今週は、JFN38局が一丸となって取り組む
『COOL WOOD JAPAN project』をお届けします。
これは、日本の木・木材を上手に使った生活、
各地の森林や、国産材の魅力を紹介していくプロジェクトです。
すでに様々なFM各局が様々なワイド番組でお届けしていますが、
「いのちの森」では、全国のFM各局からのレポートを、
月に一度、お届けしていきます。

今日はまず、「日本の国産材は使う時期」というお話をご紹介します。

◆林野庁 林政部長の末松広行さん
日本の森は国土の3分の2が森林。先進国なのに森が多いのです。ただ、今、森林は豊かでそれだけでいいと単純に言えない。
日本のかなりの山は、一度人が手を入れた森です。一度人間と付き合いを始めた森は、途中で付き合いを絶ってしまう、やめてしまうと、人間にも悪さを起こすし、森自体が不健康になり動物たちにも悪い。キチンとした森のサイクル、循環をしてゆくことが大切。その為にはある時期キチンと間伐して、間伐した木を使っていくことが大事な時代になっている。


まさに、「今」は国産材を「使う時期」なんだそうです!!

ということで、実際の取り組みをFM各局からのレポートでご紹介しましょう。
今回は、FM大阪『若宮テイ子のWELCOME!』から。パーソナリティの若宮さんが取材したのは、大阪府和泉市、和泉山脈のふもとにある、父鬼という森に囲まれた町。こちらで代々 製材業を営む
『松葉善製材所』です。

◆先代から受け継がれ、そして息子の代へ
大阪府南部、和泉市最南端の父鬼町。
もともとこの地域は林業が盛んな地域。杉・ヒノキなど針葉樹の高級材を先代から育てている。
人工林として一番若い森で60年。60年前の樹木が一斉に大きくなっている。杉やヒノキは奈良の吉野材がメジャーだが、ここの杉・ヒノキは、大阪の地形から、ゆっくりゆっくり木が生育。年輪のつまりや色合いも良い。先人たちの努力が、いまに受け継がれている。
これからは成木した材を使ってもらうために周知していきたい。木を使うことが山を守るということを。


松葉善製材所は、現在、代表の久義さんと、
ご長男・甥御さんの3人で営まれていて、創業は昭和10年!
代々、森とともに暮らしています。

また、『松葉善製材所』の、自社林から切り出した木材は、
京都 大宮御所の屋根の改築や、
同じ京都・月読神社など、由緒正しい神社などの
建築にも利用されています。
それだけ、質の良い木材だということですね。

FM大阪の番組の模様は、「COOL WOOD JAPAN project」のサイト
PODCASTでもお楽しみいただけます!

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

今、林野庁では、もっともっと日本の国産材を使ってもらおうと、
「木材利用ポイント事業」をはじめています。

スギやヒノキやカラマツなど、地域の木材を使って家を建てたり、リフォームしたり、そうした木材の家具を購入するとポイントがもらえます。ポイントに応じて、地域の美味しい作物・海の幸・商品券などに交換できるというもの。
地域の木材を利用することによって、森の整備や保全につなげたり、林業だけではなく、農業や漁業の振興にも貢献していこうという目的で行われています。

「木材利用ポイント」のサイト

先々週から、三重県・伊勢神宮の森を案内してきましたが、今回でラストです。

今年10月に、20年に一度行われる式年遷宮と、
伊勢神宮を囲む森 『神宮宮域林』の、200年先を見据えた森作り。
この2つを通じて、次の世代、また次の世代へ
受け継がれていくものって、一体何なのか。最後はそんなお話です。

伊勢神宮の南側に広がる、5500ヘクタールの広大な森「神宮宮域林」。この森は、「第一宮域林」と「第二宮域林」の2つに分けられていて、第二宮域林では、200年かけてヒノキを育て、式年遷宮の際の御用材にするための、森作りが続けられています。

そして。大正時代に始まったこの森作りは、しっかり今の世代へ受け継がれ、今年 行われる式年遷宮でついに実を結びました。

◆200年後の姿を夢見て
1300年前から神宮の森の中で木を伐り始め、鎌倉中期にはこの森からの生産は途絶えていたが、今回700数十年ぶりに回復して、お2人方の先生方の基本理念に沿った計画を我々も引き継ぎ、後輩たちもそれにそって事業を進めていったおかげで、今回20%にあたる御用材が生産できた。今後、将来の展望に明るい一筋の光が差した。非常に喜びを感じている。200年後、後輩たちが見届けてくれる。我々では200年後の世界は見届けることができないので何とも言えないが、200年後の姿を夢見て、託して、しっかり植えて下さいとお願いをしている。


この「お二人の先生方」とは、東京大学の川瀬善太郎教授と、
本多静六教授という、大正時代の林学博士のことです。
お2人は、東京・明治神宮の森作りの計画にも大きくかかわっています。
また、本多静六教授は、日比谷公園を設計した方でもあり、
「日本の公園の父」と呼ばれているそうです。
こうした先人たちの立てた森作りの理念は、確実に受け継がれています。

そして、20年に一度の式年遷宮。
なぜ20年に一度、全ての神殿を新しく建て替えるのでしょうか。

◆次の世代へ「受け継ぐ」もの
神殿の建て方、竪穴式で建てられている様式は唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と呼ぶもの。これだけ技術が進んでいる中で、なぜ腐らない方法でやらないのかという素朴な疑問があると思う。穴を掘ってそこに素木を建てる掘立柱。腐るのを待つような恰好で続けている。そこのところの疑問というのは絶えず我々の祖先から受け継いでいる崇敬の気持ちがある。絶えず神様には若々しくあって欲しい、こうした技術を伝承する過程でどうしても必要だということで、その結果が式年遷宮が繰り返されている。そこで技術が棟梁から下のものに受け継がれ、金具や神宝類もその年の最高の技術で作られる、というのが守られている。
また解体した柱は再度削り、再利用し、全国のお宮さんに無償で分ける。そこからまた新しいお宮として再出発して頂き、また繰り返す。そこでも技術の伝承が起こる。伊勢神宮だけではないということ。全国的に宮大工が修練して自分で建てたという誇りも生まれてくる。


20年ごとに遷宮が行われる理由は諸説ありますが、伊勢神宮の御用材が、なんども生まれ変わり、そこに刻まれた技術や考え方が次の世代へ受け継がれているのは間違いないようです。

◆木は生まれ変わる
宇治橋の外の鳥居は、外宮の棟持柱が利用されている。宇治橋の内側の鳥居は、内宮の棟持柱が再利用される。ご昇殿で20年、鳥居で20年、そこから20年たって鈴鹿峠「関の追分け」の神宮遥拝の鳥居に使われ、桑名の「七里の渡し」の鳥居になる。合計60年再利用される。
あとは地元のお宮さんで細分化されて、使われる。相当長い年月、木はそうして生まれ変わって使われる。これがコンクリートだったらできない。生まれ変わることはなく、壊されるしかない。
神宮の材は「壊される」という言葉ではあるが、解体され削りなおされ、再度使われ生まれ変わる。
非常に意義が深い。見て頂くと、来年、解体された棟持柱で柱が作られる。その時どのくらいの光沢を放っているか。見たら違いが分からないと思う。
削られてどんどん細くなるが、生まれ変わっていく。ヒノキの香りも抜けていない。


伊勢神宮は、正式な名前は「神宮」。
地域の神社は、それぞれの地域の氏神さまですが、伊勢神宮は、日本人全ての「総氏神」という風に考えられています。伊勢神宮の御用材が、全国で再利用される…というのも、それを聞くと納得しますよね。

建て替えられた新しいお宮に「ご神体」を移す儀式。
「遷御(せんぎょ)の儀」は、内宮が10月2日、外宮が5日に執り行われます。

お時間のある方は、出かけてみてはいかがでしょうか。




ポッドキャストもお楽しみください!

今週は先週に引き続き、今年10月に20年に一度の“神様のお引越し”、
式年遷宮が行われる、三重県・伊勢神宮の森にご案内します。
伊勢神宮の周囲を囲む、「神宮宮域林」という、広大な鎮守の森。
この森では、「200年後」を見据えた森作りが、ずっと続けられています。
今日そんな、伊勢神宮の「森作り」のお話です。

伊勢神宮を囲む、5500ヘクタールの森が「神宮宮域林」。
東京・世田谷区とほぼ同じ広さの広大な鎮守の森です。
この森は、「第一宮域林」と「第二宮域林」の2つに分けられていて、
第一宮域林は、そのほとんどが、人が手を入れることは許されない天然の森。
一方、第二宮域林は、大正12年の計画のもとで植林された、式年遷宮で使う
ためのヒノキ中心の森になっています。

伊勢神宮営林部・倉田克彦さんに伺いました。

◆この森から700年ぶりに御用材として式年遷宮で使われた
ちょうど今入ってきたのが第二宮域林の中の、昭和2年に植えた御遷宮用材を育成する林です。
計画初期の植栽地になります。今が83年経過したところ。
ひとつの節目になったのが、今回、平成25年の62回目の式年遷宮の年です。
遷宮に備えてのご用材育成林から、御遷宮のための用材として、全体量の20数パーセントが、700数十年ぶりに生産できたということで非常に喜びを感じております。


すでに伊勢神宮は、新しい社殿・お社が完成していて、来月の遷宮への準備は整っています。
その2割が、700年ぶりに、神宮の森から切り出された木材ということになるわけです。

ところで、この第二宮域林の中には、白いペンキで印をつけたヒノキが、いくつもあります。
実はこのペンキが、200年先を見据えた森作りの「目印」なんです。

◆2重ペンキは、先代と後世をつなぐ橋
植えてから30年~40年経った頃に林を見てみると、ずば抜けて良い木と劣勢な木と、優劣がはっきりしてくる。その時点で一番優秀なものに二重ペンキ、それに匹敵するものに一重ペンキのマークをつけ、後世につないでいく目印とする。
二重ペンキは、根の張り具合がどっしり四方に張っていて、上を見上げると円状に枝が伸びていること。まっすぐ伸びているもの。そういう条件を兼ねそろえたものが二重ペンキとなる。1ヘクタール(100m×100m)の中に、二重ペンキが50本から70本。一重ペンキが130~150本。一重と二重を合わせて200本という本数を基準にしている。


◆なぜ200年なのか
植えてから200年育てるわけだが、なぜ200年かというと、神宮の御遷宮用材として使う木は、直径60センチくらいの木が多く使われている。今長野県や岐阜県の木曾から分けて頂いている御用材は、直径60センチ=樹齢200年の木が多い。つまり60センチになるのにかかる時間が200年。間伐を200年繰り返し、目的の木を育てる。200年経つとこの木が何本くらいになっているかというと、植える時は1ヘクタールに4000本植えるが、200年で100本にまで減らす。


間伐されず、立派に育った木材だけが、200年後により大きな柱などに使われることになります。

そして神宮宮域林の目的の一つが「災害に強い森作り」。
第二宮域林は、植えたヒノキ以外にクスノキやカシ、シイの木も生えています。
針葉樹・広葉樹が上手くミックスされることで、台風などの強い風から、森全体を守る役目を果たすと、伊勢神宮営林部・倉田さんは説明しています。

◆災害に強い森づくり
二重ペンキの木の成長のため間伐すると、周りが切り分けられ非常に明るい山になる。お日様もサンサンと林内に降り注いできます。これだけの日が当たると、下草が太陽の明かりを受け恵みを受け、多種多様な植物が芽吹く。下層、中層、高層と色んな植物が成長する。それらを取り除くわけではなく自然のまま。目的のヒノキだけではなく、多種多様な植物が育つことで本来の森が出来上がっていく。たくさん小鳥がさえずり、木々が花をつけ、その蜜を求めて昆虫や鳥が寄ってくる。そうすると自然と実がなる。その実を求めて小鳥や大きな哺乳類がやってきてその実を食べる。食べた排せつ物が林内にまき散らされ、肥料濃度があがる。糞を分解する昆虫やミミズ、微生物の分解が起こり林内は腐葉土ができる。スポンジ状態の土作りが自然に出来る。スポンジ状になった土で山の中が作られると、今盛んに言われるゲリラ豪雨、集中豪雨が降っても、スポンジがいったん吸収して、吸収された水は濾過され地下へ地下へ行き、谷から下流へ流れ、川になり、下流へ。肥料分の高いところでろ過された土はミネラル効果が高い美味しい水となり、下流の川に生息する魚、貝類を増やす。神宮の下流で塩を作っており、海ではアワビ、離れたところでは鯛を神様のお供えとして調達している。上流の山が持つ使命というのは非常に公益的な機能がある。公益的機能を備えながら、自分たちが目的とする御遷宮用材を育成するという基本理念。森と川と海の循環は、こうした森ができることでおのずと生まれるものだと思う。


大木を育てるためには、山そのものが元気でなければならない。
「生物多様性」、最近はよく耳にする言葉ですが、それを大正の時代から計画され、地道に守り、またそれを受け継いできた成果が、今年の式年遷宮で実を結んだのですね。

貴重なお話、ぜひポットキャストでもお楽しみ下さい!

今週は、日本人にとって特別な森、三重県・伊勢神宮の森をご紹介します。

20年に一度、社殿を作り変え、神様が“お引越し”をする式年遷宮が今年10月に行われる伊勢神宮。その周囲には、「宮域林」という、広大な鎮守の森があります。

今回、取材で入ることができたのは、伊勢神宮の内宮(ないくう)の南, 「神路山(かみじやま)」という山を覆う森です。この森を管理している伊勢神宮営林部・倉田克彦さんの案内で、森を南北に縦断する県道を外れ、木々の生い茂る険しい山道を登りきると、そこには、神宮の森すべてを見渡す景色が広がっていました。

実は今回の式年遷宮で建て替えられるお社の御用材の20%が、神宮宮域林から切り出した木によってまかなわれています。これは鎌倉時代以来、実に700年ぶりのことだと言います。


◆神宮宮域林を望む剣峠より
神宮宮域林は、南北が7~8km弱。東西がやはり7~8km。合わせて5500ヘクタール、東京の世田谷区と同じ面積。神宮宮域林も大きく2つに分けまして、内宮の神域のちょうど南側から内宮の森を包み込むように南に広がる林が、「第一宮域林」。内宮の森は生木は切らない、禁伐林。それを取り囲むように広がる第一宮域林も、神域同様に生木は切らずに、自然林として守っている。第一宮域林、神域のところは、特有の照葉樹であるカシの木、タブの木、クスノキ、シイ、ヤブツバキなどがたくさん生えている。さらに南に来ると、今居る場所の眼下にあるのが「第二宮域林」。第二宮域林は、式年遷宮に使われるヒノキを200年かけて育成している場所。ここの林の一部から、第62回、平成25年の10月2日と5日の外宮内宮の式年遷宮で社殿を建て替える御用材を使って頂いた。その林が目の前に見えている。


◆200年かけてヒノキを育てる
内宮のところは2000年前にご鎮座頂いた場所なので、その当時から同じような山になっている。1300年前から式年遷宮と言う制度が設けられたが、この神宮の森から式年遷宮に必要な御用材としてヒノキを切り出していた。それが鎌倉中期まではこの林で切って使っていたが、遷宮には非常に大きな木が必要なので、大きな木が伐りつくされなくなっていった。鎌倉中期以降は、この森から離れて近辺の山へ木を求めて行った。そして奈良、愛知へと木を求めていき、今では岐阜・長野の木曾のお山から木を分けて頂いている。


鎌倉時代は、まだ植林の技術や知識もなかったため、宮域林からは、大きな木は減る一方でした。そして大正12年。五十鈴川の氾濫をきっかけに、伊勢神宮は災害に強い森を育てると共に、将来の御用材を宮域林からまかなう計画を立てました。この計画は、200年かけてヒノキを育てるものなのですが、今回の遷宮では、それに先駆ける形で、およそ90年前に植林されたヒノキが御用材の一部として、使われています。

また、この計画には、この美しい森の景観と、山肌からしみ出て、森をつたう水の流れを守る目的もあると言います。



番組ポットキャストでもお楽しみください!
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高橋万里恵
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