往復書簡が紡いだ物語/お年玉付き年賀はがき
- 2020/01/19
人類学者 磯野真穂さんをお迎えして
今回は、往復書簡をまとめた1冊の本をご紹介。それは、晶文社『急に具合が悪くなる』。作者は哲学者の宮野真生子さんと、人類学者で国際医療福祉大学大学院 准教授の磯野真穂さん。今回は、そのうちのお一人である磯野真穂さんをお迎えしました。
小山「人類学者の方は、普段は何をされているんですか?」
磯野「私は人類学の中でも文化人類学というのが専門なんですけれども、フィールドワークというのを基本に調査をするので、たとえば違う文化の人と共に生活をしてお話を聞いたり、観察をさせてもらったりする中で、その人達がどういう世界観の中で生きているのかを調べていくんですね」
宇賀「そんな磯野さんと、哲学者の宮野さんの往復書簡をまとめたこの本なのですが、宮野さんはこの本を書き切った直後、がんでお亡くなりになったということなんですよね」
2019年の7月に亡くなった哲学者の宮野真生子さん。『急に具合が悪くなる』は、宮野さんと磯野さんが死と生、別れと出会い、そして出会いを新たな始まりに変えることを巡り、およそ2ヶ月のあいだに交わした10便の往復書簡をまとめた1冊です。
小山「そもそもは、なぜこの往復書簡が始まったんですか?」
磯野「私と宮野さんが出会ったのは、2018年の9月なんです。その時は当然初対面ですので、往復書簡の話というのはまったく出ていなかったんですけれども。その研究会みたいなところで意気投合しまして。一緒に研究とかもしようという話が出たり、あとは一緒にイベントをやる中で、本もできるのかな、という話になって。2018年の4月の終わりに、宮野さんから『だったら往復書簡というかたちが面白いのではないか?』という提案があって。非常に軽い気持ちで始めてみた往復書簡だったんです」
小山「そのとき宮野さんは、がんはもう見つかっていたんですか?」
磯野「実は2018年の10月に、すでに標準治療の選択肢がないという状況になって、病気は進行していましたね」
小山「磯野さんもそれも認識した上で往復書簡は始まったんですね。それを言われたときはどう思いましたか?」
磯野「がんを患われていたことは知っていたんですけど、このあとどうなるか分からない状況というのを聞いた時は驚いたし、やはり会ってから間もなかったので、どういう言葉をかけるべきか非常に考えましたね」
小山「最初に書く手紙って難しいですよね」
磯野「ただ、私と宮野さんの関係というのが、がんについて話すことで深まっていたということもあったので。手紙の中にどのくらいがんのことを触れていいのかというのは事前に聞いていたんですね。そうしたら宮野さんから、『私は哲学者であって、自分の体に何が起こっているのかということもやはり哲学してみたいと思うのが、哲学者の業なんだ』と。『だからどんなことを聞いてくれても構わないし、私は打ち返すから』ということを言ってくださったので、はじめのお手紙は『急に具合が悪くなる』と、私が宮野さんに初めて言われたときのことを、書くことにしました」
宇賀「それが本のタイトルなんですね」
磯野さんが8便目の手紙を出したときに、書籍化の企画が晶文社に通り、出版が決まったそうです。
小山「でもそのときは、本がどこに向かうか分からないじゃないですか。宮野さんは重い症状になっていて……もしかして、著者がいなくなって完成しないかもしれない。それでも乗ってくれた出版社ってすごいですね」
磯野「そうですね、その可能性も十二分にあったわけなんですけど、(晶文社の)担当の江坂さんがリスクをとってくださって。それは本当に私たちの支えになりました」
宇賀「本のイラストも可愛らしくて。ピッチャーとキャッチャーですかね? ヒョウとライオンが野球をしているというか。これはどういう意味なんですか?」
磯野「装丁はお任せしているんですが、宮野さんが病人みたいな感じにはならないでほしい、というお願いだけはさせてもらっていて。宮野さんは病気の中でも患者になり切らずに、自分の生き方を最後まで貫こうとしていたので、力強い感じを出してほしい、と。あと、宮野さんはものすごいカープの大ファンで。あとはやっぱり、私たちの裏の会話が、私が投げて宮野さんが打ち返すということもあったので、野球にしていただきました」
小山「確かにこれ、パッと見たら深刻な感じには見えないですよね。フォントもちょっと軽いというか、ほのぼの系で」
磯野「だまされた、と思う人もいるみたいです(笑)。その辺でうまくバランスをとっていただいたのかなと思いますね」
小山「磯野さんは、毎回ボールを投げる側だったと思うんですけど、テーマはどうやって決めていったんですか?」
磯野「私はずっと医療に関わることの研究をしていたので。やはり患者さんとか医療者の方がどういうポイントで迷うのか、難しいのかということは、勘どころとして知っていたので、おそらくこういうところから投げると、宮野さんは何かを持っているだろうということで。たとえば薬治療を始める前に、リスクが提示されることであるとか、あるいは何もなくなったときに、代替療法という選択肢が見えてくること、というような、私の研究の知見から得られたことをベースに問いを投げています。ただ後半に関しては、どちらかというと宮野さんの死が見えてしまうような状況になったので、かなり勇気は要ったんですけど。“死”というものについて、哲学者・宮野さんの話をしてほしいというふうになりましたね」
宇賀「やり取りをしていく中で、どんどん関係性も深まって」
磯野「そうですね。互いにとって多分苦しかったのは、関係性が深まっていく中で、宮野さんの状態が本当に悪くなっていって。手紙を始めたときは、宮野さん自身も主観的にすごく具合が悪いという状況ではなかったんですけど、5月の中盤あたりから坂を転げ落ちるようにというか。そういうかたちで体調が悪化するので、関係が深まる一方でお別れが見えてしまうような状況に同時に進むというのが、つらかったですね」
宇賀「特に印象に残っている言葉や、文章はありますか?」
磯野「8便の『エースの仕事』というタイトルがついている章なんですけれども。自分を生の世界につなぎ止めるために、私は死から逃げるために言葉を紡ぐんだ、という言葉を読んだときに……私は講義を終えた直後にそれを読んで、本当に30分くらい身動きがとれなくなってしまったのが、その第8便の宮野さんの言葉でした」
小山「もし、手紙というスタイルで書いていなかったら、内容は変わっていたと思いますか? 面と向かって言いにくいこと、手紙だからできたこと、あったと思うのですが」
磯野「どうしても、面と向かった言葉のキャッチボールだと、結構即興性が求められて、あまりしっかり考えたりしないと思うんですけど。手紙だったのでしっかり咀嚼をして。お互い、分野の違う研究者同士なので、『こんなふうに切り込んでくるんだ! これを自分の専門分野に入れるとどういうことになるのかな?』ということを考えながらできた、というのは、手紙の力も大きかったですね。
宮野さんが、『実は哲学というのは、往復書簡のスタイルがたまに出る』という話をしていて。哲学は対話だから、往復書簡に向いているんだよね、という話をちらっとしていたんですね。やってみて、ああこういうことか、と分かりましたね」
小山「最後の手紙をもらった時は、どんな気持ちでした?」
磯野「いわゆる偶然であるとか出会いであるとか、他者と共に生きるという、宮野さんがずっと哲学していたことがすごく一般の人にも開かれるかたちで描かれていたので。感極まるというか、言葉にならなかったですね。彼女がどういう身体状況の中で書いているのかということも知っていたので、その中でこれだけの言葉を出してくれたということに、本当に感動しました」
小山「磯野さんと手紙のやり取りをしたことによって、宮野さんの中ですごく哲学者としてクリアになったこととか、納得できたことってたくさんあったんじゃないですかね。一人で抱え込んで、考えるよりも」
磯野「本には書かれていないですけど、宮野さんから直接、『本当に言葉を引き出してもらった』であるとか『問いの投げ方が非常に切れ味があるよね。自分の考えていることを上手く出してくれている』というのはすごく折に触れて、言葉をもらっていたので。私としても感謝しかないですね」
小山「やっぱり偶然、というのは宮野さんの一つのテーマだったんですかね」
磯野「偶然は楽しいこともあるんですけど怖いこともあるので、どうしても私たちは排除したくなると思うんですけど、『他者と出会うことっていうのは、自分ではどうしようもならないことを自分の中に引き入れることだよね』と。実はそこからしか見えない世界もあるというのを、この本を書く中で体験させてもらいました」
磯野真穂さん、ありがとうございました。
『急に具合が悪くなる』 宮野真生子・磯野真穂 著(晶文社)
磯野「私は人類学の中でも文化人類学というのが専門なんですけれども、フィールドワークというのを基本に調査をするので、たとえば違う文化の人と共に生活をしてお話を聞いたり、観察をさせてもらったりする中で、その人達がどういう世界観の中で生きているのかを調べていくんですね」
宇賀「そんな磯野さんと、哲学者の宮野さんの往復書簡をまとめたこの本なのですが、宮野さんはこの本を書き切った直後、がんでお亡くなりになったということなんですよね」
2019年の7月に亡くなった哲学者の宮野真生子さん。『急に具合が悪くなる』は、宮野さんと磯野さんが死と生、別れと出会い、そして出会いを新たな始まりに変えることを巡り、およそ2ヶ月のあいだに交わした10便の往復書簡をまとめた1冊です。
小山「そもそもは、なぜこの往復書簡が始まったんですか?」
磯野「私と宮野さんが出会ったのは、2018年の9月なんです。その時は当然初対面ですので、往復書簡の話というのはまったく出ていなかったんですけれども。その研究会みたいなところで意気投合しまして。一緒に研究とかもしようという話が出たり、あとは一緒にイベントをやる中で、本もできるのかな、という話になって。2018年の4月の終わりに、宮野さんから『だったら往復書簡というかたちが面白いのではないか?』という提案があって。非常に軽い気持ちで始めてみた往復書簡だったんです」
小山「そのとき宮野さんは、がんはもう見つかっていたんですか?」
磯野「実は2018年の10月に、すでに標準治療の選択肢がないという状況になって、病気は進行していましたね」
小山「磯野さんもそれも認識した上で往復書簡は始まったんですね。それを言われたときはどう思いましたか?」
磯野「がんを患われていたことは知っていたんですけど、このあとどうなるか分からない状況というのを聞いた時は驚いたし、やはり会ってから間もなかったので、どういう言葉をかけるべきか非常に考えましたね」
小山「最初に書く手紙って難しいですよね」
磯野「ただ、私と宮野さんの関係というのが、がんについて話すことで深まっていたということもあったので。手紙の中にどのくらいがんのことを触れていいのかというのは事前に聞いていたんですね。そうしたら宮野さんから、『私は哲学者であって、自分の体に何が起こっているのかということもやはり哲学してみたいと思うのが、哲学者の業なんだ』と。『だからどんなことを聞いてくれても構わないし、私は打ち返すから』ということを言ってくださったので、はじめのお手紙は『急に具合が悪くなる』と、私が宮野さんに初めて言われたときのことを、書くことにしました」
宇賀「それが本のタイトルなんですね」
磯野さんが8便目の手紙を出したときに、書籍化の企画が晶文社に通り、出版が決まったそうです。
小山「でもそのときは、本がどこに向かうか分からないじゃないですか。宮野さんは重い症状になっていて……もしかして、著者がいなくなって完成しないかもしれない。それでも乗ってくれた出版社ってすごいですね」
磯野「そうですね、その可能性も十二分にあったわけなんですけど、(晶文社の)担当の江坂さんがリスクをとってくださって。それは本当に私たちの支えになりました」
宇賀「本のイラストも可愛らしくて。ピッチャーとキャッチャーですかね? ヒョウとライオンが野球をしているというか。これはどういう意味なんですか?」
磯野「装丁はお任せしているんですが、宮野さんが病人みたいな感じにはならないでほしい、というお願いだけはさせてもらっていて。宮野さんは病気の中でも患者になり切らずに、自分の生き方を最後まで貫こうとしていたので、力強い感じを出してほしい、と。あと、宮野さんはものすごいカープの大ファンで。あとはやっぱり、私たちの裏の会話が、私が投げて宮野さんが打ち返すということもあったので、野球にしていただきました」
小山「確かにこれ、パッと見たら深刻な感じには見えないですよね。フォントもちょっと軽いというか、ほのぼの系で」
磯野「だまされた、と思う人もいるみたいです(笑)。その辺でうまくバランスをとっていただいたのかなと思いますね」
小山「磯野さんは、毎回ボールを投げる側だったと思うんですけど、テーマはどうやって決めていったんですか?」
磯野「私はずっと医療に関わることの研究をしていたので。やはり患者さんとか医療者の方がどういうポイントで迷うのか、難しいのかということは、勘どころとして知っていたので、おそらくこういうところから投げると、宮野さんは何かを持っているだろうということで。たとえば薬治療を始める前に、リスクが提示されることであるとか、あるいは何もなくなったときに、代替療法という選択肢が見えてくること、というような、私の研究の知見から得られたことをベースに問いを投げています。ただ後半に関しては、どちらかというと宮野さんの死が見えてしまうような状況になったので、かなり勇気は要ったんですけど。“死”というものについて、哲学者・宮野さんの話をしてほしいというふうになりましたね」
宇賀「やり取りをしていく中で、どんどん関係性も深まって」
磯野「そうですね。互いにとって多分苦しかったのは、関係性が深まっていく中で、宮野さんの状態が本当に悪くなっていって。手紙を始めたときは、宮野さん自身も主観的にすごく具合が悪いという状況ではなかったんですけど、5月の中盤あたりから坂を転げ落ちるようにというか。そういうかたちで体調が悪化するので、関係が深まる一方でお別れが見えてしまうような状況に同時に進むというのが、つらかったですね」
宇賀「特に印象に残っている言葉や、文章はありますか?」
磯野「8便の『エースの仕事』というタイトルがついている章なんですけれども。自分を生の世界につなぎ止めるために、私は死から逃げるために言葉を紡ぐんだ、という言葉を読んだときに……私は講義を終えた直後にそれを読んで、本当に30分くらい身動きがとれなくなってしまったのが、その第8便の宮野さんの言葉でした」
小山「もし、手紙というスタイルで書いていなかったら、内容は変わっていたと思いますか? 面と向かって言いにくいこと、手紙だからできたこと、あったと思うのですが」
磯野「どうしても、面と向かった言葉のキャッチボールだと、結構即興性が求められて、あまりしっかり考えたりしないと思うんですけど。手紙だったのでしっかり咀嚼をして。お互い、分野の違う研究者同士なので、『こんなふうに切り込んでくるんだ! これを自分の専門分野に入れるとどういうことになるのかな?』ということを考えながらできた、というのは、手紙の力も大きかったですね。
宮野さんが、『実は哲学というのは、往復書簡のスタイルがたまに出る』という話をしていて。哲学は対話だから、往復書簡に向いているんだよね、という話をちらっとしていたんですね。やってみて、ああこういうことか、と分かりましたね」
小山「最後の手紙をもらった時は、どんな気持ちでした?」
磯野「いわゆる偶然であるとか出会いであるとか、他者と共に生きるという、宮野さんがずっと哲学していたことがすごく一般の人にも開かれるかたちで描かれていたので。感極まるというか、言葉にならなかったですね。彼女がどういう身体状況の中で書いているのかということも知っていたので、その中でこれだけの言葉を出してくれたということに、本当に感動しました」
小山「磯野さんと手紙のやり取りをしたことによって、宮野さんの中ですごく哲学者としてクリアになったこととか、納得できたことってたくさんあったんじゃないですかね。一人で抱え込んで、考えるよりも」
磯野「本には書かれていないですけど、宮野さんから直接、『本当に言葉を引き出してもらった』であるとか『問いの投げ方が非常に切れ味があるよね。自分の考えていることを上手く出してくれている』というのはすごく折に触れて、言葉をもらっていたので。私としても感謝しかないですね」
小山「やっぱり偶然、というのは宮野さんの一つのテーマだったんですかね」
磯野「偶然は楽しいこともあるんですけど怖いこともあるので、どうしても私たちは排除したくなると思うんですけど、『他者と出会うことっていうのは、自分ではどうしようもならないことを自分の中に引き入れることだよね』と。実はそこからしか見えない世界もあるというのを、この本を書く中で体験させてもらいました」
磯野真穂さん、ありがとうございました。
『急に具合が悪くなる』 宮野真生子・磯野真穂 著(晶文社)
お年玉付き年賀はがきの当選番号が発表! & 年賀状の紹介
宇賀「ちょうど今日(1月16日)、今年のお年玉付き年賀はがきの当選番号が発表されました」小山「みなさんぜひ、チェックしてみてください」
宇賀「ちなみに今年の特賞は、東京2020オリンピックの招待券! 交通費や宿泊費に充当できる旅行券つき。競技の観戦もありますし、開会式や閉会式のペアチケット付きのものもあります。そして1等は現金30万円または電子マネー31万円分。他にも、日本各地の名産品などが当たるふるさと小包や、おなじみのお年玉切手シートなどの賞品のご用意もあります」
小山「番組で(リスナーの皆さんに)出したのも、お年玉付き年賀はがきですよね。これ、当たっていたらいいですよね。東京オリンピックも」
宇賀「当たっている方いたら、教えて欲しいですね!」
なお、賞品の引き換え期間は、1月20日(月曜日)から7月20日まで。番号を確認して、当選された方は忘れずに郵便局でお引き換えください。詳細は、日本郵便のホームページでもご確認ください。
お年玉賞品のご案内はこちらから見られます
そして、リスナーのみなさんからいただいた年賀状も放送ではご紹介しました。
本当にたくさんの方から年賀状をいただきました。ありがとうございました!
今週の後クレ
今回のメッセージは、愛知県<名古屋杁中郵便局>衛美那子さんでした!「日々仕事をしている中で嬉しいのは、本当に些細な事で”ありがとう”と言って頂けたりとか、”この局はみんな感じがいいね”って頂けたり、失敗してもお客様の中には”私はこの郵便局が大好きだからこれからも利用させて貰うので宜しくね”って言って頂ける事もあって。そういったお言葉を頂けるとすごくありがたいですし、これからもお客様方の思いに応えられるように頑張っていきたいなと思っております。」
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この番組ではみなさんからの手紙を募集しています。
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