yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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第463話 日常におかしみを見つける
-【静岡にまつわるレジェンド篇】戯作者 十返舎一九-

[2024.07.13]

Podcast 

江戸時代後期に大ベストセラー『東海道中膝栗毛』を書いた戯作者がいます。
十返舎一九(じっぺんしゃいっく)。
戯作者の戯作とは、江戸時代に流行った、通俗小説を含む、読み物のこと。
36歳のときに、自分は書くことで自立すると決意して、以来、戯作だけを生業とした一九は、執筆活動だけで生計をたてた最初の作家だと言われています。
一念発起して、わずか1年後に出した『東海道中膝栗毛』は、主人公の弥次郎兵衛と喜多八、いわゆる、弥次さん喜多さんの東海道の旅を描いた連載小説。
「膝栗毛」とは、自分の膝を栗毛の馬にたとえた表現で、「歩いて旅する」という意味です。
1802年に初編が出版され、人気が人気を呼び、8年間の連載。
気がつけば売れっ子作家になり、うんうんうなって執筆する机の隣で編集者が原稿を待つという、現代に通じる光景が、彼の随筆に残っています。
なぜ、『東海道中膝栗毛』は、そこまで庶民の心をつかんだのでしょうか。
一九は、同時期に活躍した作家、山東京伝(さんとう・きょうでん)や『南総里見八犬伝』の曲亭馬琴(きょくてい・ばきん)に比べると、圧倒的に知的教養が劣っていたと言われていますが、彼には、普遍的な「人間のおかしみ」を捉える感性があったのです。
『東海道中膝栗毛』に、時代の風刺や、政治や経済についての皮肉はありません。
あるのは、ただ、日常のおかしみだけ。
そこに人々は共感し、失敗して騒動を起こす弥次さん喜多さんを笑うことで、日々の苦しさやストレスから解放されたのです。
一九の出自や生涯については、明確な文献がとぼしく、所説ありますが、ただ一点、彼が大切にしたものは一致しています。
それは、彼に偏見がなかったこと。
当時の江戸は地方者をさげすみ、笑うという風潮がありました。
でも、一九は違いました。
彼はひとの生まれ育ちではなく、人間本来が持つ、どうしようもない哀愁、おかしみを見ていたのです。
静岡が生んだ唯一無二の作家、十返舎一九が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?


江戸時代後期の作家、十返舎一九は、1765年、駿河国、現在の静岡県静岡市に生まれた。
出生は明らかではないが、駿河の町奉行に仕える下級武士、同心の子だったと言われている。
今も駿府城界隈は、一九ゆかりの石碑や史跡が多くみられ、駿府城を背景に弥次喜多の銅像と写真を撮ることができる。
一九は、父にならい、10代から町奉行の職についた。
彼が奉公したのは、そのとき、駿府に赴任していた旗本、小田切直年(おだぎり・なおとし)。
小田切は幕府の信頼が厚い名君だった。
10代後半の最も多感な時期に、小田切の裁きを間近で見ることができたのは、一九にとって、人生の宝物を贈られたのも同然だったに違いない。
いきなり立ち会ったのは、男性同士の心中事件。
小田切は、公平で冷静。どんな裁きにも偏見や差別がなかった。
小田切は、一九に言った。
「先入観や他人の情報で、目を曇らせてはなりません。
大切なのは、行動の源にある、欲望を見据えることなのです」



十返舎一九は、16歳で江戸に武家奉公に出た。
初めての江戸の町。活気あふれる雰囲気に圧倒される。
スラっと背が高く、なかなかの二枚目だったが、口がうまくない。
田舎者と思われるのも怖く、人とうまく話せなかった。
そんなとき、彼が夢中になったのが、木版で刷られた本だった。
浮世草子、黄表紙、浄瑠璃本。
主君の目を盗んでは、版元に通った。
物語の世界にのめりこむ。
読んでいる間は、辛い日常を忘れることができた。
見よう見まねで、絵を描く。文章を書いてみる。
誰かに見せるわけでもなかったが、幸せな気持ちになれた。
それから7年後、小田切直年に同行して、大坂の地を踏む。
このときすでに、素人とは思えない、物語をつむぐ才覚を発揮していた。
近松与七(ちかまつ・よしち)というペンネームで浄瑠璃本を書いた。
ただ、あくまでも二足の草鞋。
「文章だけで食べれるようになりたい」
いつしかそれが、一九の、人生の目標になった。

30歳の時、再び江戸に戻った十返舎一九は、真っ先に、かつて通った版元を訪ねた。
その版元の頭こそ、洒落本や浮世絵のヒットメーカー、蔦屋重三郎(つたや・じゅうざぶろう)だった。
蔦屋に頼み込み、食客、すなわち、住み込みの書生になることを願い出る。
飯炊き、掃除、木版の手伝い、挿絵画きまでして、文章を学ぶ。
ある日、一九は、蔦屋に相談した。
「先生、僕は、筆だけで生きていきたいんです。
でも、そんなひとは先人にいません。
みんな他に生業を持っている。
どうしたら良いでしょうか」
蔦屋は、煙管をポンと叩き、言った。
「とてつもなく売れる本を、お書きなさい」
「とてつもなく売れる本とは?」
「それは、江戸のひとだけではなく、日本中のひとが読みたくなる本です。
もっと言えば、ふだん本を読まないひとが読む本です」
そうして、一九は、他のひとがやらない方法で物語を書いた。
自分で歩いて、その実感をもとに日常のおかしみをしたためる。
名所案内ではない。食と色。
人間の欲望に寄り添った、誰もが笑える滑稽本。
『東海道中膝栗毛』は200年以上経った今も、愛され続けている。



【ON AIR LIST】
◆弥次さん喜多さん / 榎本健一
◆真夜中の弥次さん喜多さん / 長瀬智也、中村七之助
◆I'm Walkin' / Harry Connick Jr.
◆Rainy Song / Tiny Step "Southside" Trio
◆旅人 / スピッツ

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