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第468話 リンゴひとつで天下をとる
-【フランスにまつわるレジェンド篇】画家 ポール・セザンヌ-

[2024.08.17]

Podcast 

©Alamy Stock Photo/amanaimages


ピカソやマティスにキュビズムという財産を残し、建築家、ル・コルビュジエには、世界を垂直と水平、直角で構築する手法を継承した、近代絵画の父がいます。
ポール・セザンヌ。
後期印象派の巨匠として、モネやルノワールと共に、日本人に大人気の画家ですが、彼が世の中に本格的に認められたのは、67歳でこの世を去ったあとのことでした。
銀行家の父の莫大な財産を受け継ぎ、金銭的な苦労は、ほとんどなかったセザンヌ。
ただ、自分の絵が認められるまでは、苦難の道のりでした。
サロンには、落選続き。
作品を発表すれば、誹謗中傷、罵詈雑言。
落ち込んで、部屋から一歩も出ずに、絵を諦めようとしたことも一度や二度ではありません。
そんな彼を励まし、支え続けたのは、同じ中学に通っていた親友、小説家のエミール・ゾラでした。
風景画を自分の主戦場と捉えていたセザンヌが、なぜ、リンゴの絵を画くようになったのか。
そこに、ゾラとの友情の証が隠されています。

失意の中、部屋から一歩も出られなくなっていたセザンヌの目の前にある、籠いっぱいのリンゴ。
彼は、リンゴをじっくり観察しました。
匂いをかぎ、色を確かめ、並べ、重ねる。
あるリンゴは、窓辺に置き、それが腐るまで毎日飽きもせず、眺めたと言います。
そうして彼は、心に誓うのです。
「私は、リンゴで、世界をあっと言わせる」
リンゴを画いては破り、また画いては破る日々。
彼は毎朝、自分にこう言い聞かせました。
「私は、毎日進歩している。私の取り柄は、それしかない」

のちにピカソは、セザンヌの『りんごとナプキン』という絵を見て、体がふるえるほど感動します。
そこには、既成概念や古いしきたりを打ち破るチカラがありました。
ピカソは、友人への手紙にこう書いています。
「セザンヌは、私のただひとりの先生です。
彼は皆にとって、父親のような存在なのです。
そして、私たちは、彼に守られています」
近代絵画の進化を担ったレジェンド、ポール・セザンヌが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

©Alamy Stock Photo/amanaimages

後期印象派の画家、ポール・セザンヌは、1839年1月19日、南フランスの小都市、エクス=アン=プロヴァンスに生まれた。
父は、帽子職人から出発し、一代で財を成した銀行家。
母は帽子職人の娘だった。
野心家で現実主義の父と、職人の血を受け継ぐ、手先が器用で想像力豊かな母。
セザンヌは幼少期から、いつも家にいない父より、傍らに寄り添ってくれる母の影響を受けた。
小学校から帰ると、リビングで寝そべり、スケッチをするセザンヌ。
母は、幼い息子が画く花瓶に生けられたひまわりを見て、驚く。
タッチは繊細だが、構図は大胆。
肝心のひまわりが、中央にない。
それどころか、半分、画面からはみ出ている。
母は、セザンヌをほめた。
「あなたはもしかしたら、えらい画家になるかもしれないわね」
うれしかった。画家という職業があることを、初めて知った。
父は、絵を画く息子が気に入らない。
努力で富を勝ち取った自分のようになってほしい。
金融、経済を学び、ゆくゆくは、自分の跡を継いでほしい。
そう願っていた。
そんなセザンヌに、運命的な出会いが訪れたのは、彼が13歳の時だった…。

ポール・セザンヌは、ブルボン中学校に入学した。
でも、周囲の同級生となじめない。
彼らが大声ではしゃぐ雰囲気に、違和感を持った。
孤独。疎外感。
13歳の時、ひどいいじめにあっている生徒を見た。
彼こそ、40年にわたり友人関係を築く、エミール・ゾラだった。
ゾラは、パリから転校してきたので、プロヴァンス訛りが使えない。
父親を早くに亡くして、かなりの貧乏暮らし。
学校中から、つまはじきにされ、いじめられていた。
あるとき、セザンヌは、ゾラを助けた。
番長格の少年が彼をなぐるのを、止めた。
おかげで、セザンヌも仲間外れ。
いじめっ子に、殴られ、蹴られ、石をぶつけられた。
セザンヌとゾラ、二人で顔を腫らしながら、草原を歩く。
なんだか、笑えてきた。みじめではなかった。
自分たちは、何も間違っていない。
そのことが暗黙のうちに、理解できた。
翌日、セザンヌの家のドアがノックされる。
ドアを開けると、ひ弱な少年、ゾラが立っていた。
手に、籠を持っている。
籠の中には、三つだけ、リンゴが入っていた。
ゾラは、恥ずかしそうに言った。
「きのうは、ボクを守ってくれて、ありがとうね。
あのね、何か、お礼をしたいんだけど、うちにはね、たいしたものがなくて、これしかなかったんだ。
リンゴ、好きかな」
セザンヌは、そのとき、籠にあったリンゴのことを、生涯、忘れることはなかった。

ポール・セザンヌは、父の反対を押し切り、画家を目指し、パリの画塾に入るが、誰にも評価されず、精神を病む。
ふるさとエクスに戻り、悶々とした日々を過ごした。
一歩も部屋から出ない息子を見かね、父は、大英断を下す。
「ポール、私の全財産を使い果たしてもいいから、もう一度、パリに行きなさい。
母さんが言っている。おまえは、絵を画くために生まれてきた人間だと。
お金のことは心配しなくていい。思う存分、闘ってきなさい」
父と同じように、セザンヌを励ましてくれたのが、親友、エミール・ゾラだった。
「キミの絵には、これまでの絵画にない、希望が見える。
やめないで、ポール。描くことをやめないで」
もう一度パリに戻ったセザンヌだったが、相変わらず、サロンに出品しても、落選続き。
意気消沈して、自虐的になる。
わざとサロンに嫌われるような作品を出品したりした。
誹謗中傷の嵐を受けて、家に引きこもる。
そんなとき、また、リンゴに出会った。
ゾラがくれたリンゴを思い出す。
「そうか…ボクはこのリンゴから、はじめよう。
リンゴだけで勝負してみよう。
それがダメなら、画くことを諦めよう。
ボクは、リンゴで、天下をとってみせる!」

「天才というのは、日常の経験の中で、絶えず、自分の感情を新たに書き換えていくというチカラを持つひとです」
ポール・セザンヌ

©Alamy Stock Photo/amanaimages

【ON AIR LIST】
◆バラ色の桜んぼの木と白いリンゴの木 / アンドレ・クラヴォー
◆プロヴァンスの朝の歌(クープランの様式による) / クライスラー(作曲)、ローラ・ボベスコ(ヴァイオリン)
◆オールド・フレンド / トゥーツ・シールマンス
◆ノナ / ジ・マーローズ

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