yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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第449話 道なき道を造る
-【今年メモリアルなレジェンド篇】作曲家 團伊玖磨-

[2024.04.06]

Podcast 

今年、生誕100年を迎える、日本を代表する作曲家がいます。
團伊玖磨(だん・いくま)。
先月、ニューヨークで開催された、日本の音楽文化を世界に広めるイベント「ミュージック・フロム・ジャパン2024年音楽祭」でも、團の『ヴァイオリンと弦楽四重奏のための2章 黒と黄』が演奏されました。
彼の凄さは、作曲するジャンルの幅広さにあります。
世界的に有名なオペラ『夕鶴』や、数々の交響曲に始まり、『ぞうさん』『やぎさんゆうびん』などの童謡、さらには『ラジオ体操第二』、さまざまな学校の校歌など、多様な作品は、彼の音楽への姿勢の表れにも思えます。

團の信条、それは「豊かな音楽で世界中をあたたかくしたい」というものでした。
音楽は、自分が亡くなったあとも、何十年、何百年、残り続ける。
どんな時代のひとにも、どんな年代のひとにも、何かひとつ、優しい灯(ともしび)を残したい。
そう、願ったのです。
そんな祈りにも似た願いは、もしかしたら、彼の幼少期の体験に根差しているのかもしれません。
團が7歳のとき、祖父・團琢磨(だん・たくま)が、暗殺されたのです。
1932年3月5日 午前11時半ごろ。
東京日本橋三越本店近く、三井本館入り口で、待ち伏せていた血盟団のひとりに狙撃されました。
自分を心底可愛がってくれた、大好きな祖父の末路。
理不尽で、理解不能。
幼い伊玖磨は、この世界に何が必要で何が足りないかを、繊細な心で感じ取っていたに違いありません。
男爵の家系に生まれ、実業や政治の道が約束されていたにも関わらず、あえて親の反対を押し切り、音楽の道に進んだのです。
彼には、最初から覚悟がありました。
自分の仕事は、誰かを幸せにするものでなくてはならない。
『パイプのけむり』というエッセイでも名を成した賢人・團伊玖磨が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?


作曲家でエッセイストの團伊玖磨は、1924年4月7日、東京・原宿に生まれた。
祖父は男爵で三井財閥総帥、團琢磨(だん・たくま)。
父は、実業家で政治家、学者でもあった團伊能(だん・いのう)。
由緒正しい、裕福な家柄。
屋敷は壮大で、伊玖磨の幼少期、庭の西側では「原宿~」という駅のアナウンスが聴こえ、東側では「千駄ヶ谷~」という声が聴こえたという逸話がある。
祖父の琢磨は、初孫の伊玖磨を、ことのほか可愛がった。
毎朝、出社するクルマに伊玖磨を乗せ、200メートルほど走り、孫を降ろす。
クルマに乗ったときの孫の笑顔が大好きだった。

そんな琢磨の暗殺事件。
その日のことを、伊玖磨は覚えていた。
あわただしく駆けてくる父の足音。
玄関ドアが開いた瞬間、父が叫ぶ。
「名刺だ! 名刺!!」
2階にいた妻は、あわてて名刺入れをぶちまけてしまう。
空中にゆっくり舞う、名刺たち。
やがて、父は、そそくさと落ちた名刺を拾い集め、再びあわただしく去っていった。
幼い伊玖磨は、母から祖父の死を知らされる。
あの大好きな祖父が、急にいなくなる。
しかも、誰かに殺されて。
人生にはそんな理不尽なことが起こる。
その事実に、驚愕し、ある悟りを感じた。
「ひとは、簡単に、いなくなってしまうんだな。
だったら、たった一回の人生で残せるものって何だろう」

團伊玖磨は、幼い頃から音楽好きだったわけではない。
むしろ、蓄音機から流れるワーグナーやドヴォルザーク、ショパンが苦手だった。
ただ、青山師範学校附属小学校に入学してすぐ、ピアノを習いはじめ、音楽への向き合い方が変わった。
感性というより、理論で音楽を好きになる。
なぜ、この和音は綺麗に響くのか、どうして、この音階には哀しさが宿るのか。
譜面をひもとき、ピアノで実践し、ひとつひとつ、自分で答えを見つけていった。
そんな息子を見て、父は、不安を抱いた。
ときは、日中戦争真っただ中。
全国民が、戦争勝利に向けて一丸となるべきときに、音楽をやるのは、風当たりが強かった。

父の危惧は現実となった。
伊玖磨は、作曲家になりたいと言い出した。
父は、ある企みを思いつく。
作曲家の大御所、山田耕筰先生に引き会わせ、作曲家になるなどとんでもないと、反対してもらう、というもの。
1938年6月。
梅雨の晴れ間の下、伊玖磨は、父に連れられて、山田耕筰の家を訪ねた。
伊玖磨を縁側にいざなった山田は、意外なことに、こう言った。
「音楽を、作曲をやりなさい。
ただし、やるからには、最も正統的な勉強を積み、最も本格的にやりなさい!」

團伊玖磨は、見ていた。
祖父・琢磨亡き後、膨大な遺産が転がりこんで、浪費を重ねる父の姿を。
あっという間に、家計は火の車に襲われる。
やがて、日米開戦。
戦局が厳しさを増していく中、芸術の価値は、どんどん、ないがしろにされていく。
伊玖磨は、少しずつ、父を理解する。
裕福な家庭に生まれ、とんでもない遺産が舞い込んだ境遇。
でも、父はそんな物質的な豊かさではなく、自ら、何かを成したかった。
何をしても、男爵家の家柄と思われるのが辛かった。
伊玖磨は、祖父が亡くなった日の、空中に舞い、床に落ちる名刺を思い浮かべた。
肩書きも財産も、たいして意味はない。
大切なのは、自分で何かを成すこと。
ひとの心に、灯(あかり)をともす仕事をすること。
誰かの真似ではなく、ゼロをイチにすることに、寝食を忘れるほど熱中するということ。
それが、父が望み、祖父が願ったひとの生きる道だった。

「僕は『流行号』のバスなどに乗ろうとは全く思わなかった。
相席はお断りして、僕は自分の乗るバイクは自分で作って、自分ひとりで走り続けてきた」
團伊玖磨



【ON AIR LIST】
◆ぞうさん / 茂森あゆみ
◆花の街 / 宇野功芳(指揮)、日本女声合唱団、室坂京子(pf)
◆祝典行進曲 / 東京佼成ウインドオーケストラ
◆混声合唱組曲『筑後川』より「河口」 / 本間四郎(指揮)、久留米音協合唱団

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