今週 ご紹介するのは長野県で行われている、森を守る2つの取り組みにスポットを当ててお届けします。
場所は長野県伊那市と、東御市。
この2つの地域の里山で活動をしている、NPO法人 森のライフスタイル研究所 所長の竹垣英信さんにお話しを伺いました。


高橋:森のライフスタイル研究所というのはどういう団体なんですか?
竹垣:森づくりと人を仲良くしていく団体です。いまは、人が森に対して非常に無関心なところがあるんじゃないかなということを感じます。ですので、なるべく人が森づくりに関心が持てる社会を作ろうと思って活動しています。
高橋:森のライフスタイル研究所が行なっている、森林を守り、育てる活動のひとつがコスモ石油の支援を受けて展開する長野県のプロジェクトということなのですが、これはどういうものなのでしょうか?」
竹垣:ひとつは長野県の東御市というところでやっている「どんぐりの森 里山再生プロジェクト」です。山火事になって木がほとんどなくなってしまった森に、コナラや桜やケヤキなど、広葉樹の苗を4ヘクタール約1万3000本ほど植えています。去年全て植え終わったので、今は下草刈りを続けています。
もうひとつは長野県伊那市でやっている「アカマツの森 里山再生プロジェクト」というものです。1960年代くらいまでは、焚き木に使うのにアカマツの落ち葉を使っていたんですけど、石油が日本に多く入ってくるようになって落ち葉かきをしなくなってしまったんですね。そうすると、蓄積されたものがずっと山の中に残っていってしまうので、それを熊手でかいて、元の落ち葉のないような状態の森に戻しています。
高橋:「どんぐりの森 里山再生プロジェクト」ではもうずいぶん木は大きくなったんですか?
竹垣:僕の胸くらいまでには育っていってくれています。ただ、雑草が生えるんですよ。ツル状のものが植えた苗木にクルクルまとわりついてくるので、そのツルを切ったり、周りの雑草を刈ったりしています。
高橋:子供たちも活動に参加してるんですか?
竹垣:近くの公園や森からどんぐりを拾ってきて、それを幼稚園、保育園の園庭で育ててもらっています。それを山火事跡のところに植えていこうという、どんぐりプロジェクトという活動をやっています。
高橋:どんぐりというと、この番組でも東北の方に取材で行って、どんぐりを拾って、自宅に持って帰って苗木まで育てようとしたんですけれど、2年連続失敗をしていてるんです。どうしても芽が出てこなかったんですけれど、子供たちはうまくやれているんですか?
竹垣:そうですね。そんなに失敗してはいませんね。。。
高橋:本当ですか。。。
竹垣:緊張しちゃうんじゃないですかね、どんぐりも(笑)育て、育てと思うと、「いやいやちょっともうちょっと温かい目で見て欲しいな」っていう(笑)真剣にやりすぎると緊張しますよね、どんぐりも。だから僕らの発案も正しいことを楽しくというのがテーマなんです。森を育てるとなると、50年60年、それこそ100年掛かっていくものなので、100年間って、人間ってそこまで集中力持たないじゃないですか。だから、楽しいことも織り交ぜながら、なるべく継続して参加してもらおうということでやっているので、地域のワイナリーに行って見学をしたり、そんなこともしながら森と地域とを繋ぐ活動をしているんですね。
高橋:なるほど。今活動されているなかで、将来は里山をどんなふうにしたいというのはありますか?」
竹垣:地元の方が、そこを将来的には地域の人たちが集まれる公園のようにしたいという思いが非常に強かったので、花見の時にはみんなで桜を見れるように桜も街道沿いに多く植えています。あとは生物ですね。森を整備することで虫もたくさん増えてきているので、その虫たちにとっても暮らしやすい環境にしたいですね。今年の8月に下草刈りに行ったときに、蛙がたくさんいたんですよ。トンボや蝶もたくさんいたんですね。自分たちが森を作っていく上で、そういう生物、昆虫といったものがたくさん増えていくと、なんか嬉しいなと思いますよね。そこに僕たち人間も仲間に入れてもらえているような気がして、なんかすごい嬉しかったですね。
高橋:活動を続けてきたなかで、見えてきた課題はありますか?
竹垣:ちょっと目を離すと、雑草やツルがどんどん伸びるんですね。だからこれをどうやって共生していくっていうことですね。共生するとなると、何もしないこともひとつなのかもしれないんですけれども、植えた苗木っていうのは最後まで人間が面倒見ないといけないのかなと思うところもあるので、そこは継続的に手を入れ続けることが必要かなと思います。あとはやっぱり、森で暮らす虫たちにとっても暮らしやすい環境というものがあると思うので、そこを大学の先生たちに相談しながら、人も虫も元気になれる環境を作っていく、それを継続的に長続きさせていくことが必要かなと思います。
高橋:竹垣さんご自身が森のすごさを感じることって何かありますか?
竹垣:問答無用にリラックスできることですね。森の中に入ると、時間を忘れてずっと居ることができます。草刈りって非常に大変な仕事なような気がするじゃないですか。植林するにしても、5000本植えるわけですから、すごい作業という感じがあるんですけど、いざ苗木を目の前にする、草を雑草を目の前にすると、一心不乱にできるんですね。それってなんかこう自然の持つ、森の持つオーラ、力というものが人間にポジティブな影響を与えてくれるような気がします。
高橋:今後の活動予定を教えてください。
竹垣:10月4日、5日に長野県の伊那市でアカマツ林の中に入って、菌根菌調査というのをします。要は松茸狩りに行こうかなと。
高橋:へえ~すごい!
竹垣:アカマツ林というのは土壌に栄養が少ない方がいいんですが、落ち葉かきをしてそういう形にしているわけです。そうすると元々アカマツ林にあったきのこ類がどう出てくれるのかなというのがあるので、そこを調査していきたいと思います。先月に、松茸出たよ、菌根菌発生したよ!という情報が得られたので、ちょっとこれは期待できるかなと思います。
高橋:その菌根菌調査は一般の方も参加できるんですか?
竹垣:はい参加可能ですので、ぜひ「森のライフスタイル研究所」のホームページをご覧ください。
高橋:今日は本当に貴重なお話ありがとうございました。



本日のお話はポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください!


【今週の番組内でのオンエア曲】
・Night Like This / LP
・Mine / Taylor Swift
今週お届けするのは、南の島の「森」のお話をお届けします。
場所は、オセアニアにある島国、パプアニューギニアです。
この島では今、日本の企業の取り組みとして、日本人の手によって、熱帯雨林の保全が続けられているんです。
今日は、この活動を担う公財団法人オイスカ国際事業部長 長宏行さんにお話を伺います。


高橋:これはコスモ石油の森林保全のプロジェクトの一環ということなんですが、なぜパプアニューギニアで活動することになったのですか?
長:コスモ石油さんの支援を受けて本格的に熱帯雨林保全プロジェクトとなったのが2002年ですから、13年位前です。パプアニューギニアは元々は9割以上が熱帯雨林でした。特筆すべきは700くらいある部族のほとんどが森の恩恵を受けて、森とともに暮らしている人たちなんです。
高橋:その森が破壊されてしまったということなんですかね。
長:はい。そうですね。俗にいう戦後ですかね、海外からいろいろな物が入り、人が入り、医療が改善され、人口がどんどん増えていきました。それにつれてかつて9割あった森が6割くらいに減ってしまいました。
その森林破壊の原因なんですが、まずふたつあります。ひとつは海外からの木材を求める業者による伐採です。これが原因の48パーセントくらいを占めます。残り45パーセントくらいが焼畑農業による森林の破壊なんです。国民の8割くらいが農業に従事していますが、その農業というのが焼畑農業なんです。焼畑農業というのは元々持続可能な、自分たちの欲しい作物をつくる分だけ森を焼いて、生産性が悪くなったら、次の森を焼いてという形で回っていくものだったんですね。ところが人口が3倍以上に増えているので、森も3倍以上破壊される。それだけではなく、かつては自分たちの欲しいものだけでよかったのが、いまは換金作物、街で売るものまで焼畑農業でつくるようになっています。焼畑農業が持続可能ではない農業になってしまっているという現状があります。
高橋:そのふたつの理由で森林が破壊される、そこにどんなことで働きかけていったんですか?
長:プロジェクトでは有機農業を教えています。焼畑農業というのは焼いた森の灰を肥料にして作物を育てるのですが、養分がすぐになくなってしまいますので、1年位で駄目になってしまうんですね。しかし有機農業は自分たちで肥料も作りますので、非常に集約的で、狭い面積でできます。また、肥料を街から買ってくるといのは、アクセスの点で森に住む方にとっては難しい。歩いて何日もかかる場所に住んでいる人もたくさんいます。自分たちで肥料が作れれば、森を焼かなくても養分を補充できますので、同じ場所でまた作物ができるんですね。といったところから焼畑農業に替わる農業として有機農法の普及に取り組んでいます。
高橋:じっさいにそうやって有機農法を地元の方に教えるということで現状は変わったのでしょうか。
長:残念ながら、我々は当初はそれでうまくいくと思っていたんですが、やはり、住民の方は豊かになるためにはもっといろんなものが欲しい。そういったニーズにも真摯に耳を傾けて、こちらで色んな物を提供していかなければいけないなと取り組みが変わってきました。たとえば、籐ですね。ラタンという籐の椅子とか、そういったつる性の植物があります。これ現地にはたくさんあります。ジャングルがありますから。ただ、編み方があまりよくわからなかったんです。そこで、その編み方をきちんと教えれば椅子とか色んなものが作れるんですね。こういうことを習得すれば、あえて森を伐採しなくても、彼らは収入を得られる。そういった農業だけではない、多角的に森とともに暮らせるような、持続可能な産業を色々教えています。
高橋:その結果、プロジェクトがはじまって13年ということで、パプアニューギニアの森はどうなりましたか?
長:当初は、森がなくなるということは、言葉としては聞いていたのですが、我々の拠点の周りではジャングルだらけで、正直、住民の方々も実感はあまりなかったんです。ただしかし、ここ5~6年、外資系の伐採業者の方々がどんどん入ってきています。彼らはたくさんのお金を目の前に積んで、ほとんど現金収入のない村の方々に、この土地を売ってくれ、材木を切らせてくれという。現地の人達のリアリティといのは、豊かになりたいんですね。テレビも観たいし、携帯電話も欲しい。そんななかで、現金が欲しいというのは彼らの願いなんですね。
ただ最近、有機農業を教えたり、籐の編み方などいろいろな研修をしていた山奥の三つの村が宣言をしたんです。我々はオイスカさんとコスモ石油さんの事業とともに生きていく。教わったものを活かして、森を切らない、伐採業者には売らないという宣言をしてもらいまして、それで伐採業者が手を引きました。これはとても嬉しいことでした。
高橋:私たち第三者は、森を切らずに保全してと言うのはすごく簡単な事ですが、地元で暮らしている方にとっては、それがお金に変わるのであれば、生活を楽にしたいって思ってしまうのもあたりまえなんですね。森を持ちながらも豊かになろうという意識を変えるのはすごく大変だったんじゃないですか?
長:そうですね。豊かになりたいという人も確かにいるんですが、一方で森の大切さを十分にわかっていて、保全したいという方もいるんですね。そういった思いの人をどれだけ広げて、なおかつ森と生きていく術をどれだけ提供できるか、その運動をどれだけ広げていくかということは、結局は人が変わっていかなければいけない、人づくりなんですね。それを普及させていく人たち、指導員とかインストラクター、こういった方々を育てるのは一朝一夕ではできないというなかで、有機農業の研修事業をやっております。おかげで今では国の中で、職業訓練校という指定を受けまして、州政府からも補助金を受けて、半公的な機関としてやっています。この国唯一の稲作をはじめとした有機農業の研修機関として指定をされて現在に至っております。
高橋:なるほど。世界各国の森に行かれている長さんが考える豊かな森とはどういうものなんですか?
長:そうですね、この間パプアニューギニアの森に現地の方々と行ったんですね。そうしたら、現地の女の子が30分もしないうちに、手にいろいろな草を抱えているんです。それはみんな食べられたり、飾れるもので、生活に必要な物なんですん。なんてこの子たちは豊かなんだろうと、僕はなにもわかっていないのに、と思いました。これが豊かな森だと思います。
ただその豊かな森を守るために、もうひとつ民家の周りには里山ですとか、鎮守の森ですとか、自分たちにとって使えるような木々を植えておくと、原生林のような森をあえて過度に切る必要はなくなる。そういった二層の森をつくることが、我々人間にとっては、結果的に豊かな森になるのかなと思います。
高橋:森の捉え方自体、私たちは考えなおさなければいけないかもしれませんね。そう考えなおせたらすごく豊かになる、いいことがたくさんある感じがします。
長:そうですね。彼らはたくさんの知識があります。そういう意味では、人間そのものを考えてもどちらが豊かなのかなと考えさせられるようなところがあります。そういう財産を持っている人々こそが豊かだと思いますし、そういう財産である森なんだなと思っています。
高橋:今日は本当に貴重な話をありがとうございました。



公益財団法人オイスカ国際事業部長の長宏行さんのお話いかがだったでしょうか。
このインタビューはポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください!


【今週の番組内でのオンエア曲】
・It's A Beautiful Day / Michael Buble
・Need You Now / Lady Antebellum
今週も引き続き、『歩く旅の本』の著者で、作家の福元ひろこさんのお話です。
ヨーロッパ版お遍路さん「サンティアゴ巡礼路」を歩き切り、その後、三重県の伊勢神宮から、和歌山県・熊野本宮大社まで、世界遺産・熊野古道220キロを歩いて旅した福元さん。
すごいのは、この方、本当に一人で歩いちゃったということ。
女性一人の歩く旅。きっと怖い思いもしたんじゃないでしょうか。


高橋:本を読んでいると、虫がたくさん登場しますが、福元さんは虫は大丈夫なんですか?
福元:私は虫、本当にダメなんです。小学生の頃はダンゴムシを平気で捕まえていたんでたんですが、いまは、肘にアリがあがってきたくらいでギャーってなってしまいます。
高橋:でも、自然が豊かな場所だからいるわけですよね。
福元:ギャーっていって逃げるしか無いですよね。危害を加えてこない虫ならば、やはりそういうところを歩かせていただいているので、自然も神様、虫も神様と思うしかないですね。私は8月に歩いたので、アブが結構いたんですが、アブって二酸化炭素に反応して、ずっと追いかけてくるんですね。でも息止めて歩く訳にはいかないじゃないですか。だから逃げ惑っていました(笑)虫が嫌な人は虫がいる時期を避ければいいんですよ。私は中辺路という、別の熊野古道の道も歩いたんですが、それは10月だったので、虫はいませんでした。その代わりにウリ坊が歩いていました。
高橋:ウリ坊がいるっていうことは親もいますよね。
福元:そうなんですよ。ウリ坊が5匹位で道路を横切っていたんですが、背中にちゃんとシマリスみたいな縞があって、可愛い!と思って見てたんですが、はっと気づいたんですよね。親がいるって。それで親を目撃する前に逃げました。
高橋:ひとりで歩かれていると、ピンチなときってたくさんありますよね。
福元:そうですね。私、ピンチの沸点が低いんで(笑)でも、自分でどうにかするしか無いじゃないですか。だから私、ひとりでそういう中を歩く人のほうが、目に見えた神秘体験はなくても、神みたいなものを感じると思うんです。やはり自分の力だけでは歩ききれないし、ピンチをクリアできないんですね。なので、歩かせていただいているというか、神様助けてください、みたいな感覚、自分以外の大いなるものの存在を感じないと、歩き通せないんじゃないですかね。だから世界中の宗教で巡礼の道があるんでしょう。私はどの宗教にも属していませんが、やっぱり歩き終わるとなにか大いなる存在、それは自然なのか生命力なのかなにかわかりませんが、目に見えない大きなもの、サムシング・グレートを感じますよね。



実際本の中で福元さんは、旅を続ける中でいろんな人に助けられたと書いています。
そんな経験もしながら、福元さんは、本当に長い距離を、ひたすら、一人で歩き続けたわけですが、ただ黙々と歩き続けるというのはどんな気持ちなんでしょうか。


高橋:歩くといってもとても長い距離じゃないですか。ヨーロッパでは1000kmですし、日本では200km以上ですよね。歩いている間はなにを考えているんですか?
福元:そもそもは、自分の人生のことをいろいろ考えたいと思って歩こうと考えたので、そういうことを考えようとしていました。しかしとにかく最初は体力もないので「辛い」とか「いつ着くんだろう」ということばかりで、先のことが考えられないんですよ。もう必死なので、一時間先のことも考えられない。それからしばらくして体が慣れてくると、肉体的な辛さがなくなってくるんですけれども、そうすると考え事ができるかと思いきや、淡々と単調なリズムで歩いていると、ちょっとした瞑想のような状態になってきて、思考回路が止まってしまうんです。体がフルに運動していると、ろくに物を考えられず、とにかく五感がどんどん敏感になっていきます。たとえば、山用の分厚いブーツを履いているにもかかわらず、砂利の一粒一粒が感じられるようになっていったり、なんとなくここで空気が変わったっていう匂いを感じたり、五感で感じるという部分が大きくなっていくので、考えるという部分は止まってしまう感じでしたね。その中でも考えていたことがあるとするならば、昼ごはんはなににしようかということですね。もう食べることばかり(笑)
スペインの自然って、まっ平らで、ずっと地平線まで見渡せて、180度地で、180度空なんですよ。ですので、天と地と私というなかで歩いていると、もう考えるというよりも、自然に近くなるというか、人間だって自然の一部じゃないですか。なので、昼ごはんどうしようかなという(笑)それだけしか考えていなかったですね。
高橋:本当になにもないところで考えることが本当の自分の欲求なのかもしれないですね。
福元:でも都会にいると思考を止めるのって難しいじゃないですか。すぐ考えてしまう。でも歩いていて気づいたんですが、頭が動いている時って、意識は今ここにないんですよね。考えているということは前か後ろなんですよ。未来のことを考えていたり、過去のことを考えていたり。だから、考えた瞬間に意識はここになくなるんですね。意識がここにあるときっていうのは、感じている時なんですね。ということを歩いていて学びましたね。だから、歩いていると本当に感じる感覚だけです。
高橋:それを体験するためにも、自分の限界を超えて、他に何も考えられなくなるくらい歩いてみるという経験ってしてみたいですね。
福元:いいと思いますよ。大切なことは、歩くことで物理的な荷物も心のなかの不要なものも捨てていくことだと思うんですが、気をつけないと長い距離を歩くことが偉いと考えてしまいがちです。しかしそれは歩く旅の逆のことだと思っていて、道を歩くこと、自然の中を歩くことで学べることって、競争は必要ないし、正しい道もない、偉いとか偉くないということもないということなのです。なので、自分の感覚を信じて一歩踏み出してください。



福元さんは今月からまた歩くたびに出発しているそうです。2ヶ月かけて、フランスから、スイスのアルプスを越えてローマまでの旅だそうです。気をつけて行ってきてくださいね。
この『歩く旅の本 伊勢から熊野まで』は、東洋出版から出ています。ぜひお手にとってみてください。

今日ご紹介した内容はポッドキャストでも配信中です。
こちらもぜひお聞きください。


【今週の番組内でのオンエア曲】
・年貢 for you feat. 旗本ひろし、足軽先生 / レキシ
・やわらかくて きもちいい風 / 原田郁子
さて、今週も引き続き、『歩く旅の本 伊勢から熊野まで』の著者で、作家の福元ひろこさんのお話、お届けします。
2010年、スペイン北部の世界遺産、サンティアゴ巡礼路・1000キロさらに三重県・伊勢神宮への道、世界遺産・熊野古道およそ220キロを全て徒歩で旅したという福元さんの、旅のお話、そして、旅の中で出会った「森」のお話です。

30代なかばの会社員時代、将来に想うところがあり、ヨーロッパ版お遍路さん「サンティアゴ巡礼路」や、伊勢、熊野の巡礼路の旅をスタート。「歩く旅」にハマってしまったという福元さん。
実は最初は、かなり行き当たりばったりだったそうです。
歩く旅の楽しさ、そして大変さについて、色々と語って頂きました。


◆ヨーロッパの巡礼路と日本の巡礼路
高橋:サンティアゴ巡礼路は1000km、熊野古道も200km以上ということで、トレーニングも相当されたんですか?
福元:伊勢路を歩いた時に関しては全くしていないです。なぜならば、行こうと決めてから出発までに時間がなかったから。
高橋:どのくらいだったんですか?
福元:2週間位ですね。サンティアゴを歩く前は低い山に登ったり、実際に自分が背負うのと同じ重さの荷物を背負って、都内を20kmくらい歩いたりしました。また、箱根の旧街道、箱根湯本から芦ノ湖のほうまでいく道も歩きました。ただ、それは途中でギブアップしました。だからトレーニングにはなってない(笑)荷物を背負っていたので辛くて、途中で断念しました。
だから、トレーニングと言っていいのかわかりませんが、それで重要だったのは、この重さは背負えないとわかったことですね。なので、さらに荷物を減らしました。不安になると人ってものを持ちたがるんですよね。不安が大きければ大きいほど荷物が重くなり、不安がないと荷物が軽いんですよね。本当に困ったときは現地調達すればいいんですけどね。
高橋:ヨーロッパの巡礼と日本の巡礼って、大きな違いはなんですか?
福元:いちばん大きな違いは、私が歩いたヨーロッパの道は有名な道で、世界中からの巡礼者がたくさんいましたが、伊勢路は歩いている人はそんなにいなかったということです。あとは自然も全然違いますね。だいたい同じくらいの時期に日本もヨーロッパも歩いたんですが、ヨーロッパのほうは乾いているんですよね。それに比べて日本の道は8月で真夏にもかかわらず、すごくしっとりしているというか、雰囲気が全く違いましたね。ヨーロッパのほうが開放的というか、パーンと開けている感じがするのに対して、熊野の語源は奥まっているとか、こもる場所という由来があるくらいな場所だからかもしれませんが、神秘的な雰囲気が濃かったですね。
高橋:本を読ませていただくと、熊野古道は峠が多かったりして、森の中を歩いているイメージがしたのですが、森という点では日本とヨーロッパの違いはありましたか?
福元:ヨーロッパで私が歩いた道は、森を通過することはほとんどないんですね。恐らくヨーロッパでは、赤ずきんちゃんのお話にもあるように、森って怖い存在、なにか魔的なものがあるので避けるべき、忌み嫌うものだと思うんですよ。だからおそらく巡礼の道もなるべく森を突っ切らなかったんじゃないかという感じがしています。
それに対して日本は、峠をガンガン突っ切っていくわけですが、日本って滝がご神体で神様だったり、自然の中に神様を見出す感覚があると思うんですね。だからなのか、日本の巡礼路は森のなか、山のなかにどんどん入っていきます。ヨーロッパでは避けるものというものに対して、日本では敬い、入れていただき、そこで清めさせていただいたりするものという感じがしましたね。
実際この伊勢路も峠に入った瞬間、空気が変わるんですよね。それはもちろん緑がいっぱいあるので、ひんやりして涼しくなるという感覚もあるんですけれども、それだけではなく、なんともいえない神聖な雰囲気、きっと昔の人もそこに神を感じたりしていたのかなと思いながら歩いていました。
高橋:女性一人で歩いていて怖いなと思うときってありませんでしたか?
福元:日本の峠を歩いている時は、毎日怖かったですね。
高橋:それって、何に対しての恐怖でしたか?
福元:色んな種類の恐怖がありましたね。ひとつは、女の鬼と書く「女鬼峠」という峠があるのですが、それは単に幽霊的なものに対する怖さがありました。地名って由来があるわけじゃないですか。なので、オドロオドロしい恐ろしさを抱えて歩いてました。
でも、峠によって個性が違うので、ある峠に入った時は、神秘的な、畏れ多いってよくいいますが、自然の持つ神々しさを感じる峠もありました。熊野の奥に入って行くと、そちらのほうが多いですね。だから、一人で歩いているということもありますが、峠に入るときは思わず「失礼します」みたいな、神社の鳥居に入っていくような気持ちになってしまいます。実際つぶやいていましたが(笑)
で、「無事歩かせてください」みたいな気持ちで、実際につぶやいたりして歩いたんですが、そうするとちゃんとそういうところにはお地蔵様があったりするんですよね。あとで地元の方に聞きましたが、道路にあるお地蔵様って、道を歩く旅人がちゃんと無事に歩けるようにって守ってくれるためにあるそうです。多分昔の人も、そういう畏怖の念を感じて、歩かせてくださいって思って歩いたんだろうな、というのが感じられる道でしたね。
高橋:そういうのも感覚が研ぎ澄まされて感じるようになってくるんでしょうね。
福元:それはあると思います。わたしも初日よりも2日目、2日目よりも3日目、3日目よりも7日目というふうに、歩く日を重ねるとどんどん敏感になっていく感じがしますよね。車できて、峠だけ歩かれる方とかもいらっしゃったんですが、それはそれで歩き方として、もちろんいいと思うんですが、やはり峠だけを歩くとなると、あまり異空間の体験はしづらいかもしれないですね。



今回ご紹介した内容はポッドキャストでも配信中です。
こちらもぜひお聞きください!

次回も福元ひろこさんのお話をお届けします。
どうぞお楽しみに。


【今週の番組内でのオンエア曲】
・ポピュラー・ソング with MIKA / Ariana Grande
・Shake It Off / Taylor Swift
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高橋万里恵
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