2015年04月26日
夏目漱石
『三四郎』
 (新潮文庫)

明治40年に朝日新聞社に入り職業作家となった夏目漱石。その年に「虞美人草」の連載がスタートします。しかし文豪と呼ばれるあの夏目漱石でさえ新聞の連載には迷いや不安な気持ちを持っていたそうです。「只今、90枚ばかり出来おり候。何だか前途遼遠の模様。遠山を日々見て、なかなか麓へ至れぬ心地もどかしく候」と、ある人物への手紙で自分の心持ちを綴っています。その1年後には、1月から4月まで「坑夫」、6月「文鳥」、7月から8月「夢十夜」そして9月から12月まで「三四郎」を連載。しかしそれがあまりにも過酷だったのか、実際に胃の病に苦しむようになった夏目漱石。49歳という若さで亡くなっています。

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