VOL.284「蚊帳生地のふきん」
かつて、日本の夏に欠かせなかった「蚊帳」。
その歴史は、日本書紀にまで遡ります。
吸湿性の高い本麻を、粗く織り上げた蚊帳の生地は、
虫を防ぐだけでなく、風通しも良く、寝苦しい夜に重宝しました。
最近では、使われる機会がほとんどなくなりましたが、
蚊帳の生地が身近なものに形を変えて、私たちの暮らしに溶け込んでいます。
それが、「ふきん」です。
奈良県で麻を織り続けて150年の老舗、
「岡井麻布商店(おかいまふしょうてん)」、
6代目の岡井大祐(おかい・だいすけ)さんのお話です。
「蚊帳の“ふきん”っていうんですけど、
僕としては、蚊帳の“ハンカチ”として使ってもらってもいいと思うんです。
特に、今のこの時代でしたら、癒しかなと思いますね。」
奈良の旧市街地・奈良町は、
江戸時代に栄えた良質の高級麻織物、「奈良晒(ならさらし)」の産地。
手作業で紡いだ麻を手織りで織り、晒し工程を何度か重ねて、
真っ白に仕上げます。
その美しさから、江戸幕府の御用達品として名声を高めましたが、
江戸の終わりとともに産業としての発展は衰退。
現在では伝統工芸品として、わずかに生産されています。
そんな、奈良晒の織元・岡井麻布商店自慢の「麻ふきん」には、
奈良特産の麻蚊帳生地が使われています。
吸水性と発散性に優れていて、とても丈夫。
料理の際に役立つのはもちろんのこと、
乾いた状態で食器やグラスを拭くと、水滴がきれいに拭えるという優れものです。
麻ふきんへの想いを、岡井さんはこんな風に語ります。
「麻のふきんを持って、窓を拭いてみるとか、手を拭いてみるとか。
ちょっとしたことに使っていただくだけで気持ちも落ち着きますし、
やっぱり自然素材ってみんな大好きなものですから、
そんなものが、家の日常にあるという風景を想像して、
繋いでいくことで、未来へバトンを渡せればいいのかなと思います。」
優れた機能性をいかして、ふきんとして、時にはハンカチとして、
過去から現在へとつながってきた蚊帳の生地。
形を変えながら、奈良の伝統工芸は未来へと受け継がれていきます。