yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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第473話 直観を信じる
-【千葉県にまつわるレジェンド篇】思想家・哲学者 柳宗悦-

[2024.09.21]

Podcast 

日々の暮らしに欠かせない日用品にこそ「美しさ」があると唱え、無名の職人の仕事に価値を見出したレジェンドがいます。
柳宗悦(やなぎ・むねよし)。
民衆的工藝、すなわち、「民藝」。
その父と言われる彼の思想は、多くのひとに受け継がれ、今、さらに注目を集めています。
『民藝 MINGEI―美は暮らしのなかにある』という展覧会は、今年4月の世田谷美術館を皮切りに、現在は、富山美術館、そのあと、名古屋、福岡と、全国を縦断して開催されます。
「衣・食・住」をテーマに展示された美しい品々。
この展覧会の素晴らしさは、その民藝を産み出した産地、作り手も紹介しているところ。
それこそ、柳が大切にしたことでした。
彼は、今から100年以上前に、日本各地の伝統芸能や伝統文化が廃れて行くのではないかという不安を抱き、あらためて、土地に根差した工芸を守ろうとしたのです。
柳は、25歳で結婚すると、すぐに千葉県の我孫子に引っ越し、およそ7年半を過ごします。
親戚だった柔道の大家・嘉納治五郎の別荘があった場所でした。
声楽家の妻は、夫のいっときの気の迷いだと思いますが、柳に迷いはありません。
この場所こそ、自分を生かす土地だと、『直観』が働いたのです。
直観のカンは、観る。経験や記憶をふまえた心の判断。
その直観は、あらゆる絆を引き寄せます。
志賀直哉、武者小路実篤、そして生涯の親友となる、バーナード・リーチ。
我孫子は、白樺派の拠点になり、民藝の総本山として君臨するのです。
当時、我孫子は、東の鎌倉と言われるほどの景勝地。
眼下に手賀沼を見下ろす風光明媚な自然は、作家たちの創作意欲をかきたて、柳も、日々の暮らしを見つめる機会を授けられました。
東京の一等地、麻布に生まれ、学習院から東京帝国大学へ進み、何不自由ない生活の中にあった柳が、なぜ、我孫子に移住したのか、そこには、彼が終生、大事にした、直観という名の啓示があったのです。
日本の近代美術に一石を投じた賢人・柳宗悦が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?


思想家で哲学者の柳宗悦は、1889年3月21日、東京・麻布に生まれた。
父は、もともとは伊勢・津幡の武士。
明治維新後は、海軍の創設に加わり、海軍少佐を命ぜられる。
さらに水路調査や沿岸測量などに貢献。
「海の伊能忠敬」と呼ばれ、近代国家を創った重鎮として尊敬を集めていた。
その父は、宗悦が2歳のとき突然、病で亡くなってしまう。
父の記憶はない。
ただ、母は、よく父の話をしてくれた。
そこにいないからこそ、存在感は大きくなる。
いつしか宗悦の中で、父は神格化されていった。
麻布幼稚園から学習院初等科へ。
幼い頃から、本が大好きで、頭のいい子どもだった。
宗悦には、ある怯えがあった。
母が語る父と、自分との相違。
父のように、国を動かすほどの人物になれるとは思えない。
自分は、気弱で繊細。わずかな風で、心が揺れる。
だから必死に勉強に励む。
西田幾多郎(にしだ・きたろう)からドイツ語を、鈴木大拙(すずき・だいせつ)からは英語を、植物学者の服部他之助(はっとり・たのすけ)からは、自然との接し方を学んだ。
中等科に進んだとき、文学に出会って、人生が変わった。
ひとは、何のために生まれてきて、やがて死んでいくのか。
答えのない答えに、文学者が命を賭けて応えていた。
学習院の先輩に、志賀直哉と武者小路実篤がいた。
同人誌『白樺』を創刊。そのメンバーに、郡虎彦(こおり・とらひこ)という同じくらいの年の生徒がいた。
のちに三島由紀夫にも影響を与える劇作家になった人物。
郡は、柳に、ある「目覚め」を用意していた。

『民藝の父』・柳宗悦は、学習院高等科時代、最初にできた親友、郡虎彦から影響を受ける。
背が低く、目立つ存在ではなかったが、ロマンティストで語学にも長け、海外の文学にも精通していた。
通学途中、砂利道を歩きながら話す。
「柳は、なんでいつもそんなにオドオドしてるんだ?」
「オドオドなんか、していないさ」
「いや、してる。僕なんかね、根拠のない自信しかないよ。
人間は、自分を信じていないやつがイチバン、やばいんだ」
ズシンときた。心の湖に大きな石を放り投げられた思いがした。
いつも、自分を父と比べていた。
合格点が、父だった。
でも、本来、違う人間。
ゴールが別でもいいはずだ。
郡は、さらにこう続けた。
「自分が思ったことが全てなんだよ、柳。そこから目をそらすな」
郡虎彦が34歳で亡くなったとき、柳宗悦は、あらためて知った。
彼が自分に与えてくれたものについて。
自分の心は、むしろ他人ほど、わかっているという事実。

柳宗悦は、悟った。
自分は、美しいものが好きだ。
それも、ふだん、みんながちゃんと見ていない美しいもの。
それは、忘れ去られた田舎の風景であり、名もなき職工の食器であったり、かすかな風に揺らぐ木の葉だったり。
それを、己の『直観』を通して、紹介していきたい。
いつかそういうものこそ尊いと思える世界がきっとくる。
哲学、宗教、思想を学べば学ぶほど、父の残像におびえた自分が見えてきた。
自分は、自分であればいい。
己の個性を大切にすればいい。
それが、白樺派の流儀になった。
若き日に夢中になった、ウィリアム・ブレイク。
彼は言っていた。

「一粒の砂に世界を見、一輪の野の花に天を見る」
直観というのは、観るということ。
柳は、自分の繊細な感性で、世界を見つめた。

「私は、生きている間に、ほんの少しでもこの世の中を美しくしていきたいと念じている者です」
柳宗悦


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