースになりますけど、郵便には個人がその時を生きていた想いであるとか、メッセージしたいこととか、大切な人に宛てたラブレターとか……時代の一つの粒子のように詰まっていますよね」
石澤「タイムスリップしたような手紙もありますし」
小山「今までで、印象に残っているお手紙はありますか?」
石澤「伊江島という島があって、明治時代、そこに灯台があって、その灯台守に派遣された本土の方がいて。〈ハブが出て怖いから、早くこんなところから帰りたい〉とか。その島にいる子どもは、まだ“かたかしら”という、髪を編んでかんざしをしていた時代で、〈まだ断髪をしていなくて、先生に包丁を持って追いかけられていた〉とか、そういう時代を感じさせるような手紙ですね」
小山「時代の空気が詰まっている感じがしますね」
石澤「ものすごく詰まっています」
宇賀「今日は、『いま手紙を書きたい人』に宛てたお手紙を書いていただいています」
石澤「切手収集という世界へ私を誘い、虜にさせた方々に書きました」
石澤さんのお手紙の朗読は、ぜひradikoでお聴きください(8月7日まで聴取可能)。
宇賀「今日の放送を聞いて、石澤さんへお手紙を書きたい、と思ってくださった方は、ぜひ番組にお寄せください。責任をもって本人にお渡しさせていただきます。
【郵便番号102-8080 TOKYO FM SUNDAY’S POST石澤司さん 宛】にお願いします」
沖縄郵便史研究家の石澤司さん、ありがとうございました!
今回、石澤さんにお話しいただいた「琉球切手」。那覇市の沖縄県立博物館・美術館にて、「沖縄復帰50周年記念 琉球切手展」が開催されます。
開催期間は、8月16日(火)から8月21日(日)まで。246種類もの琉球切手、絵手紙、沖縄県内各郵便局の昔から今に至るまでの写真が展示されています。
初日には、エフエム沖縄の人気番組「ハッピーアイランド」の公開生放送も予定されています。
そして、会場には「SUNDAY’S POST」へお手紙が書けるレターブースも登場。番組の暑中見舞い企画に合わせ、素敵なおまけ付きのお返事が届きます。レターブースからしか聞けない薫堂さんと宇賀さんからのメッセージもあるので、ぜひ、足を運んでみてください。
「沖縄復帰50周年記念 琉球切手展」特設サイト
石澤「当時の沖縄、琉球政府というところから出た切手で、“琉球郵便”と書かれているんです。日本円からB円(※戦後、沖縄で法定通貨として流通した米軍発行の軍用手票)というお金に替わって。軍が使っていたお金なんですけど、B円の単位で額面も書かれていたんですけど、それが後々、1958年に表示がドルに替わってしまうんですね。切手を見てもそういった歴史が垣間見えてくるんです」
石澤さんのコレクションがまとめられた1冊『琉球沖縄聚郵大観』を見ながら、お話をうかがいました。
宇賀「琉球切手はイラストも沖縄らしいものや風景が多いんですか?」
石澤「デザインもすごく紆余曲折があって。琉球王国という王国のデザインをしようとしたんですけど、当時のマッカーサー総司令官に、民主主義に反するということで全部却下されて。それでソテツだとか、テッポウユリだとか、沖縄の復興をイメージした7種類の切手が最初のものですね。そのあと、デザインを一般募集した際に、エキゾチックな女性や建物のデザインが出てきます」
宇賀「コレクションはどのくらいお持ちなんですか?」
石澤「100均で売っているA4の書類ケースが大体40箱か50箱くらいですね。それに関連する書籍が丸々部屋1つ分です」
小山「切手はどうやって見つけるんですか? 自分で沖縄の家を訪ねて『古い手紙ないですか?』とか集めたりもするんですか?」
石澤「大学の時にやりました。一度、八重山群島の竹富島というところがあるんですけど、そこの家を400軒全部回って郵便物を探して。でも出てきたのは5、6点しかなくて。最初、切手収集をする時は切手そのものを集めるんですけども、どんどん知識がついてくると、結局切手がどういう使われ方をしたかというのがわからないんですね」
小山「物語ですよね。誰が、どんな想いで誰に宛てたか」
石澤「そうなんです。それがはがきとなり、封書となり……というところで、封書にしても、普通に送られたのか、飛行機で送られたのか、どういう経路で来たのかとか、そういうのが切手の貼り合わせとかでわかるんです。いろいろな歴史もわかってくる」
小山「戦時中の郵便物から、何か学んだことや感じたことはありますか?」
石澤「やはり正月ですね。(昭和)20年の正月、ある女性の手紙だったのですが、〈B29が飛んできてなかなか眠れない正月を迎えた〉ということを書いてあるはがきとかですね。やはり手紙というのは、その時の時代を映す鏡みたいなもので。ある意味、紙を通じた生き証人なんですね。これに勝る真実はないのかなと。それをどう読むかは個人の考え方がありますけど、ものとしてはこれ以上の真実はないかなと僕は思っています」
小山「確かに、歴史に残る事件は大きなニュースになりますけど、郵便には個人がその時を生きていた想いであるとか、メッセージしたいこととか、大切な人に宛てたラブレターとか……時代の一つの粒子のように詰まっていますよね」
石澤「タイムスリップしたような手紙もありますし」
小山「今までで、印象に残っているお手紙はありますか?」
石澤「伊江島という島があって、明治時代、そこに灯台があって、その灯台守に派遣された本土の方がいて。〈ハブが出て怖いから、早くこんなところから帰りたい〉とか。その島にいる子どもは、まだ“かたかしら”という、髪を編んでかんざしをしていた時代で、〈まだ断髪をしていなくて、先生に包丁を持って追いかけられていた〉とか、そういう時代を感じさせるような手紙ですね」
小山「時代の空気が詰まっている感じがしますね」
石澤「ものすごく詰まっています」
宇賀「今日は、『いま手紙を書きたい人』に宛てたお手紙を書いていただいています」
石澤「切手収集という世界へ私を誘い、虜にさせた方々に書きました」
石澤さんのお手紙の朗読は、ぜひradikoでお聴きください(8月7日まで聴取可能)。
宇賀「今日の放送を聞いて、石澤さんへお手紙を書きたい、と思ってくださった方は、ぜひ番組にお寄せください。責任をもって本人にお渡しさせていただきます。
【郵便番号102-8080 TOKYO FM SUNDAY’S POST石澤司さん 宛】にお願いします」
沖縄郵便史研究家の石澤司さん、ありがとうございました!
今回、石澤さんにお話しいただいた「琉球切手」。那覇市の沖縄県立博物館・美術館にて、「沖縄復帰50周年記念 琉球切手展」が開催されます。
開催期間は、8月16日(火)から8月21日(日)まで。246種類もの琉球切手、絵手紙、沖縄県内各郵便局の昔から今に至るまでの写真が展示されています。
初日には、エフエム沖縄の人気番組「ハッピーアイランド」の公開生放送も予定されています。
そして、会場には「SUNDAY’S POST」へお手紙が書けるレターブースも登場。番組の暑中見舞い企画に合わせ、素敵なおまけ付きのお返事が届きます。レターブースからしか聞けない薫堂さんと宇賀さんからのメッセージもあるので、ぜひ、足を運んでみてください。
「沖縄復帰50周年記念 琉球切手展」特設サイト
暑中見舞い、お待ちしてます!
SUNDAY’S POSTでは、現在、番組宛ての暑中見舞いをお待ちしています。ご応募してくださった方全員に、お宝QRコードが付いたはがきを返信します。5種類あるので、何が届くかはお楽しみに!宛先は、【郵便番号102-8080 TOKYO FM SUNDAY’S POST 暑中見舞い係】までお願いします。
皆さんからのお手紙お待ちしています
毎週、お手紙をご紹介した方の中から抽選で1名様に、大分県豊後高田市の「ワンチャー」が制作してくださった、SUNDAY’S POSTオリジナル万年筆をプレゼントします。引き続き、皆さんからのお手紙、お待ちしています。日常のささやかな出来事、薫堂さんと宇賀さんに伝えたいこと、大切にしたい人や場所のことなど、何でもOKです。宛先は、【郵便番号102-8080 TOKYO FM SUNDAY’S POST】までお願いします。
今週の後クレ
今回のメッセージは、長野県〈神科郵便局〉小宮山浩史さんでした!「神科郵便局は、長野県上田市にあります。上田市は、戦国武将の真田幸村に代表される真田家の里であり、城下町の雰囲気を感じられる街です。周りが山に囲まれているので、夏はキャンプや登山、冬はスキーやスノーボードと、屋外で遊べるところもたくさんありますので、上田市に来ていただけたら嬉しいです。 新型コロナウイルス感染症の拡大で子どもが保育園に行けなくなった際、諸々の対応で大変な先生方に手紙を出そうという企画を保育園の保護者会のみなさんが考えてくれました。息子が『これは◯◯先生』や『お花も描いてあげるんだ』といった説明をしながら、一生懸命先生方への手紙を書いている姿を見て、手紙は色々な気持ちが込められているものだなと改めて感じました。」
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