ON AIR REPORT オンエアレポート

ロシア革命記念日にちなんで「ロシア革命と音楽」

2016.11.07


今夜もお聴きいただきありがとうございます。

日付変わって11月7日は、ロシア革命記念日。1917年の11月7日、ロシア10月革命でソビエト政権が樹立されました。
いつの時代も芸術は政治や社会情勢の影響を受けていますが、ロシア革命も例外ではありません。今夜は、「ロシア革命と音楽」というテーマで、革命前後に活躍した音楽家に注目します。

<プレイリスト>
M1 チャイコフスキー《ピアノ協奏曲第1番》 より 第1楽章/ 横山幸雄(ピアノ)、小泉一裕(指揮)、東京都交響楽団

M2 ラフマニノフ作曲《エチュード 変ホ長調 作品39-5 》/ 横山幸雄(ピアノ) アルバム『ラ・カンパネラ』より

M3 プロコフィエフ作曲《ピアノ協奏曲第3番》より 第1楽章 /マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、クラウディオ・アバド(指揮)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

チャイコフスキーはロシア革命前に大活躍した作曲家の代表です。横山さんもこどもの頃から大好きでした。
チャイコフスキーの作風は西洋音楽の伝統を受け継ぐ流れにぞくしていますが、ロシア革命前には、「近代ロシア音楽の父」と呼ばれるグリンカからはじまり、ロシア5人組とよばれたボロディン、キュイ、バラキレフ、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフに受け継がれた民族意識を全面にだした音楽も生まれていました。

ラフマニノフ、ストラヴィンスキー、プロコフィエフは、革命をはさんで活躍した作曲家です。
ロシア革命後には、社会の構造もがらりと変わりました。ロシア革命を主導したレーニンの芸術に対する基本的な考えは「芸術は人民に属するもの」。この理念に合わないとみなされた芸術は、容赦なく切り捨てられました。その結果、ロシア革命の直後から文学者、画家、音楽家など芸術家たちの国外亡命が相次ぐことになり、それらの亡命芸術家たちの行き先は、パリをはじめとしたヨーロッパ、アメリカ、そしてプロコフィエフのように日本を訪れた芸術家もいたのです。

ラフマニノフは、革命後にパリへ、その後はヨーロッパとアメリカで活躍しました。
お送りした「エチュード 作品39−5」は1916年、革命まっただ中で作曲されています。

プロコフィエフは、革命後、アメリカへわたり20年ほど後に、祖国に戻った珍しい芸術家です。
お送りした「ピアノ協奏曲」のモダンな雰囲気は、最後のロマン派・ラフマニノフとは全くちがう印象ですね。

来週は、11月生まれの作曲家、フンメルに注目します!お楽しみに。



ラヴェルのピアノ曲と歌曲を(Voyage Vol.11特集)

2016.10.31


今夜もお聴きいただきありがとうございます。

今夜は来月11月27日に行う「 Voyage Vol.11 」についてご案内しました。
2011年よりスタートした三鷹市芸術文化センターでの『voyage(ヴォヤージュ)』シリーズ(全12回)も残すところあとわずか・・・。
第11回は、昨年の第10回でも取り上げた作曲家、ラヴェルの中期の作品を中心に演奏します。
今回はピアノ曲のみならず、メゾソプラノ歌手の林美智子さんを迎え、歌曲にもスポットを当てます。

<プレイリスト>
M1ラヴェル作曲《前奏曲》/ジャック・ルヴィエ(ピアノ)

M2ラヴェル作曲 歌曲集《博物誌》 より<はくちょう>/レジーヌ・クレスパン(ソプラノ)、フィリップ・アントルモン(ピアノ)

M3ラヴェル作曲《クープランの墓》 より<メヌエット>/水戸室内管弦楽団、小澤征爾(指揮)

M1は、1913年作曲。もともとは、ラヴェルがパリ音楽院のソルフェージュ試験(初見演奏)のために用意した課題曲。
その試験で1位を獲得した、当時15歳だったジャンヌ・ルルー嬢に献呈されました。
途中右手と左手が交差するなど、初見で弾くには難しい箇所もありますが、わずか1分20秒の曲にラヴェルらしさも十分に感じられる曲です。

M2は、1906年頃に作曲。ルナールの散文『博物誌』の中から「孔雀」「こおろぎ」「白鳥」「かわせみ」「ほろほろ鳥」の5つを取り上げ
ピアノ伴奏の歌曲に。横山さんは「フランス語の朗読をそのままメロディーにして、ピアノの伴奏でその世界を作り上げたような作品です。楽器演奏家にとっては、歌曲の言葉を通じて作曲家を知ることができる。どんな言葉のときどんな音楽なのか、パリでよく学んだ親しみ深い作品です」とお話しました。

M3は、演奏会ではピアノ・ソロで弾く曲の管弦楽バージョン。
ラヴェルは完成された作品としては、40曲ほどしか作曲していません。
ピアノのための作品としては13の作品があり、そのうち7つは管弦楽に編曲されています。
「オーケストラ・バージョンがある曲は、ピアノで弾くときにもイメージしやすくなります。オーケストラのどの楽器を割り当てているかで、ラヴェルがイメージしていた音色がわかるからです。オーケストラの曲をピアノにアレンジした「ヴァルス」という作品もあります。
2台ピアノで弾くと、オーケストラの多くの楽器をピアノで2人分20本の指で表現できるので、1台で弾くよりオーケストラに近づくことができます。」
横山さんがパリに留学した年、ラヴェルは没後50年でした。50年前までこの地にいたのかと感じ、横山さんがパリで師事した(今日1曲目の)ジャック・ルヴィエ先生の先生、そして、横山さん自身もプライベートレッスンを受けていたペルルミュテール先生は、ラヴェルの直接の弟子でした。ラヴェルの孫弟子である横山さんにとって、大切で特別な作曲家・ラヴェルです。

横山幸雄「 Voyage Vol.11 」
日時:11月 27日 (日)、午後3時開演
場所:(東京)三鷹市芸術文化センター 「風のホール」
【ゲスト】 林 美智子(メゾソプラノ)
曲目: 歌曲集『博物誌』(詩:ジュール・ルナール)、歌曲集『シェエラザード』(詩:ジュール・ルナール)、「前奏曲」、「ボロディン風に」、「シャブリエ風に」、「クープランの墓」

来週は、ロシア革命前後に活躍した作曲家をご紹介します!お楽しみに。



食の秋です。美食家・ロッシーニに注目!

2016.10.24


今夜もお聴きいただきありがとうございます!

おいしい食べ物がたくさんある秋ですね!
ワインと美味しいものが大好きな横山さんは「秋の食べものの話をすると、番組が始められませんからね・・」
と好物はあえておしえてくれずに始まった今回の「ピアノでめぐり逢い」。

食にまつわるエピソードが満載の作曲家、
クラシック音楽界随一の美食家といえば・・・ロッシーニです。
今夜はロッシーニの人生と作品を紹介しました。

<プレイリスト>
M1 ロッシーニ作曲:歌劇《ウィリアム・テル》序曲
   フィルハーモニア管弦楽団、リッカルド・ムーティ(指揮)

M2 ロッシーニ作曲:歌劇《セビリアの理髪師》より序曲
フィルハーモニア管弦楽団、リッカルド・ムーティ(指揮)

M3 ロッシーニ作曲 :《老いのいたずら第4集》より<4つのデザート(乾燥果実)>第4曲「はしばみの実(ヘーゼルナッツ)」
   アレッサンドロ・マランゴー二(ピアノ)

1792年、イタリアのペーザロで生まれたロッシーニは、18歳でオペラ作曲家としてデビュー、
19年間に39ものオペラを書き上げた天才作曲家です。

24歳のとき、「セビリアの理髪師」を書き人気を不動のものとし、
37歳の「ウィリアム・テル」が最後のオペラ作品です。

その後は、オペラ界からは引退。ピアノ曲や宗教曲を書いていますが、フランス国王からの終身年金を得て、
レストランの経営と養豚業にいそしみ、美食の世界の追及、グルメ三昧の日々を送ったそうです。

フランス料理によくある「○○のロッシーニ風」は、ロッシーニの名前にちなんだもので
特に有名なのは、”トゥルヌド・ロッシーニ”(牛ヒレ肉のロッシーニ風)と呼ばれる料理。
ステーキの上に、トリュフとフォアグラを乗せた贅沢な一皿です。
イタリア料理にも、マリア・カラス風とか、シャリアピン・ステーキなど音楽家の名前が出てきます。

後年に書いたピアノ曲《老いのいたずら第4集》には、<4つの前菜>と<4つのデザート(乾燥果実)>という
ロッシーニらしいタイトルの作品があります。
<4つの前菜>は「ラディッシュ」「アンチョビ」「ピクルス」「バター」、
<4つのデザート>は、「干しイチジク」「アーモンド」「干しぶどう」「はしばみの実(ヘーゼルナッツ)」です。

ロッシーニは、ベートーヴェンより22歳年下ですが、真逆の人生を送った作曲家ですねと横山さん。
音楽と芸術に人生をささげたのがベートーヴェンだとすれば、ロッシーニは人生を楽しんだ人。
コミカルで楽しく聞きやすいメロディーが、どんどんわいてくるモーツァルト・タイプだったのかもしれません。
ある意味うらやましい人生です。
たいへん人気があったので、ショパンも自作の「タランテラ」の軽快さを「ロッシーニ風」と呼んだり、
のちのサティなどにも影響を与えています。

FM FUKUOKAをお聴きの皆さま。
今月でお別れですが、またコンサートなどでお会いしましょう。ありがとうございました!

来週は、三鷹のコンサートシリーズ<ヴォヤージュ>第11回のプログラムから
ラヴェルのピアノ曲や歌曲に注目します。お楽しみに!




『トーク&ライブ・イン・福岡』イベントレポート

2016.10.10


福岡で初となる公開収録



『CELVIANO Grand Hybrid presents 天才ピアニスト 横山幸雄のピアノでめぐり逢い』。福岡で初となる公開収録が過日9月23日、福岡レソラホールにて行われました。会場には抽選で選ばれたリスナー200名が来場し、横山幸雄さんのCELVIANO Grand Hybridによる生演奏とトークを楽しみました。ロビーにはCELVIANO Grand Hybrid の試奏ブースも設けられ、多くのリスナーが実際に音を出し、音色やタッチを確かめる姿も。途中リスナーからの質問コーナーでは、横山さんの思い出を交えた楽しいトークもあり、会場は大いに盛り上がりました。




TOKYO FMで10月9日(日)と、10月16日(日)、FM FUKUOKAで10月13日(木)、10月20日(木)と、2週にわたって、このイベントの模様をお届けいたします。

ショパンを中心に6曲を生演奏

今回演奏されたのは、このイベントのために横山さんがセレクトした6曲。1曲目に演奏されたシューベルトの《 4つの即興曲 op.90 》第2番は、非常にポピュラーな作品です。歌曲を多く遺したシューベルトのピアノ曲には人の声が感じられる作品が多い中、この曲は速いパッセージの連続でピアノならではの表現が楽しめる一曲となっています。

続いてはショパンの20代前半の代表的な作品より、《 バラード第1番 op.23 》と《 アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ op.22 》の2曲が演奏されました。ショパンをライフワークとしている横山さんにとって「ピアノを弾くときに一番自然体で普通に弾けるのがショパン。自分自身に完全に馴染んでいる作曲家」とのことです。早熟の天才として知られるショパンは、すでに10代にして多くの作品を遺していますが、20歳になると生まれ故郷のワルシャワを去り、父親の祖国であるフランスのパリへ向かいます。ウィーンを経由して翌21歳でようやくパリへ到着しますが、ちょうどその頃に着手された作品です。そしてショパンの若き晩年に書かれた《 舟歌 op.60 》も演奏されました。舟歌とはもともとヴェネツィアのゴンドラの船頭が船を漕ぎながら歌うバルカローレを模した音楽。恋人ジョルジュ・サンドとのヴェネツィア旅行を楽しみにしていたと言われるショパンですが、結局それは叶わず二人は別れを迎えます。



ショパンに続いて演奏されたのはリストの《献呈》と《ラ・カンパネラ》。リストは1500曲以上ともいわれる膨大な数の作品を遺していますが、その中には編曲作品も多く含まれています。「ピアノの魔術師」と呼ばれるリストですが、実は編曲の名人でもありました。今回演奏された《献呈》はシューマンの歌曲がもとになっており、《ラ・カンパネラ》のオリジナルはパガニーニのヴァイオリン協奏曲です。リストはさまざまな作品をピアノ独奏用に編曲していますが、単なる編曲にとどまらず「リストの作品」として生まれ変わらせています。当時、オーケストラやオペラなどの大規模な作品が演奏される機会は限られていたため、こうしてピアノ一台で演奏できるように編曲することが求められていたといえるかもしれません。



リスナーの方からの質問コーナー

FM FUKUOKAのこはまもとこさんとのトークパートでは、リスナーからの質問にじっくり答えてくれた横山さん。「暗譜のコツは?」と訊かれ「やはりピアニストにとって暗譜で演奏することは大変なことでストレス。ただし覚えるのが難しいのではなく、覚えたものを間違えずに弾くことが難しい。覚えるときは頭の中に整理棚をつくって、必要なときに正しい場所をぱっと開けられるようにしておくことが大切」との答えに、会場からはどよめきも。また、10歳の男の子から「子どもの頃、勉強は得意でしたか?ピアノはどのくらい練習していましたか?」と質問され、「得意な分野は体育と社会科。反対に算数、理科など理科系が苦手。数字をみていると頭がクラクラ(笑)…10歳の頃はだいたい1日4?5時間ピアノの練習をしていた」など子ども時代の思い出も語ってくれました。



CELVIANO Grand Hybridについて

今回は6曲全てをCELVIANO Grand Hybridのベルリン・グランドで演奏した横山さん。弾き心地について尋ねられると、「電子ピアノには、誰が弾いても同じという画一的なイメージがありましたが、昔のものとは全くの別物で、表現力が非常に広がったと思います。このピアノ(CELVIANO Grand Hybrid)は微妙なタッチにも繊細に反応してくれて、何人かの演奏者で弾き比べをしたら、ピアノ自体が変わった?と思うほど違った音色に聞こえるのではないでしょうか。」と電子ピアノの進化に驚いていました。



今年デビュー25周年を迎えた横山さん。今後の演奏活動にもますます注目が集まります。なおこのイベントで演奏した音源は、『天才ピアニスト 横山幸雄のピアノでめぐり逢い』のホームページで聴くことができます。合わせてお楽しみください。

⇒『トーク&ライブ・イン・福岡』公開収録音源はこちら

【演奏楽曲】
・シューベルト:4つの即興曲 op.90 より第2番
・ショパン:バラード 第1番 op.23
・ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ op.22
・ショパン:舟歌 op.60
・リスト:献呈 S.566
・リスト:ラ・カンパネラ S141-3


10月生まれの作曲家 リストに注目!

2016.10.03


今夜もお聴きいただきありがとうございます!

10月生まれの作曲家、フランツ・リストの生涯をお送りしました。

<プレイリスト>
M1 リスト 《超絶技巧練習曲》より 第4曲<マゼッパ>
横山幸雄(ピアノ)(1998年のアルバム/ハンガリーのリスト協会から国際フランツ・リスト賞レコードグランプリ最優秀賞を受賞)

M2 リスト 《3つの演奏会用練習曲》より第3曲<ため息>
横山幸雄(ピアノ)2006年「ラ・カンパネラ〜ヴィルトゥオーゾ名曲集」

M3 リスト 《二つの伝説》 より第1曲
<小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ>
アルカディ・ヴォロディス(ピアノ)

M1は、「ピアノの魔術師」と言われるリストの華やかなピアニズムが存分に味わえる作品。原曲はリスト15歳の時に作曲されました。

M2は30代の作品

M3は、宗教活動に従事した1860年代の作品です。

リストは、当時、完成したばかりのピアノという楽器の魅力を引き出したピアニスト、作曲家、教育者。超絶技巧、美貌、派手な演奏スタイルで聴衆を熱狂させたスターで、「リサイタル」を始めた人でもあります。それまでは、オーケストラあり、独唱あり、というガラ・コンサートスタイルが主流でした。
編曲の天才で、交響曲、オペラ、歌曲などをピアノ独奏用に編曲し、リスト独自の作品に発展させました。リサイタルなどでいろいろな曲が人々に求められたためとも考えられます。

リストの生涯は・・
1811年10月22日、ハンガリー(現オーストリア領ライディング)生まれ
11歳でデビュー演奏会
12歳でサリエリに師事
16歳で演奏活動一時停止、パリへ
21歳ショパンとしりあう
24歳マリー・ダグー伯爵夫人とスイスへ駆け落ち
25歳パリへ戻り、サロンでの演奏再開
演奏旅行で華やかにヨーロッパを回ったあと、
36歳 カロリーネ・ザイン=ヴィットゲンシュタイン侯爵夫人と出会う / ピアニストとして最後の演奏会
37歳からはワイマール宮廷楽長をつとめ、
50歳でローマへ。 カロリーネとの結婚が成就せず、二人で修道院へ入ります。
その後の宗教活動の時代、無調性の音楽を作った晩年を経て、
74歳で亡くなっています。

リストは、人生とともに作品のスタイルも変わった作曲家、
リストの持つ多様性、奥深さの一端をお送りした曲からも
感じていただけたのではないでしょうか?

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