2023年1月1日 | |||
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夏目漱石が俳句を詠むようになったきっかけは、正岡子規でした。漱石と子規は同じ年の生まれ。ふたりが22歳の時に出会いました。落語が好きという共通の趣味もあり意気投合。互いの才能を認め合い、生涯の友となります。そして子規の影響で、俳句を詠むようになった漱石。その最初の句が「帰ろふと泣かずに笑へ時鳥」。明治22年5月9日の夜、子規は突然に喀血し、医師から肺病と診断されます。その4日後、漱石は子規に手紙を書き、そこに記したのがこの俳句でした。その後も俳句によって友情を育んでいった夏目漱石と正岡子規。しかし漱石がイギリスに留学中、子規は亡くなってしまいます。漱石が残したおよそ2600句のうち6割が子規に送ったもの。いかにふたりが俳句によって結びついていたかがわかります。 |