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第3話
村はずれの緑の小さな家はからっぽ。
ベムは旅に出ました。
小さなリュックサックには、たくさんの鉛筆と少しの青い果物。
家の玄関から、北にある森の玄関へ。
どこへ行くあてもないベムは家を飛び出し、険しい森の中をただただ歩いていました。
どうしようもできない怖さともどかしさを紛らわすために、
一歩一歩地面を蹴るように、ただただ真っすぐ。
紫色のつるを手でかきわけ白い土を踏み、
黄色い花を足で払い、
ベムが歩いた跡は道になりました。
ベムの気持ちと反比例して森を照らすオレンジはだんだん高くなり、
反発し合う、明るいオレンジとベムの暗い気持ち。
手紙を読んだベムはいてもたってもいられなくなったのです。
気持ちはただひとつ。
何かしないと。
その一心でベムは歩いていました。
てっぺんが見えないくらい背の高い草はとても嬉しそうに風に揺れながら、そこに生きていました。
茶色に輝く蝶だって、真っ黒のムカデだって、そこにいるものはみな何も考えていないかのように、生きていることをただただ喜ぶかのように、楽しそうに森の中を動いていました。
日は傾きかけ、オレンジは東に沈もうとしていました。
ベムが森を歩き始めてから時が3つほど過ぎた頃、
風は冷たくなり、肌が凍るように寒い夜になりました。
家を飛び出した時の勢いは全くなくなり、重くなった足は疲れ果て、ついに立ち止まりました。
どれだけ歩いたかわからなくなるくらい歩いたベムは、心も疲れ果てていました。
ナゼイマボクハココニイルンダロウ?
そんなことすら考えてしまうくらい、ベムは長い間歩き続けていました。
1年分くらいの記憶を一気に脳につめこまれたような気分。
ベムはリュックサックから鉛筆を取り出し、
白い地面に、丸を半分にきった半月のような形を描きました。
『怖いよ』
森の暗闇と寒さはベムの気持ちを暗くしたのです。
疲れていたのか、
そばに生えていた大きな木が、両手を振り上げた熊に見えました。
ベムはそばに生えていた、体より大きな葉っぱの上で横になりました。
家にいた時とは違い、騒がしい夜。
虫の鳴き声。
風が葉っぱを揺らす音。
森の中では、生きた鼓動がたくさん響いていました。
見上げると、木々の隙間から星空。
窓ごし見ていたピンク色の月は
こんなに大きかったんだ
窓ごしに見ていたキラキラした星は
こんなに輝いていたんだ
あたりに見えるのは植物だけ。
東西南北おんなじ景色。
ベムが思っている以上に世界は美しく、騒がしく、大きなものでした。
家の中で1人でいる時とはまた違う1人。
美しい景色に気持ちを落ち着かせて、
べムはいつの間にか、眠りにつきました。
夜の時間が静かに、騒がしく過ぎました。
ぽつり、、
瞼の上に雫が落ちました。
見上げるとオレンジが眩しい。
目を覚ましたベムは葉っぱの上で背伸びをしました。
ボトッ、、
ベッドに比べてベムが寝ていた葉っぱは小さく、ベムは土の上に転げ落ちました。
フフッ、
ベムは少しおかしくなって笑ってしまいました。
昨日の夜とはうってかわって明るい森。
ベムはそばにあった葉っぱにたまっていた水で顔を洗い、
かばんの中の青い果実をひとつかじりました。
『甘い』
寝ぼけ頭で鉛筆を手にとり、寝ていた葉っぱに波打つ丸をひとつ書きました。
それから、そばに流れていた川の水をひとすくい、口をゆすぎました。
冷たい水はベムの目を覚まします。
家の近くにあった川と同じような水。
そしてリュックサックを背負い、また森の中を歩き出しました。
昨日とは違い、その足どりは軽く、時にジャンプをしてみたりもしました。
絶好調なベムのスニーカー
一度寝て起きたベムの心には、もどかしさや怖さはもはや見当たらず、
むしろ大きな希望で胸が溢れていたのです。
今日こそ、今日こそ。
ベムはそんなことを考えながら白い土を踏みしめました。
木々を揺らす風はそんなベムを応援するかのように、強い追い風となっていました。
良い朝だ。
ベムはそう思いました。
期待をエネルギーに、ベムは歩き続けました。
歩き出してから少したったその時。
遠くのほうで何かが見えたような気がしました。
何かしらの光。
疲れた目をこらしてみるとそこは、今まで見ていたものとは明らかに違う景色でした。
間隔をつめて敷き詰められた森の隙間から遠くに見えたその場所。
あそこには木がない。
そう、遠くに見えたのは森の終わりでした。
ずっと見えていた景色とは、全く違う景色。
ベムは期待で心が躍りました。
何かが見つかる?
すぐさま土を蹴って走りだしました。
1、2回足が空回り、そこからは全力疾走、木々の隙間を風のように走り抜けるベム。
ザッ、ザッ、
みるみるうちに、今までに見たことのない景色がベムへと近づいてきます。
リュックサックは揺れ、ポケットの隙間から鉛筆が一本落ちました。
が、そんなことには気づかずに、ベムのスピードは心拍数とともにぐんぐん上がっていきました。
あと100メートル、
あと50メートル、
あと5メートル、、
心臓のドキドキが最高潮に達した瞬間、
ベムは森の終わりへとたどり着きました。
息を切らし膝に手をつき、少し汗ばんだシャツを扇いだベム。
たどり着いたそこは、地面より少し高い、小さな丘の上。
目の前に広がる景色を一望できるくらいの高さの、ゆるやかな丘の先っぽにベムは立っていました。
ベムはキラキラした目で顔をあげました。
自分の世界が変わることを信じて。
そしてベムの目に飛びこんできたのは、
たくさんの人々
なんてことはありませんでした。
むしろ、その正反対。
真っ黒の灰に覆われた壊れたビル。
裸の鉄格子が剥き出しになった家。
真っ二つに折れた瓦礫まみれの大きな橋の向こうには、無残な姿になった膨大な数の車。
黒、灰色、白。
その全てがこの3色で表せる世界。
そこは
人の影が見当たらない
オレンジの光が届かない
全く動かない、モノクロの街でした。
まるで新聞紙で見た街。
ベムは自分の目を疑いました。
ベムの心は一瞬で『怖い』という気持ちで満たされ、期待なんてイチミリも見当たらなくなりました。
??????
!!!!!!
あまりの衝撃に足はすくみ、全身が大きく震え出しました。
とっさに鉛筆を持った手は無意識にガタガタ震えました。
ポキッ、
夢中で強く抑えつけすぎた鉛筆の芯は、
期待を裏切られたベムの心を表すかのように綺麗に折れました。
『怖い』
ベムはまた走りだしました。
今朝とは違う、昨日のような走り。
ただ気持ちをごまかすための走り。
べムは丘の上からゆるやかな坂を降り、
街へと駆け出しました。
ザッ、ザッ、
砂が舞い上がり、街にはスニーカーが黒い塵を踏む音だけが響きました。
さっきとは違うドキドキを感じながら、ベムは夢中になって走りました。
とっさに向かったのは目の前にあった、上半分がなくなっていた4階建てくらいのビル。
何も考えず夢中になったベムは、荒れた息をはずませながらビルの扉を開けました。
ガチャ、
灰がたまった物置のような場所。
なにもかも黒に染まったそこは、人がたくさん集まるための場所のようでした。
なにもない広い空間。
食料かなにかであったであろう炭の物体がそこらじゅうに散らばり、
明らかに何者かに荒らされたような跡が見られました。
『怖い』
ベムは中に入ろうとはせず、ドアを強く閉め、次の建物へと向かいました。
そのビルの隣にあった、先っぽが尖んがった塔のような建物へ。
赤いタワー、のようなもの。
街にあったどの建物よりも高いそれは、
焦りをかくせないベムの前に立ちはだかるようにそびえ立っていました。
ここには何かあるかもしれない。
いや絶対になにかある。
そうでも思わないと胸が張り裂けそうなベムは、
根拠のない期待を無理矢理心の中につくりだし、中へと入っていきました。
自分を信じて、ドアを押したベム。
しかし、ドアを開けたベムの前には、さっきのビルとほぼ同じ空間が広がっていました。
誰かに、何かに、荒らされたような何もない空間。
ここにも人はいませんでした。
ベムは部屋を見渡し、焦ることをやめました。
ドキドキが絶望に、焦りがあきらめに変わりました。
ふぅ、
大きなため息がひとつ、塵を散らしました。
その場に座りこんだベム。
なんともいえないやるせなさが体を包みこみ、
目に見えるくらい負のオーラがたちこめました。
その色は黒く。
自分で勝手に抱いた期待に裏切られたベムの気持ちは、どん底まで落ち込んでいました。
ぐぅ、、
今まで気づかなかった空腹までもが弱ったベムを襲います。
『お腹すいた』
力の抜けた鉛筆は薄い二本線を地面に描きました。
リュックサックから取り出した果実は苦く、硬い青。
ベムの心は、木にはりついて茶色になるカメレオンのように、
黒い暗い部屋と同化して真っ黒になってしまいました。
朝の良い気分なんて完全に忘れ、今までの過去までもが暗いものに感じました。
耐え切れず倒れこんだベム。
耳にはりついた冷たいコンクリート。
『寒い』とベムは思いましたが、鉛筆を動かすことはしませんでした。
もういっそこのままで、
ベムはそう思いました。
しかし、その瞬間、
座っていた時には聞こえなかったひとつの音が、
コンクリートにくっついたベムの耳に入ってきたのです。
テロテロテロリン、、
飾りのない単調なメロディー。
弱ったベムを元気づけるかのように、
その美しい旋律は、冷たいコンクリートを通して階上の方から聞こえていました。
ベムはそれを聞くやいなや起き上がり、
まるで花に引き寄せられた蝶のようにふらふらと、目の前に見えた階段を登りはじめました。
天国への階段?夢?
なんにせよ心地良い気分。
ベムはだんだん近づいてくる音を聞きながら、夢心地で歩きました。
そしてたどりついた2階。
そこは、いろんなものがところせましと置かれている展示室のような場所でした。
そして散らかった大きな机の上にあったのは、ひとつのちいさなオルゴール。
真っ黒の中で、ひとつだけ茶色に光る小さなオルゴール。
それは灰にまみれた部屋の中でただひたすらに、
見た目とは似ても似つかない気持ちの良い音を奏でていました。
誰がゼンマイをまわしたわけでもないのに、そのオルゴールは動いていました。
まるで魔法にかけられたかのように。
暗闇で孤独に音を出し続けるその姿は、まるでさっきまでのベムそのもの。
まだ、生きてる、よね?
ベムはほっぺたを自分でつねって確かめました。
やっぱりここにも人はいませんでしたが、ベムは少し良い気分に。
理由なんてない。
ただ単純に、体がそのメロディーに反応していたのです。
ひたすら心地良い気分
久しぶりに訪れた安らぎ
ベムを癒す単調なメロディー
ベムはオルゴールに耳をくっつけてその音に聴き入りました。
決して聞いたことがある訳ではない、でもどこか懐かしい感じ。
そしてなぜか浮かび上がってきた家の風景。
寝室のベッド。
誰かわからないけれど、絶対に大切な人のシルエットが脳裏をめぐり、
どこからか声が聞こえるような気もしました。
そのシルエットは優しく。
ベムはリュックサックから鉛筆を取り出し、すこし考えてから地面に長細い丸をひとつ描きました。
生まれて初めて描いた長細い丸。
味わったことのない不確かな感情をベムは落書きしたのです。
長細い丸、『懐かしい』。
よし、行こう。
ベムはあきらめかけていた気持ちを忘れ、
『人を探しに』また街へと繰り出しました。
まだ希望はある。
僕は1人じゃない。
そう思うことに決めました。
何も知らずに。 |
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