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第4話
ガガガガガガ、、、
休みなしに銃声が響き、
街のほとんどの建物には火がつけられました。
赤い血が地面を染めた街。
そこは戦争の真っ只中。
敵に見つからないように迷彩柄の服を着た軍人たちは、
街のど真ん中で武器を片手に戦っていました。
その後ろにはたくさんの大砲。
そして大きな大きな戦車。
『私たちは間違ってなんかいない』
2つに別れた多くの人々の戦い。
1つの街でぶつかり合う正義と正義。
鳴り響く銃声は人々の悲鳴をかき消しました。
街のほとんどの建物は当たった砲弾によってボロボロに。
家がたくさんあった場所も、全て火の海になってしまいました。
たき火に入れた新聞紙のように、真っ赤になって燃える人間。
そのそばで泣き喚いている人間。
必死に生き延びようと走っている人間。
それを打ち落とす人間。
始まった戦争はもう誰にも止められませんでした。
終わらせるための手段はただひとつ。
相手をみんな殺してしまうこと。
『1人残さずいなくなるまで』
そのために人々は戦っていました。
ただ生き残るために、『自分は間違ってない』と心に言い聞かせ、人を殺していました。
終わらない戦いはたくさんの人を消し去ろうとしていました。
バーン!
と、また1人の男が戦場で死んだ音。
その男の胸ポケットに刺さっていたのは緑色の花は、それは綺麗に染まりました。
その色は赤く。
10コ目のドアを開けたベム。
小慣れた手つきで、あまり灰が落ちてこないようにゆっくりと。
ギィィィ、、
そこは1部屋だけの小さな小屋。
ドアから顔だけを覗かせ、中の様子を確認するベム。
上下左右それから奥の方まで、隅々を見渡します。
ベムの心は根拠のない底知れない期待にまみれたままでした。
オルゴールから抱いた期待。
『何かを見つける』という曖昧な目的に向かって大きな街に1人、動くことをやめません。
いつまでたってもオレンジが昇らない街。
風が時折、灰を散らすくらいで、後はなにも動かない街。
そんな街の廃れた建物に、ベムは次々と入っていきます。
壊れたドアを開き、時には壁に体当たりをしたりもしました。
そんな、入っては出て、入っては出ての繰り返しをベムはずっと続けていたのです。
ここも、何もなし。
確認した建物であるということを忘れないように、
鉛筆でドアに大きくバツ印を『落書き』して次の建物へと向かいます。
小さな鉛筆で大きなバツ印を。
ナイフで硬く尖らせたベムの鉛筆は、
恐ろしい勢いでその黒を減らし続けていました。
鉛筆は家を出た時からは随分減り、残りは50本ほど。
ベムは鉛筆をズボンのポケットにしまいました。
そしてベムが次に向かったのは、
空き地をはさんだ所にある小さな丸屋根の家、だった半分壊れた建物。
剥き出しになった鉄格子は見る人を悲しくさせるようなかたち。
それは、この街によくある壊れた家でした。
しかし、その家はこの街には珍しい少し色のついたもので、
灰色にまみれた緑が少し見える、
まるで川の中にある、苔にまみれた石のような色をした建物でした。
僕の家にちょっと似てる。
ベムはその家の色が醸し出す、
自分の家に少し似た雰囲気を感じながらドアに手をかけました。
何かありますように
そんな決まり文句を頭に思い浮かべながら、家のドアを開けました。
しかしその家も一言で言えばハズレ。
外見にしては意外に広い家ではありましたが、
モノは少なく、黒い空間がそこにも広がっていました。
ベムは部屋の片隅にあった黒いたんすを少しいじって、
また周りを見渡してから、近くにあった椅子に座りこみました。
少し休んでいこう。
この家を半分あきらめたベムはリュックサックから、
緑の柔らかい果物をひとつ口に頬張りました。
『酸っぱい』
ベムは角が丸まった菱形を座っていた椅子に描きました。
ベムにとって、壁に囲まれた空間の中に座ってなにかを食べるというのは久しぶりのことで、頭の中では家にいた時のことを自然と思い出していました。
森で採ってきた果物をいっぱい机に並べて、
川の透明な水をコップにいっぱいくんできて、
ワクワクした気分で椅子に座って、
ニコニコしながら食べた果物は美味しくて、
嬉しくなってジャンプして、転んで、でもまたこりずにジャンプして、
また時間が空いたら森に果物をとりにいって、、、
ついこの間のことなのに、
そんな時間を当たり前のように過ごしていた自分が変に思えてきました。
家にいた時の1人と
今ここにいる1人は
まるで別人として生きているように感じたのです。
『悲しい』と平行な縦三本線。
まるで当てはまる感情が見当たらなかったベムは心の中でも1番近い感情、
『悲しい』という落書きをして、思い出すのをやめました。
よし、
果物を食べ終わったベムは椅子から立ち上がり、リュックサックを背負いなおました。
そして最後にもう一度部屋の中を見渡して、なにもないことを確認してから、
ドアに手をかけました。
その時でした。
ベムの足下に何か光ったような気がしました。
見下ろすと花。
絵にかいたような鮮やかな緑の花びら。
しっかりとした葉をつけた茎からは
立派な花がひとつ、咲いていました。
そう、ドアの近くのコンクリートの隙間から花が生えていたのです。
ベムは思いがけない発見にとても驚きました。そして嬉しくなりました。
こんな灰まみれの家の中に、花が生えていたことに。
そして何より、自分の中に『懐かしい』という感情が浮かんだことに。
オルゴール以来の
オルゴールによく似た気持ち。
ベムはすぐさま『懐かしい』と家の地面に描くと、
もうしわけない気持ちを覚えながらもその花の茎を折りました。
そして胸のポケットにさしこんだのです。
なくしかけていた期待が一気に最大限にまで膨らみました。
まだ覚えたての曖昧な感情『懐かしい』はベムを元気にしたのです。
ベムはドアを出て大きなバツ印を書くと、期待を胸にまた歩き出しました。
そしてまた動かない景色、ドアとベムだけが動く時間だけが足早に過ぎました。
しかしそれ以降、ベムはその日、
ほとんどの建物で、重要な何かを見つけることはできませんでした。
確認した建物は灰しかないものがほとんど。
なにかモノがある建物すら珍しいほどでした。
動いてるものなんて何ひとつない。
もちろん、人の気配や人跡なんかも見つかることはありませんでした。
増え続けるバツ印に
減り続ける鉛筆。
ベムは何ひとつ見つけられない自分に気を落としはじめていました。
鳴っていたオルゴールや緑の花が嘘のように思えてきました。
それでもベムはドアを開け続けます。
20コ、30コ、そして40コ、
確認した建物の数を追うごとに不安は大きくなりましたが、ベムは歩き続けました。
依然、明るさは変わらない街。
薄暗い、というよりは薄黒い街。
空には光るピンク色の月が光り出し、夜になっているということはわかりました。
でも星はひとつも見えない空。
ベムの体は次第に気持ちに負け、疲れを感じるようになっていました。
それでも歩き続けるベム。
灰まみれになったベムの体は真っ黒に。
ちぎれかかったズボンの裾が黒い灰で覆われた地面に、ベムが歩いた跡を一本線で描きました。
まだなにかある、はず
鉛筆で描いたようなその一本線は足跡とともにずっと続いていました。
そしてたどり着いた43コ目の建物。
ドアのようなものはなく、人が入るために開けられたものではなさそうな、
大きな穴からベムは中へと入りました。
見慣れた荒らし跡。
外と同じ灰に覆われた床。
かなり大きい空間ではありましたがモノが少なく、変わったものは何もないことは一目でわかりました。
ここも、何もなし。
ベムは入ってきた穴からその建物を出ました。
そしてポケットから鉛筆を取り出し、壁に大きなバツ印を。
書き終えた瞬間にその場に座りこみました。
『疲れたよ』
バツ印を書いた鉛筆でそのまま、三角形のきれいな山のような形を書きました。
ベムはリュックサックを肩から下ろし、三角座りをして壁によりかかりました。
真っ黒な鉄格子の隙間から見えた月を眺めて、ベムは願いごとをしました。
明日こそ何かが変わりますように。
広い、黒い街で、長い夜の時間が過ぎました。
『お腹すいた』
ベムは空腹で目が覚めました。
すぐさま鉛筆を手にとり、地面にまっすぐな二本線を。
そしてリュックサックの奥の方からにあった赤い果物をひとつ、口にしました。
空を見上げると灰色。
いつもの朝とは全く違う朝でした。
寝る前と違うのは、ピンク色の月が空にないことだけ。
それ以外は全て同じ景色。
黒、灰、白のモノクロ3色世界。
ベムが初めて体験する暗い朝。
朝なのに眩しくない空。
ベムはその景色に少し憂鬱を覚えながらも立ち上がり、リュックサックを背負い
オルゴールの音色を思い出しながら、
胸にさしてある花を眺めて気分を高めました。
『懐かしい』にただ浸る時間が
ベムの唯一の救いになっていたのです。
ベムは自分でつくりだした期待を胸に、また歩き出しました。
ガチャ、、
昨日と日付が変わっても、やることは同じ。
ただただ建物に入り続け、『何かを見つける』ということ。
それをベムはひたすらに、あまり悪いことを考えないようにするために、
ただがむしゃらにやり続けました。
今日こそ、今日こそ、
森の中にいた時のような気分をベムは持ち続けました。
また街の中では、ベムの動く音だけが響く時間が流れました。
50コ、60コ、70コ
時はまた夜になり、
ピンク色が照らす街になりました。
根気よくあきらめることをしなかったベムも夜には、かなり希望を失っていました。
街の中のモノがみんな、自分にいじわるをしているかのように見えました。
強い冷たい風が吹くようになり、黒い街はベムの心をあらわすように、だんだん寒くなってきました。
『寒い』
地面に落書きをすることさえも億劫になっていたベム。
ベムの鉛筆は動きを止めはじめました。
始まった本当の孤独。
そして、ベムは自分の気持ちさえにも違和感を感じはじめたのです。
今まで自分を慰めて、良い気分にしてきた『懐かしい』という感情について。
何でなにも思い出せないんだろう?
こんなに頑張ってるのに、
何でなにも起こらないんだろう?
そう、全く期待に応えてくれない街を一日中歩き周っているベムの心は
『懐かしい』という曖昧な感情を
『苛立ち』という確かなものに変えはじめていたのです。
曖昧なものなんていらない。
自分の世界が変わるような、
そんな大きな期待を抱いていたベムはそう思いはじめていました。
悪い意味でのもどかしい気分。
この日もベムは倒れ込むように眠りにつきました。
ベムにとって寝ることは唯一の心休め。
なにも考えずにただ目を閉じて夜を過ごしました。
そして次の日も、
そのまた次の日も、
同じような一日をベムは送りました。
6日目の朝。
この日もベムは慣れない灰色の空に憂鬱な気分で目を覚ましました。
確実にベムの心は絶望に向かっていました。
胸にささった花はもうほとんど枯れ、薄黒くなっていました。
リュックサックの中の果物にかぶりついたベム。
いよいよ果物も残り少なくなり、
最初はあんなにパンパンだったリュックサックにも余裕ができはじめていました。
『辛い』
ベムは鉛筆で弱々しい十字架を地面に描きました。
久しぶりに感じた『辛い』は弱々しい字体とは違い、
今までとは比べものにならないくらいの大きな感情でした。
今日も歩くしかないのか。
ベムは立ち上がり、ふと自分が寝ていた場所の反対側の建物を見ました。
するとその建物の前に、たくさん積み重なった白い棒のようなものが目に入りました。
よく見るとその棒の近くには服、であったらしき物体。
あれは何だろう?
ベムは立ち上がりそれに、近づいて、白い棒のようなものを手にとってみました。
軽い気持ちで手にとったその棒。
30センチくらいの硬い白い棒。
大小様々なそれらが白い固まりになって積み重なっていたのです。
しかし、ただの棒ではありませんでした。
!!!!!!
一瞬でベムの頭の中を駆けめぐった感情
『怖い』
ベムの手から足から、そして全身から冷たい汗が吹き出しました。
なぜならベムが触ったその棒は
絶対に知っているものだったのです。
ベムにとってはそれが地面に落ちていたことが信じられない、意味がわからない、ただの恐怖。
そう、骨。
?!?!?!?!?!?
自分の体の一部でもある骨。
それが地面に落ちていることをベムは全く理解できませんでした。
ただただ『怖い』。
家で見たあの写真がベムの頭の中にフラッシュバックします。
ベムは震えながら汗ばんだ手をズボンで拭き、鉛筆を手にとりギザギザの一本線を地面に描きました。
そして恐怖ながらにベムの頭は答えを出したのです。
人間が、これに、なった?
ベムはとっさに強く地面を踏み締め、走り出しました。
感情をあらわす術がないのです。
だからとりあえず全身を動かして
頭を動かさないようにする。
『何かを見つけるために』
そして
『恐怖をごまかすために』
次の建物に向かって走りはじめました。
ハァ、ハァ、
走っていることと恐怖により
ベムの心拍数は爆発的に上がっていきます。
そんなベムが全力で走って
たどり着いたのは、正面に小さなドアがある建物。
ベムは今にも吐きそうな気分になりながらも、ドアに手をかけようとしました。
が、その時でした。
ベムを襲った最悪の事実。
ベムはあるものを見てしまったのです。
そう、それは
自分で書いた『バツ印』
確認した建物であるということを忘れないように鉛筆で書いたバツ印。
ベムの体を冷や汗が滝のように流れました。
たまたま、だよね?
ベムは無理矢理に偶然を信じようとし、ドアから手を離し、焦って向かい側の建物へと走りました。
風を切るように早く。
そしてすぐ横の赤いタワーのような建物へ。
しかしそこにも、もちろん
あってしまったのです。
大きな『バツ印』。
たまたま、だよね????
ベムは目の前が真っ暗になりながらも、
これは偶然だと自分に言い聞かせるように、
向かいから向かい次から次へ全力で建物の扉から扉へと走りました。
目に入った全ての建物から建物へ。
しかしその全ての場所で待ち受けていたのは、
『バツ印』でした。
おかしい、おかしい、
そんなはずない、
ベムはそう思いました。
そしてずっと走り続けました。
しかし目に入る全ての建物に
『バツ印』はなくなることはなく
その大きな字体でベムの希望を否定し続けました。
そしてベムは街をずっと走り続け、
その全てでバツ印を確認したのです。
そう、ベムは知らぬ間に見終わっていたのです。
この街の全てを。
ベムは絶望に陥りました。
疲れた体を揺らしながら、
行くあてもないベムはどれだけ歩いたかわからなくなるくらい街の中を歩き続けました。
ザッ、ザッ
足を引きずるようにベムは
死んだように歩きました。
『怖い』『悲しい』『辛い』
その全ての感情は落書きにされることなく、心の中に溜まり続けました。
絶望。
オルゴールの音色、緑色の花は思い出す度にベムを悪いもどかしさに陥いらせていました。
苛立ち。
広い世界で1人、
今までにない感情がベムを襲います。
孤独。
バタッ、
ベムはなにかにつまずいて地面に倒れこみました。
足元を見ると、骨。
ベムはその白い棒に語りかけられているような気分になりました。
死。
ベムは絶望の中で思い出しました。
家にいた時の思い出を。
しかし、それは気分がよくなるようなものではありませんでした。
今のベムが思い出したのは、人生で1番痛い思いをした時のこと。
最高に悪い気分のベムは、薄れゆく意識の中で思い出してしまったのです。
果物をとろうとした時に木から落ちて、とても痛かったこと。
右腕の肘を強く打ったこと。
ベムの荒んだ心は『痛み』と『死』を繋げました。
そして思ったのです。
自分がなくなれば、
何もかもなくなる?
ベムはそう思うと立ち上がりました。
もう嫌だ。
楽になりたい。
ベムはその一心であの場所へ向かいました。
ザッ、ザッ、、
たどり着いたのはそう、
森の終わり。
丘の上。1番高いところに
ベムは立っていました。
ピンク色の月が照らす少年の胸には
いつかの兵隊のように
緑色の花が刺さっていました。 |
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第4話 | |
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