ON AIR REPORT オンエアレポート

1月17日ピアノでめぐり逢い ゲスト:宮田大さん

2010.02.08


1月も中旬。受験シーズンが本格的になってきています。
今日も、先週に引き続き・・・大きな試験=コンクールに見事合格!
そう、昨年11月にパリで行われた、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールで見事優勝した
チェリストの宮田大君をお迎えしました。

宮田大さんは、夜よく久石 譲さん作曲の<アシタカせっ記>(エンディング)を聴いて、
落ち着くそうです。
試験に臨む皆さんは、どんな音楽を聴いて落ち着くんでしょうか?
色々メッセージ送ってくださいね。

そして、今日も生演奏の共演をお楽しみいただきました。
モーリス・ラヴェル作曲<亡き王女のためのパヴァーヌ>。
いかがでしたでしょうか?
  
さて、今夜はショパンの<幻想即興曲 作品66>にのせて、
ショパンの歴史を振り返りました。
幻想即興曲 作品66は、ショパン25歳の作品です。
4曲ある即興曲のうち、実はこの曲が一番最初に作られたんですが、生前には出版されず、友人のフォンタナによって、1855年に出版されました。
その際に<幻想即興曲>というタイトルがつけられたと言われています。

即興曲とは、即興で演奏しているような自由な雰囲気をもつ曲ですが、
即興で作曲した曲ではありません。
でも実際に、ショパンの即興演奏もベートーヴェンやモーツァルトと同様に、素晴らしかったと言い伝えられています。

ショパンのピアノ曲には今回の幻想曲をはじめ、ノクターンやスケルツォなどという
名前が付いていますが・・・それらは「性格的小品」と呼ばれます。
性格的小品=キャラクター・ピースとは、主にロマン派およびその前後の時代に、
自由な発想によって作られた、特定の気分や標題を想起させる短い楽曲です。
例えば、即興曲,無言歌、幻想曲、カプリッチョ、スケルツォ、バラード、マズルカ、ワルツ、
ポロネーズ、ノクターン、などなどです。
これらは比較的短い楽曲ですので、気軽に親しめるものが多いと思います。
是非、落ち着かない夜は、こんな演奏を聴いてみてはいかがでしょうか?

来週もお楽しみに!

1/10 ピアノでめぐり逢い ゲストは宮田大さん!

2010.01.10



横山幸雄です。
今日は、スペシャルゲストに昨年11月にパリで行われた、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールで見事優勝された宮田大さんをお迎えしました。

宮田さんは、1986年生まれ。
桐朋学園大学ソリスト・デイプロマコース卒業して現在ジュネーヴ音楽院、
クロンベルク・アカデミーに在籍しています。

昨年の2009年11月、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールにて第1位!
このロストロポーヴィチ国際チェロコンクールとは、
世界的チェリストだったムスチスラフ・ロストロポーヴィチ氏にちなんで設けられ、
およそ4年に1回開かれている世界的なチェロコンクールです。

宮田さんは、そのときのことを
コンクールというと間違えないようにということばかり意識してしまいがちだけれど、
自分の演奏が出来れば良い、という気持ちで臨んだ、と振り返っていました。

そんな宮田さんと、
今日はサン・サーンス作曲 組曲≪動物の謝肉祭≫より <白鳥>を
共演しました。

そして、宮田さんとともにショパンの24歳頃を振り返りつつ、
ショパン作曲 <マズルカ 作品24-1,2,4>をピアノの生演奏でお送りしました。

この作品24は4曲でひとまとまりの作品で、1834年−35年頃
ショパンが24歳から25歳の頃に作曲されました。
ちょうどショパンがパリで活動を開始して4、5年が経ち、
作曲家としてもピアニストとしても波に乗り、充実した日々を送っていた時期です。
1834年5月には、メンデルスゾーンに招待されてドイツでの音楽祭に出かけたり、
12月にはパリでベルリオーズやリストの演奏会に出演したりと、
ショパンの人生の中でもこの頃は最も忙しく充実した日々だったのではないでしょうか。
また、マズルカは作品6、7、17とこれまでも何度かお届けしてきましたが、
ショパンの生涯で作曲したマズルカは60曲以上と、ショパンが最も多く作品を残したジャンルです。
マズルカを辿っていくと、
その時々のショパンの心情がまるで日記のように表れている感じがします。

来週も宮田さんとともに共演したいと思います。
是非お聴きのがしなく!

横山幸雄

1/3 ピアノでめぐり逢い

2010.01.08


いよいよ2010年となりましたね! 
皆様あけましておめでとうございます。

さて、2010年 第一弾の今夜は、まさに今年、
生誕200年の記念年となるショパンの特集でお送りしました。

今回は少し趣向を変えて、「ショパンが影響を受けた作曲家・バッハ」というテーマで、
作曲家・演奏家としてのショパンの背景に迫りました。

ショパンは、バッハの作曲法から多くを学んでいたと言われています。
それは、ショパンの音楽、そしてショパンが弟子に語った言葉などの様々な記録から分かります。
ショパンは、弟子に「バッハを勉強しなさい、ピアノ上達のためには、一番の方法です」と語り、
自身も28歳でマジョルカ島に行ったとき、唯一持って行ったのは、バッハの<平均律クラヴィーア曲集>でした。
そしてショパンの作曲した<前奏曲集作品28>は、
バッハの<平均律クラヴィーア曲集>影響を強く受けています。
その他、ショパンが熱心にバッハの作品を弾く姿は、いろいろな記録に残されています。

ショパンの生きたロマン派の時代というのは、
それまで古典派が音楽構造や形式を重視したのに対して、
感情を自由に表現しようという気運が高まった時代でした。

ショパンの作品には、ロマン派特有の叙情的な美しさだけでなく、
古典派に見られるような確固とした音楽構造があり、
そのバランスがショパンの魅力につながってるんじゃないかと思います。
  
また、ショパンが同時代や後世の作曲家たちに与えた影響もはかり知れません。
このことについては、また折をみてお話ししたいと思います。

今年も、番組では生演奏とともにショパンのあれこれをお話しますので、
是非、お聴きいただければと思います。

横山幸雄

12/27 ピアノでめぐり逢い

2010.01.08


早いもので、もうすぐ2009年も終わりですね。
皆さんはどんな一年でしたか?

さて、今日の「ショパンコーナー」では、
20代半ばへと差し掛かり、最も精力的に創作活動に
取り組んでいるころのショパンを、僕の生演奏とともに辿りました。

お届けした生演奏は、
ショパン作曲 <マズルカ 作品17>より第2番、第4番です。

マズルカとは、ポロネーズとともに、ポーランドにおける郷土の色合いを濃く残す民俗舞曲です。
ショパンは生涯にわたってマズルカを書き続けています。

このマズルカ Op17は、1832−33年作曲されたもので、
リーナ・フレッパ夫人に献呈されました。
マズルカそのものは手稿譜が失われたものを含めると60曲ほどあり、番組の中でもこれまで作品6、7、と紹介してきました。

さて、来年はいよいよショパン生誕200年。
ショパンの演奏会シリーズも佳境を迎え、
僕にとっても記念の一年になるんじゃないかなと思います。

番組では、来年も引き続き、ショパンのヒストリーを追いながら
たっぷりと生演奏をお届けしていきたいと思います。
是非楽しみにしていてくださいね。

横山幸雄

12/20 ピアノでめぐり逢い

2009.12.21


横山幸雄です。
いよいよ今週はクリスマスですね!
僕のクリスマスは、26日の公演に向けて練習の日々ですが、
終わったら是非改めてお祝いしたいものです。

さて、今夜も、先週に引き続きチェリストの古川さんをお迎えしました。
古川さんはクラシックにとどまらず、ポップスやジャズ、タンゴなどジャンルを超えて、
いろいろな音楽をカヴァーしたり、
邦楽とのコラボレーション「古武道」としての活動もなされるなど、幅広く活躍されています。
そんな古川さんとともに、今週も生演奏をお届けしました。

そして、生誕200年を迎えるショパンのコーナーでは、
ショパンの<スケルツォ第1番 ロ短調 作品20>にのせて、ショパンの歴史を振り返りました。

スケルツォとは、もともと「冗談のような」「ふざけた」という意味ですが、
ベートーヴェンなどの交響曲やソナタの楽章として用いられていました。
ショパンはそれを独立して用いて、表現の幅が広い、
劇的な効果を生み出すような音楽にしたんですね。
このスケルツォは、ポーランドを離れたショパンが最初に手掛けた
ピアノ独奏の大きな曲になっています。

ショパンの手にかかると、もともとの「冗談のような」「ふざけた」という意味からは
ずいぶん離れているような気がしますよね。

来週は、ショパンのことをより深く、お話したいと思います。
お楽しみに!
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