yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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ストーリー

第448話 野の花のように生きる
-【岩手にまつわるレジェンド篇】洋画家 深沢紅子-

[2024.03.30]

Podcast 

生涯、野に咲く花を愛し、描き続けた洋画家がいます。
深沢紅子(ふかざわ・こうこ)。
深沢は、堀辰雄や立原道造など、著名な作家の本の装幀や、童話の挿絵を手がけました。
そして晩年は、絵画を通した児童教育にも積極的に取り組み、彼女の優しい目線は、現代にも継承されています。
1925年、大正14年、紅子は、『花』『台の上の花』という2つの作品で、二科展に入選します。
当時、女性の入選は珍しく、女流画家第一号誕生!と、大きな話題となりました。
生まれ故郷、岩手県盛岡市にある、「深沢紅子 野の花美術館」。
中津川のほとりに建つ、小さな美術館には、紅子と、夫で画家の深沢省三(ふかざわ・しょうぞう)の作品が展示されています。
「深沢紅子 野の花美術館」は、長野県の軽井沢にもあります。
紅子は、作家・堀辰雄と親しく、夏の間だけ、旧軽井沢にある、彼の別荘を借りていました。
およそ20年に渡って軽井沢を訪れ、多くの作家と親交を深め、軽井沢の湖畔に咲く、野の花を描いたのです。
「スワン・レイク」と呼ばれた、雲場池の周りを散歩するのが好きでした。
時に、川端康成とも、湖畔を散策しました。
寡黙な川端が、ふと立ち止まり、「これは、堀辰雄くんが好きだった樹木です」と言えば、紅子は、ささっとその樹をスケッチしたといいます。
作家や詩人たちとの交流は、紅子の絵に、文学の香りをまぶし、一輪の花に、命の光と影を投影したのです。
なぜ、彼女が野の花を描くようになったのか。
10歳のとき、野に咲いていたカタクリの花が忘れられないと後に語っています。
彼女が好んだのは、強いものより、弱いもの。
華やかなものより、落ち着いたもの。
にぎやかなものより、静かなもの。
カタクリは、ひっそりと、でもたくましく咲き、紅子に、思い通りにならないこの世の生き方を教えてくれたのです。
日本の女流画家の草分け、深沢紅子が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?



洋画家・深沢紅子は、1903年3月23日、岩手県盛岡市に生まれた。
両親は、慈善事業に精を出す、町の名士。
特に父は、文学や絵画、芸術に精通していた。
紅子は、物心ついた頃から、母の姉、お里(さと)叔母さんが大好きだった。
お里叔母さんは、未亡人。ひとりで住んでいた。
遠く離れた叔母さんに会いたくて、家を抜け出し、両親を心配させたこともあった。
叔母さんが住んでいたのは、町はずれの山のふもと。
家の前には、綺麗な小川がサラサラと流れていた。
幼い紅子が突然訪ねると、ゆでた栗が籠にあった。
「どうしたの?」と聞くと、「今日、紅子ちゃんが来るんじゃないかと思ってねえ。さあ、おあがんなさい」と笑った。
叔母さんは、花を大切にしていた。
縁側に置かれた、福寿草の鉢。
そこだけ、陽の光があたっていた。
黄色い花が気持ちよさそうに咲いていた。
叔母さんは、言った。
「花は偉いねえ、痛いとか寒いとか文句も言わずに、じっと、ただ黙って、咲いている」


盛岡出身の女流画家・深沢紅子は、幼い頃から、野山をめぐるのが好きだった。
春先になると、蝋石(ろうせき)を探しに山に入る。
蝋石とは、蝋のような質感の石。
岩手の方言で、ノロギと言った。
かの宮沢賢治も、ノロギについて言及している。
蝋石があれば、乾いた土に字や絵が書ける。
子どもたちにとっては、宝物だった。
ある春の午後。
紅子は、中津川を上流にたどり、落合という山間部に辿り着く。
そこは、蝋石山の異名を持つ場所。
きっとたくさんのノロギがあるに違いない。
木々の間の細い道をのぼる。
変な鳥の鳴き声が聞こえる。
湿った匂い。緑の香り。薄暗い。
ノロギは、見当たらない…。
突然、目の前が開け、薄紅色が広がった。
それは、群生した、カタクリの花。
ふわっと甘い香りがする。
そこだけ、ぽっかり陽が射していた。
綺麗だった。圧倒される。
誰も知らない場所に、こうして、ひっそり咲いている花たち。
さっと風が吹いて、花たちが、ダンスを踊るように揺れた。
紅子は、思う。
私を歓迎してくれている…。

深沢紅子は、22歳で二科展に入選。
女流画家として順風満帆な道を歩んでいた。
しかし、太平洋戦争、勃発。
夫が陸軍従軍の画家となったので、一緒に大陸に渡った。
終戦後、無事に盛岡に戻るが、画家として生きるより、まず日々の暮らしをどう立て直すかが肝要だった。
雫石の開拓に加わる。
戦地から戻ってきた子どもたちと、山に入り、開墾の毎日。
何もないところから、家を建て、食べ物を探し、作る。
山を歩き、きのこをとり、木の実を拾う。
あるとき…目の前に…あの花を見た。
山間にひっそり咲く、カタクリの花。
薄紅色の小さな花たちが、何もなかったかのように、風に揺れていた。
思わず、スケッチした。
必死で画いた。野の花を画いた。
世の中の流れや、戦争、荒々しい自然にも負けず、変わらず咲き続ける野の花を、心から尊敬した。
こんなふうに生きることができたら…。
深沢紅子は、野の花に、生き方を教えてもらった。


【ON AIR LIST】
◆野に咲く花のように / 槇原敬之
◆WILDFLOWERS / Tom Petty
◆SPRING IS NEARLY HERE (春がいっぱい) / The Shadows
◆UP ABOVE THE CLOUDS (CECILIA'S SONG) / Brandy Clark

★今回の撮影は、「深沢紅子 野の花美術館」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
開催中の展示など、詳しくは公式HPよりご確認ください。

深沢紅子 野の花美術館 公式HP

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